322手目 携帯ストラップ→チョコレート
うーん、なんか騙されたような感覚。
私は帰り道、駒桜で一番おおきな公園によっていた。
忘れものがなかったかどうか、鞄を開けてチェックしていたのだ。
中身をあらかた確認して、ホッとひと息。
「忘れものをしたわけじゃないみたいね……ん?」
「ジーッ」
うわ、びっくりした。目のまえに、奇抜な改造制服を着た女子高生が立っていた。
駒北の大場さんだった。
「私の顔に、なにかついてる?」
「そのストラップが気になってるっス」
あ、これか。私は、飛瀬さんからのもらいものだと説明した。
「さすがカンナちゃん、センスあるっス」
いや、余りものなんですが、それは。
私の反応をよそに、大場さんはこぶしをにぎって、その場で足踏みした。
「くぅ、角ちゃんにぜひゆずって欲しいっス」
「えッ……大場さんってガラケーなの?」
「新しい制服を作ってるんっスよ。袖にストラップをつける予定っス」
えぇ……あいかわらずのセンス。
大場さん、他人の注文通りに作ったら、すごく腕がいいのに。
なんでデザインが壊滅的なのかしら。謎。
「こんなのはどうっスか? 将棋で角ちゃんが勝ったらゆずって欲しいっス」
ひとのものを欲しがるのは……あ、でも、いっか。ゆずる口実ができた。
「いいわよ」
「じゃあ、指すっス」
「秒読みはどうするの? 適当?」
「うってつけの秒読み係がいるっス。優太くん、出番っス」
近くのブランコに乗っていた少年が、こちらへ駆けてきた。
「大場お姉さん、将棋ですか?」
「秒読みを頼むっス」
「わかりましたッ! ポニーテールのお姉さん、終わったら僕と指しましょうッ!」
いや、それはちょっと。一応用事があるのよね。
っていうか、この子、だれなのかしら。大場さんの親戚とか?
とりあえず曖昧に返事をして、私は大場さん所有のプラ盤に駒をならべた。
じゃんけんして、大場さんが先手。
「よろしくお願いするっス」
「よろしくお願いします」
「7八飛っス」
……………………
……………………
…………………
………………は?
舐めすぎィ! さすがに頭にきた。ボコボコにする。
3四歩、4八玉、1四歩、1六歩、2四歩、5八金左、2五歩。
相振り上等。
2八銀、5四歩、6八銀、4二銀、7六歩、5三銀、3八金。
なに、それ? こんな囲いがあるの?
「どうっスか? 角ちゃんスペシャルっスよ」
「うわぁ、大場お姉さん、ざんしーん」
こらこら、秒読み係は静かに。
私は時間を使い始めた。
「20秒、1、2、3、4、5、6」
「8八角成」
同飛に2二飛と展開する。私は金銀の駒組みが遅れてるけど、先手は受け身だ。
積極的に行ったほうがいいと判断した。
8六歩、7二金、8五歩、6一玉、7七銀、8二銀、9六歩。
あ、うーん……2六歩と突くタイミングがないわね。
ここで突くと同歩、同飛、1七角で痺れてしまう。
「20秒、1、2、3、4」
私は7四歩と突いた。
「お姉さん、序盤からけっこう考えますね。長考派ですか?」
シーッ、静かに。
8四歩、同歩、同飛、8三歩、8八飛。
けっきょく大場さんに先攻されてしまった。
しかたがないので駒組みに専念する。
7三銀、3九玉、5二金、1七銀。
ぐぅ、そこまでして飛車先を切らせてくれないのか。
私は7一玉と寄った。スキを待つ。
「角ちゃんも手がなくなってきたっスね」
そりゃそうでしょ。低く構えてるんだから。
「20秒、1、2、3、4、5、6、7、8、9」
大場さんは4八金左と寄った。おなじく囲い合うつもりらしい。
8二玉、2八玉、6二金左、6六銀。
おっと、出てきた。さすがに小考する。
「20秒、1、2、3、4、5、6、7、8、9」
パシリ
先に角を手放す。けど、これでかなり牽制できるはず。
「7七桂っス」
「6四銀左」
「角筋が気持ち悪いっスね……8九飛っス」
私は9四歩と突いてようすをみた。
大場さん、もういちど悩む。
「20秒、1、2、3、4、5」
「1八香っス」
ふわッ!? もしかして穴熊にするつもり?
さすがにそれは無理があるのでは。私は攻めの体制を築く。
「3三桂」
「1九玉っス……だいじょうぶっスよね、これ?」
「どうですかね。ポニーテールのお姉さんが、ああしてこうして……」
こらこらこら、助言しない。
「優太くん、秒読みしないとダメっスよ」
「あ、そっか。20秒〜」
絶対テキトウに読んだでしょッ!?
「1、2、3、4、5、5、6、7、8、9」
「1五歩ッ!」
端攻め端攻めぇ!
「あ、これヤバい気がしてきたっス」
でしょ。けっこうイケる気がするわよ。
「20秒、1、2、3、4、5、6、7、8、9」
「同歩っス」
私は即座に1七角成と切った。
同香に2六歩と念願の突き捨てを入れる。
「しまったっスね。8九飛が疑問手になってるっス」
おっと、その発言が出るということは、こちらの狙いに気づいてるわね。
「20秒、1、2、3」
「とりあえじ同歩っス」
ずばり、これッ!
パシリ!
6七の地点が穴になっているのを狙う。
大場さんは苦悶した。
「逃げるのは終わるっスから……」
え? 逃げない手があるの?
「20秒、1、2、3、4、5」
パシリ
……あ、そういう反撃があるのか。
私は2五桂と捨てて、同歩に8九銀成とした。
飛車桂と角銀交換の組み合わせで、バランスは取れているはず。
「20秒、1、2」
「2四歩」
大場さんは飛車先を止めてきた。
「駒が足りないか……9九成銀」
「3三角成っス」
桂馬はいないけど、大場さんは予定どおりの位置に成った。
私は2一飛と引きかけて、駒をもどした。
待ってよ……これ、2三歩成とされたら、入玉模様なのでは。
「20秒、1、2、3、4、5、6」
パシリ
「そ、そんな手があるんっスか!?」
わからない。けど、成立しているような。
2三歩成なら同飛、同馬、同香で攻めが続く。
「角ちゃん、これは読んでなかったっス」
「20秒、1、2、3、4、5、6、7、8、9」
大場さんは2三桂と放り込んだ。うーん、絶対に上部脱出する気か。
だったら、私も開拓しましょう。6八飛。
以下、2八玉、6七飛成、5八角、7八龍と進んだ。
「このまま入玉するっス。1四歩っス」
さてと……入玉合戦でもいいんだけど……。
後手の馬が7七の地点を守ってるから、邪魔なのよね。
「20秒」
「5五銀」
馬筋をとめてみる。大場さんは1三歩成。
飛車取りを優先してきましたか……じゃあ6六銀。
「逃げないんっスか……2二と、7七銀成だと相入玉っスね……」
まあ、どっちかっていうと先手のほうが若干入玉しにくいと思う。
2二とは1七香成もあるし。
「20秒、1、2、3、4」
「6六同馬っス」
あ、そっちなんだ……だったら飛車を逃げるわよ。
「5二飛」
1一桂成、2六歩、2一成桂、5九銀、6九銀。
「4八銀成」
一転してお互いに入玉できなくなった。
ギアの切り替えががががが。
「あれ? 龍を逃げないんっスか? ……あ、5八成銀って取れるんっスね」
「20秒、1、2、3」
「4八同金っス」
8九龍、6七馬、5九金、3八金。
「龍はあげるわッ! 5八金ッ!」
「マジっスかッ!? よくわかんなくなってきたっス!」
私もよくわかってない。
「20秒、1、2、3、4、5」
「もらえるもんはもらうっス!」
大場さんは8九馬で、龍を回収した。
私は同成銀、5八銀に5五歩と伸ばす。
「そんなの絶対間に合わないっス。4一飛っス」
フラグいただきました。間に合わせる。
5六歩、8四歩、同銀、8七香、5七歩成。
はい、間に合ったぁ!
とはいえ、後手の代償も大きい。火がついている。
「20秒、1、2」
大場さんは8四香と走った。
5一歩、5三歩、同飛、5四歩、同飛、8三香成。
同玉……は危ないか。同金。
8四歩、同金、8七香、8五歩、同香、同金。
「あわわわ、釣り上げたけど微妙っス」
いや、でもこれ、先手に金銀あるから怖い。
「20秒、1、2、3、4、5」
「さきに4三飛成っス!」
飛車当たり……ん?
……………………
……………………
…………………
………………緩手では?
私は2七角と放り込んだ。
「あ、詰めろっスか……」
5七にと金がいるから、先手玉はそうとう狭い。
「同金っス」
もちろん取らない。2五香と重ねる。
……………………
……………………
…………………
………………
「負けましたっス」
「ありがとうございました」
ふぅ、さすがに熱戦だった――っていうか、勝ってしまった。
ストラップをあげる機会を逸した。
「やっぱり釣り上げたのは悪手だったっスね。最後8五桂と跳ねても同じになるっス」
「5五歩の伸ばしに、もうすこし丁寧に受けても良かったんじゃないの?」
私と大場さんが感想戦を始めると、となりの少年が、
「つぎは僕と指しましょうッ!」
と言ってきた。さすがに遠慮する。
「ごめんなさい、ちょっと寄るところがあるの」
「そんなぁ……うるうる」
もぉ、そういう年下属性を活かした攻撃をしない。
しょうがないから、私は鞄から携帯ストラップをとりだした。
「これあげるから、がまんしてね」
「ストラップですか? 僕、ガラケー持ってないです」
「大場さんが欲しがってるから、プレゼントしてあげたら?」
少年は笑顔になって、大場さんにストラップを渡した。
「はい、プレゼントですッ!」
「くぅ、マジで癒されるっス」
大場さん、男性の趣味がけっこう危ないのでは――ま、一件落着。
いたいけな少年を騙してしまった気もするけど。
一方、少年はその場でぴょんぴょんし始めた。
「そうだッ! ポニーテールのお姉さんにもプレゼントあげますねッ!」
少年はポケットからお菓子をとりだした。
「じゃじゃーん、TKY13とのコラボチョコレートです」
てぃーけーわいさーてぃーんって、なに?
私はお菓子の包装をみた――アイドルグループっぽい。
眼帯をつけた少女が、モンスターの真似をしてこちらを威嚇している。
「おいしいですよ。どうぞ」
「あ、ありがとう」
こうして、携帯ストラップはチョコレートになった。
こっちのほうがいいかな。あとで食べましょ。
場所:駒桜市の公園
先手:大場 角代
後手:裏見 香子
戦型:相振り飛車
▲7八飛 △3四歩 ▲4八玉 △1四歩 ▲1六歩 △2四歩
▲5八金左 △2五歩 ▲2八銀 △5四歩 ▲6八銀 △4二銀
▲7六歩 △5三銀 ▲3八金 △8八角成 ▲同 飛 △2二飛
▲8六歩 △7二金 ▲8五歩 △6一玉 ▲7七銀 △8二銀
▲9六歩 △7四歩 ▲8四歩 △同 歩 ▲同 飛 △8三歩
▲8八飛 △7三銀 ▲3九玉 △5二金 ▲1七銀 △7一玉
▲4八金左 △8二玉 ▲2八玉 △6二金左 ▲6六銀 △4四角
▲7七桂 △6四銀左 ▲8九飛 △9四歩 ▲1八香 △3三桂
▲1九玉 △1五歩 ▲同 歩 △1七角成 ▲同 香 △2六歩
▲同 歩 △7八銀 ▲5一角 △2五桂 ▲同 歩 △8九銀成
▲2四歩 △9九成銀 ▲3三角成 △2一香 ▲2三桂 △6八飛
▲2八玉 △6七飛成 ▲5八角 △7八龍 ▲1四歩 △5五銀
▲1三歩成 △6六銀 ▲同 馬 △5二飛 ▲1一桂成 △2六歩
▲2一成桂 △5九銀 ▲6九銀 △4八銀成 ▲同 金 △8九龍
▲6七馬 △5九金 ▲3八金 △5八金 ▲8九馬 △同成銀
▲5八銀 △5五歩 ▲4一飛 △5六歩 ▲8四歩 △同 銀
▲8七香 △5七歩成 ▲8四香 △5一歩 ▲5三歩 △同 飛
▲5四歩 △同 飛 ▲8三香成 △同 金 ▲8四歩 △同 金
▲8七香 △8五歩 ▲同 香 △同 金 ▲4三飛成 △2七角
▲同 金 △2五香
まで116手で裏見の勝ち




