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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第31局 将棋部 vs TRPG同好会、部室争奪戦!(2015年6月24日水曜)
330/682

318手目 カメラを止めるな

「お嬢ちゃんたち、ほんとうにすまなかった」

 源五郎げんごろうさんは、たたみのうえでいきなり土下座した。

 私たちは困惑してしまう。

「あの……なにがあったんでしょうか……?」

「俺は冨田とんだが死ぬところをみたんだ」

 どういうこと? 私はどうやって控え室に入ったのかをたずねた。

「入ったんじゃねぇ。外から映した」

「映した……?」

 源五郎さんは、一台のビデオカメラをとりだした。ずいぶん高価なものにみえた。

 私は、源五郎さんがてっきり機械オンチだと思っていたから、意外に感じた。

「ビデオ撮影がご趣味なんですか……?」

「商工会議所から借りてきた」

「借りもの……どうやって密室を映したんですか……?」

「お嬢ちゃんたちと出会った公園をおぼえてるかい?」

「はい……」

「あの公園のトイレは、屋上からあの建物がみえるんだ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………えぇ?

「あの公園から会場まで、けっこう距離ありますよ……?」

「屋上の特定の角度からだけみえるんだ。そこから施設まで高いビルがない」

 そっか……アミューズメント施設は丘のうえにある。

 角度によってはみえてもおかしくはない。

「ということは、そのレンズは望遠……?」

「バードウォッチングが趣味のやつがいて、そいつのカメラなんだ」

「でも、そんな距離ならちょっと手ブレしただけで映らなくなりませんか……?」

「三脚で固定した」

 なるほど、そういう――あれ、ってことはもしかして。

「源五郎さん、今からする質問に、正直に答えてください……」

「隠しごとはしねぇ」

「私たちと公園で会ったとき、その撮影の下準備をしていましたね……?」

「……そうだ。なんで分かった?」

「ずっと疑問に思ってたんですよね……工事用シャベルをなんで持ってたのか……」

「トイレの屋上へはそのままじゃあがれないから、シャベルをハシゴ代わりにしたんだ。地面に突き立てて踏めば、簡単にのぼれる」

「じゃあ、追加で質問します……冨田さんの部屋を盗撮しようと思ったんですか……?」

 源五郎さんは、1枚の紙切れをポケットからとりだした。

 それは、志織しおりさんが持っていた謎の告発状と似たものだった。

 異なっているのは、撮影ポイントの指定があったことだ。

「だれかのイタズラとは思わなかったんですか……?」

「イタズラにしては手が込みすぎだ。それに……」

「それに……?」

 源五郎さんは言いにくそうな顔をした。

「正直に話してください……事件を迷宮入りさせたくありません……」

 それでも源五郎さんは数秒ほどためらった。

「娘が名人のことを好きだとわかってた……だから名人に勝って欲しかったんだ」


  ○

   。

    .


 夕暮れどきの公園。私たちはトイレのそばで空をみあげていた。

 屋上には神崎かんざき先輩の姿が。ひたいに手をあてて遠方をみつめている。

「どうですか……みえますか……?」

「うむ、距離はあるが、たしかに冨田の控え室らしきものがみえる」

 神崎先輩はそう言って、颯爽と屋上からとびおりた。

 グキっという音がする。

「いたたた……」

「呼吸法が使えないと、ほんとにか弱いですね…」

「拙者、これでも正真正銘の乙女なのでな。して、あの話を信じるのか?」

「カメラの映像は合成じゃありませんでした……」

 映像の中身は、こうだ。3時前になって、冨田さんがいきなりふりむく。立ち上がってドアのそばに行き、すこしだけかがみ込んだ。そのときに姿がみえなくなる。おそらく、高さの低い冷蔵庫を開けたからだ。ジュースを持って席に座りなおし、フタを開けて口につける。すぐに苦しんで昏倒。

 流れは、彦太郎くんからみせてもらった監視カメラの映像と一致していた。ひとつだけちがうのは、源五郎さんの撮った映像には、ドアが映っていたことだ。ドアは一度も開かなかったし、だれかが出入りしたシーンもなかった。

「かえって難しくしてしまったか。完全な密室であることが証明された」

「……」

飛瀬とびせ殿、いかがした」

「だれがあの告発状を送ったのかな、と……犯人なら自分の首を絞めていることになりますし……かといって、だれかお助けキャラがいるようにもみえないんですよね……」

 遠くで子どものはしゃぐ声が聞こえた。

 あたりに夕方のサイレンが鳴る。異星人の私には、不気味な儀式のまえぶれに思えた。

「とりあえず、この映像は交渉材料になります……深草ふかくさ署へ行きましょう……」


  ○

   。

    .


 青い髪の少女が、殺風景な部屋の中央に座っている。

 私は正面に腰をおろした。少女のほうからあいさつをする。

「こんばんは、KASUMI−J2です」

「こんばんは……私のこと、おぼえてるかな……?」

「はい、私をなおしてくださったかたですね」

 J2さんはニッコリと笑った。表情ゆたかだ。

 人工知能の扱いには慣れている。さっそく本題に入る。

「私がここへ来た理由は、小野崎おのざき刑事から聞いてる……?」

「いえ、なにも」

 そっか――私が源五郎さんの映像を引き渡すかわりに、J1さん、J2さんとそれぞれ一回ずつ面談する権利をえた。慎重に、すべての疑問を解決しないといけない。

「J2さんは、名人と対局した日のことをおぼえてる……?」

「はい、きちんと記録されています」

「その日のことをイチから説明してくれないかな……?」

「イチから、とは?」

「そうだね……朝の搬入からお願い……」

「私はふだん、外出を定期的に許されているのですが、その日はJBMのトラックで運搬されることになりました。朝の4時35分49秒に梱包が終わり、次に再起動したのは5時48分11秒のことです。再起動は、例の対局会場でおこなわれました」

「対局会場っていうのは、じっさいに指した場所のこと……?」

「はい、そうです」

「そのあとは……?」

「会場の椅子に座っていました」

「ずっと……?」

「はい。毅多川きたがわ名人が到着したので、そのときは立ってあいさつしました」

「会場のようすをこの紙に書いてもらえないかな……?」

 私は駒桜こまざくら高校の手帳をとりだした。ペンも渡す。

 J2さんはさらさらと筆を走らせた。


挿絵(By みてみん)


「冨田さんは……?」

「マスターは最初から控え室にいました」

 私が考えをめぐらせていると、J2さんは手帳の表紙に目をとめた。

「駒桜高校とは、どこの高校ですか? 私のデータにはありません」

「あ……これはね、模造品だよ……」

「……そうですか」

 ちょっとあやしまれたかな。私は手帳をしまった。

「名人にあいさつをして、それからどうしたの……?」

「名人が来たのは対局開始10分まえだったので、そのままスタンバイしました」

「盤についた、ってことでいいのかな?」

「はい」

「名人は緊張してた……?」

「事前の学習データと比較して、やや緊張していたように思います」

 私はそのことも頭のすみにしまった。

「じゃあ、対局中の話に移るね……すこし棋譜を解説してもらえるかな……」

「出だしは矢倉模様でしたが、後手のほうから右玉に変化しました」

「右玉を選択した理由は……?」

「選択したのは私ではありません。控え室にいたJ1お姉さまです」

「そういえば、そっか……じゃあ、指し掛けの時点での形勢判断は……?」

 J2さんは急に無表情になった。

「形勢判断は……? ソフトを内蔵してるから計算できるよね……?」

「私のほうがやや悪いように思います」

「失礼な質問かもしれないけど、今は市販のソフトでもプロ並みだよね……? J2さんはテレビ会見で『将棋特化型人工知能』って自己紹介してたと思う……名人相手に中盤で不利になったのは、どうして……?」

 J2さんは無言になった。私は質問を変える。

「内蔵ソフトを起動したログがあるけど……ほんとは自分で指したんじゃない……?」

「あれはマスターから指示がありました」

「冨田さんから……? どんな……?」

「『J1が動かなくなったときのためにスタンバイしておけ』という指示です」

「その指示をした理由を、冨田さんは説明した……?」

「いいえ」

「内蔵ソフトで計算は一度もしてないって誓える……?」

「そうは言っていません」

 私はちらりとJ2さんの顔をみた。

 さっきまでの無表情から、ふたたび普通の女の子の顔にもどっていた。

 青い髪の下から、無邪気な眼球型カメラがこちらをみすえている。

「動かしたの……?」

「はい。15時5分頃に名人が4四歩と指したので、その映像を控え室に転送しました。ところが30分経過してもJ1お姉さまから返信がないので、マスターの言った緊急事態だと判断し、そこでソフトを動かしました」

「つまり、4四同銀はJ2さんが自分で指したの……?」

「はい、そこから指し掛けまでは、私が指しています」

 新しい情報だ。これまでの調査結果としっくりくる。

「ひとつ質問してもいいかな……? 4四同銀に20分もかかった理由は……?」

「それは……私のソフトがあまり高性能ではないからです」

「『将棋特化型人工知能』なのに……?」

「私はまだ未完成品です。マスターは、より高度で軽量なソフトを開発し、私に搭載してくれるはずでした。しかし、マスターは亡くなってしまいました。ひとは死ぬと無になると聞いています。とても怖いことだと思います。将棋が指せなくなるのですから」

「そうか……J2さんは、ほんとうに将棋が好きなんだね……」

 J2さんは、記者会見でみせたあの笑顔になった。

「はい、私は将棋が大好きです」


  ○

   。

    .


「J1さん、おひさしぶり……おぼえてるかな……?」

《どちらさまでしょうか? 声紋のパターンがデータと一致しません》

 アパートで会ったJ1さんは、ほんとに死んじゃったんだね。

 私はあらためて自己紹介をした。

《トビセカンナ……登録しました。トビセさんは、どのようなご用件でしょうか?》

 私は手帳をとりだした。順番に質問していく。

「J1さんは、毅多川名人と対局したんだよね……?」

《はい。妹に代わって指しました》

「J1さんのほうがJ2さんより強いから、っていう理解でいい……?」

《はい》

「J1さんのほうがJ2さんより強いのは、どうして……? バージョンは、J1さんのほうが古いよね……?」

《妹は機体制御に多くのリソースをとられているからです》

 予想通りの回答。これも不自然じゃない。

「毅多川名人相手に右玉を採用した理由は……?」

《名人は、右玉に対する勝率が若干低かったからです》

「指し掛けの局面については、どう思う……?」

 J1さんはしばらく固まった。

《指し掛けのデータは、残っていません。最終データは100手目の9五歩です》

「どうしてそのあとのデータが消えてるの……?」

《わかりませんが、マスターがなにか操作をしたのだと思います》

「例えば……? どんなことをしたらそうなりそう……?」

《アプリケーションを終了したか、パソコンの電源を切ったことが考えられます》

「J1さんは、冨田さんが苦しんでいることに気づかなかったの……?」

《気づきませんでした。音声入力は、対局開始時からオフになっていたので》

「オフにした理由は……?」

《メモリの消費を抑えるためだと思います》

「思います、ってことは、冨田さんは理由を説明しなかったのかな……?」

《……よく覚えていません》

「会話はすべて記録してるんじゃないの……?」

《よく覚えていません》

「じゃあ、残ってる限りでいいから、棋譜を出力してもらえない……?」

 J1さんは、パソコンの画面に棋譜を出力した。


先手:毅多川 晃

後手:KASUMI−J1


▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲7七銀 △6二銀

▲4八銀 △6四歩 ▲2六歩 △4二銀 ▲5六歩 △6三銀

▲7八金 △3二金 ▲6九玉 △7四歩 ▲2五歩 △3三銀

▲3六歩 △7三桂 ▲5八金 △5二金 ▲7九角 △6二玉

▲6六歩 △8一飛 ▲4六歩 △4四歩 ▲9六歩 △3一角

▲6八角 △5四歩 ▲7九玉 △9四歩 ▲4七銀 △7二玉

▲6七金右 △1四歩 ▲3七桂 △1五歩 ▲8八玉 △4二角

▲9八香 △6二玉 ▲9九玉 △7二玉 ▲8八銀 △6二金

▲5八銀 △8五歩 ▲7七金寄 △5三角 ▲6七銀 △4二銀

▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △4三銀 ▲2三歩 △4二角

▲2八飛 △2四歩 ▲4八飛 △2三金 ▲4五歩 △5三角

▲4四歩 △同 角 ▲4九飛 △5二金 ▲4六角 △3三桂

▲4五歩 △6二角 ▲5五歩 △同 歩 ▲同 角 △5三角

▲4六角 △2二金 ▲5六銀 △3二金 ▲7九金 △6二金

▲6五歩 △同 桂 ▲7八金引 △8六歩 ▲同 歩 △5五歩

▲同 銀 △5四歩 ▲6六銀 △3五歩 ▲6五銀 △同 歩

▲7七桂 △6四銀打 ▲5六桂 △9五歩


まで100手で中断


「これをこのメールアドレスに送ってもらえる……?」

 私はスマホをみせた。

《このメールアドレス、とは? 私には画像認識機能がついていません》

「ごめんごめん……読み上げるね……」

 私はメールアドレスを1文字ずつ読み上げた。

「というわけで、転送を……」

《もうしわけありませんが、私はインターネットに繋がっていません》

「そのへんに無料Wi-Fiが飛んでない……?」

《フリーのWi-Fiに接続することはマスターから禁じられています》

 セキュリティの関係か。私はしかたなく、持参のUSBメモリに保存した。

「ねぇ、J1さん……オリジナルが死んで、悲しくはない……?」

《いいえ。私には死という概念がありません》

「そっか……オリジナルもそう言ってたよ……以上で質問を終わります……」


  ○

   。

    .


 私は深草署をあとにする。入り口のところで、小野崎刑事が待っていた。

「どうだったかな?」

「刑事さんもおなじことを聞き出し終えていると思います……」

 私の返答に、小野崎刑事はなんとも言えない表情をした。

「ずいぶん警戒してるんだね」

「まあ……いえ……そうでもありません……警戒してる相手とは交渉しないので……」

 私は源五郎さんが撮影した映像のコピーを渡した。

「きみの報告がほんとうなら、あの部屋は密室だったことになる」

「そうですね……ところで、J1さんたちはどうするおつもりですか……?」

「それについては、今からJBMと相談……っと、噂をすれば」

 署のまえに1台のバンがとまった。例のおじさんたちが降りてくる。

「刑事さん、遅れてすみません。道が混んでいたもので」

「かまいませんよ。さあ、こちらへ」

 玄関を通り過ぎるとき、部長さんが私の存在に気づいた。

「おっと、このまえの女子高生ですね。こんばんは」

「こんばんは……ひとつ質問してもよろしいですか……?」

「ちょっと急いでるけど、あなたには恩がありますからね。なんでしょうか?」

「名人とJ1さんを会わせたことはありますか……?」

「メイジン? ……ああ、将棋の北川きたがわ名人ですね。私はないけど、他はどうかな」

 部長さんは、うしろのふたりにも確認した。ふたりとも首を左右にふる。

「ありません」

「J1さんは名人の名前を知っていました……会っていないのに、どうやって名前をおぼえたんでしょうか……? 彼女には画像認識機能がないので、テレビなどを通じておぼえることもできませんよね……?」

 おじさんは、なんだそんなことかと笑った。

「簡単です。私が入力したんですよ。タイトルホルダーくらいはおぼえさせようと思いましてね。冨田くんは、そういうことにあまり興味がなかったようなので」

「そうですか……ありがとうございました……」

 私がお礼をいうと、おじさんたちは建物のなかに消えた。

 私は敷地を出て、しずかちゃんたちと合流する。

「どうだった?」

「うん……解決した……」

 私の返事に、しずかちゃんはきょとんとした。

「なにが?」

「事件が……犯人もわかったよ……」

「え? ほんと? だれなの?」

 私はスマホをとりだす。電話帳をひらいた。

「……あ、もしもし、深草児童養護施設でしょうか……飛瀬といいます……来島くるしま遊子ゆうこさんとお話をしたいのですが……はい、緊急の用件です……」

 しずかちゃんは私の肩をゆさぶった。

「ねぇねぇ、だれなの? だれが犯人?」

「ちょっと待ってね……明日、最後の確認をしたい……あ、もしもし、遊子ちゃん……? 犯人がわかったから、明日の朝9時に深草署へ集合して……なにかあるかもしれないから、必ずアレを持ってきてね……アレだよ……わかるよね……?」

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