27手目 男子の部決勝リポート(1)
さあ、決勝。
捨神くんvs古谷くんの、はじまり、はじまり。
ふたりとも着席して、準備は万端。
会場内は緊張につつまれていた。
「どっちが勝つと思う?」
私は、松平に勝敗予想をたずねた。
「個人的には、捨神もちだが……古谷も強いからな」
いい勝負ってことかしら。
捨神くんの勝ちっぷりをみるかぎり、賭けるなら捨神くんね。
「兎丸、がんばれ〜!」
同級生の新巻くんは、古谷くんのうしろで応援。
このふたり、ほんとに仲がいい。
そんななか、会長の箕辺くんが、対局テーブルに歩み寄った。
「対局準備は整っていますか?」
「アハッ、こっちは大丈夫だよ」
「僕のほうも問題ありません」
「では、振り駒をお願いします」
ふたりはゆずり合って、捨神くんが振ることになった。だいたい年長。
「……歩が3枚、僕の先手だね。チェスクロはそのまま?」
「そのままでお願いします」
捨神くんは、歩を所定の位置にもどした。
「運営の時計が15時30分を指してから始めます」
……………………
……………………
…………………
………………
「始めてください」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
ふたりは一礼して、古谷くんがチェスクロのボタンを押した。
「7六歩」
捨神くんは角道を開けた。古谷くんも3四歩で角道を開ける。
「凖決勝は佐伯くん相手だからひねったけど、今回は素直にいこうか」
捨神くんはそう言って、6八飛と振った。
「角交換型振り飛車ね」
私は松平に、小声で話しかけた。
「十八番だからな。古谷も受けるだろう」
6二銀、4八玉、4二玉、2二角成、同銀。
穴熊に囲いにくくなった。角交換型振り飛車の狙いのひとつだ。
3八玉、3二玉、8八飛。
「8筋を突かれてないのに、飛車を回るの?」
「どのみちここを攻めるからな。いいんじゃないか」
そんなもんかしら。角交換型は、よく分からなかった。
1四歩、6八銀。
ここで古谷くんの手が止まった。
「端を受けないんですね……」
「アハハ、このかたちは、棺桶と相場が決まってるからね」
捨神くんは、ずいぶんと自信があるようだ。
5四歩、8六歩。
「受けないなら、こちらから詰めさせてもらいます。1五歩」
古谷くんは端を詰めた。
「こっちは8筋をもらうよ。8五歩」
5三銀、5六歩、2四歩、5七銀、2三銀。
「指し手が速いわね」
「大会で何度もあたってるし、手のうちは見えてるんじゃないか」
「そうなの?」
「捨神ー古谷の2世代は、俺たちとは逆に【豊作】って呼ばれてたからな」
「まあ、私たち3年生があんまりパッとしないのは認めるけど……」
個人競技なんだから、世代論に持ち込んでもねぇ。
私は県の大会で優勝してるんだし、あんまりそういうので萎縮して欲しくない。
「2八玉」
「2二玉」
今度は捨神くんの手が止まった。
「この流れなら……こう」
穴熊を選択。これはけっこう勇気がいる。
というのも、端をあらかじめ詰められているからだ。
3二金、1九玉、7四歩、2八銀。
穴熊が完成。後手もそろそろ攻めを考えないといけない。
古谷くんはここで30秒使って、7三桂と跳ねた。
「アハハ、積極的だね。4六銀」
「先輩こそ積極的ですね。4四銀」
ん、急に戦端がひらけた?
危険な香りがする。
「後手は、どうバランス取るつもりなんだろうな」
松平は、あたまにハテナマークを浮かべた。
「8一飛じゃない?」
「ここで8一飛? 危なくないか?」
「とりあえず飛車を引いとかないと、身動きがとれないわよ」
松平はあんまり納得しなかったけど、本譜も5九金左、8一飛と進んだ。
3六歩、6二金、3九金。
「8一飛は当たったけど、手詰まりっぽいのよね」
「ああ、俺もこの先が見えなかったから、8一飛じゃないと思ったんだが……」
対局者目線では、なにかありそう。テーブルから閉塞的な雰囲気は感じなかった。
「9四歩とでも突いておく?」
「それは9六歩だな」
松平は、口頭で端を突き返した。
「なるほど、手渡しし返しますか」
こういうとき、端はあんまり手渡しにならないのよね。
相手にも突き返す権利があるから。
「古谷なら、むりやり打開してきそうだ」
「え? そうなの?」
私は、思わず尋ね返した。
「ああ、古谷はかなりの攻め将棋だからな。あだ名が『殺人兎』だぞ」
えぇ……かわいい男子高校生につけていいあだ名じゃないと思うんですが、それは。
「顔に似合わず、なんとやら、ね」
「棋風と性格は、あんまり一致しないけどな。裏見はしてそうだが」
でしょ……ん? どういう意味?
パシリ
あ、指した。
ほんとに攻めてる。しかも、かなり強引な攻めだ。
「歩の両取りだな」
松平は、見たまんまの解説。
「8六飛って守る?」
「8六飛、5六角のとき、5八金と上がるしかないぞ?」
「べつにそれで受かってない?」
「受かってはいるが……なんか変だな」
感覚的ダメ出し禁止。
「5八金はかたちが悪いけど、次に5七金、6五角、6六歩で、角が死ぬわよ」
「そっか……思ったより窮屈なんだな……避けるなら5五歩か?」
【参考図】
「これなら、5七金、6五角、6六歩、5四角で好位置だ」
なるほど、それはアリそう。
「だから、8六飛以下の進行は、後手の角が活きると思うぞ」
「でも、8六飛で防げないなら、7六角って出られちゃうわよ?」
私と松平は、真剣に考え始めた。
現局面が捨神くんのうっかりとは考えにくい。
もちろん、将棋の世界は水ものだ。河童の川流れ。凡ミスもありうる。
なんたって、あだ名が「ポカ神くん」だもの。
去年は新人戦の決勝で、佐伯くん相手に頓死をくらっていた。
けど、この局面は古谷くんも真剣に読んでるし、なにか応手があるんじゃないかしら。
「7五歩、同歩、8六飛と浮くか?」
さきにアイデアを出したのは、松平だった。
【参考図】
「どうせ7筋の歩は突き捨てるし、これなら5筋が受かる」
「それはちらっと考えたけど、5五歩で困らない?」
「同歩は4七角成、同銀も同銀、同歩、4七角成か……放置は?」
「放置は5六角」
「同飛、同歩……ここで飛車角交換は、マズいな。さきに5八金と受けるか?」
松平は代案を出した。けど、それも私は読んであった。
「5六角で二歩損よ」
「ん、あそっか……あれ? ほかに手があるか?」
もしかして、捨神くん、ほんとに困ってるのかしら。
私たちは、黙って観戦することにした。
けっこうな時間が経ってから、捨神くんはようやく顔をあげた。
「あいかわらず、古谷くんの攻めは受けにくいね」
「あんまり自信はないです」
古谷くんも笑って返す。微妙な駆け引き。
「これで受かってればいいんだけど……」
捨神くんは、7五歩を選択した。
同歩、8六飛、5五歩。
さっきの読み筋に入っちゃった。
「ここで、こうだね」
捨神くんは、静かに角を打った。
お互いに角を手放した格好だ。
「ん? これで受かってるのか?」
松平は、首をひねった。
「5六歩と取り込む?」
私はとりあえず一手進めてみた。
「次に5七歩成、同銀、4七角成で終了だから、5八金は必須か」
「同時に7六角も防がないといけないわね」
んー、本格的に捨神くんが悪い気がしてきた。
パシリ
古谷くんは、力強く5六歩。
捨神くんは入れ違いで、4八金左と上がった。
4八金左?
古谷くんは、ぴくりと眉毛を動かした。
「それは……」
「どうかした?」
捨神くんは、意味深にニヤリ。
古谷くんは口元を手でおおって、鋭く盤面をにらんだ。
いつもは柔和だけど、たまにこういう表情になるわね。
殺人兎というのも、案外しっくりきている。
「……そうか、うっかりした」
古谷くんはそうつぶやいて、長考に入った。
「なんかあったか?」
松平は、本格的に分からないという呈で、両腕を組んだ。
「7六角は5八金で受かってるってオチなんじゃない?」
私の指摘に、松平は目を細めた。
「5八金? 手順前後じゃないか? 先手の一手損だ」
「でも、そこで後手は指す手がなくない?」
「……そうか、6五角と戻ったら、7五角で歩を取られる」
7六角、5八金、6五角、7五角――歩をガードできない。
「これは盲点になりやすいな。4八金左→5八金は、普通なら手損だ」
結局、古谷くんは3分ほど考えて、7六歩と伸ばした。
「ひとまず止まったみたいだね……3五歩」
捨神くんが攻勢に転じた。
6六角は、受けただけじゃなくて攻めてもいるようだ。
「5四角」
古谷くんは、すぐに角を引いた。
さすがにさっきの長考で読んでいたみたい。
「桂馬を跳ねる準備っぽいな。ただ、3四歩、6五桂、3五銀が気になる」
「5七歩成、同金、同桂成、同角で大丈夫なんじゃない?」
「取らずに4四銀だと?」
私は一瞬黙った。
「……難しいわね。4八と、4三銀成……あるいは、4三銀不成?」
「1二玉と避けて……どっちを取る? 角か? 銀か?」
「迫るなら3二銀成としたいわ。角より金が欲しいし、穴熊だし」
「そのあとが続くか? 3三銀?」
「3三銀って詰めろ? じゃなかったら、3九とが怖いわよ」
「それは同銀で……あ、2七に角が利いてるのか」
パシリ
局面が動いた。
3四歩、6五桂、3五銀、4一飛。
古谷くんは、受けないといけないと判断したようだ。
「攻めないなら、これしかないな。4四銀、同歩、同角が王手金取りだ」
【参考図】
でも、飛車を守りに使うのは、どうなのかしら。
この局面は、すでに古谷くんが苦しいように思う。
捨神くんも、自信ありげだった。
「後手の攻めは防ぎきったかな……5八歩」
捨神くんは、5筋に歩を打った。
これも4八金左の効果だ。5八金だと歩を打てない。
「1二玉」
古谷くんは角筋がうるさいとみて、端玉へ移行した。
4四銀、同歩、3八金寄。
一転して、捨神くんは囲い直した。三枚穴熊。
4八金左が一石三鳥(7筋の守り+5八歩のスペース+穴熊)になっている。
「4五角」
古谷くんは、角の活用をはかった。
「その角もかなりうるさいね……4六銀」
捨神くんは、やれやれと銀を打った。4六銀以外の手、例えば8四歩と指すと、5七歩成、同歩、6七角成で、馬ができてしまう。4六銀は、5七歩成に4五銀、同歩、5七歩の用意だ。
以下、本譜は3四角、3五銀、4五角、4四角と進む。
捨神くんは歩切れを解消させてから、チェスクロを押した。
「さすがに飛車角交換はできないか……5三銀」
古谷くんは、銀でがっちりと受けた。
両者とも銀を手放したことになる。ポイントは帳消しだ。
捨神くんは、ここで長考に沈んだ。
「なにを考えてるのかしら?」
「多分、1一角成だろう」
松平は、いきなり切る順を示した。
「え? 切っちゃうの?」
「6六角と戻れないからな。5七歩成がある。5五角と引くのも、すぐ5七歩成と反撃して、9一角成、6七角成、5七歩、同桂成。次に4七成桂があって先手不利だ」
……あ、そっか、銀が4六から離れたせいで、歩成りが復活してるんだわ。
「1一角成、同玉、4六香ってわけね」
松平は、黙ってうなずき返した。
「となると、後手は反撃するしかないわね。5七歩成とか?」
【参考図】
私は、角を見捨てる順を提案した。
4五香、同飛みたいな?
「それはさすがに後手が悪くないか? 4五香、同飛、4六銀で?」
「4一飛と戻って5七歩は……先手を持ちたいわね」
「いや、待てよ、その時点の駒割りは損得なしだよな? 4二香の反撃がある」
松平は、自分で自分のアイデアを潰した。
私も、今度は後手側に立ってみる。
「それを無視して8四歩が気になるわ」
「4六香、同歩、同飛、4七香、3六飛……死んではないな」
「でも、思ったより先手がよくないかも」
結局、捨神くんは残り15分まで考えた。
古谷くんは16分残し。持ち時間が逆転した。
「……1一角成」
突っ込んだ。同玉、4六香。
捨神くんは、かなり手付きが慎重。自信がないのかしら。
一方、古谷くんは大きくうなずいて、持ち駒の歩を手にした。
「お互いに読みは噛み合っていますね……4三歩です」




