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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第31局 将棋部 vs TRPG同好会、部室争奪戦!(2015年6月24日水曜)
329/682

317手目 意外な収入

「こんにちは、飛瀬とびせカンナさんだね」

 マンションの一室から、ひとりの青年が姿をあらわした。

 まだ寝起きなのか、それともよく寝られなかったのか、すこし眠たそう。

 私は礼儀正しくあいさつする。

「おはようございます……飛瀬カンナです……」

「おはようございます、前空まえぞらしずかです」

毅多川きたがわあきらです。中へどうぞ」

 私としずかちゃんは、すごすごとお邪魔した。

 名人だけあって、そこそこお金がありそう。床ランプだし。

 私たちは廊下をすすんで左の部屋へ案内された。

 向かい合ったソファーと低めのテーブル。【王将】と書いた木彫りの置きもの。

 壁には賞状がいくつか飾られていて、応接室だとすぐにわかった。

「お茶がいいかな。それとも、コーヒー?」

「おかまいなく……」

「どっちでもいいならコーヒーにするね」

 名人は部屋を出て行った。キッチンはべつにあるようだ。なんだか気まずい。

 私はここへ来るまで、しずかちゃんと念入りに相談したセリフを反芻はんすうする。

 ああして、こうして……大丈夫かな。慎重に質問しないといけない。

 5分ほどして、淹れたてのコーヒーが出てきた。

「冷めないうちに、どうぞ。ミルクと砂糖は?」

「ミルクだけお願いします……」

「私はブラックでオッケーです」

 しずかちゃんは、さっそく飲み始めた。このエスパー、肝が太い。

 しずかちゃんが質問したほうがいい気もする。とはいえ、美沙みさちゃんによると「堂々としすぎなひとは、相手がかえって警戒する」とのことで、私にインタビュワーのお鉢がまわってきてしまった。

 名人はソファーに腰をおろして、私たちふたりをみくらべた。

「きみたちは井東いとう志織しおりさんのところに下宿していると聞いたけど、ほんとうかな?」

「はい……海外から留学してきたんですが、下宿先の手配不備で……」

「そうか、たいへんだね。井東さんは元気?」

「今日は、その件で相談にあがりました……」

「その件?」

 私は、井東さんがうたがわれていることを説明した。

 名人は動揺した。

「まあ……その話は多少聞いている」

小野崎おのざき刑事からですか……?」

「どうして彼の名前を?」

「私も取り調べを受けたからです……」

 変な親近感を持たせる作戦。けっこう有効。

 名人も乗ってきた。

「あの刑事さん、いろいろ質問をひねってくるから、たいへんだっただろう」

「はい……私のときは、名人の控え室に行った理由を訊かれました……」

「それは僕も訊かれた。僕が井東さんを呼んだんじゃないかって、しつこく確認されたからね。僕が招待状を出したのは事実だけど、控え室に来て欲しいとは言ってないよ」

 ここで招待状の話が出た。予定より早い。

 いきなりくわしく訊いたら、警戒されそう。アイスブレイクに徹する。

「あの日の対局、井東さんといっしょに大盤解説場で観てました……」

「ん? そうなんだ……あれはもう再開されそうにないね」

 なんだか残念っぽさそうな雰囲気。ここから推測できる心境は、ひとつ。

「最後、優勢でしたか……?」

「ああ……おっと、これは他言しないで欲しい。僕の形勢判断として、だからね」

「解説の建山たてやま四段も、先手優勢っぽいコメントでした……」

 名人は苦笑した。その意味は、イマイチつかめなかった。

「きみ、将棋は指せるのかい?」

「免状は持ってないですが、初段以上はあると思います……」

「へぇ、すごいね」

「J2さんのレーティングは、どれくらいあったんですか……?」

 核心部分にむけて話題を変える。まずは、名人がどこまで知っているのか確認。

「あれはロボットが指してるんじゃないんだよ。外部のソフトだ」

「外部……というのは……?」

「僕もよく知らないけど、冨田とんださんの控え室にあるパソコンじゃないかな」

「そのソフトのレーティングをごぞんじですか……?」

「いや、知らない。ソフト名も分からないからね」

 私は名人の挙動をよく観察した。ウソをついているようにはみえない。

 けど、勝負師だから念入りにウラをとる。

「KASUMI−J1っていう名前を、ごぞんじですか……?」

「カスミさんなら、僕の対局相手だろう?」

「名人の対局相手はKASUMI−J2です……J1さんをごぞんじですか……?」

「ジェイワン? ……知らないな。冨田さんのオリジナルソフト?」

「まあ、そんな感じです……対戦相手を知らされなくて不安はなかったんですか……? もしかすると、不正があるかもしれないんですよ……?」

 私は【不正】という言葉にアクセントをおいた。

 でも、名人の顔色は変わらなかった。

「不正って言われてもね。巧妙にされたら調べようがないし、スポンサーのJBMさんが保証してくれたから、そこは信用するしかなかったよ。ただ……」

「ただ……なんですか……?」

 名人は後頭部に手をあてて、気恥ずかしそうに笑った。

 それは、年相応の笑顔だった。

「これはナイショにして欲しいんだけど、市販のソフトでスパークリングしてたんだよ。対局が組まれることは、何ヶ月もまえに分かっていたからね。そのときの勝率がすごく悪かったから、簡単に劣勢になるかな、と思ってた。でも、本番はいい勝負で、コンピュータ将棋大会に出てる有名なソフトじゃないんだろうな、という気はしてたんだ」

 なるほど……さっきの苦笑はそういう意味か。

 弱いソフトと対局している自覚が、本番の段階であった、と。

 だから褒められてもあまりうれしくなかったわけだ。

「なぜ冨田さんは、市販のソフトで代用しなかったんでしょうか……?」

「宣伝にならないからじゃないかい?」

「ソフト名は外部に公開されなかったんですよ……? 宣伝目的なら、対局するまえに自前のソフトを使うことを公表するはずです……」

「勝ったら公表して、負けたら伏せるつもりだったとか?」

 それは一理ある……けど、なんかひっかかる。

「ところで、井東さんがうたがわれているっていうのは、どういうことなんだい? 僕になにかできることがあるのかな?」

 あ、核心部分へ勝手にスライドしてくれた。

「はい……井東さんは大盤解説場へ入るまえに、名人の控え室を訪問しました……それがあやしまれている原因です……冨田さんの控え室は、その奥にあったので……」

「そういうことか……招待状を出したのは僕だから、責任は感じている」

「名人は、なぜ井東さんに招待状をお出しになったんですか……」

 この質問に、名人はあまり明確な答えを与えなかった。

「昔なじみというのもあったし……会場の近くに住んでいたのを思い出したからね」


  ○

   。

    .


 マンションを出たところで、私たちは彦太郎ひこたろうくんの迎えを待った。

 そのあいだに議論する。

「しずかちゃん、どう思う……?」

「名人は犯人っぽくないね。アリバイがあるだけじゃなくて、ウソを言ってるようにも、なにか動機があるようにもみえなかったよ。負けて困るとは思ってたみたいだけど、それはソフトとの対局の時点で覚悟してたみたいだし」

「だね……ただ、よくわかんないことが増えたかな……」

「なに?」

「冨田さんは、どうやって生活費を稼いでたんだろう……?」

 しずかちゃんは「生活費?」とつぶやいて、上目づかいに空をみあげた。

「……退職金で投資してるんじゃない?」

「株とかFXとか……?」

「うん」

「だったら、J1さんとJ2さんのソフト開発を継続していた理由は……?」

「趣味とか?」

「ソフト開発が趣味なら、コンピュータ将棋大会に出るんじゃないかな……」

 しずかちゃんは「それもそっか」と言って、疑問を共有してくれた。

「たしかに変だね。名人はJ1さんが将棋ソフトだってことも知らなかったし、名前が売れそうなところで情報を隠したのは、なんか理由がありそう。あれだけのスポンサーをつけたんだから、お金の匂いがするよ」

「うん……そのお金の流れがみえてこない……」

 そのときだった。古びたライトグリーンの軽自動車が到着する。

 運転席の窓が開いた。彦太郎くんが顔をのぞかせた。

「待たせたな。どうだった?」

「収穫はあったよ……」

「ないと困るぜ。社長を拝み倒してアポ取ってもらったんだからな」

 彦太郎くんは、蕎麦屋まで送ってくれると言った。

「待って……そのまえに、もういちど冨田のアパートへ行ってくれない……?」

「冨田のアパート? あのAIがあったところか?」

「そう……なにか見落としてることがあると思うから……」

 私たちは後部座席にすわって、アパートへ一直線。彦太郎くんはナビを駆使して、なんとか目的地まで到着してくれた。近くに無断駐車する。5階へエレベーターで移動。ところが、ドアには南京錠がかかっていた。このまえはなかった。

「こいつは無理だ。さすがに俺のピッキングじゃ開けられない」

 私たちは裏手の非常階段をのぼってみた。

 彦太郎くんは体をのりだして、窓が開かないかどうか確認する。

「……ん、なんか開きそうだぞ」

 鍵はかかってるけど、ネジが緩んでガタガタいっている。

 彦太郎くんがすこし強めに押すと、カランと音がして、そのまま窓が開いた。

「へへへ、さすがは俺様」

「彦太郎くんが緩めておいたの……?」

「いや、立てつけが悪いんだろ。乗り込むぜ」

 私たちは土足で入室。大丈夫かな、これ。

 部屋のなかは、以前とだいぶ違っていた。いろいろ押収されたっぽい。

 ただ、残っているものもかなりあった。衣服とかはそのままだし、ゴミ箱も、漁られた形跡はあるけど、中身を全部持っていったわけじゃないみたい。

「目当てのものはありそうか?」

「収支の明細が欲しい……自営なら出費からでも推測できる……」

 とはいったものの、ここはJ1さんの姥捨山うばすてやまみたいなところ。

 生活の形跡は、あまりなかった。棚やタンスをあさっても、なにも出てこない。

「数学とかプログラミングの本しかないね」

 しずかちゃんはそう言って、本棚を物色した。

「だね……ん……?」

 私は、ある本に目がとまった。ちょうど目線の高さにあった。

 手にとってめくってみる。かなり読み込んだあとがあった。書き込みも。

「Computer Viruses and Malware Series……?」

「なにそれ?」

 しずかちゃんも横合いからのぞきこんだ。

「これは……コンピュータウィルスとマルウェアの開発本だね……」

「マルウェア?」

「パソコンなんかを不正に動作させるためのソフトウェアだよ……」

 私はパラパラとページをめくった。

 書き込みも丹念に追う。次は本棚の背表紙――1番下の棚に、似たようなタイトルの本がならんでいた。そこに1冊分のスペース。手にとった本は、もともとそのスペースに配架されていたことに気づいた。

「そっか……冨田さんの収入源がわかった……」

「え? ほんと?」

「仮想通貨のマイニングマルウェアだ……」

「???」

「仮想通貨はその真正性を保証するために、チェックをしてくれたユーザに報酬を付与するシステムがあるの、知ってる……?」

「ごめん、よくわかんない」

「仮想通貨は、仲介をしたり管理をしたりする必要があるよね……?」

「まあ、そうなんじゃないかな。でないと取引できないし」

「そのときにボランティアでやってると思う……?」

 しずかちゃんはなんとなく理解してくれた。

「ようするに協力報酬ってこと?」

「そう……そして、協力をするにはコンピュータリソースが必要……」

「コンピュータリソースと不正動作……あ、わかった。もしかして、他人のパソコンを勝手に協力させちゃうってことかな?」

「正解……冨田さんは、他人のパソコンにマルウェアを仕込んで、そこから協力報酬をかすめとる仕事をしていたんだよ……この書き込みをみてみると、いろんな種類の仮想通貨に応じて、それぞれマルウェアの動作を変えていたことがわかる……」

 彦太郎くんもこの話を聞いて、かなり興奮した。

「こりゃすげぇや。スクープまちがいなしッ!」

「たしかにスクープかもしれない……けど……」

 このことと事件とのあいだに、なにか関係があるのかな。

 私たちは冨田さんの犯罪を追っているわけじゃない。

 知りたいのは殺人犯だ。それとも、マルウェアが殺人の動機なのだろうか。

「……」

「カンナちゃん、どうしたの?」

「なにか繋がりかけてる気がする……」

 

 プルルルル プルルルル

 

 ん、電話? 私はスマホをとりだした。神崎かんざき先輩からだ。

「もしもし、飛瀬です……」

《神崎だ。至急、井東宅までもどってもらいたい》

「どうかしましたか……?」

源五郎げんごろう殿から、事件についてなにか話したいことがあるらしい》

「なにか、というのは……?」

 神崎先輩は、ひとつ間をおいた。信じられない答えが返ってくる。

《殺人現場を目撃したというのだ、あの日、直接に》

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