313手目 穴だらけの推理
「え? 毒を飲ませた方法が分かったの?」
「しずかちゃん、声が大きい……」
ここは深草公園。私と神崎先輩が最初に転送された場所。
ランニング中の若い女性や、犬の散歩をするおじいさんがいて、けっこう人目につきやすい。けど、私たちの会話を気にしている通行人は、いなさそうだった。開放的な空間では声が分散するから、ほとんど聞こえないというのもありそう。
「で、そのトリックっていうのは?」
「めちゃくちゃ簡単……」
「もったいぶらないで教えて」
私は、冨田さんの控え室の内装を説明した。
「冷蔵庫……あ、分かった」
「しずかちゃんも分かった……?」
「冷蔵庫の底にボイスレコーダーが仕込まれてたんでしょ?」
うーん、残念。私はヒントを出す。
「しずかちゃん、うしろに毛虫が……」
「きゃああああああああッ!?」
しずかちゃんはうしろをむいて、やたらめったら手を振り回した。
「どこ? どこ? いなくなった?」
「最初からいないよ……」
しずかちゃんは怒った。
「私が虫キライなの知ってるでしょ」
「ごめんごめん……で、しずかちゃん、今どっちの方向にふりむきましたか……?」
「うしろだけど?」
「声はどちらからしましたか……?」
しずかちゃんはポンと手をたたいた。
「そっか、声の方向とふりむいた方向が一致してるとは限らないんだ」
「そういうこと……冨田さんはだれかに話しかけられた雰囲気だったけど……あれはうしろからじゃなくて、べつの方向から話しかけられたんだよ……」
「べつの方向っていうのは? 室内にあやしい機械はなかったんだよね?」
「木を隠すなら森のなか……地球の名言……」
しずかちゃんは、すぐに答えに気づいた。
「冨田さんが使ってたパソコン!」
「正解……というわけで、トリックの見当はついた……けど……」
犯人がまったく絞れていない。冷蔵庫にジュースを入れて、パソコンに音声を流せるひとだったら誰でも可能なトリックだ。捜査範囲が一気に広がってしまった。
「とりあえずJ2さんがあやしいと思ってる……」
「根拠は?」
「冨田さんのパソコンに音声ファイルを仕込むのは、むずかしいと思うんだよね……しろうとじゃないんだから、ウィルス対策とかはばっちりだろうし……変なアプリが入っていたらすぐに気づきそう……ということは、冨田さんが安心して通話を許す相手……対局中のJ2さんである可能性が高い……」
「なるほどねぇ。だったら、警察に押収されてるパソコンの通話履歴を確認できればいいわけか。J2さんがあやしい指示を出していたら、それが証拠になるよ」
「そういうこと……というわけで、警察署に侵入します……」
しずかちゃんは「それ本気?」と尋ねた。
私は本気だと答える。
「最終的に犯人を当てれば、ゲームの中から出してもらえるはず……犯人に目星がついた以上は、積極的に行ったほうがいいと思う……」
「それはそうだけど……こんなに簡単でいいのかな? 推理に全然使ってない情報が多すぎない?」
「例えば……?」
しずかちゃんは、思い出せるかぎりの情報を挙げ始めた。
「まずさ、ナゾの人物からお菓子のさし入れがあったのは、どうなったの?」
「職員さんが3時頃にいなかった理由だっけ……? J2さんの仕業じゃない……?」
「それはおかしいよ。仮にJ2さんが犯人なら、アリバイ作りは動画配信で完璧にできてるわけじゃん? 職員を遠ざける必要なんかないと思うんだけど?」
「うーん……完全犯罪っぽく演出したかったんじゃないかな……?」
「完全犯罪っぽくしたら、デジタルなトリックだってバレちゃうじゃん。職員さんに廊下をうろうろさせて、そのひとたちを疑わせたほうがいいよ」
このエスパー、急に強い推理をし始めた。もっと早くして欲しかった。
「職員さんを遠ざけることで、救急隊の呼び出しを遅らせたんじゃない……?」
「即効性だから、いずれにせよ間に合わなかったんでしょ?」
「念には念を入れて……かな……」
しずかちゃんは、いちおう納得してくれた。
「じゃあ、2番目の論点に移るね。J2さんの50分の長考は?」
「そこは分かりません……」
しずかちゃんは、あのさぁ、みたいな顔。
「友だちに対する一方的な追い込みは、宇宙ではパワハラです……」
「いや、私も分かんないんだけどさ、慎重に行ったほうがよくない? お手つきのときのペナルティがあるかもしれないんだよ? っていうか多分、解答権1回だけでしょ?」
「まあ、分かんないって言っても、なんとなくの推理はある……」
「え、どんな?」
「J2さんは、将棋の解析能力がそんなに高くないらしいんだよね……JBMのひとがそう言ってたから、まちがいないと思う……で、J2さんが冨田さんのパソコンにアクセスしたとき、作動中の将棋ソフトを誤って止めちゃったとしたら……?」
しずかちゃんは、なるほどねぇ、という顔をした。
「つまり、控え室のパソコンの将棋ソフトが止まっちゃって、J2さんが自力で指さないといけなくなったから、読むのに時間がかかったってこと?」
「一番可能性が高いと思ってる……犯行後だった点も説明がつく……」
しずかちゃんは、いつもの凛々しい表情で黙考した。
「……違和感はないね。じゃあ、3番目、J1さんの存在は?」
「J1さんがどうかしたの……?」
「こういう推理モノってさ、登場人物全員に意味があるじゃん?」
「しずかちゃん、徹底的にメタ推理なんだね……ちょっとそれはどうかな……」
「メタ推理しないほうが疑問だよ。じっさいに推理ゲームなんだし」
「裏の裏をかいてJ1さんはただの置きもの……っていう可能性もあるから、むしろ深読みしないほうがいいと思う……」
「でもさ、J2さんはJ1さんと頻繁に会ってたんでしょ? 関係ないことなくない?」
「関係ないことなくなくないです……」
「ないが4回だからあるってことだよね」
あ、異星人語だから間違えた。
「コミュニケーションは分かりやすくしましょう……人間関係と一緒……」
「そうだ、人間関係で思い出したけど、さっきの推理にはもうひとつ大きな問題があると思うんだよね」
「これ以上イジメないで……」
「大事なこと。J2さんが犯人だとして、殺害の動機は?」
このエスパー、一番痛いところを突いてきた。
「そこは微塵も解明できてません……憶測もできない段階……」
しずかちゃんも自前のアイデアがないからか、深くは追及しなかった。
ただ、動機から推理するのも危ないと思う。AIの殺意なんて分からない。
「というわけで、今夜、深草署に突撃します……」
「ダメだよ。将棋界で突撃はタブーだから。潜入って言わないと」
「じゃあ潜入します……そのまえに、下調べしておきたいことが……」
○
。
.
ここは洋洋堂――さし入れのお菓子の出どころ。
しずかちゃんは自動ドア越しに、中をチラチラ観察した。
「人気店っていうわりには、そこまで混んでない感じだね」
「ここの名物プリンは、朝一で売り切れちゃうらしいよ……」
「あ、そういうパターンか。とりあえず入ってみよ」
私たちはスイーツ系女子のようなふりをして、堂々と入店。
店内は、クリームと焼き菓子の甘い香りが漂っていた。
「うーん、どれにしようかなぁ」
しずかちゃんは、ケースをひとつひとつ見てまわった。
お目当はシュークリーム。彦太郎くんの話によれば、それが差し入れられたお菓子。
しずかちゃんはすこしうろうろして、シュークリームのまえで立ち止まった。
「やっぱりシュークリームにしようかなぁ」
「いらっしゃいませ」
ようやく店員が話しかけてきた。しずかちゃん、演技開始。
「こんにちは。このまえシュークリームが売り切れてましたけど、今日はあるんですね」
「売り切れてましたか? ……ああ、あのときですか」
かかった。これは大物の予感。
しずかちゃんは、慎重に言葉を選ぶ。
「なにかあったんですか? 材料が足りなくなったとか?」
「いえ、シュークリームの配達を頼まれまして……ナマモノなので前日に作り置きというわけにもいきませんでしたから、あの日は配達分を作って終わりだったんです」
「売り切れちゃうくらい注文するひとって、よっぽどシュークリーム好きなんですね。女性のかたですか? 意外と男性だったりして?」
「女性のかたですよ。電話での注文でしたが」
「へぇ、すごい食いしん坊」
しずかちゃんのわざとらしいセリフに、店員さんは笑った。
「もちろんひとりで食べたんじゃないと思います。この近くにテーマパークがあるのをご存知でしょう? 有名なエンタメ企業が運営してる。あそこに届けたんです」
ビンゴだ。しずかちゃんは、さらに言葉を継ぐ。
「じゃあ、そこの職員さんで分けたとか?」
「おそらく。そうとうな数だったので……あ、いらっしゃいませ」
ぐッ、邪魔が入った――って、えぇ?
私としずかちゃんは、新しいお客さんにおどろいた。
「小野崎刑事……」
「こんにちは、飛瀬さん、探偵ごっこかな?」
「いえ……そういうわけでは……」
「そこのシュークリーム3つ。飛瀬さんは、なにを飲みたい?」
「飲みたい、というのは……?」
「このまえの嫌疑をお詫びしようと思ってね。そちらのお嬢さんは?」
「しずかです。はじめまして」
「はじめまして、小野崎だ。しずかさんは、なにを飲みたい?」
「アイスカフェラテ」
「しずかちゃん……私たちは用事が……」
「おじさんがおごってくれるって言うんだから、頼まないと損だよ」
私はもういちどたしなめようとした。けど、しずかちゃんはパチりと片目ウィンク。
……小野崎刑事から情報を入手するつもりなのか。
私も乗ることにする。
「じゃあ、私はホットティーラテで……」
「アイスカフェラテとホットティーラテ。サイズは普通でいいかな? 私はコーヒーを」
こうして、私たちは店の飲食コーナーへ移動した。
おじさんと女子高生ふたり……べつの意味で犯罪の匂いがする。
小野崎刑事はコーヒーを一服して、ひと息ついた。
「おどろいたね。きみたちみたいな子が事件を嗅ぎまわってるなんて」
「べつにそういうわけでは……」
まさか遊子ちゃん、ゲロっちゃったの? そんなことないよね?
私はすこし不安になった。
「戸辺がけしかけてるんだろうが、あいつとのつきあいはほどほどに」
「あ、はい……気をつけます……」
「ところで、昨日の『J2を疑っている』という発言、あれは取り消す」
私としずかちゃんは顔を見合わせた。理由をたずねてみる。
「なにか新しい発見でもあったんですか……?」
「冨田の控え室から押収したパソコンを解析してね……あやしい通信記録はなかった」
あれ……ちがうのか。私はがっかりした。
そして、小野崎刑事に騙されたことも分かった。
「小野崎刑事、昨日の時点でトリックの候補に気づいてましたね……?」
「きみも気づいていただろう? おあいこだよ。いずれにせよハズれていたがね」
「音声ファイルが見つからなかったんですか……?」
「なかった。そもそも外部と通話した記録がない。J2のカメラアイの映像を控え室のパソコンで解析して指し手を読み、結果をJ2に送り返していただけだ」
おかしい、と私は思った。だって――
「J2さんの内蔵ソフトが動いていたのは、なんだったんですか……?」
「それは私にも分からん……ところで、きみに訊きたいことがあるんだが」
「なんでしょうか……?」
「エキシビジョンマッチ当日、会場でここのスイーツを食べていた女性がいるらしい」
……あ、私たちのことだ。どうしよう。
さすがに正直に答えたほうがいいかな。
「それは私と井東さんです……」
「いつ手に入れたんだい?」
「休憩時間に井東さんが買って来ました……」
「なるほど、たしかにこの店と会場は近い。歩いて10分ほどだ。なにを食べた?」
「プリンだったかと……」
「ふむ……」
小野崎刑事はコーヒーを飲み干して、席を立った。
「さて、そろそろ仕事にもどろう。あまり事件に首をつっこまないでくれよ」
「善処します……」
のこった私としずかちゃんは、当初の推理がはずれて、作戦会議のやりなおし。
1時間くらい粘ってから家路についた。
蕎麦屋の玄関を開けると、明かりがついていなかった。
神崎さんがひとりで店番をしている。
「神崎さん、もう開店時間じゃないんですか……?」
「カンナ殿、たいへんなことになった」
神崎さんは颯爽と椅子から立ち上がった。
「さきほど警察が志織殿を連行した。先に解決されてしまうやもしれぬ」




