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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第31局 将棋部 vs TRPG同好会、部室争奪戦!(2015年6月24日水曜)
324/681

312手目 超女子高生級の

「ほんとうに直せるのかね?」

 ここは深草ふかくさ警察署の一室。

 小野崎おのざき刑事は、私に不信のまなざしをむけた。

「大丈夫です……機械に関する知識は、さきほど披露したとおりなので……」

 小野崎刑事は、JBM開発部のひとたちに視線を転じた。

 先頭にいたおじさんが答える。

「その子の知識は、なんと言いますか……高校生離れしていますね。ジャイロセンサーの故障で緊急停止したことに気づいたのは、その子のおかげです」

 小野崎刑事の話によると、署内でJ2がいきなり動かなくなったらしい。証拠品として押収していたとはいえ、壊したらマズいということでJBM開発部に急遽連絡。駆けつけた開発部も、すぐには原因が分からなかったとのこと。

「どうしてきみは、センサーの故障だと気づいたんだい?」

 小野崎刑事は、ふたたび私に尋ねた。

「廊下でうしろ向きに転倒したと聞いたからです……」

「……つまり?」

「J2さんの機体構造からして、やや前に重心があると判断しました……さらに、うしろへ転倒するよりも前へ転倒するほうが、腕やひざを使えるので安全設計です……それにもかかわらずうしろ向きに転倒したという事実から、バランス機能そのものが失われていると考えました……」

「なるほど、……で、JBMのみなさん、センサーはすぐに直るのですか?」

「さきほど交換しました。今は再起動中です。カスミJ2に使われている弊社の機体は、工場へ持ち帰らなくても修理できるところが売りですからね。でないと、先行している海外の製品に勝てません」

「そうですか……大手企業さんもいろいろと大変ですな……しかし、故障箇所がすぐに分からない場合は、けっきょく持ち帰ることになりませんか?」

 小野崎刑事、ちょっと嫌味だね。意図的なものじゃないんだろうけど。

 JBMさんたちは弁解するように、

「ジャイロセンサーは私たちが担当しましたが、制御プログラムは冨田とんださんが担当なさっていたんです。あのひとはもともとJBM開発部のスタッフでした。なにを思ったか独立しましてね……まあ、そっちのほうが儲かったのかもしれませんけど……今回の事件は、私たちもだいぶ参っているんです。プログラムの中身が不明になってしまったので」

「そうでしたか。失礼しました……っと」

 ウィーンという駆動音とともに、J2さんが起動した。

「システム、オールグリーン……復旧プロセスを完了しました」

 おおっと室内で歓声があがる。

 JBMのひとたちはJ2さんを立ち上がらせて、いくつかテストをした。

 チェックリストにボールペンで結果を書き込む。

「……大丈夫ですね。お騒がせしました」

「いえいえ、こちらこそ、署まで来ていただき、ありがとうございました」

「ところで、J2はいつ返していただけるんですか?」

「それはお答えできません。証拠品ですので」

「J2は北川きたがわ名人と一緒に、対局場にいたんですよ。彼女が冨田さんを殺害するのは、動機の面からも方法の面からもありえないでしょう。それに、J2を参考人として使うこともできないと思いますが。ロボットに証言能力はあるんですか?」

「そこは上と協議しているところです……一点だけご連絡を。J2は対局中、内臓の将棋ソフトをずっと動かしていた形跡があります」

 JBMのひとたちは、おたがいに顔を見合わせた。

 先頭のおじさんが代表して疑問を呈する。

「それは妙です。J2の棋力は、あまり大したことはありません」

「ほぉ……いったいどういうことですか?」

 おじさんは、すこし気まずそうに答える。

「機体の制御にほとんどのリソースを取られているからです」

「すると、『外部のパソコンのみを使う』という今回のルールは、J2の棋力を制限したように見せかけて、じつは冨田サイドに有利な条件だったことになりますね。J2が自力で指した場合は、それほど強くないのですから」

「いや、まあ、そうなりますが……警察は不正があったとお考えなのですか?」

「ルール的には、そうではありませんか。J2は控え室のパソコンから送られてくる指示に従うことになっていたはずなので。もっとも、あの対局で不正が行われたかどうかについて警察は関心がありませんし、マスコミに発表する予定もありません」

 JBMのひとたちは藪蛇だと思ったのか、それ以上追究しなかった。

 あいさつだけ済まして、部屋を出て行った。

 さらに警察官のひとが来て、J2さんをどこかへ連れて行った。

「さてと……えーと、飛瀬とびせさんだったかな。わざわざ来てくれて感謝する」

「いえ、こちらこそ……それにしても、よく信用してくれましたね……」

「まあ、あいつは悪ガキだが、たまにスクープを持ってきてくれるんでね」

 小野崎刑事は、部屋のすみっこにいた彦太郎ひこたろうくんを指差した。

「へへへ、というわけで、捜査の進展状況などを……」

 彦太郎くんは手もみをして、情報をねだった。

 小野崎刑事は腕時計を確認する。

「よし、面会時間も終わりだ。ごくろうさん」

「そりゃないでしょッ!」

「飛瀬さん、きみには聞きたいことがあるから、ここに残ってもらえるかな?」

「了解です……」

 彦太郎くんはぶぅぶぅ言いながら、部屋を出て行った。

 ドアが閉まる。小野崎刑事は、私に席を勧めた。

「きみはコンピューターにずいぶんと詳しいんだね」

「いえ……それほどでも……」

「現場にいた関係者で、きみより詳しいひとはいなかった。だからこそ、きみに訊きたいことがある。まずは、この映像を見てくれ」

 小野崎刑事は、モニタのスイッチを入れた。

 あのエキシビジョンマッチの対局が映し出される。

「この映像に見覚えはあるかい?」

「多少……大盤控え室のほうでも、ときどき映ってた気がします……」

「そう、ときどき、ね。というのも当日の会場には、天井から盤を映すカメラと、対局者を横から映すカメラの2台があった。これは横から映した映像のオリジナルだ」

「この映像に、なにか気になることがあるんですか……?」

「うしろの壁時計から、この映像は15時5分であることが分かる」

「はい……名人がチョコレートケーキを食べてるので、間違いないかと……」

「このすこしまえに、J2は9五歩と指していて……っと、名人が動いた」

 毅多川きがたわ名人は盤へ手を伸ばした。

 

 パシリ

 

「サイドカメラからでは分からないが、天井のカメラはこうなっている」


【参考画像】

挿絵(By みてみん)


「これも見覚えがあります……ここからJ2さんが長考した記憶……」

「そうだ。そのときの長考をサイドカメラで見て欲しい」

 小野崎刑事は早送りせず、映像を流してくれた。

「どう思う?」

「毅多川名人の動作に対して、J2さんは微動だにしていません……」

「この状態が計50分続いている。きみの意見を聞きたい」

 漠然とした質問――でも、小野崎刑事の意図は分かった。

「J2さんが冨田さんを殺したとお考えなんですね……?」

「ほぉ、なぜそう思う?」

「さきほど刑事さんは、J2さんの犯行可能性について、返答をしませんでした……それに、J2さんは冨田さんの控え室と通信をしていたはずなので、毅多川名人と違って完全に別の場所にいたとは言えません……」

 小野崎刑事は、感心したようにうなずいた。

「きみ、勘がいいな。高校を卒業したら採用試験を受けないか?」

「遠慮します……」

「冗談だ。きみが言うとおり、私は今J2を疑っている。この50分の長考のとき、なにか細工があったと睨んでいるんだが、ただ……」

 小野崎刑事は、自問自答するように黙りこくった。

 私は、その沈黙が意味するところをなんとなく理解した。

「ただ、長考が始まったのは3時過ぎ……つまり、殺人が行われたあとなのが説明できない……ということですか……?」

「ん? なぜ犯行時刻が3時だと知っている?」

「彦太郎くんに教えてもらいました……毒入りの飲み物を受け取ったと聞いています……その受け取りシーンはカメラに映っていないらしいですね……」

「まったく、だれか口外したな。あとで内部監査だ」

 ってわけじゃないんだけどね。彦太郎くんが監視カメラの映像を持ってただけ。

 もっとも、じつはあの映像、署内の知り合いから入手した可能性もある。

 私はそのあたりには触れないでおいた。

「ともかく、犯行時刻は3時ちょうどだ。昏倒したのが3時5分だから、J2が長考に入るよりもまえになる。つまり、J2の動き……いや、この場合は動かないことか、J2が動かなくなったのはあやしいが、事件の時系列とは一致しない」

「小野崎刑事は、犯人がどうやって毒を飲ませたとお考えですか……?」

「私は部屋に細工がしてあって、ジュースを飲むように誘導したのだと思う。室内にひとがいた形跡はなかったからね。ただ、誘導の細工はドア付近にしてあったはずなのだが、これの見当がつかない……おっと、これは非公式見解だよ」

「ドアの近くになにかスピーカーの代わりになるものは……?」

「ない。ドアのそばには空の小型冷蔵庫しかなかった」

「はやりのIoT冷蔵庫では……?」

「旧式だ。音声を発する機能はついていなかった。で、きみのアイデアを聞かせて欲しいんだが、なにかないかい?」

「ちょっと見当がつきません……」

 小野崎刑事は、「そうか」とだけ返した。

「分かった。ありがとう。引き止めてすまなかった。帰りは私が送ろう」

「あ、知り合いがいるので、玄関までで大丈夫です……」

 私たちは署の廊下を歩いて、出口に向かう。

 ちらちらと左右を確認。

「そういえば、女子高生が捕まったって訊きましたけど……」

「ん? それも彦太郎から聞いたのか?」

「はい……それに、署の前にマスコミが押しかけてますよね……」

「ノーコメントだ。もうひとつ、逮捕はしていない」

 私は遊子ゆうこちゃんとの関係を勘繰られないように、それ以上は尋ねなかった。

 ひとつ分かったのは、遊子ちゃんが私たちのことを白状していないってこと。

 あとで助けに来るから、がんばってね、遊子ちゃん。

 私が署の敷地から出ると、彦太郎くんと神崎かんざきさんが待ってくれていた。

 私は彦太郎くんに引き続き見張りをお願いして、神崎さんと一緒に帰宅する。

「いかがであった」

「だいぶ進展しました……歩きながら話しましょう……」

 私は署内のできごとを神崎さんに説明した。

「ふむ、けったいではあるが、犯人には繋がりそうもないな」

「そこは保留で……ただ一点、小野崎刑事は見落としていることがあります……」

 神崎さんは、おどろいたように目を見張った。

「して、その一点とは」

「毒を飲ませた方法がたぶん分かりました……しずかちゃんたちと合流しましょう……」

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