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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第31局 将棋部 vs TRPG同好会、部室争奪戦!(2015年6月24日水曜)
321/681

309手目 ヒントはおやつ?

「ストップ」

 ちょうど曲がり角のところで、彦太郎ひこたろうくんは歩を止めた。

「右手の廊下をそっとのぞいてみろ」

 私としずかちゃんは、曲がり角から右手の廊下をのぞいた。

「頭上に監視カメラが見えるだろ?」

 ……だね。ちょうどすぐ近くに1台見える。

「あの奥にもう1台あるんだが、分かるか?」

「うーん……灯りがついてないから、ちょっと……」

「こういう配置になってる」

 彦太郎くんは、手帳にササッと周辺見取り図を書いた。


挿絵(By みてみん)


「俺たちが今立ってるのがここの曲がり角。真上に監視カメラがあって、だいたい赤く塗った場所を撮影してる。で、その奥に冨田とんだの控え室。さらに奥にもう1台あって、それも廊下を監視してる」

「この撮影範囲だと、水平画角は狭いのかな……いずれにしても、冨田さんの部屋へ行くには監視カメラに必ず映る、と……」

「そういうこと。だけど、どっちにも映ってなかった」

「この感じだと、冨田さんの控え室のドアは映ってないんだよね……?」

「ドアは射程に入ってない」

「この廊下だけやけに監視カメラが多い理由は……? ここに来るまで、カメラは1台もなかったような気がするけど……?」

「この先がITフロアになってるからさ。1回泥棒に入られたことがあって、それ以降は警備が厳重になってる」

 小野崎おのざき刑事が言っていた「この先にももう1台監視カメラがある」っていうのは、私たちの頭上にあるカメラのことだったのかな。ということは、この先を左に曲がると毅多川きたがわ名人の控え室。さらに、警備ロボがウロウロしてたのも、このあたりってこと。

 私はしずかちゃんにたずねた。

「しずかちゃんも、冨田さんに会いに行こうとしてたよね?」

「うん、変なロボットに止められちゃった」

「その変なロボットに止められた場所って覚えてる?」

 しずかちゃんはくちびるに指を当てて、上目づかいで小考。

「……もっと入り口に近かったと思うよ。このへんは見覚えがないから」

「となると、ここはほんとに近づきにくいってことになるね……」

「ほんとに幽霊ってこと?」

「幽霊とか妖怪とか、そういうのじゃないと思う……もしそうなら、冨田さんはジュースを受け取らないはず……っていうか悲鳴をあげる……」

 彦太郎くんもうなずいた。

「俺も超常現象だとは思ってない。冨田は人間からジュースを受け取った。そいつは監視カメラをうまくすり抜けて、冨田の控え室にたどりついた、と考えるほうが自然だ」

「うん……そのトリックが問題だね……」

 私はもうすこしよく見ようと、身を乗り出した。

 あわてて引き止められる。

「こらこら、この先はカメラの視界に入ってるぞ」

「そっか……殺人現場だから、当然カメラが動かしっぱなしだよね……」

 私はしずかちゃんに、どうするかたずねた。

「とりあえずさ、犯人から目星をつけたほうが、よくない?」

「トリックが分からなかったら、犯人の目星をつけようがなくない……?」

「この手のゲームだと、犯人候補は最初に絞られてて、トリックが判明するのは終盤じゃないかな?」

「しずかちゃん、あくまでもメタ推理にこだわるね……」

「だってじっさいゲームじゃん、これ」

 私たちの会話を聞いていた彦太郎くんは、あきれ顔で、

「最近の女子高生は怖いねぇ。推理ゲームごっこか。人が殺されてるんだぞ」

 と言った。

「怖い女子高生ですみません……で、警察はだれに目をつけてるの……?」

 彦太郎くんは手帳をめくった。

「まず、1番最初にあやしんでたのは北川きたがわ名人」

「やっぱり名人……あれ……?」

 私は彦太郎くんの手帳をのぞきこんだ。彦太郎くんはサッと隠して、

「商売道具だぞ」

 と牽制した。

「今、漢字がまちがってなかった……?」

「何の?」

毅多川きたがわ名人は、北川じゃないよ……って、口で言っても分からないか……」

「東西南北の北じゃないって意味か?」

「あ、そうそう……」

「これはマスメディア向けのニックネームだぞ」

 えッ……そんなの初めて聞いた。

 ところが、しずかちゃんのほうは、

「そう言えば、テレビのテロップも『北』になってた気がするね」

 と思い出したように言った。

「毅多川なんて画数が多すぎるからな。政治家の選挙だって仮名に直したりするだろ」

もり雞二けいじみたいだね……で、毅多川名人が第一候補なの……?」

「警察はそう考えてたみたいだな。でも、今は候補からはずされてる」

「アリバイがあったから……?」

 彦太郎くんは、ちょっと怪訝そうな顔をした。

「おまえら、もしかして深草ふかくさ署でなんか言われたか?」

「うん、すこしね……小野崎刑事は名人を疑ってたって小耳に挟んだ……」

「なら話が早い。名人は問題の時刻、冨田がドアを開けたときは対局中だった。完璧なアリバイだ。全国の視聴者が観てたからな」

「どうかなぁ〜そういうのが一番あやしいんだよねぇ〜」

 しずかちゃん、煽らない煽らない。

「で、今はだれが候補なの?」

「警察は、会場にいた人間をひとりずつ聴取してるらしい」

「つまり……見当がついてない……?」

「小野崎のおっさんはなにか感づいてるみたいなんだが、あのひとは気難しいベテランだからな。情報をるのがたいへんなんだ。とりあえず、下っ端は会場にいた人間が3時頃に抜けなかったかどうか調べてるらしい」

 そんなの分かるのかな。対局は何時間もぶっ続けで、いつ誰が抜けたかなんて調べようがない。高校の将棋大会の規模ですら、誰が何時にいなかったかたずねても、分からないと思う。

「とりあえず、その作業は私たちじゃムリだね……警察に任せるしかない……」

「やっぱりトリックから考えようか」

「しずかちゃん、さっきと言ってることが違う……」

「女子高生は臨機応変。まずは私の推理を聞いて。さっきからドアのことを問題にしてるけど、ドアを開けたとは限らないじゃん? ドアの付近はカメラに映ってないんだよ?」

「じゃあ、どこから入ったの……?」

「最初から部屋にいたっていうのは、どうかな?」

 エスパーは知的――と思いきや、彦太郎くんが割り込んできた。

「そいつはさすがに警察も考慮してる。室内に人がいた形跡はない」

「え? なんでそんなこと分かるの?」

「冨田がだれかと会話したり振り返ったりした映像がないからさ」

「それは客観的証拠とは言えないんじゃないかなぁ。カンナちゃんはどう思う?」

「犯人が無口だったり空気だったりすると、そうなるかもしれないけど……でも、しずかちゃんの推理には、もっと根本的な問題があると思う……」

「って言うと?」

「最初から部屋にいたとしても、救急隊が来るまえに部屋を出る必要がある……」

 しずかちゃん、「あ、そっか」と言って、腕組みをした。

「カメラを2回なんとかしないといけないんだね……じゃあ、こういうのはどうかな。天井裏の通気口を使って、カメラの死角に降りるのは?」

「それも警察は調べてあるぜ。ネジが外されたりした形跡もない」

 しずかちゃんはお手上げのポーズで、私のほうをチラ見した。

「やっぱり警察のほうが早く深く調べてるね……ほかに耳寄りな情報は……?」

「まず、室内からは多数の指紋が検出されてて、現在照合中。ビンからは冨田の指紋しか出なかった。犯人は手袋をしていた可能性が高い。小野崎のおっさんは、室内の指紋は全部施設関係者のものだと読んでて、あんまりアテにしてないらしい。次に、廊下の監視カメラに映っている人物について、3時頃に限定しない場合は、そこそこいるんだとさ」

「そのうちの2人が私と井東いとうさんだね……でも、3時だけ少ない理由は……?」

 彦太郎くんはパチリと指をはじいた。手帳をめくる。

「そこなんだ。じつはあの日、3時のおやつにっていう差し入れがあったんだが、その送り主は不明。差出人欄に書かれていた住所は、でたらめだったらしい。小野崎のおっさんが追ってるのは、この差し入れのほうだと思う」

「あ、ふーん……なるほどね……冨田さんが殺されたのがちょうど3時なのは、犯人がおやつの時間を狙ったから……ってことか……」

 しずかちゃんは、ふんふんとうなずきながら

「となると、犯人は将棋関係者なのかな?」

 とつぶやいた。

「なんでそう思うの……?」

「だってさ、将棋の大会でおやつの慣行があるって、普通は知らなくない?」

「……そっか……エキシビジョンマッチでもおやつが出てたね……思い出した……名人はチョコレートケーキとコーヒーだった……」

「おやつの時間は、対局者も着席してないといけないよね。そういうルールはないかもしれないけど、慣例として。将棋中継のおやつタイムって、けっこう番組名物じゃん。関係者もそのときはモニタの前にいる可能性が高くなるよ」

「彦太郎くん、しずかちゃん、完璧……そのおやつの出どころを探ろう……」

 私の提案に、彦太郎くんはしぶい顔をした。

「それはちょいと危ないな。小野崎のおっさんと鉢合わせちまうかも」

「さっきから小野崎刑事のこと、やけに警戒してるね……なにかあったの……?」

 彦太郎くんは鼻のしたをこすって、

「ま、ちょっとな、ハハハ」

 と笑った。

 これはあれだね、取材中の違法行為で何回か捕まってるパターン。

「でもさ……ほかにアテがなくない……?」

 彦太郎くんは胸を張って鼻息を荒くした。

「あるんだなぁ、これが」

「えッ……どこ……?」

「ついて来いよ。彦太郎さまの取材力、見せてやる」


  ○

   。

    .


 玄関の鍵穴に針金を入れて、カチャチャ――カチリ

「開いたぜぇ〜」

「すごい……空き巣だよ……」

 彦太郎くんが開けたドアから、私たちはなかへ潜入した。

 最後尾のしずかちゃんが、慎重にドアを閉める。

 おんぼろアパートにありがちな、年代物の匂いがした。

 薄暗い廊下を進むと、自然光で照らされたフローリングむき出しのリビング。

 金属製のラックに、さまざまな機材が置かれていた。

 コードや本や日常ゴミが散乱していて、足の踏み場がない。

「ここが冨田さんのアパート……?」

「ああ、部屋番号まで調べたからまちがいない。まだ警察も手をつけてない」

「うーん……こんなにごちゃごちゃしてちゃ、なにがなにやら……」

《どなたかいらっしゃるのですか?》

 うわぁッ!? 私たちは小さな悲鳴をあげた。

《どなたですか? 返事をしてください》

 あたりを見回す。でも、声の主が見当たらない。

 彦太郎くんは動揺して、

「だ、誰だッ! 出て来いッ!」

 と叫んだ。シーッ。

《マスター、返事をしてください》

 私は声のするほうを凝視した――あッ、分かった。

「そこのラップトップ……」

 テーブルの上のパソコンに、虹色の紐が舞っていた。

 スクリーンセイバーかと思ったけど、どうも違う。

 その色合いは、声が聞こえるたびに輝度を増した。

《どなたですか? お答えいただけない場合は、警察へ通報します》

 これは……人工知能だね。会話ができるみたい。

 私はなんと答えたものか迷った。

「えーと……冨田豊久さんがお亡くなりになられまして、お悔やみ申し上げます……」

 弔問客を装う。

《……マスターのご友人ですか。御愁傷様です》

「あなたは、だれ……?」

 私の質問に、ふたたび画面が光った。悲しげな色合い。

《私は冨田とんだ豊久とよひさが開発した人工知能、KASUMI-J1です。お見知りおきを》

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