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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第3局 激突!春の個人戦(2日目・2015年4月19日日曜)
32/681

26手目 男子の部準決勝 古谷vs駒込(2)

挿絵(By みてみん)


「……3三歩の一手かしら?」

 私の読みに、松平まつだいらは悩ましげな表情を浮かべた。

「3三歩は歩切れなんだよなあ……とはいえ、それ以外は受けが難しいか……」

「歩は9七と6六に落ちてると考えるしかなくない?」

「9七は拾えないだろぉ。香車を渡すと、3筋の反動がキツ過ぎる」

「でも、放置したら次に4三金で死ぬわよ? 同金と取れないでしょ?」


 パシリ


 議論が終わるまえに、駒音が聞こえた。

 

挿絵(By みてみん)


 歩切れを嫌いつつ、4三金への対応。

「今度こそ3三歩と叩く?」

「それは意味なさそうだな……いや、待てよ。3三歩、同桂に3四歩と打って、2五桂、同歩があるな。次に3三桂と打つのが詰めろだから、6六歩は間に合わないだろ。例えば6六歩、3三桂、同銀左、同歩成、同銀……ああ、ここで先手が歩切れか。駒割りは……金桂交換で、一応先手の得。止める方法は……最初の3三歩に同銀左か。同桂成、同銀、3四歩、4二銀。ここで3三銀と打ちこんでも、同桂、同歩成、同銀で歩切れ。駒割りは金銀交換だ。ちょっと危ない順ではあるけどな」

「歩切れだと、先手が悪そうね。3三歩はないっぽい?」

古谷ふるやも長考してるし、ここは考えどころだと思う。意外と先手が押してない」


 パシリ

 

 ん、指した。

 

挿絵(By みてみん)


 これは……難解。手の意味がすぐには分からなかった。

「んー、そうか、これはいい手だ」

 松平はしきりに感心した。

「どういう手? まさか8五歩、同桂、8二歩成じゃないでしょ?」

「次に6四角と出て、3三歩を強要するつもりだ」

 3三歩を強要? あ、後手が3三歩と受けないと、先手から3三歩、同桂、同桂成、同銀左、3四歩以下、最後3三銀右とできなくて寄るわ。角のラインがある。

「3三歩は必須っぽいわね」

「しかし、打っても6四角なんだよな。次に8六角と取れば、後手が切れ模様だ」

「じゃあ、6二飛と寄って……あ、9四金か。角が死んじゃう」

「これは駒込こまごめ、困ったんじゃないか」

 松平の評価が正しそうだ。駒込くんは、なかなか指さなかった。お姉さんと一緒で飄々としているから、顔色は変わっていないけど、持ち時間の使い方は素直だ。こればっかりは、誤魔化しようがない。

「今までのを整理すると、3三歩と打って6四角〜8六角を甘受するか、6二飛と回って9四金を甘受するかの二択になりそうだ。後者でも6六角と突っ込めるから、大幅な駒損にはならない。むしろ金がそっぽだから、互角かもしれん」

 たしかに、となると、個人的には6二飛――

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 おおお、飛車寄りを選んだ。

「駒込くんレベルなら、そっちだよね。9四金」

 古谷くんは金を打って、角を殺しにかかった。

 6六歩(飛車回りなら角出よりもこっちだ)、6八金引、6七歩成。

「この歩成りはカラいな。同金直は8七銀、7九玉、7八銀成、同玉、8七歩成で死ぬ」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 松平に同意、同玉、6七飛成ね。

「6三歩」

 古谷くんは、飛車の頭を叩いた。

「一回7八とかしら?」

「いや、先手はどうせ6七金とは取れない。6七金直なら8七銀、同金、8七歩成、6七飛成だし、6七金左には8七銀、7九玉、3九角成の必殺技がある」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「同飛、6七飛成に同金と取れなくて終わりだ」

 なるほど、ってことは、歩を補充するために、6三同飛と取ったほうがいいわけか。

「同飛」

 古谷くんも、悠々と歩を払った。

 6四歩、6八と、同飛、6七歩。

「また叩いたわね」

「取り合いは難しいっぽいな。6三歩成、6八歩成の局面は、先手が死に体だ。6八同金なら8七銀、7九玉、4九飛、6九歩、6七歩だし、6九歩に代えて6九飛は4七飛成、3五角、5七角成の強襲。これを同角なら、同龍を同金と取れなくて負け。6八同金に代えて同銀は、6六角と王手するのが厳しい。7七銀と受けても、8七銀、同金、同歩成、同玉に8六歩。これを同玉は8五飛で詰み。同銀も8八飛で詰み。7八玉は8七金、6七玉に7七金が好手。6六玉は6七飛の一手詰みだから、同桂と取るしかないが、それも同角成、同玉、8七飛、6八玉、6七銀、5七玉、5六銀成、同玉、6五金で詰みだ」

 やりますねぇ。さすがは松平。

 いっつもこんな調子なら、好感度もアップするのに、毎回毎回、変なネタを絡めてくるから……っと、集中、集中。私も続きを読んだ。飛車の取り合いができないなら、逃げ合うしかない。

「3八飛」

「4三飛」

 ほらね。古谷くんは8四金として、念願の角をゲットした。


挿絵(By みてみん)

 

 ここからですよ、問題は。

 後手は、先手の金が遊んでいるうちに動かないと、駒損が響く。

「4三飛がネックね。4五歩と突かないといけないわ」

「すぐに4五歩は3五角がある。そのまま6二角成コースだ」

「それ自体は、あんまり痛くないんじゃない?」

「4五歩、3五角、4六歩、6二角成、4七歩成、1八飛か?」

 私は、あいまいにうなずいた。内心ではアリだと思っている。

 

 パシリ

 

 ん? 3七歩?

「そうか、この手はいいな。同飛とさせてから4五歩なら、3五角、4六歩、6二角成、4七歩成のとき、1八じゃなくて1七に逃げないといけない。そこで5八とと入れば、4四歩と止められても、なんとかなりそうだ」

 うーん、かなりひねってきたってことか。

 心境的には、駒込くんのほうが苦しいのかもしれない。

 優勢なときは、ひねらなくても素直な手で倒せることが多いから。

「同飛」

 古谷くんは残り9分を切るまで考えて、このルートを受け入れた。

 4五歩、3五角、4六歩、6二角成、4七歩成。


挿絵(By みてみん)


 ここで、古谷くんの手が止まった。

 残り時間は、古谷くんが8分、駒込くんが4分。

「ちょっと失礼しまーす」

 うしろから、カメラを持った葉山はやまさんが割り込んできた。

 写真を撮ってメモを取り始める。

「どんな感じですか?」

 葉山さんは、おなじ高校の私と松平にコメントを求めた。

「難解」

「そうだな、難解だ」

「ふたりの息はぴったり、と……いてて」

 ぐりぐりぐり。後輩だからって容赦しないわよ。

「暴力はダメですよ、暴力は」

「ハラスメントもダメでしょ。ひとを不快にさせてるんだから」

「俺はむしろ嬉しい……いてて」

 ぐりぐりぐり。あんたは黙ってなさい。

 

 パシリ

 

 きた。力強い駒音。

 

挿絵(By みてみん)


 古谷くん、一気に突っ込んだ。

「3分使ったし、自信があるみたいだな」

 松平は頭頂部を押さえながら、そうつぶやいた。

 同玉、4四歩、同飛、同馬。

 駒込くんは最後の1分を使って、5八飛と下ろした。


挿絵(By みてみん)


 詰めろ。8七金、7九玉、7八飛成まで。

 後手玉は……即詰みはなさそうかな。

 

 ピッ

 

 ここで、古谷くんも1分将棋になった。

 残り30秒で顔をあげる。

「逆転されちゃったかな」

 駒込くんは、ちらりと視線をあげただけで、無反応。

 今のは、ちょっと三味線ね。本人は独り言のつもりなんでしょうけど。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「9八角」


挿絵(By みてみん)


 古谷くんは秒読みにも慌てず、角を置いた。

 彼の読みも【詰まない】ということだったようだ。

 とはいえ、これが受けになっているかどうか。

 いかにも危なそう。8七銀の打ち込みから、寄っちゃわないかしら。

 例えば、8七銀、同角、同歩成、同玉、8六歩、同銀……あ、馬筋が通る。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!


挿絵(By みてみん)


 と金寄り。

 古谷くんは、うんとうなずいた。

 そして一言。

「そっちも寄らないんだよね。しばらく受けかな。6九金」

 4八飛成、6六馬、6五銀、5七馬、同龍、7三金、6八金。

「どっちが勝ってる?」

「分からん……相当難しくなったぞ」

 松平も、だんだん口数が少なくなってきた。

 検討、しっかり。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「3四桂ッ!」


挿絵(By みてみん)


 古谷くん、渾身の一着。

 いつもの優しそうな顔から、凛々しい表情に変わっている。

「僕の王様は……詰むのか?」

 駒込くんは背筋を伸ばして、前髪をかきあげた。

 自陣と敵陣を交互に見比べる。

 どっちが速いかを読んでいるようだ。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「7八金ッ!」

 駒込くんは王手しつつ金を取って、同金に再度59秒考えた。

 そして、6九角と打った。


挿絵(By みてみん)


 明確な詰めろ。

 でもこれ、後手は大丈夫なの? 怪しくない?

 4二桂成、同玉、4四飛、4三歩……これは詰まないか……4五飛と離して打って、4三歩……5三銀、同玉、6三歩成、4二玉、5三金、3一玉、3二歩、同玉、4三飛成、3一玉、4二金まで。詰む。となると、4五飛に中合いして――読みを入れる中、時間はあっと言う間に過ぎていく。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「4二桂成ッ!」


挿絵(By みてみん)


 突っ込んだ。

 駒込くんは、ノータイムで同玉。

「4五飛」

「4四歩」

 ここで古谷くんは、首をやや左斜めにかしげた。

「それ……詰むと思うんだよね」

 古谷くんの一言に、駒込くんは顔をあげた。

 古谷くんは盤をみつめたまま、しばらく考える。

「……4三歩」


挿絵(By みてみん)


「え、それは駒が足りてな……ッ!」

 駒込くんは、ほんのわずかに目を見開いた。

 え? 詰んでる?

 当事者の様子だと詰んで……ああッ! 同玉に3四銀捨てがあるッ!


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 同玉なら3五金、4三玉、4四金、4二玉、5三金、同玉、6三歩成まで。取らないで5二玉と逃げるのは、6三歩成、4一玉、4四飛、4二歩、同飛成、同玉、4三歩、3一玉、4二金まで。3二玉と逃げると一見詰まなさそうに見えるけど、3三歩、4一玉、4四飛、4二歩、3二金、5一玉、4二飛成、6一玉、6二龍で、やっぱり詰んでる。3三歩に同桂は、同桂成、同銀、同銀成、同玉、2五桂と打ち直して、3四玉、3五金、4三玉、4四金から、さっきと似た順になって詰みだ。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「同玉」

 駒込くんは、力なく歩を取った。

 3四銀、3二玉、3三歩、同桂、同桂成、同銀、同銀成、同玉、2五桂。

「4二玉」

「3三銀」


挿絵(By みてみん)


 これも詰んでるわね。

 5一玉なら6二金打、4一玉、4四飛、3一玉、4二飛成、2一玉、2二龍。

 4三玉なら4四飛だし、5二玉や5三玉には6三歩成がある。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「負けました」

 駒込くん投了。

 ドッと歓声が漏れて、あたりに弛緩した空気が流れた。

 準決勝だけあって、お互いに出し切ったような雰囲気だった。

「……最後、詰まないと思ったんだけどね」

 駒込くんのタメ息で、感想戦開始。

「これはしょうがないよ。僕も見つけるのに時間がかかったし」

「3四桂の時点で見えてた?」

「全然。龍を退かせば詰むかと思ったけど、4二桂成、同玉、4五飛に4四歩、同飛、4三歩、5二金、同玉、6三歩成、4二玉、4三銀、3一玉で詰まないからね。あのときは負けにしたかと思って、冷や汗ものだったよ」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「終盤は、もう少しちゃんと読めばよかったな。7八金〜6九角が手拍子だった」

「7八金、同金のあと、受ける手もあったんじゃない?」

 駒込くんと古谷くんは、ざっと局面を戻した。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「金と角を受けに使ったら負けなんだよね。攻めが切れるから」

 駒込くんは、指先で金をくるくると回した。器用。

「でも、打たないとさすがに受からないか」

「4一歩はあるんじゃないの? 4二桂成、同歩は詰まないよね?」

「すぐに4三歩と叩けば、寄るんじゃない?」

 駒込くんは、あまり気の進まないようすで、4一歩と打った。

 古谷くんは30秒ほど考えて、4三歩と打つ。

「……同玉は4二桂成、同玉、4四金がいきなり詰めろだから、僕の負けだね」

「4四玉と入玉を目指すのも、3六銀か金で縛られちゃうか。同銀じゃない?」

 古谷くんの指摘に合わせて、駒込くんは銀で歩を払った。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「僕はこれなら9二飛の予定だったよ。っていうか、これが最初の本線だった」

 古谷くんは、ミネラルウォーターのキャップを開けた。

「結局4二金と打って、もう一踏ん張りって感じか……」

 駒込くんはそんなことを言いながら、腕時計を確認した。

兎丸うさまるくん、決勝まで、あんまり時間がないんじゃないの?」

「さあ、どうなんだろう」

 ふたりは、私のほうへ振り向いた。

 ちょっとびっくりしたけど、幹事の葉山さんがいたからみたい。

「葉山先輩、決勝って何時からですか?」

 駒込くんが代表してたずねた。

「あ、えーと、箕辺みのべくんに確認して欲しいかな」

 葉山さんがどぎまぎしていると、ナイスタイミングで箕辺くんがやって来た。

「こっちは終わったか?」

「ちょうど終わったところ。今は感想戦だよ」

「そうか」

 箕辺くんは一回喉を鳴らして、声の調子をととのえる。

「決勝は15時30分から行います。それまで休憩してください」

 終了の合図。

 古谷くんと駒込くんは、盤を動かさずに2、3言葉を交わした。

「それじゃ、ありがとうございました。また次回ね」

 駒込くんが一礼した。古谷くんも合わせて一礼する。

「ありがとうございました」

場所:2015年度 春季団体戦 男子の部 凖決勝

先手:古谷 兎丸

後手:駒込 歩夢

戦型:矢倉


▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲6六歩 △6二銀

▲5六歩 △5四歩 ▲4八銀 △4二銀 ▲5八金右 △3二金

▲7八金 △4一玉 ▲6九玉 △7四歩 ▲6七金右 △5二金

▲7七銀 △3三銀 ▲7九角 △3一角 ▲3六歩 △4四歩

▲3七銀 △6四角 ▲6八角 △8五歩 ▲7九玉 △5三銀

▲8八玉 △7三角 ▲4六銀 △6四歩 ▲3八飛 △4三金右

▲3七桂 △3一玉 ▲2六歩 △2二銀 ▲9六歩 △9四歩

▲1六歩 △8四角 ▲1五歩 △9五歩 ▲同 歩 △同 香

▲9七歩 △7三桂 ▲3五歩 △同 歩 ▲同 銀 △6五歩

▲2五桂 △3七歩 ▲同 飛 △8六歩 ▲同 歩 △8五歩

▲3四銀 △同 金 ▲同 飛 △8六歩 ▲8三歩 △9二飛

▲3八飛 △4二銀 ▲4六角 △6二飛 ▲9四金 △6六歩

▲6八金引 △6七歩成 ▲6三歩 △同 飛 ▲6四歩 △6八と

▲同 飛 △6七歩 ▲3八飛 △4三飛 ▲8四金 △3七歩

▲同 飛 △4五歩 ▲3五角 △4六歩 ▲6二角成 △4七歩成

▲3二飛成 △同 玉 ▲4四歩 △同 飛 ▲同 馬 △5八飛

▲9八角 △5七と ▲6九金 △4八飛成 ▲6六馬 △6五銀

▲5七馬 △同 龍 ▲7三金 △6八金 ▲3四桂 △7八金

▲同 金 △6九角 ▲4二桂成 △同 玉 ▲4五飛 △4四歩

▲4三歩 △同 玉 ▲3四銀 △3二玉 ▲3三歩 △同 桂

▲同桂成 △同 銀 ▲同銀成 △同 玉 ▲2五桂 △4二玉

▲3三銀


まで127手で古谷の勝ち

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