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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第31局 将棋部 vs TRPG同好会、部室争奪戦!(2015年6月24日水曜)
318/683

306手目 AIvs名人

 えー、というわけで、会場に潜入する必要があったわけですが――

「ふつうに入れちゃいました……」

 大手動画配信サイトが運営する、巨大なアミューズメント施設。

 その一角が会場に選ばれていた。

 当日は貸切に近かったけど、井東いとうさんが招待状をもらうことに成功したのだ。

 それも、名人からの直送で。

飛瀬とびせさん、なにか言った?」

 前を歩いていた井東さんが振り返った。

「いえ……なんでもありません……」

「質問があったら、なんでも訊いてちょうだい。日本へ来て日が浅いみたいだし」

 こっちの世界に来てから日は浅いけど、日本にはもう何年もいます。

 と、内心でつっこんでる場合じゃなくて、質問。

「井東さん、このエキシビジョンマッチに応募されたんですか……?」

「いいえ、勝手に送って来たみたい。私がヒマしてると思ってるのかしら。毎朝仕込みで忙しいのに。今日だって、お父さんが代わってくれなかったらキャンセルだったわよ」

 そういう井東さんは、どこか嬉しそうだった。

 私はなんとなく、名人との関係を察する。

 廊下をどんどん進むと、控え室のフロアに到着した。

 井東さんはすこしためらってから、コンコンとドアをノックした。

「はい」

 男の声――例の青年が顔をのぞかせた。

 伝統芸能の世界にいる、生真面目そうな青年だった。

「し、志織しおり……来てくれたんだ」

 井東さんは名人の額をこづいた。

「招待状を送っといて、なに言ってるのよ」

 名人は照れくさそうに赤くなった。

「すまない……こっちの女の子は?」

「あ、どうも……飛瀬カンナです……」

「志織の友だちかな?」

「お父さんが見つけて来たの。日本へ来たのに、家がないんだって」

 名人は、心配そうに私の顔を見た。

「そうか……それはたいへんだね」

「控え室には、ほかにだれもいないの? いないならちょっとお邪魔して……」

「すまない。集中したいんだ。対局後にして欲しい」

「……分かったわ」

 パタンとドアが閉まった――気まずい。

 井東さんはしばらく悲しそうな表情を浮かべた。

「……大盤解説があるらしいから、そちらへ移動しましょう」

 私たちはさらに奥の部屋へ移動しかけた。すると、変な声に呼び止められた。

「コチラハ カンケイシャノ フロアデス コチラハ カンケイシャノ フロアデス」

 車輪のついたロボットが、私たちのまえに立ちはだかった。

「おっとっと、招待状をもらったんだけど……」

「コチラハ カンケイシャノ フロアデス コチラハ カンケイシャノ フロアデス」

 井東さんは肩をすくめた。

「会話はできないみたい。もどって地図を見ましょう」

 私たちは入り口までもどって、別棟のほうへ移動した。

 すぐに人通りが多くなる。ガヤガヤと声が聞こえた。

「いやぁ、毅多川きたがわくんがどう指すのか、見ものだねぇ」

「ちょっとかわいそうな気もしますけどね。連合が指名したんでしょう」

「イヤなら断ればよかったんじゃないかね」

 3人のおじさんたちが、中継モニターのまえに陣取っていた。

 スポンサーかプロ棋士のどちらかな気がする。

 井東さんは招待状を確認した。

「17、18……ここかしら」

 私たちは椅子に貼られている番号を確認した。まえから2列目の左端。

 ちょうどまえにモニターがあって、ばっちり視聴することができた。

 なんかすごくイイ席じゃないかな。

「その招待状、名人から送られて来たんですよね……?」

 井東さんはくちびるに指をあてた。

「シーッ」

「あ、すみません……」

 あまり目立たないようにしておこう。

 私たちは着席して、対局開始を待った。


  ○

   。

    .


《これより、AIvs名人のエキシビジョンマッチを開催いたします。まずはスポンサーのJBM日本支社広報部部長、菅野すがのさまからご挨拶を……》

 満員になった会場の視線は、中継モニターにそそがれていた。

 年齢層はバラバラで、プロ棋士もいれば新聞社の記者もいる。私たちは、比較的浮いているほうのメンツだった。だれだろう、みたいに見てくるひとも、ちらほら。

《菅野さま、ありがとうございました。では、本日の解説をご紹介いたします。日本将棋連合所属、先月Dクラスに上がられたばかりの新鋭、建山たてやま四段です》

《よろしくお願いします》

 分厚いフレームの少年が頭をさげた。Dクラスは、私たちの世界のC2かな。

 10代っぽいから、ほんとに新進気鋭なんだろうね。

《続きまして、日本将棋連合女流部門所属、壁谷かべや女流プロです》

《よろしくお願いします》

 ショートヘアの、ちょっと勝気そうな女性が頭をさげた。

 解説の男性若手プロと、女流の聞き手。

 私たちが住んでる世界のネット中継と一緒だね。

《おふたりとも、本日はよろしくお願いいたします。では、対局室へカメラを移します》

 画面が切り替わった。和室になる。

 どうやら、対局室→会場→大盤控え室(この大部屋)という中継の仕方らしい。

《名人、すこし緊張してますかね》

 壁谷さんの質問。ジャブとしてはありがち。

《まあ対局前はこんなもんじゃないですかね》

 画面は切り替わらずに、解説と聞き手の声だけ聞こえる。

《建山プロは、戦型をどのように予想しますか?》

《現在では、ソフトに勝ちやすい戦法というものはないですからね……毅多川名人の得意な戦型に誘導するんじゃないでしょうか。どちらが先手を引くかもありますが……》

 対局場の名人とAIロボットのカスミちゃんは、微動だにせず対局開始を待つ。

《では、定刻になりましたので、毅多川名人の先手番でお願いいたします》

 記録係の少年(たぶん奨励会員的立ち位置)が合図をした。

 名人は、ピンとさせていた背筋をさらに伸ばして、

「よろしくお願いします」

 と元気よく一礼した。カスミちゃんも合わせる。

「よろしくお願いします」

 毅多川名人は30秒ほど黙想して――7六歩と指した。

「KASUMIに選択権を渡しましたね」

「矢倉を受けてくれんかなぁ」

 最前列のおじさんたちが、わいわいやり始めた。

 継ぎ盤を用意する。


 パシリ

 

 小気味のよい音。カスミちゃんは8四歩と合わせた。

 6八銀、3四歩、7七銀、6二銀、4八銀、6四歩。


挿絵(By みてみん)


 積極策。いかにもソフトっぽい。

《建山プロ、これは右四間ですか?》

《うーん……まだなんとも言えない気が……》

 こうして始まった対局は、周囲の盛り上がりとともに着々と進んだ。

 2六歩、4二銀、5六歩、6三銀、7八金、3二金

 右四間なのかな? 速攻で潰しにかかるつもり?

 6九玉、7四歩、2五歩、3三銀、3六歩、7三桂。


挿絵(By みてみん)


 ここで解説が入った。

《これ、右四間じゃないかもしれないです》

《ほかにありますか?》

《右玉っぽいんですよね》

 なるほど、ありそう。っていうか、王様を動かしてない以上、可能性は高い。

《大一番で右玉ですか?》

《カスミさんはそういう事情を全然気にしていないと思います》

 この解説を聞きながら、最前列のおじさんが、

「カスミちゃん、『すばらしい将棋を指したい』って言ったんだから困るよぉ」

 と嘆いた。棋士じゃなくて、サラリーマンっぽい雰囲気。

 右玉でも、すばらしい将棋はあると思う――けど、スポンサーには厳しいのかな。

 千日手になりやすいし、おなじ動きをすることが多いから、見た目が派手じゃない。

 5八金、5二金、7九角。

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 右玉だね。指差し確認。

 このあと、お互いに囲い合うところまで進んで、昼食休憩に入った。

「おーい、出前表あるか?」

「回覧しているところなので、しばらくお待ちください」

 外食するひと、出前をとるひと、すでに買って持ち込んでいるひと。いろいろ。

 私は井東さんに、お昼をどうするか尋ねた。

「井東さん、休憩は1時間しかないみたいなので……」

「……」

「井東さん……?」

 もういちど声をかけた。すると、井東さんはハッとして、

「ご、ごめんなさい。考えごとしてたの」

 と弁解した。べつにいいんだけどね。

 私も将棋のときは、声をかけられても気づかないことがある。

「お昼ご飯をどうしますか……?」

「おむすびを作ってきたんだけど、飛瀬さんは外食のほうがいいかしら?」

「いえ……問題ありません……」

 正直、あんまり食べないんだよね、私。

 地球人はくいしんぼう。

 私たちは会場のそとに出て、見晴らしのいいベンチに座った。

 遠くにオフィス街が見える。

 井東さんはランチボックスを開けて、おむすびを2つ私にくれた。

「お茶、飲む?」

「はい」

 水筒から紙コップへじょろじょろ。

「いただきます」

「いただきます……」

 もぐもぐ。塩が適度に効いていておいしい。これは昆布だね。

 井東さんはおむすびを1つ食べると、あとはラップにくるんでしまった。

 じっと空を見上げる。

「気になりますか……?」

「……ちょっとだけ、ね」

「勝てると思いますか……?」

「そこはどうでもいいわ」

 井東さんの返事に、私はちょっとおどろいた。

「負けてもいい……と……?」

「あなた、けっこうずけずけっと訊いてくるわね」

「あ、すみません……」

「いいのよ」

 井東さんはランチボックスにおむすびをしまった。ベンチに深く坐り直す。

「男ってバカだと思うわ。あんなことに意固地になっちゃって」

「あんなことっていうのは、将棋……?」

「そう……じゃないわね。ほかの趣味でも、そう。こどもの頃のあきらは、ほんとに将棋が楽しそうだった。でも、さっきのはぜんぜんそう見えなかった。楽しんでいた趣味を楽しめない仕事にしちゃう……なんでなのかしらね。飛瀬さんも、そういう経験ない?」

 これは……好きなひとがいるかどうかを、暗に質問してるね。

「ピアノを弾いている彼をみると、ちょっと苦しそうかな、って思います……」

 井東さんは大きく息をついた。なんとも言えない、吹っ切れた顔になる。

「世の中、そういうものよね……私、おやつを買ってくるわ。なにがいい?」

「あ、いえ、おかまいなく……」

「いいのよ。どうせ自分が食べたいんだから」

「じゃあ、プリンでお願いします……」

 宇宙人は歯が弱い。私たちはそこで分かれた。大盤控え室で落ち合うことに決めた。

 ……と、この流れは助かる。私は周囲をきょろきょろした。

 近場の木のうしろから、しずかちゃんが顔をのぞかせた。

「ランチターイム、ってことで、ひとつちょうだい」

 私は残っていたおむすびをあげた。地球人はくいしんぼう(2回目)。

「さっきの会話、聞こえた……?」

「全然」

 しずかちゃんは私のとなりに腰をおろした。

 ふたりで情報交換をする。

「へぇ、井東さんは名人のことが好きなんだぁ。幼なじみの恋ってやつ?」

「恋なのかな……なんかちがう印象を受けたけど……で、そっちのほうは……?」

冨田とんださんの控え室に行こうとしたんだけど、入れなかった」

「そういえば、警備ロボがいたね……」

「超能力が使えたら、回路をショートさせて終わりなんだけどなぁ」

 それはそれで犯罪じゃないのかな。器物損壊。

美沙みさちゃんたちは?」

「美沙ちゃんは外回りだよ。私が内回り。神崎かんざき先輩は井東さんのお父さんの手伝い」

 拙者の蕎麦が食えぬのか、とか言ってそう。

「会場のほうは、どう?」 

 こんどは私が状況を伝えた。

「へぇ、右玉なんだぁ……って、それだけ?」

「ふつうに将棋が中継されてました……」

「私は坂下さかしたくんのホログラム映像を見てないけど、ほんとに殺人事件が起こるの?」

 そこなんだよね。ゲームがほんとうに始まっているのか、はったりなのか。

「もうちょっと様子を見てみないと、なんとも……」

「だね。あ、そろそろ対局再開じゃない?」

 しずかちゃんはスマホを確認した。

 通信ができないから、時計がわりにしか使っていない。

「じゃ、なにかあったら例の連絡方法で……」

「了解」

 私は会場にもどった。ギリギリ1分前に井東さんももどってくる。

「はい、プリン。冷やさなくてもおいしいわよ」

「ありがとうございます……」

《それでは、対局を再開します》

 私たちはモニターのほうへ視線をむけた。

 指し掛けだった名人は、何度か自分を納得させるようにうなずいた。

 盤上に手を伸ばす。

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 継ぎ盤から声が漏れた。

「ほぉ、穴熊ですか」

「やや名人らしくない気も」

 やんややんやと、継ぎ盤の駒が動く。

 午後からは大盤解説も始まって、プロの読みを聞くことができた。

 ただ、メインは会場の解説と聞き手のほうらしく、私と井東さんはそれに集中する。

《先手がうまく指してる気がしますね》

《優勢ですか?》

《いや……どのくらいかな。市販ソフトだと500いかない差だと思うんですが……カスミさんのほうはいいと思ってる可能性も……人間視点だと先手持ちかな……》

 そっか、この対局、カスミさんサイドの評価値が出てないんだね。

 なんでだろう。テクノロジーの限界? 

 3時になって、おやつタイム。名人はチョコレートケーキとコーヒー。

 私と井東さんもプリンを食べる。甘くておいしい。

 商標を確認する。

洋洋堂やんやんどう……初めて見た……持って帰れないかな……捨神すてがみくんと食べたい……」

「人気商品だけど、並べばいつでも買えるわよ。彼氏にプレゼントしたら」

 彼氏の名前がバレた//////

 なんてノロケてるうちに、中盤の佳境がおとずれた。


挿絵(By みてみん)


《いやぁ、むずかしい。四段の僕じゃ無理ですね、解説》

《先生、がんばってください》

《とりあえず、これは取りません。っていうか、取れません。4四歩だと思います》

《同銀?》

《……同銀は危ないですね。5二銀、6四桂、同銀、4三銀、9六歩の攻め合いが本筋だと思います。そこから3二銀不成、9七歩成、同香、9六歩に手抜けるかどうか》

 難所みたい。これは考えるかな。

 

 パシリ

 

 あ、意外と早い。


挿絵(By みてみん)


 解説の予想通り、4四歩の攻め合い。

 カスミさんの応手を待つ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 あれ? 指さないね?

《AI、長考してますね。30分経過です》

《本日最長ですか。これは決めに来たりするのかな……》

 会場がざわついた。不安になってる棋士も、ちらほら。

「毅多川くん、きばってやぁ」

 センスをパタパタしながら、和服の老人がエールを送る。

 40分……50分経過。

《システムが止まってる……ってことはないですよね?》

《あ、先生、指しますよッ!》


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 おおおおっと歓声。

「建山くん、はずしとるやないか」

「いやいや、これはAIがミスったのでは?」

 継ぎ盤がにぎやかになる。ああでもないこうでもないと、口々に評価が分かれた。

 AIは間違わないだろう派と、それ以外に分かれてるっぽい。

 そのうちだんだんテンションが上がってくる。

「きみね、最近の若手は『AIなら正しいだろう』って言うけど、それは思考停止だよ」

「先生、そう言われましても、僕たちは奨励院の段階でAIとスパークリングを……」

「そんなことだから大名人が出てこないんだ」

 まあまあまあ、落ち着いて。みんな熱くなっちゃダメ。

 周囲もちょっとマズいと思ったのか、なだめにかかり始めた。

 ところがそこへ、スーツ姿の女性があわてて駆け寄った。

 継ぎ盤の輪の中心にいるおじさんに話しかけた。

「先生、緊急です……警察のかたがいらしてます」

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