303手目 部室争奪戦、開幕
※ここからは飛瀬さん視点です。
捨神くんが夜遊びをおぼえちゃった……飛瀬カンナです。
「ぐすん……私をディナーショーに誘ってくれなかった……」
傷心の私は、部室で遊子ちゃんに泣きついた。
「ま、そういうこともあるよ」
「遊子ちゃんも誘われなかったのに、達観してるね……」
「米長邦雄は家に5日帰らなかったから、1晩くらいはね?」
藤沢○行の奥さんかな?
遊子ちゃん、ときどき時代錯誤なことを言う気がする。
ご実家の関係かも。あまり触れないでおこう。
「というわけで本題にもどりまして……部室争奪戦、いよいよ開幕です……」
「期日は?」
「明日、水曜日の放課後に生徒会室に集合……」
「ゲームの内容は?」
「未定……」
遊子ちゃんは眉間にシワを寄せた。
「事前に話し合わなかったの?」
「ううん……あっちが決めるっていう提案を飲んだよ……」
「ふぅん……ってことは、さすがに見返りとしてなにかあるんだよね?」
なかったら瀬戸内海に沈められそう。怖い怖い。
「あるよ……」
「ゲーム内容の決定権と釣り合うだけの見返り?」
「うん……こっちの参加者は、女子将棋部から最低2名が縛りで、残りの3人は外部から呼んでいいって言われた……ただし、ボードゲームのプロと準プロはナシ……」
「それ、TRPG同好会も同じ条件なら意味ないよね?」
「TRPG同好会は同好会の内部に限定……駒桜市立高校の生徒のみ……」
遊子ちゃんはやたら感心して、
「へぇ、すごいね。カンナちゃん、交渉上手」
と褒めてくれた。
「でしょ……宇宙連合の公務員やってるだけのことはある……地方だけど……」
「おどれ、大事な勝負のまえにふざけとったら頭かち割るぞ」
「ひええ……お許しを……」
まだ捨神くんの赤ちゃんも産んでないのに。
「で、だれを呼ぶの? ゲーム内容が分からないから、オールマイティなタイプ?」
そこは考えてあるんだよね。乞うご期待。
○
。
.
「ようこそ、生徒会執行部へ」
見た目さわやか系の少年が、椅子から立ち上がった。
彼の名前は坂下慎一。駒桜市立高校生徒会執行部の部長、つまり、生徒会長。
「今のは、生徒会長としての挨拶なの……?」
私のツッコミに、坂下くんは笑った。
「ごめん、いつものクセで……それじゃ、将棋部のメンバーを教えてもらおうかな」
私は自分から名乗りをあげる。
「飛瀬カンナ……市立高校将棋部主将……もう知ってるよね……」
「うん、知ってる」
「私は来島遊子。将棋部の部長」
「うん、来島さんも知ってるね。じゃあ、のこりの3人は?」
坂下くんは、私と遊子ちゃんのうしろにいるメンバーをちら見した。
おそらく、というか十中八九、面識がないはず。
まずは、大きなポニーテールの強面少女から。
「拙者は神崎忍。獄門高校将棋部の前主将だ。お手合わせ願おう」
「私は黒木美沙。椿油高校将棋部の主将です。よろしくお願いします」
(前空静。獄門高校将棋部の現主将です。よろしくぅ)
(しずかちゃん、テレパシーじゃ聞こえないよ……)
(あ、やっぱり? 代わりにやってもらえる?)
しょうがないなぁ。私は、しずかちゃんを代わりに紹介する。
「こちらはとっても無口な少女、前空静ちゃんです……獄門高校将棋部の現主将……」
しずかちゃんは、坂下くんにむかって手を振った。
というわけで、地球で言うところの勝ち確です。
忍者、魔女、エスパー、893、宇宙人でそろえて、負けるわけがない。
100%勝ち。
私、この勝負が終わったら捨神くんと結婚するんだ、なんて言っても大丈夫なレベル。
「飛瀬さん、なんだかドヤ顔してるけど、けっこうなメンツをそろえたのかな?」
「か弱い女子高生ばかりです……」
「ふぅん」
さて、今度は相手のメンバーを紹介してもらいたいんだけど……だれもいないね。
「坂下くん以外のメンバーは?」
「僕? ……僕はひとりだよ」
……………………
……………………
…………………
………………?
「今日は顔合わせのつもり……? いずれにせよメンバーは紹介して欲しいかな……」
「そうじゃなくて、TRPG同好会の代表は僕ひとりなんだ」
私たちは困惑した。舐めプ過ぎ……だけど、それならそれでいっか。
「じゃあ、さっそく始め……」
「いやぁ、まさかここまでの面子を揃えてもらえるとは思わなかったよ。おいしそうだ」
変態さんかな? 神崎さんに殺されちゃうよ。すくなくとも去勢されそう。
そう思った瞬間、坂下くんはポケットからルービックキューブを取り出した。
美沙ちゃんが叫ぶ。
「そ、それはパンドラボックス!?」
私たちが飛びかかるよりも早く、坂下くんはキューブをカチリとひねった。
○
。
.
……………………
……………………
…………………
………………うーん。
「ここは……?」
ひんやりとした感触。私は公園の芝生のうえに寝っ転がっていた。
早朝らしく、露がおりている。背中が濡れていた。
「駒桜……じゃないね……どこの公園かな……?」
「やっと起きたか」
ふりかえると、神崎さんが仁王立ちしていた。
「おはよう……ってわけでもないかな……たしか生徒会室にいたよね……ここは……?」
「拙者にも分からぬ。見たことがない街だ」
地球人でも分からないのか。だとしたらお手上げだね。
あたりには薄靄がかかっている。人の気配はなかった。
「どうやら、あの少年の策に嵌まってしまったらしい。何奴だ」
「んー……ただの男子高校生だと思ったんだけど……」
美沙ちゃんは最後になにか叫んでいた。彼女に聞いたら分かるのかな。
とりあえず、ほかのメンバーと合流したい。
「どうにかして捜さないといけないね……」
「拙者に任せろ。ささっと見つけてやる」
神崎さんはその場で腰をかがめて、頭上の木の枝に狙いをつけた。
「とぉ!」
ぴょん
「30センチくらいしか跳んでないんですが、それは……」
「むむ、拙者としたことが、不覚。とぉ!」
ぴょん ぴょん
神崎さんは、その場で何度も跳躍した。
「に、忍術が使えん!?」
「忍術とか、ほんとにあるんですか……?」
神崎さんは私をにらんだ。
「貴様、忍びを侮辱する気か」
「そういうわけでは……」
「拙者が忍術を使うところは、普段から見ているであろう」
そう言われると反論できないんだよね。実証主義。
「で、急に使えなくなった理由はなんですか……?」
「むぅ……呼吸法はこれで合っていると思うのだが……」
忍術の秘訣は呼吸法だった? ラマーズ法かな?
「じゃあ、私が捜します……」
こんなこともあろうかと、しずかちゃんたちに通信機を渡してあるんだよ。
私は発信ボタンを押した。
プッ……ププッ……
「あれ……電波障害……?」
「そのようなおもちゃでは通信範囲が限られているであろう」
宇宙連合の公務員に配られるものなんだけど……まあ、最新式でないのは認める。
連合もお金がないからね。
「では、きわめて普通にスマホで解決します……」
私はスマホをフリックした――なにも起きない。
「変だな……バッテリー切れ……?」
「拙者の携帯も使えぬ」
「忍者なのにスマホとか使ってるんですか……?」
「忍者が最新技術を駆使してはいかんのか」
「いかんくはないです……まあ、それは置いといて、困りました……」
神崎さんも私も、現状がただならぬことに気づき始めていた。
ふたりの長所が潰されてしまっている。
これで得をする人物は、ひとりしかいない――坂下慎一だ。
「となると、首謀者を捜し出すほうが先決か」
「いや、さすがにほかの3人を……ん」
だれか来た。私たちは咄嗟の判断で、そばにあった木のうしろに隠れた。
かすかな足音と、もうひとつ、ちょっと重たい金属音が聞こえた。
「早朝の散歩かな……?」
「霞がかっていて、よく見えぬ」
あ、見えた。灰色のシルエットが浮かんだと思いきや、女の人が現れた。
白いワンピースに膝丈のスカートを履いている。
ショートカットにそろえた髪は、真っ青だった。変わった色だね。
女性は、公園の通りをゆっくりと歩いて、また霞の中に消えた。
「……人がいることは分かったな」
神崎さんのコメントに、私もうなずいた。
「だね……無人の空間に閉じ込められたわけじゃないみたい……」
「ひとまず公園を出よう。さすれば道は……」
「こらぁ! そこでなにやっとるッ!」




