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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第30局 帰って来た将棋仮面?(2015年6月22日月曜)
314/682

302手目 虚像と実像

 正面玄関に到着した俺たちは、窓口の守衛さんに話しかけた。

「すみません、派手なピンクのスーツを着た女性が来ませんでしたか?」

「ピンクのスーツの女性……? いや、見てないよ」

「そうですか……この建物には入り口が他にもありますか?」

「一応3ヶ所あるけど、お客さんが出入りできるのはここだけだよ。警備の関係でね」

「そうですか……ありがとうございます」

 俺たちはあやしまれないように、柱の影へ移動した。

「ハッピーは建物の中だ。待ち伏せするか?」

「そうだね。それがいいよ」

 俺と捨神すてがみは、レセプションホールの椅子に座って入り口を監視した。

 

 *** 10分経過 ***


 全然来ないじゃないか……悪手だったか?

箕辺みのべくん、もしかしてハッピーはここの関係者なんじゃないの?」

「俺もその可能性を考えてたところだ」

「だったら従業員用の更衣室で着替えてる可能性があるよ」

 さすがにそこは俺もうっかりしていない。

 服の色だけじゃなくて、髪型や背格好も判断するようにしていた。

 でも、該当者がまったくいないんだ。ハッピーは背が高かった。壇上のメンバーと見比べたかぎり、170近かったと思う。女性としては高身長だ。

 俺はそのことを説明した。

「アハッ、箕辺くん、よく観察してるね。感心したよ」

「感心してる場合じゃないぞ。関係者なら、べつの2ヶ所からも出られる」

「あ、そっか……他も調べに行く?」

 俺は迷った。ここを離れた途端にハッピーと行き違いになる可能性もあったからだ。

「まいったな……圧倒的に人手が足りない……」

「葛城くんに連絡して、正面玄関を見張ってもらわない? 会場はもういいよね?」

 それもそうだ。

 俺はふたばにMINEで連絡して、正面玄関を見張るように伝えた。

 俺と捨神は、べつの玄関をさがしまわる。

 ひとつは簡単に見つかった。おなじレセプションホールとつながっていたからだ。

 もうひとつはやや複雑で、館内地図を調べてようやく見つけた。

 どちらにも守衛さんが立っていたが、ハッピーらしき女性の情報は得られなかった。

「くそっ、もしかして関係者用の特別なドアがあるのか?」

「そこの守衛さんに聞いてみたら?」

「教えてくれないと思うぞ」

 っていうか、さっきから守衛にあやしまれてる気がする。

 守衛同士で連絡を取り合っているのかもしれないし、自重することにした。

 いったん2階へ上がり、自動販売機のある凹んだスペースに身を隠した。

 ブーンという自販機の音と、ゴミ箱からただようジュースの香り。

 まずは作戦の立てなおしだ。

「捨神、ハッピーは市民ホールを出てると思うか?」

「五分五分だね。目立った以上、早めに逃走したいはずだから。これが五分」

「のこりの五分は?」

「ただの勘なんだけど……伊吹いぶきさんと合流するんじゃないかな、って」

 ん……それは考えなかったな。ありうる。

 あれだけ将棋の息があってたんだ。顔見知りかもしれない。ハッピーはどこかに隠れていて、伊吹のショーが終わるのを待ってるんじゃないだろうか。だとすると、目撃情報がまったくないのも納得がいく。

「捨神なら、どこに隠れる?」

「女子トイレだね。個室で着替えもできるし、長居しても気づかれないから」

 百理あるな。俺はふたばにMINEを入れた。

 

 

 たつきち 。o O (女子トイレをひとつずつ回ってくれ)

 

 ふたば 。o O (ふえぇ、りょーかーい)

 

 

「これでよし、と」

「僕たちはどうするの? 正面玄関にもどる?」

「そうだな。やっぱり残りの可能性も潰しておいて……ん?」

 だれかの話し声が聞こえた。数人でわいわいやっている。

 しかも、こっちに近づいて来た。

「捨神、隠れよう」

「え? 男の声みたいだけど?」

「ハッピーに仲間がいないとは限らないだろ」

 俺たちは自販機のうしろがわに隠れた。こっそりと廊下をのぞく。

 足音も声も、はっきりとこちらのほうへ向かっていた。

「いやぁ、つかれた、つかれた。このあとどうする?」

「どうするもなにも、深夜バスで直帰だろ」

「そのまえになにするか、って聞いてんの」

「とりあえず葉隠はがくれと合流」

「あいつどこ行ったんだよ。まさかフーゾクじゃねぇだろうな」

 3人……いや、4人だな。声音こわねからして4人いる。

 地元の高校生か? それにしてはH島弁が出てこない。

「葉隠にかぎってそれはないだろ」

「いやぁ、あいつマジでなに考えてるか分かんねぇからな」

「ハハハ、意外とムッツリだったりして」

 笑い声。ずいぶんと下世話な話だな、と思いつつ、通り過ぎる4人組を盗み見た。

 ……え? アイドルユニットのテンペストじゃないかッ!

 俺が目を白黒させるなか、4人は自販機のまえを通り過ぎて姿を消した。

 声も遠ざかり、最後には聞こえなくなった。

「……行っちゃったみたいだね」

 捨神が凹みから顔を出し、廊下の左右を確認した。

「今のひとたち、テンペストだよね? たしか5人組じゃなかった?」

「ハガクレと合流がどうこう言ってたし、2階を捜してたんじゃないのか?」

「なんで2階を捜すのかな? あのひとたちの会場は1階だったと思うけど?」

「それはアレだ。この階にスタッフルームがあるから、控え室もあるんだろ」

 俺の推理に、捨神は納得してくれた。

「アハッ、箕辺くん、今日は冴えまくってるね」

「だろ? というわけで、2階を探索してみないか?」

 将棋仮面幽玄が消えたスタッフルームは、会場とつながっていた。もちろん、そこだけが入り口じゃないだろう。どこかに廊下と接するドアがあるはずだ。しかも、そのドアは来客から見えない位置にある、というのが俺の推測だった。

 2階の案内図を確認すると、奥のほうにスタッフルームとつながるドアが見えた。

「案内図に立ち入り禁止とは書いてないけど……」

 捨神はちらりと廊下の奥を見やった。

 赤いテープでくくられた金属製のポールが2つ。

「実質立ち入り禁止なんじゃないかな?」

「高校生だし、うっかり迷いこんだって言えば分からないんじゃないか?」

「箕辺くん、けっこう悪いこと考えるね」

「いや、まあ、多少はな。盗みに入るわけじゃないんだ」

 俺たちはおたがいに同意して、仕切りポールの向こうがわに足を踏み入れた。

 だれもいないことを確認する。早足で突き当たりを右に曲がった。

「っとッ!?」

 俺はだれかにぶつかりそうになった。

 相手が軽やかによけてくれて、間一髪のところで助かった。

「す、すみません」

「気をつけろ。ここは廊下が急に狭く……ん?」

 ジャージに黒いポロシャツをまとったイケメンが、俺たちに鋭い視線を投げかけた。

「おまえたち、スタッフじゃないな? 地元の高校生か?」

「あ、その……トイレが混んでて、従業員用を使おうかな、と……」

「従業員用はカードがないと開かないぞ。上の階を使え」

 男――っていうか、少年だな。よくみたら俺たちと同世代くさい。

 壁によりかかった俺のまえを、少年は無視するように通り過ぎた。

 そのときだった。

「あ、秋月あきづきくん?」

 捨神が少年の名前を呼んだ。少年は足を一瞬だけとめて、

「なんだ? 俺に話しかけたのか?」

 と尋ね返した。

「う、うん……秋月くんじゃない? 僕のこと覚えてる?」

「俺はそんな名前じゃない」

「じゃあなんで足を止めたの?」

「廊下に俺しかいなかったからだ」

 合理的な返し。だが、どこか違和感をおぼえた。

 捨神も食いさがる。

「ほんとに秋月くんじゃないの? 小学生のとき、将棋大会で……」

「将棋イベントの客か。そろそろ終わる頃だろう。早くもどったほうがいい」

 俺は腕時計を確認した。たしかに終演時間は近い。

「アキヅキと俺はそんなに似てるのか?」

 少年の質問に対して、捨神は言葉に窮した。

「面影はあるけど……似てないと思う」

「ならこれまでだな」

 少年は立ち去ろうとした。そこへ、さっきの4人組がもどってくる。

 先頭の少年が、目をぱちくりとさせた。

「あれ? 葉隠、こっちにいたのか?」

「俺はずっと控え室にいたぞ」

「へ、変だな、控え室は一回のぞいたつもりだったんだが……」

「こいつ、葉隠がフーゾクに行ってるんじゃないかって言ってたぞ」

「バカ! なんでしゃべるんだよッ!」

「お客さんのまえだ。そういう話はやめろ」

 テンペストのメンバーは、ギョッとして俺たちのほうに気づいた。

「あ、あははは、こんにちは」

 リーダーらしき少年が、気まずそうに挨拶した。

 俺たちも挨拶して、なんだか微妙な空気になる。

 その空気を破ったのは、やはり葉隠だった。

「ぼやぼやするな。マネージャーが待ってる」

「あ、ああ……それじゃ、君たち、バイバイ」

 リーダーらしき少年は俺たちに手を振って、姿を消した。

 俺はしばらくぼんやりして、それから、

「す、捨神、さっきのアキヅキってのは、だれだ?」

 と尋ねた。

「……行方不明になってる少年だよ」

 俺はおどろいて、すぐには言葉が出せなかった。

「て、テンペストのメンバーが行方不明になってる少年……?」

「ごめん、たぶん僕の勘違いだと思う。似てたのは面影だけなんだ。目鼻とか」

「それ以外は? 話してみた印象が大事だろ?」

 捨神は首を左右に振った。

「秋月くんは、将棋大会の会場でハシャギ回る陽気なタイプだったよ。審判のひとによく怒られてたからね。御面ライダーごっこをしてたのを、今でも覚えてる」

「陽気なタイプか。だったら、ひと違い……おい、ちょっと待て。ってことは……」

 俺が言い終えるまえに、捨神もうなずいた。

「将棋仮面は、僕が覚えている秋月くんのイメージにぴったりなんだ」


  ○

   。

    .


 帰りのバスのなかで、俺たちは無言になっていた。

 将棋仮面は、行方不明になっている九州の小学生強豪?

 なぜ今ごろ将棋界に帰って来た? なぜ正体を隠す? 内木との関係は?

 疑問だらけだ。

「ねぇ、箕辺くんは御面ライダーシリーズをまだ観てる?」

 となりに座っていた捨神が話しかけてきた。

「いや……高校に入ってからは観てない。妹は観てるっぽいが……捨神は?」

「僕も観てないよ。でも、ストーリーは知ってるんだ。中学の多喜たきくんが教えてくれたからね。たしか、子どものころに亡くなったはずの少年が帰って来るんだよ。その少年が御面ライダー幽玄の正体の候補」

「……マジか?」

「そう、そして本作のヒロインは【女子高生アイドル】っていう設定なんだ」

 なんだ、それ……現状と一致しすぎじゃないか。

 行方不明の小学生強豪。そして、中学生アイドルの内木うちき

 狙ってやってるのか? それともただの偶然?

「その亡くなったはずの少年が、御面ライダー幽玄なんだな?」

「ううん……その少年はツクヨミっていう敵の幹部かもしれないんだ。気になって調べてみたら、ネットの意見は2分されてるみたい。二重人格で幽玄とツクヨミの2役だとか、いろんな推理があったよ」

 俺は頭をかきむしった。

「マジで意味が分からん」

「まあ、あんまり深く考える必要はないのかもしれないけど……」

「そうだよぉ。今日見た感じだと、将棋仮面はただの変態さんだよぉ」

 それならいいんだが――俺はなにか、とてつもなくイヤな予感がした。

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