表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第30局 帰って来た将棋仮面?(2015年6月22日月曜)
313/683

301手目 必殺レモンキック!

「3五歩ッ!」


挿絵(By みてみん)


 キュッと音をさせて、幽玄ゆうげんは歩を突いた。

《ちょっと、なにしてるのよッ!?》

 内木うちきの声が会場に響き渡る。

《おやおやぁ、レモンちゃん、マイクテクがいまいちですねぇ。騒音ですよぉ》

 内気は赤くなった。今のは完全に素だったな。

 とはいえ、悲鳴をあげたくなるのも分かる。ペア将棋で過激な指し手は怖い。

「同歩」

 ハッピーは悠々と取った。

《これは……取るしかないか。同角》

《7四歩です》


挿絵(By みてみん)


 伊吹は角を活かす。

「ふぅむ……そこのお嬢さん、ほんとうに棋歴2ヶ月なのかな?」

 おっと、幽玄、ジャブを飛ばした。

 伊吹いぶきはとびきりの営業スマイルで、

《はい、できたてほやほやの棋歴2ヶ月です》

 と答えた。アイドルって怖い。

「……そういうことにしておこう。2六角」

 8四角、7九玉、6四歩、6八金右、7三桂。

 ここで内木に手番が渡った。

《だいたい布陣し終えましたね……》


 10秒

 

 機械音声が入る。秒読みが始まった。

 

 1、2、3、4、5、6、7

 

《3八飛です》


挿絵(By みてみん)


 ほほぉ、っと声が上がった。

 観客のなかには棋力の高いメンバーもいるのだろう。

《んー、レモンちゃんも過激ですね……3四歩》

 伊吹は自陣に蓋をした。

「俺の番だな。3六銀」

 スムーズな攻め。内木と幽玄の息はぴったりだ。

 アタリーでコンビを組んでいたところをみると、何局か指したことがあるんだろう。

「3一玉」

 ハッピーは菊水矢倉を目指す。

 この女も伊吹と息が合ってるな。どういう関係なんだ。

《9六歩》

《2一玉》

 幽玄はひざを曲げ、両手を広げて戦闘開始のポーズを取る。

「ショータイムだッ! 3五歩ッ!」


挿絵(By みてみん)


「だれが怪人よ。同歩」

 同銀、6五桂、6六銀、5五歩。

 後手も攻勢に出た。攻め合いになる。

 ふたたび内木の手番。

《桂馬を殺せるかどうか、って感じですね》

《きゃあ、伊吹、殺されちゃう》

《3四歩》

《アイドルは営業トーク大事ですよ〜》

 伊吹は2五桂と跳ねた。

 8八玉、1二玉、1六歩。

 この手はなんだろうな。5九角から桂馬を殺すのか? それとも端攻めの準備?

 

 10秒 1、2、3、4、5、6、7、8

 

《5一角です》


挿絵(By みてみん)


 伊吹は角を下がった。端攻めを警戒してるのか?

「この1六歩は2通りに取れるな。さすがはレモン、性格のオモテウラが……いたたた」

 幽玄、背中を内木につねられる。

《あ、司会者さん、ケンカしてますよ、ケンカ》

「今のはスキンシップだッ! 1五歩ッ!」

 幽玄は端攻めを選択した。

「めんどくさくなったわねぇ」

 ハッピーは両腕を組んで、お色気ポーズ。

「じゃ、新鋭アイドルさんのお手並み拝見といきましょう。9四歩」

《それは後悔させます。5五銀》

《うふふ、レモンちゃん、ハッピーさんの手は単なる手渡しじゃないですよ。8六歩》


挿絵(By みてみん)


 後手から攻めた。内木のほうは守備駒が1枚少ない。

「ギリギリで勝利してこそヒーローだ。同歩」

「イマドキブラック企業みたいなこと言ってるんじゃないわよ。8五歩」

 舌戦とともに勝負は進む。

 6六歩、8六歩、6五歩、5四歩。

 ここで内木は小考。

 引くしかなくないか? そもそも8筋が危なすぎて突っ込め――

《突っ込みます。4四銀左》


挿絵(By みてみん)


 これには会場の一部から歓声が上がった。

 捨神すてがみも驚いて、

「内木さん、ほんとに強くなったね。この手を20秒で速断はスゴイよ」

 と称賛した。俺は、

「勝てるのか? 8七銀って打ち込まれたら終わるぞ?」

 と尋ねた。

「そこは、なにか大きな構想が……あ、伊吹さんが指すよ」

《さすがにそれは舐めすぎです。同銀》

 同銀、8七銀、7九玉、4四金、同角。

「挟撃よ。4七銀」


挿絵(By みてみん)


 ハッピーは銀で王様を挟んだ。

 先手は7八銀成〜8七歩成で寄りがたちになりそうだ。

《1八飛です》

 内木は飛車をスライドさせた。

 7八銀成、同金、8七歩成、同金、同飛成。

 幽玄は仮面に手をかけ、フッと息をついた。

「この手を回してくれたことに感謝しよう……1四歩ッ!」


挿絵(By みてみん)


 え? 大丈夫……なのか?

 7八金で……飛車角が利いてるから詰まないっぽい。

 同飛、同龍、5八飛、6八合駒のあと、8八金の送りの手筋が成立しない。

 

 10秒 1、2、3、4、5、6、7、8、9

 

「同歩」

 ハッピーはぎりぎりで取った。

《ナイス、幽玄。4一銀》

 内木は銀を打つ。伊吹はさっきまでの軽口をやめて、真剣に考えていた。

 

 10秒 1、2、3、4、5、6、7、8、9


《6九金》


挿絵(By みてみん)


 そっちから送るのか。

「そろそろバトルBGMだな」

《なにを言って……》

 突然、御面ライダー幽玄のOPソングが鳴り響いた。

 スタッフのひとがあわて始める。

「最後の大立ち回りッ! 行くぞッ! 同玉ッ!」

 8九龍、7九金、5八金、同飛、同銀成、同玉。

《TKY13の意地ぃ! 7九龍ッ!》

 伊吹は怒りの表情で金を取った。

 彼女が指し終えたとたん、将棋仮面はその場で空中回転蹴りを披露した。

 思わず拍手が起こる。

「必殺ッ! 御面ライダートルネード! 1四香ッ!」


挿絵(By みてみん)


 え? ……香車を走っただけ?

 会場はあっけにとられた。対戦相手の伊吹も、

《かっこつける場所、まちがえましたか?》

 とあおり返した。

「怪人らしいセリフだ」

《くッ》

「伊吹ちゃん、盤面に集中しなさい。1三歩」

 ハッピーは普通に受けた。内木の番だ。

「レモン、あとは任せたぞ」

《ええ、この局面はクライマックス》

 内木はパシーンと大盤に駒を打ちつけた。


挿絵(By みてみん)


《必殺レモンキック! 2一銀ッ!》

 伊吹とハッピーは目を見開き、そして、同時に叫んだ。

「「つ、詰んでるくさいッ!!」」

 幽玄は高らかに笑う。

「ハハハ、いいぞ、いかにも怪人がしそうなリアクションだ」

「い、伊吹ちゃん、落ち着いて。詰んだとは限らないわ」


 10秒 1、2、3、4、5、6、7、8、9

 

《ど、同玉》

 3二銀成、同玉、3三銀、同銀、同歩成、同角、同角成。

 伊吹とハッピーは完全なノータイム指しになった。

《同玉。さあさあ詰むんですかぁ?》


挿絵(By みてみん)


 ここまでは俺でも分かる。2一銀以下、バラバラになるのは必然だ。

 でも、後手玉はめちゃくちゃ広くなったぞ。

 幽玄は余裕しゃくしゃくで、

「仕上げだ。5一角」

 と王手した。ほとんど入れ替わりで、ハッピーは4二歩と合駒をした。

《3四歩》

 内木は19秒ギリギリまで確認して王様を叩いた。

 2四玉、4二角成……ん? このかたちは?

「にゅ、入玉さえすれば……3五玉」

《入玉はできませんよ、ハッピーさん……いいえ、ニセ将棋仮面さん》


 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………詰んだ。

 2六玉は3七金、同桂成、1五馬だし、3六玉なら4七銀だ。

 金が3枚あるから助からない。

 最後の最後で手番になった伊吹は歯ぎしりした。

《負・け・ま・し・た》

《ありがとうございました》

 盛大な拍手。口々に称賛の声が漏れた。

 司会のお姉さんも大満足のようで、

《いやぁ、熱戦でしたねぇ》

 と4人をたたえた。

《ところで、えーと、将棋仮面さん、やはりお顔のほうは……》

「それでは、放送終了の時間だ。また会おう」

 幽玄はパチリと指を鳴らした。ホールのライトが落ちる。

「なんだ? 停電か?」

「照明さーん、電源確認して」

 会場がざわつく。そのなかで、俺はかすかな物音を聞いた。


 パタン

 

 ん? ……ドアの閉まる音?

 周囲を確認するまえに、ふたたびライトがついた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………幽玄がいない?

《あ、あれ、将棋仮面さーん?》

 司会のお姉さんはキョロキョロする。

 困り果てたようすで、ハッピーのほうへマイクを向けた。

《あの……お仲間はどちらへ……》

「あ、用事を思い出したわ。失礼」

 ハッピーは舞台から飛び降りると、駆け足でテーブルの合間を縫った。

 そのままホールの入り口から逐電する。

《え、えーと……会場参加の方にはプレゼントがあったのですが……》

 司会のお姉さんは困惑して、他のスタッフたちと相談を始めた。

 俺も捨神に声をかける。

「さっき、スタッフ専用の入り口が開かなかったか?」

「うん、開いた気がする」

 俺たちはどさくさに紛れて席を立ち、ドアノブを確かめた――開かない。

「ダメだ。中から鍵がかかってる」

「たっちゃん、ハッピーのほうを追いかけたほうがよくなぁい?」

 ふたばの提案。俺と捨神もそのほうがいいと判断した。

「3人で抜けたら怪しまれないかな?」

 と捨神。ふたばは、

「僕がここに残ってるよぉ。なにかあったらMINEで連絡してぇ」

 と言い、留守番を引き受けた。

「サンキュ、頼んだぞ」

「気をつけてねぇ」

 俺と捨神はホールを出た。

 絨毯の敷かれた左右の廊下を見回す。

「……いないな」

「走って逃げたから、近くにはいないんじゃないかな」

「くそ、だったら捜しようがないぞ」

 俺が地団駄を踏むと、捨神は、

「大丈夫だよ。御面を脱ぎ捨てることはできても、服を交換する時間はないはずだから」

 とアドバイスしてくれた。

「そ、そうか、着替える時間はないな。服装は覚えてるか?」

「たしか、ショッキングピンクのスーツだったよね」

「ああ、かなり目立つ服装……ん、待てよ」

 俺は、ハッピーが建物から逃げ出している可能性に気づいた。

「市民ホールから出られるとマズいな……ひとまず1階へ降りよう」

 俺と捨神はエスカレーターを駆け下りて、正面玄関へと向かった。

場所:H島文化ホール 将棋ディナーショー

先手:内木・将棋仮面幽玄

後手:夜ノ・将棋仮面ハッピー

戦型:ムリヤリ矢倉


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △3二金 ▲7八金 △8五歩

▲7七角 △3四歩 ▲8八銀 △4四歩 ▲2五歩 △3三角

▲4八銀 △5二金 ▲6九玉 △4三金右 ▲5八金 △2二銀

▲4六歩 △5四歩 ▲5九角 △6二銀 ▲4七銀 △4一玉

▲3六歩 △5三銀 ▲7七銀 △5一角 ▲2六角 △3三桂

▲3五歩 △同 歩 ▲同 角 △7四歩 ▲2六角 △8四角

▲7九玉 △6四歩 ▲6八金右 △7三桂 ▲3八飛 △3四歩

▲3六銀 △3一玉 ▲9六歩 △2一玉 ▲3五歩 △同 歩

▲同 銀 △6五桂 ▲6六銀 △5五歩 ▲3四歩 △2五桂

▲8八玉 △1二玉 ▲1六歩 △5一角 ▲1五歩 △9四歩

▲5五銀 △8六歩 ▲同 歩 △8五歩 ▲6六歩 △8六歩

▲6五歩 △5四歩 ▲4四銀左 △同 銀 ▲同 銀 △8七銀

▲7九玉 △4四金 ▲同 角 △4七銀 ▲1八飛 △7八銀成

▲同 金 △8七歩成 ▲同 金 △同飛成 ▲1四歩 △同 歩

▲4一銀 △6九金 ▲同 玉 △8九龍 ▲7九金 △5八金

▲同 飛 △同銀成 ▲同 玉 △7九龍 ▲1四香 △1三歩

▲2一銀 △同 玉 ▲3二銀成 △同 玉 ▲3三銀 △同 銀

▲同歩成 △同 角 ▲同角成 △同 玉 ▲5一角 △4二歩

▲3四歩 △2四玉 ▲4二角成 △3五玉 ▲2七桂


まで113手で内木・幽玄ペアの勝ち

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ