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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第29局 不破楓、両想いに踏み切る(2015年6月20日土曜)
306/681

294手目 シーソーゲーム

 あたしたちは、アタリーの東端にあるアトラクションへ案内された。

 巨大なシーソーのような乗り物が4つ。

 まだオープンしていないのか、だれも並んでいなかった。

 立ち入り禁止のロープすらあった。

 毛利がそれを勝手にくぐろうとしたので、あたしは声をかけた。

「おいおい、看板の字が読めないのか」

囃子原はやしばらグループが作ったおもちゃだ。試運転する許可はもらっている」

 マジかよ。なかなかやるな。

 あたしもロープをくぐる。係員にも止められなかった。

「で、こいつは?」

 あたしは飴玉を頬張りながら、乗り物をコツンとやった。

「シーソー型の乗り物だ。両端に座席があるだろう」

 それは毛利に説明されなくても分かる。見たまんま。

 あたしは座席をのぞきこんだ。

「……ん? タブレットがついてる?」

「その画面で将棋を指すのだ」

 マジで将棋指すのかよッ!

 あたしは驚愕した。毛利たちは、4つのシーソーにそれぞれ分乗した。

「おまえたちも早く乗れ」

「いや、勝手に話を進めるな。食事券は賭けないぞ」

「女に二言にごんはないはずだ」

 二言もなにも約束してないだろ。ふざけるな。

歩夢あゆむ、さっさとずらかろうぜ」

「このタブレット、有機ELなんだね。最新式かな」

「乗るなって言ってるだろッ!」

 歩夢はあたしの忠告を無視した。腰をおろしてシートベルトを装着する。

「なんでシートベルトがついてるの? シーソーしながら将棋とか?」

「歩夢、あたしと絶叫マシーンに乗ろうぜ。このまえできたばかりなんだ」

「別行動でもよくない? 昼ごはんの集合場所だけ決めておいて」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ぐすん。

「歩夢、なんだかんだであたしのこと嫌いなんだろッ! うわーんッ!」

 あたしは這いつくばって、地面をこぶしで叩いた――ちらっ。

不破ふわさん、それウソ泣きだよね。10年つき合ってるから分かるよ」

「What a pity girl she is.」

「見てるこちらがいたたまれないな。食事券は見逃してやるから、座ってくれ」

 くそぉ、もう赦さねぇからなぁ。

 あたしは立ち上がって、シーソーに乗り込んだ。毛利と対峙する。

かえでさん、けっきょく指すの? 私たちは?」

安奈あんな並木なみきもさっさと乗れ。県外の連中にデカイ顔されてたまるか」

「ハァ……じゃ、並木くん、私たちも乗りましょ」

 安奈は長門ながと、並木はキャサリンの正面に座った。

 しっかし、このシートベルト、なにに使うんだ。

 まさか座席が回転し始めるとかないよな。

 あたしたちの着座を確認した毛利は、係員にOKのサインを出した。

「うおっとッ!?」

 いきなりシーソーが地面から数メートル浮いた。

「おい、先に説明しろよッ! 危ないだろッ!」

「すまんすまん、どうも解説は苦手でな……というわけで、対局開始。ぽちっとな」


挿絵(By みてみん)


 タブレットに将棋盤が表示された。

 持ち時間もなにも聞いてないぞ。サイドに30って出てるから30秒将棋か?

 振り駒があるのかと思いきや、先後は勝手に設定されていた。あたしの後手だ。

《あーあー、聞こえるか?》

 座席のそばのスピーカーから毛利の声が聞こえた。

「聞こえるぜ」

《よし、こちらも聞こえる。7六歩だ》

 パシーンと派手なエフェクトがかかる。

 

 29 28 27 26 ……


 マジで30秒かよ。あたしは画面をタッチして、3四歩と開けた。

「受験勉強でひさびさに指す。お手やわらかに頼む。2六歩」

 ぼこぼこにする。

「5四歩だッ!」

 あたしが勢い良く指した途端、ガクンとシーソーが下がった。

「うわあああッ! な、なんだッ!? 事故かッ!?」

 あたしは慌てて座席を確認する。壊れたか? どこか壊れたか?

《落ち着け。それは形勢判断だ……2五歩》

 また微妙に揺れた。あたしは座席にしがみつく。

「形勢判断?」

《この対局は、ソフトで評価値が与えられている。形勢が悪いとシーソーが下がり、相手のほうが上がる。タイトル戦でよく見る評価値バーのようなものだ》

 なるほど、そういう……は? 評価値?

「このポンコツソフト! 振り飛車にしただけでマイナスにしてんじゃねぇぞッ!」


 8 7 6 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 だーッ! 5二飛ッ!

 4八銀、5五歩と進んで、あたしのシーソーが少しもどった。


挿絵(By みてみん)


《中飛車か……6八玉》

 こいつ、あたしの棋風を知らないみたいだな。

 とりあえず手なりで指すか。

 3三角、7八玉、4二銀。

 またガクンと下がった。4二銀のなにが悪いんだよ。

 ソフト特有の序盤評価やめろ。

 5八金右、6二玉、6六歩、7二玉、6七金。

「穴熊とは上等じゃねぇか。8二玉」

「そっちも穴熊くさい。7七角」

 5三銀、8八玉――お望み通り相穴にするか。

 県代表相手に手抜くほど、自信家じゃない。

「9二香」


挿絵(By みてみん)


《こちらも潜ろう。9八香》

 9一玉、9九玉、8二銀、7八金、6四歩、8八銀。

 このあたりで、シーソーは平らになった。あたしはひと息つく。

 さて、どうしたもんかな。

 先手の右銀の動きはあやしい。たぶん4枚穴熊狙いだ。

 

 10 9 8 7 6 ピッ

 

 あたしは7一金と寄った。

 5九銀、6二銀、6八銀、5一金、3六歩。

「浮くぜ。5四飛」


挿絵(By みてみん)


 あたしは4四飛を見せた。

《それは簡単に止まる。4六歩》

 やるな……って、あたりまえか。県代表だもんな。

 4四飛、4八飛に1五角と覗いても、4七飛で不発だ。

 6八に銀がいるから5九角成が利かない。

「となると固めるしかないか。6三銀」

《ふぅむ、消極的なタイプか。見た目とちがうな》

 あたしは乙女だぜ。

 

 パシーン!

 

 画面に黄色い火花が散って、7九銀右が指された。

 あたしは6二金左と固める。


挿絵(By みてみん)


 すなおに組ませすぎた気がする。先手は松尾流になっちまった。

《松尾流は攻めるのがむずかしい……とりあえず5九角》

 4四飛、3七角――ちょっと前に出るか。あたしは7四銀と進出した。

 ここで毛利の手が止まる。

 あたしはシーソーから外の景色を眺めた。瀬戸内海が見えてすがすがしい。

 けっこうな一等地なんじゃないか、ここ。

《うーむ、微妙にこちらが下がってきた気がする》

 微妙にな。体感できるかできないか、ぎりぎりのラインだ。

《ところで、男女4人ということは、ダブルデートか?》

「んなことは気にしなくていいから、さっさと指せ」

 毛利は黙って指した。4八飛。

 あたしは29秒ギリギリまで考える。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「6五歩」


挿絵(By みてみん)


 攻めるぜ。

《ガクンとは言わないが、こちらがわずかに下がったな……同歩》

 同銀、6六歩、7四銀、2六角。

 毛利は飛車を狙ってきた。

「6四飛、と……ところで、おまえたちは女4人でアタリーに来てんのか?」

《うむ、遊園地は楽しいからな》

 そこまで無邪気に言われると反論できないじゃないか。

《こちらも反撃しよう。3七桂》

 ガクンとあたしのほうが下がった。マジか。また逆転した。

 このシーソー将棋、メンタルに悪いな。いちいち評価値が分かるのは神経に触る。

 囃子原のやろう、いい趣味してやがるぜ。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 あたしは3五歩と突っかけた。

《同歩は3六歩だから……同角》

「受験勉強のわりに、鈍ってないじゃないか」

《さすがにこれは分かる。ただ、受験勉強と赤点の追試が忙しい》

 あ、赤点取ってるのか。

 天堂てんどうは名前書いて出しゃ進級できるから、あたしもひとのことは言えないが。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「1五角」


挿絵(By みてみん)


 この手の感触がいい。

《しまった……角が死んだ……が、シーソーはそれほど動かないな》

 だぁ、このシーソーうぜぇ。ドッキリしろよ。

《安心して3八飛》

 あたしは3四歩と打った。種明かしをすると、1六歩で受かってはいるんだよな。

 ところが、毛利は6二角成と切った。

「ん? 切るのか……同飛……うわぁッ!?」

 シーソーが一気にかたむいた。あたしは背骨に衝撃を食らう。

「いたたた……ケガ人が出るぞ、これ」

 つーか同金が正解だったのかよ。聞いてないぞ。

 これまでよりだいぶ下がっちまった。

《高いのは高いのでイヤなのだが……2四歩っとぉ!?》

 今度は毛利のほうがガクンと下がった。あたしは跳ね上がる。

《ぬぅ、4五桂だったか。そちらも考えたのだが》

「スキありぃ! 4七角ッ!」

 3九飛、2四角と進んで、シーソーは若干の先手持ちでおさまった。

《ここで4五桂》


挿絵(By みてみん)


 いやぁ、まいったな。うまく攻めてたと思ったんだが、飛車の処置に困る。

 あたしは29秒まで読んで、1五角と出直した。

《5三桂成》

「2二飛だ」

《……手がない。角成りも防げない》

 一応、4九金はあるだろ。っていうか、それ以外は4八角成だ。

 毛利もずいぶんと迷って、秒読みに入った。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

《ろ、6八銀》


挿絵(By みてみん)


 は? と思った瞬間、あたしの席が跳ねた。

 案の定だ。こいつは悪手だろ。毛利もすぐに気づいた。

《ひょっとして4九金で受かってたか?》

「待ったなしだッ! 4八角成ッ!」

 7九飛、3六角成、4三成桂、6五歩、3二歩。

 だいぶ良くなったぞ。

「畳み掛けるぜッ! 5六歩ごぉッ!?」

 重力が加速して、あたしは尻を打ちつけた。いてぇ。

 座席から係員を怒鳴りつける。

「このアトラクションめちゃくちゃ危ないじゃねぇかッ! むちうちになるぞッ!」

「すみませーん、調整がまだ終わってないもので」

 そんなのに乗せるなよ。

 

 ピッ

 

 ん? なんであたしのほうが鳴ってんだ?

 毛利の手番……じゃねぇッ! 同金が入ってやがるッ!

 

 ピーッ!

 

「5五歩ッ!」


挿絵(By みてみん)


 あんま考えないで指しちまった――が、形勢には影響なかったらしい。

 同金、6六歩、5六金、5八歩、6二歩。

 マジかよ、これで先手いいのか。あたしのほうがどんどん下がってるぞ。

「2六馬……寄」

 ヒュンっという感覚が背筋を襲う――これまでにないくらい下がった。

《1000くらい離れたようだな》

 反論できない。2六馬、そんなに悪かったのか?

《6二馬と取られるのはマズいから5二金だ》

 毛利は歩を支えた。これは清算するしかない。

 6二金、同金、同馬、5三金。


挿絵(By みてみん)

 

 くそッ! こっちが全然あがらねぇッ!

「このままじゃジリ貧だッ! 5三同馬ッ!」

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