292手目 恋のマカロニウェスタン
というわけで、やって来たぜ。地元最大のテーマパーク・アタリーへ。
まずはいろいろと予習する。
「なになに、初デートの3大NGは、不機嫌、金の話、無駄にエロい……」
「楓さん、勉強熱心ね」
うわぁ、びっくりした。
ふりかえると、安奈が立っていた。
がっつりおめかしを決めている。いつもの黒いブーツは新品のおろしたてで、黒のワンピースにグレージャケットを羽織っていた。鞄はベージュの肩掛けタイプ。あと、安奈のトレードマーク革手袋(手汗対策)。
「ちょっと色が暗くないか?」
安奈は自慢げに髪をかきあげた。
「並木くんの好みは完全に把握してあるの」
あいつ、こういうのが好きなのか。っていうか、どうやって調べたんだ。
「ところで、楓さんのファッションは、お相手の趣味?」
あたしは自分の服装を確認した。
ストレートデニムにベージュのシャツ。靴はグレーのスニーカー。
「まあ、あんまり気取るのもどうかな、と……」
安奈はタメ息をついた。
「楓さん、デートは1回目でアウトだったら2回目ってわけにはいかないのよ」
いや、あたしと歩夢はおなじ街に住んでるんだぞ。しかも昔馴染みだ。
1回目で悪印象だから絶交ってことはない――よな? ないよな?
なんか心配になってきた。不破楓、気合入れろ。
「そういう安奈こそ、ちゃんと園内のプラン立てて来てんだろうな?」
安奈はグッとこぶしを握って、
「もちろんよ。夜の部まで立ててきたわ」
と答えた。鼻血出てるぞ。
「おはよう」
おっと、お待ちかねの来客だ。歩夢と並木が駅の方向から歩いてきた。
ふたりとも、かなりカジュアルな服装だった。
「ごめん、早く来たつもりだったんだけど」
並木は遅刻を謝った。と言っても、集合時間の15分前だ。
安奈は澄まし顔で、
「さっき来たばかりよ」
とウソをついた。常套手段。
並木は安奈の服装を見て、
「すごく似合ってるよ」
とコメントした。安奈は顔を赤らめて、
「並木くんは、こういうのが好きかな、と思って」
と返した。なんだなんだぁ、じつはもう付き合ってるってオチじゃないだろうな。
おい、歩夢、あたしのファッションにもコメントしろ。
……………………
……………………
…………………
………………なんにもないのかよッ!
「だんだん混み始めたし、早めに並ぼうか」
「そうしましょう」
並木を先頭に、あたしたちは移動した。
こういうところは、ふたりとも段取りがいいよな。
高校将棋連盟H島支部の役員なことはある。
あたしたちは列の最後尾に並んだ。ゆっくりと前進する。
「……」
「……」
ん? 安奈に袖を引っ張られた?
「楓さん、そんなにムスッとしちゃダメでしょ」
違う違う違う。ゲートをくぐるときになんて言うか悩んでるんだよ。
ペアチケットで入るんだろ? 歩夢のほうからコメントしてくるぞ、絶対。なんでペアチケットなの、とか。そこでどう答えるか。昨晩から81通りくらい考えてるんだが、なかなか難しい。思いっきりノロけてみるか? 「歩夢ぅ、ペアチケットだってよ。なんか恋人同士みたいだよなぁ」……却下。恥ずかし過ぎる。「安奈が親戚のおばさんからペアチケットを手に入れたから使うだけだぞ。勘違いするなよ」……解説口調は不自然だな。最後の一文も要らない気がする。うーん。
迷っているうちに、安奈と並木の番が来た。お手並み拝見。
「これ滅多に手に入らないんでしょ? 僕で良かったのかな?」
「私、並木くんより先に渡したい男の子が思い浮かばなかったのよね」
くそぉ、絶対シミュレーションしてきただろ。聞いてるほうの歯が浮く。
そうこうしているうちに、あたしたちの番が来た。
あたしはチケットを係員に手渡す。
……………………
……………………
…………………
………………ノーコメかよッ!
「あ、歩夢、もしかして、あたしとこういうところに来るのイヤか?」
恐る恐るたずねてみた。歩夢は我に返ったような顔で、
「え、あ、ごめん、並木くんが出した詰め将棋の問題考えてた」
と答えた。くそがぁ、そういうオチかよ。
「詰め将棋のことは忘れないか? っていうか、今すぐ忘れろ」
「おもしろい問題なんだよね。入玉形で、王様の位置が……」
あたしは歩夢の頭を押さえつける。
「忘れろ」
「はい」
よーし、仕切りなおしだ。
「まずはアトラクションを回ろうぜ」
あたしの提案。安奈はガイドブックを広げながら、
「マカロニウェスタンハウスっていう新しいアトラクションができてるわね」
と言った。
「新しいやつにこだわらなくてもいいだろ」
「ダメよ。新しいものは混むから早めに回っておかないと」
なるほど、一理ある。あたしたちは男性陣に確認をとった。
「僕は正力さんの提案がいいと思うよ」
並木は、あっさり快諾した。なんか主体性ないな。
一方、歩夢は違う反応を示した。
「マカロニウェスタンってなに? パスタ屋さん?」
「ちげぇよ。マカロニウェスタンってのはだな……おい、安奈」
「『60年代西部劇の雰囲気を味わえる本格なりきり型アトラクション』らしいわよ」
そうそう……って、よく分かんねぇな。マカロニはどこに行ったんだよ。
「とりあえず、3〜4人で遊べるらしいから、行ってみましょ」
よし、善は急げだッ! 並ぶぞッ!
*** 少年少女、待ち時間中 ***
西部劇風の建物。中からバタバタと走り回る音が聞こえた。大声と悲鳴。
それからシーンと静まり返って、先客がすごすごと出てきた。
「あのチーム強すぎぃ」
「並んでた時間のほうが長かったなぁ」
大学生らしき4人組は、あたしたちのまえを横切って去った。
壁にかかっている掲示板の数字が4から5に変わる。
「次のお客様、どうぞ」
お、意外とスムーズに進んだな。
保安官のコスプレをしたお姉さんに案内されて、中へ。
入口のところで、モデルガンのようなものを渡された。
「こちらのアトラクションは初めてですか?」
お姉さんの質問に、あたしたちは「はい」と答えた。
「では、ルールを説明させていただきます。このアトラクションは、対戦型シューティングゲームになっています。まず、このモデルガンですが……」
お姉さんは、そばにあったマネキンに向かって引き金を引いた。
パンと乾いた音が鳴る。
「この引き金を引くと、モデルガンの先端から1秒間だけ目に見えない光線が出ます」
「レーザーポインタ?」
あたしの質問に、お姉さんは首を振った。
「いいえ、レーザー光線は目に入ると危ないので、安全な赤外線を使用しています」
言われてみると、ポインタみたいな光は出てないな。
「では、マネキンに巻いてあるバンドをご覧ください」
マネキンには、大きめの青いバンドが4つ巻いてあった。
二の腕に左右1つずつ、太ももに同じく左右1つずつ。
「このバンドは、銃の赤外線に当たると赤く反応します。試して見ましょう」
お姉さんは、右腕のバンドに狙いを定めた。パンと発砲音。
ピーッ!
警告音とともに、バンドが赤くなった。
「それで当たり判定が分かるわけか」
「手足のバンドは2箇所打たれるとリタイアです。そして……」
お姉さんは、マネキンがかぶっているカウボーイハットを指差した。
「あれはカウボーイハット型のヘルメットです。青いプラスチックシールが貼ってあります。見えますか?」
……見える。この距離から察するに、縦横5センチくらいのシロモノだ。
「あれに赤外線が当たった場合は、即リタイアです」
「腹とか胸は?」
「ゲームですので、当たりやすい場所ははずしてあります」
心臓に当たっても即死だと思うんだが……ま、いっか。
「で、だれと対戦するの? スタッフ?」
「ひとつまえのゲームで勝ったチームと戦っていただきます」
勝ち残り戦ね。了解。勝ってればずっと遊べるわけだ。
あたしたちはバンドを巻いて、カウボーイハットをかぶった。
「まえのチームは現時点で5連勝中です。がんばってください」
よーし、出撃ぃ。
あたしたちは暗い通路を通って、左右びらきのドアを押した。
西部劇によく出てくる酒場のような部屋だ――だれもいない。
「なんだなんだ、開店休業かぁ?」
あたしはモデルガンで肩をポンポンとたたいた。
パン! ピーッ!
「ん? なんの音だ?」
あたしはキョロキョロした。ところが、ほかの3人はあたしをガン見している。
「楓さん……ヘルメットが赤……」
「へ?」
パン! ピーッ!
並木のカウボーイハットが赤くなった――撃たれてるじゃねぇかッ!
「AHAHAHA!! Easy game!!」
「詰みだな」
カウンターのうしろから3人の女が飛び出した。2階の柱の影からも1人飛び出す。
パパパパパパパン! パン! パパパン!
4人は、残った安奈と歩夢を取り囲んで、めちゃくちゃに撃ちまくった。
ピーッ! ピーッ! ピーッ! ピーッ!
あっというまに被弾してゲームセット。
「よーし、各員持ち場にもどれ」
「ずっとこのアトラクションやるの? 疲れてきたよ」
「10連勝したらスペシャル保安官バッジがもらえるのデース」
4人はカウンターのうしろに姿を消した。
あたしたちはアトラクションを出る。
「なんだ今のッ! 全然遊べなかったじゃないかッ!」
あたしは怒って地団駄を踏んだ。正味1分も無かったぞ。
「将棋の感覚で参加したのがまずかったわね。挨拶すらなかったわ」
安奈はゲームを総括した。くそぉ、いきなり始まるんならそう言えよ。
一方、並木はいたって冷静で、
「さっきの4人、どこかで見たことないかな?」
と考え込んだ。変なゴーグルをつけてたから、顔ははっきりとは見えなかったぞ。
「こんなクソゲーほっといて、ジェットコースターにでも乗ろうぜ」
あたしは踵を返そうとした。すると歩夢が、
「え? 不破さん、リベンジしないの? 負けっぱなし?」
と引き留めてきた。
「いやぁ、歩夢、あたしもちょうど再戦しようと思ってたんだ」
「なにかしら、この茶番臭は」
うっせぇ、安奈。恋愛なんて最初から茶番なんだよ。
「安奈と並木も再戦するよなぁ?」
「あのゲーム、思ったより危ないじゃない。並木くんにケガをさせたくないわ」
「僕は大丈夫だよ。瞬殺されたのは悔しいし、リベンジしたいな」
「さすがは並木くんね。私もちょうど同じことを考えていたの」
よっしゃッ! 茶番は終わりだッ! 作戦会議ッ!




