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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第28局 ニャンと猫山さんに彼氏!?(2015年6月16日火曜)
302/682

290手目 ベストショット

挿絵(By みてみん)


「ポールくんですか……ふむ」

 ナメコさんは6四歩と突いた。

「なにか気になるのか?」

「いえいえ、愛ちゃんからその名前を聞いたことがないので」

 ナメコさん、明らかに挑発している。

 猫山さんの仇ってこと? そういうのは本人に任せたほうが――

「アイは元気にしてるのか?」

 5八金。

「ええ、あなたが現れるまでは」

 7四歩。

「そうか……」

 ポールくんは、それ以上なにも言わなかった。6八玉。

「というわけで、ポールくん、あなたにはこの街から消えてもらいます」

 ナメコさんは怖い顔をして、6三銀と上がった。

 この勝負……私怨がひそみすぎている。穏便に終わる気がしない。

 3六歩、7三桂、1六歩、1四歩、9六歩。

「8一飛」


挿絵(By みてみん)


 ナメコさんは飛車を引いて、ビールをゴグゴグと飲んだ。

「ぷはぁ……香子きょうこちゃん、もう一本ください」

「え……あ、はい」

 私はクーラーボックスから1本取り出して、フタをはずした。

「ど、どうぞ」

 ナメコさんは、すぐにひとくち飲んだ。こ、このひと、酔拳かなにか?

 アパートのときも酔っ払ってた。でも、相当強いのは確か。

 7九玉、6二金、3七桂、3一玉。

「右玉じゃないわけか……6六歩」

「普通に指しますよ。普通に。5四銀」

 けっきょく、腰掛け銀になった。ここでポールくんが小考する。

「5、6、7、8」

「4五銀」


挿絵(By みてみん)


 ぶつけた。開戦だ。

 私は自分の席にもどる。

「ふぅむ……去勢されてるわりには勇気がありますね。5五銀」

 2五桂、4二銀、1五歩。

「スキあり。3七角」


挿絵(By みてみん)


 ナメコさんは、サッと角を置いた。

 これ、いきなり後手が優勢になったのでは。

 ところが、ポールくんは冷静だった。

「5、6、7」

「2九飛」

「4六角成……馬ができちゃいましたよぉ?」

 ポールくんは無視して4九飛と寄った。


挿絵(By みてみん)


 ……あッ! いい手だッ!

 4五馬とできないし、2四馬も1四歩と取り込まれて困る。後手は歩がない。

 ナメコさんは、この手を見下ろしながら、

「……やりますね」

 とうなった。

「5、6、7、8、9」

 ナメコさんは1五歩と取り返す。

「ここからは純粋に攻め合いだ。4六飛」


挿絵(By みてみん)


 うわ、切った。

 これはめちゃくちゃ危ないわよ。同銀〜5七銀成〜5九飛が王手金取りだ。

「3筋に殺到できると読みましたか。同銀」

 ポールくんは3四銀とすり込む。

 8六歩、同銀、5七銀成、同金、5九飛、8八玉。

「金はいただきですッ! 5七飛成ッ!

「べつに駒損してるわけじゃない。6八銀」


挿絵(By みてみん)


 ポールくんの手堅い受け。

 言っていることも正しい。駒割りは飛車角交換だ。

 飛車厨じゃなければ互角とみる局面。

「5、6、7、8」

「……4八龍」

 ポールくんは5七角と打った。

 龍の逃げ場所は、なやましかったはずだ。4八はこの角打ちがある。

「4九龍」

 ポールくんは持ち駒の歩をはなった。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 端が破れた。

 同香、1三歩、同香、同桂成、同桂。

「同角成。王手だ」

「それは見れば分かりますッ! 2二金打ッ!」

 馬を撤退させ……にくいか。3三歩と打たれたら、攻めが続かなくなる。

「5、6、7、8、9」

 ポールくんは、香車をスーッと走った。


挿絵(By みてみん)


 なるほど、攻めの継続手。

 後手は1三金と取るしかない。

「あなた、やけに強いですね」

「強かったらおかしいのか?」

 ナメコさんは、ストーブのうえのスマホを確認した。

 振動した気配はないし、そもそもポールくんの位置からは斜めうしろで見えない。

「……いえ、1三金」

「6七角」


挿絵(By みてみん)


 うッ……厳しい。ナメコさんも前のめりになった。

「5、6、7、8、9」

「い、1九龍ッ!」

 1三香成、4一玉。この4一玉は仕方がない。1三同龍は2五桂で後手後手になる。

 ナメコさん、ちょっと表情がけわしい。不利を自覚しているのでは。

「5、6、7」

「4四歩」

 厳しい一着だ。取ると加速する。

「5、6、7、8、9」

 ナメコさんは9四桂と打った。

 2三成香、同金、4三歩成、8六桂、同歩。

「6九角ですッ!」

 駒音高く、ナメコさんは角を打った。

「それは後手負けだ。8四香」


挿絵(By みてみん)


 ああッ! マズいッ!

 ほ、ほとんど決定打だ。同飛は4二と、同玉、4三銀打、5一玉、6三桂、6一玉、7一金で詰む。飛車を逃げるしかないけど、あとはジリ貧になる。

「ま、まさか……こんな……」

「投了するか? 明確に後手負けだ」

「いいえ、先手負けです」

 突然の乱入に、私たちは対局を中断した。

 ふりむくと、猫山ねこやまさんが入り口のところに立っていた。

 おどろきのあまり、だれも声を出さなかった。

「先手負けですよ、みなさん」

 ポールくんは一瞬唖然としたけど、すぐにキッと歯をくいしばった。

「逆転する手があるというのか?」

「あなたの反則負けです」

 沈黙――ポールくんは反論しなかった。

 私はワケが分からなくて、猫山さんに直接たずねた。

「反則って、なんですか?」

「そこのスマホで指し手をカンニングしていました」

 え……? カンニング? ソフト指しってこと?

 でも、スマホの画面をちらちら見た形跡はなかった。

 っていうか、スマホは画面を下に置かれている。閲覧のしようがない。

「音ですよ、音」

「音? ……なにも聞こえませんでしたけど」

「ええ、人間には聞こえない音なので」

 ??? 混乱する私をよそに、猫山さんはポールくんに向きなおった。

「さて、私に会いたかったようですが、なにかご用ですか?」

 ポールくんは、はたと困ったようすで、口もとに手を当てた。

 猫山さんは嘆息する。

「その調子だと、会ったときになにを話すか、決めかねていたみたいですね」

「アイ、俺は……」

「はい、ポールじゃないのは分かっています」

 !? 衝撃の連続。場はふたたび沈黙に包まれた。

「……いつから気づいていた?」

「ポールの毛はグレー、あなたの髪はブロンドです。せめて染めて来てください」

 ポールくんは軽くタメ息をついた。

「色がもとのままとは限らないと思ったがな」

「どこかしら特徴は残ります。あなたはポールに全然似ていません」

 か、会話の内容がまったく理解できないけど――偽物ってことで確定なの?

 割り込める状況じゃなさそうだし、とりあえず耳を傾ける。

「で、ポールをかたって私に会いに来たわけは?」

 ポールくんは畳から腰をあげた。ポケットに手を突っ込む。

「……ふたりきりになりたい。ほかのやつは席をはずしてくれ」

 ナメコさんが異議をとなえかけた。でも、猫山さんはそれを右手で制した。

「ふたりきりにしてください。あとは私が解決します」

 

  ○

   。

    .


「こんにちはぁ」

 鈴の音が鳴る。私はキョロキョロと店内を見回した。

 八一やいちの店内は薄暗く、静まり返っていた。人影がない。

「あれ? マスター? 休みですか?」

 私はドアを確認しようとした。臨休の貼り紙を見落としたかと思ったからだ。

 土曜日は朝の9時からやってるはずで――

「こんにちは」

 うわぁ、びっくりした。

「ね、猫山さん、おどろかさないでください」

「ニャハハハ、今日は遅めの開店ですよ」

 猫山さんは店内の電気をつけた。花びら型の天井ランプがともる。

「遅めってなんですか?」

「仕入先の店主が風邪で寝込んじゃいまして、マスターは遠方へ買出しです」

 猫山さんはドアに貼り紙をぺたりとやった。【本日は10時からです】の一文。

「あ、そうですか……じゃあ、またあとで……」

「いえいえ、コーヒーくらいは淹れられます。猫山スペシャルをご馳走しますよ」

 なんだかことわりにくい雰囲気だった。カウンター席に腰をおろす。

 お湯を沸かす音。コーヒー豆をく音。

 カバンから参考書を取り出しかけたとき、猫山さんは口をひらいた。

「先日は裏見うらみさんを巻き込んでしまい、失礼しました」

「いえ……こちらこそ……なんか首つっこんじゃったかたちで……」

 猫山さんはガラス製のサイフォンを棚から出した。フィルターを準備する。

 気まずい。さすがに深堀りしちゃダメよね。話題を変えよう。

「そういえば、猫山さん、ナメコさんとなにかいっしょにお仕事を……」

「ポールは交通事故で亡くなったそうです」

 私は息を呑んだ。

 猫山さんはフラスコに水を入れ、ビームヒーターのスイッチを入れた。

 コポコポとお湯が沸き始めたところで、淡々と続きを語った。

「ポールは海外ではなく東京へ引っ越したそうです。そこであの少年と知り合いました。同じフランス生まれの日本育ちということで、ふたりは仲良くなりましたが……ある日、トラックに轢かれて亡くなった、と……そう聞きました」

 私は、どうコメントすればいいのか分からなかった。

 1分ほど沈黙が続いて、ようやくひとつだけ質問をした。

「あの金髪少年は、そのことを伝えに駒桜こまざくらへ?」

「最初はその予定だったらしいです。が、会うまえに迷ってしまったようですね」

 猫山さんはフィルターをセットして、コーヒーの粉を入れた。フラスコのロートをお湯に差し込むと、泡が湧き上がった。猫山さんは、ふたたび弱火でフラスコを温め始めた。ゆっくりとコーヒーが抽出されていく。

「ポールだとわざわざ名乗ったのは、なぜですか?」

 猫山さんはクスリとした。火を止める。

「彼も偶然、ポールという名前だったんですよ。人間の名付け方って単純ですね」

 あっけにとられた私に、猫山さんはウィンクした。

「人生、恋愛ばかりじゃありません。これからもバリバリ働きます」

 猫山さんのなかで、何かが吹っ切れたのだと分かった。

 カップにコーヒーがそそがれる。かぐわしい香りがあたりに漂った。

「猫山製ブルーマウンテンブレンドコーヒーです。豆の割合がマスターとはちょっと違うので、おためしあれ」

「ありがとうございます」

 猫山さんは、オープンの準備にとりかかった。カーテンをひらいて窓を開ける。

 新鮮な空気が吹き込んだ。

 花に水をやる途中で、猫山さんはあの古い写真に気づいた。

「おや……これは……」

「あ、マスターが……このまえ……」

「ずいぶんと懐かしいものが出てきましたね」

 猫山さんは、そう言って微笑んだ。

「これはマスターのベストショットだと思います」

場所:古物屋くぢり

先手:ポール

後手:久慈 行子

戦型:角換わり腰掛け銀


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩

▲8八銀 △3二金 ▲7八金 △7七角成 ▲同 銀 △2二銀

▲3八銀 △6二銀 ▲4六歩 △4二玉 ▲4七銀 △3三銀

▲5六銀 △6四歩 ▲5八金 △7四歩 ▲6八玉 △6三銀

▲3六歩 △7三桂 ▲1六歩 △1四歩 ▲9六歩 △8一飛

▲7九玉 △6二金 ▲3七桂 △3一玉 ▲6六歩 △5四銀

▲4五銀 △5五銀 ▲2五桂 △4二銀 ▲1五歩 △3七角

▲2九飛 △4六角成 ▲4九飛 △1五歩 ▲4六飛 △同 銀

▲3四銀 △8六歩 ▲同 銀 △5七銀成 ▲同 金 △5九飛

▲8八玉 △5七飛成 ▲6八銀 △4八龍 ▲5七角 △4九龍

▲1二歩 △同 香 ▲1三歩 △同 香 ▲同桂成 △同 桂

▲同角成 △2二金打 ▲1五香 △1三金 ▲6七角 △1九龍

▲1三香成 △4一玉 ▲4四歩 △9四桂 ▲2三成香 △同 金

▲4三歩成 △8六桂 ▲同 歩 △6九角 ▲8四香


まで猫山の乱入で中断

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