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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第28局 ニャンと猫山さんに彼氏!?(2015年6月16日火曜)
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289手目 ポールと名乗った少年

「で、その少年はどうなったんだ?」

 松平まつだいらは肩にカバンをぶらさげた格好で、そうたずねた。

 ここは駒桜こまざくら市の商店街。昨日の出来事から丸1日。私は用心のため、松平に帰宅のエスコートを頼んだ。男子高校生と一緒なら大丈夫でしょ。多分。

「分からないわ。八一やいちを出て、そのまま姿を消しちゃったから」

「アデューはフランス語らしいな。フランス帰りかもしれない」

 と松平の推測。私もそんな気がした。あの少年が住宅街で話してた言葉、ひとつも聞き取れなかった。英語じゃないと思うのよね。リスニングに自信があるわけじゃないけど。

「つまり、こういうこと? 猫山ねこやまさんとあの少年は、何年か前につきあっていた。でも、少年は外国へ旅立って、音信不通になってしまった。そして、今頃になって帰国した?」

「どうだろうな。猫山さんとそいつがつきあってたっていうのは、タマさんから聞いただけなんだろ? あのタマってお姉さん、ちょっと信用できないと思うが」

 松平の言うことにも、一理あった。でも、ここまでの猫山さんの反応からして、やっぱりなにかあったんじゃないかなあ、と思う。アパートでタマさんに空き缶を投げたのも、オタマで叩いて追い出したのも、いつもの猫山さんらしくなかった。

裏見うらみは、猫山さんのために、なにかしたいことがあるのか?」

「ううん……とりあえず、ふたりのあいだで解決したほうが……」

「あら、このまえのお姉さ〜ん」

 私たちは振り返った。すると、ピンク色のひらひらした服を着た女性が、おもちゃ屋のまえに立っていた。手には風船を持っていた。頭には変な触角型のヘアバンド。

「あ、こんにちは……えっと……」

久慈くじ行子なめこです」

 そうだ。ナメコさんだった。

「先日は、突然おじゃまして失礼しました」

「いえいえ、こちらこそ、晩酌につきあっていただいて、ありがとうございました」

 この会話に、松平はスゴイ目をした。

「う、裏見、担任には黙ってるから、早く更生ごほぉッ!」

「ちがうっちゅーねん。将棋につきあってただけよ」

「ええ、1局ほど……もしかして、デートの最中でしたか?」

「さすがは行子さん、お目が高いげふぅ!」


 ドゴッ!(腹撃ふくげき) ズゴッ!(胸撃きょうげき) ガゴッ!(顎撃がくげき) 裏見流三連撃ッ!


「……」

「お亡くなりになられましたね。チーン」

 ナメコさんは手を合わせた。

「ところで、香子きょうこちゃんは、なぜ私たちのアパートに?」

「えーと……それは……」

 マズいわね。突然の訪問で、さすがに怪しまれていたようだ。

 アルコールで記憶喪失になってくれてたら、良かったんだけど。

「私のほうは用事がなかったんですけど、タマさんに誘われて……」

「そうですか。老人はいたわらないと、ダメですものね」

 えぇ……なにこのコメント。

 ナメコさん、じつはタマさんと仲が悪いのでは。

 私は話題を変えることにした。

「ナメコさんがここでアルバイトしてるの、初めて見ました」

「今日は臨時です。いつもは、この裏の古物屋でアルバイトをしてます」

 古物屋? ……そんなのあったんだ。知らなかった。

「ここのおもちゃ屋さんのお父さんがやってらっしゃるんですよ」

 なるほど、なんとなく分かった。父親は古物商だったけど、それじゃ経営がむずかしいと思って、息子さんのほうはおもちゃ屋さんに転身したパターンか。そういえば昔、おじいちゃんに将棋盤を買ってもらったとき、この近くだった記憶がある。あれが古物屋さんだったのかもしれない。

「古物屋さんのアルバイトって、めずらしいような気がします」

「いろいろ恩義があるもので」

 はぁ……そういう言い方をされると、つっこみの入れようがない。

 とかなんとか言って、時給がいいとか、そういうオチなんじゃないかなぁ。

「裏見さんこそ、デートじゃないなら、なにをしてるんですか?」

「なんと言いますか……外国人っぽい少年が、猫山さんのことを……それで私も若干巻き込まれてまして……身の安全が……」

「ああ、あの件ですか」

「……ご存知でした?」

「部屋がべつとは言え、同居してますからね」

 そうよね。明らかに様子が変だったし。

あいちゃんがゴキゲンななめだと、いろいろ困るんですけどねぇ」

 ナメコさんはそう言って、近くを通った子に風船をくばった。

 最後の1個だった。

「さて、お仕事は終わりです……どうですか、すこし休憩しませんか?」

「休憩? そういうのは、私じゃなくて店長さんと相談したほうが……」

「いえいえ、店長からは『配り終わったらおしまい』と言われてます。香子ちゃんたちも休んで行ってください。そこの古物屋で、おいしいジュースが飲めますよ」

 いきなりお茶に誘われてしまった。

 これには、復活した松平が食いつく。

「裏見、せっかくだからお言葉に甘えないか?」

「松平、初対面なのに図々しいわね」

「いや、そこの裏手の古物屋さんなら、俺の親父の知り合いだ」

 なんだ、それを早く言いなさいよ。

「じゃあ、ナメコさんとは顔見知りだったの?」

「ああ。近所のガキの子守を任されたとき、ちょくちょく。あいつら、ここのおもちゃ屋でカードゲームとかいろいろ買うからな。話をしたのは今日が初めてだが」

 んー、なんか意外なところでつながりがあるのね。

「松平くん、けっこうムキになって、小学生とカードバトルしてますよね?」

「しーッ、そういう顧客の情報は流さないでください」

 やれやれ。私はあきれつつ、古物屋さんへ移動した。

 おもちゃ屋のそばにある路地を進んで、反対側の道に出た。すると、おもちゃ屋を背にして、古い平屋が建っていた。なるほど、敷地を共有しているわけか。表の商店街からは建物の高さの関係で見えないわけだ。

「ごめんくださーい」

 ナメコさんは、立て付けの悪いガラス戸を開けた。返事はなかった。

「留守みたいですねぇ」

 ナメコさんは勝手に店へ入った。入り口のすぐそばは土間になっていて、そこから脛の高さくらいの段差で床に続いていた。畳敷きのうえに、古びた商品が並べてある。火鉢とか、壺とか、扇風機とか、店の備品なのか売り物なのか分からないものもあった。

 ナメコさんは、右手にあるクーラーボックスを開けた。ビール瓶を取り出す。

「おふたりは、なにがいいですか?」

「え、あの……勝手に飲んじゃっていいんですか?」

「大丈夫です」

 いや、大丈夫って、どういう理屈で保証されてるのよ。

 私がためらっていると、松平は、

「コーラで」

 と返事をした。私は小声で、

「ちょっと、ほんとに大丈夫なの?」

 と確認を入れた。

「ここのおやじさん、テキトーだから問題ないと思うぞ。請求されたら払えばいい」

「……じゃあ、私はオレンジジュースをお願いします」

 ナメコさんは古い栓抜きで、瓶のふたを開けてくれた。一本ずつ受け取る。

 私たちがお礼を言うよりも早く、ナメコさんはビール瓶をぐびぐびやり始めた。

 昼間から飲酒とか、すごいわね。

「ぷはぁ、仕事あがりの一杯はおいしいですね」

 ナメコさんは口元を袖でぬぐった。畳のうえに腰をおろす。

「さあさあ、一局指しましょう」

 ナメコさんは、売り物とおぼしき将棋盤を引っ張り出した。

 なんだか雰囲気が微妙。私は、

「すみません、受験生なので、また今度……」

 と、ことわった。松平も空気を読んで、おなじようにことわった。

「ぶぅ、せっかくおごったのに、それはないでしょう〜」

 いやいやいや、アルハラおじさんですか。

「お代はちゃんと払いますから」

「お代はいらないです。指しましょう。最近、愛ちゃんが相手してくれないんです」

 ナメコさんはビール瓶を片手に、畳のうえでバタバタやり始めた。

 うーん、まいった。私は松平に耳打ちする。

「ちょっと、どういうことなのよ」

「俺が聞きたいぜ。まさかこんなひとだとは思わなかった」

 松平は頭をかいた。そして、説得にかかる。

行子なめこさん、将棋はまた今度に」

「ダメです。今今今今今今今今」

 あのさぁ……小学生じゃないんだから。猫山さんの友だち、精神年齢が低すぎる。

「この穴埋めはしますから」

「今今今今今今今今」

「それなら、俺が今指してやろう」

 私たちは、一斉に入口をみやった。逆光で影になった若々しい顔に、私は喫驚する。

「あ、あのときのッ!?」

 なんと、猫山さんをストーカーしている少年だった。

 少年は戸を半分閉めて、私たちのまえに一歩進み出た。

「俺が指す。その代わり賭けてもらおう。俺が勝ったら、アイの住みかを教えろ」

 なに言ってるの? 賭け?

 呆然とする私のよこで、ナメコさんはガバリと起き上がった。

「ほほぉ……あなたがケツまくって逃げた、愛ちゃんの元カレですか。いかにも去勢されてそうな顔してますね。タ○タマちゃんとついてますか?」

 ちょっとッ!? なにワケわかんない下品な挑発してるんですかッ!?

「俺が去勢済みかどうかなんて、どうでもいいだろう。賭けるのか?」

「もちろん」

 ナメコさんは、畳に座った体勢からジャンプで立ち上がった。信じられない脚力。

「うふふふ、ナメクジっていうのはですねぇ、動物の死体も食べるんですよぉ。猫ちゃんは、どういうお味がするのかなぁ」

 やめてぇ。意味が分かんないうえに怖いよぉ。私は松平の腕に抱きついた。

 ふたりは私たちの存在を無視して、畳に座った。盤を挟んで対峙する。

「10秒でいいか?」

「ほぉ、自信があるみたいですね。では、10秒で」

 少年はポケットからスマホを取り出した。ナメコさんはそれを見咎める。

「なにしてるんですかぁ? カンニングはダメですよぉ?」

「時間を計る。スマホのアプリなら公正だ」

「ダメです。スマホはかたづけてください」

 少年はポケットにもどそうとした。

「ポケットからも出してください。振動したらすぐ分かるようなものの上に」

「用心深い女だな」

 少年は肩をすくめて、スマホをストーブのうえに置いた。

「で、だれが時間を計る?」

「香子ちゃんに頼みましょう」

 ナメコさんは、いきなり私を指名してきた。

 少年は考えるようなそぶりを見せたけど、

「分かった」

 と答えた。これには私が動揺する。

「あ、あの……」

「俺が代わりに計る」

 松平が代行を申し出てくれた。

「私はかまいませんが」

「俺もかまわん」

 ふたりはそう言って、駒を並べた。振り駒で少年の先手と決まった。

「7六歩」

 少年は、角道を開けた。手つきが微妙。

 ナメコさんはビール瓶を畳に置いて、あぐらをかく。

「それじゃ、行きますよぉ。8四歩」

 2六歩、8五歩、7七角、3四歩、8八銀、3二金、7八金。

「7七角成」


挿絵(By みてみん)


 ふ、普通に角換わりになってる。この少年、日本の将棋に通じてるの?

「同銀だ」

 2二銀、3八銀、6二銀、4六歩。

「4二玉……そういえば、まだお名前をうかがっていませんでしたね」

 ナメコさんは、いきなり相手の名前をたずねた。

 少年は黙って4七銀とあがった。着手を終えてから答える。

「アイから聞いていないのか?」

 ナメコさんは小馬鹿にしたように笑った。

「愛ちゃんは、あなたの話を一度もしたことがありません」

「そうか……おい、秒読みは?」

 松平はハッとなって、秒を読み始める。

「5、6、7」

「3三銀。で、お名前は?」

 少年は目つき鋭く銀を持ち上げた。

「ポールだ。5六銀」

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