24手目 女子の部決勝リポート(2)
角を切るんじゃなくて、歩で叩いた。
これは……7五銀なら6三歩成、同銀、7五歩。
そうか、5三角成より、ずっと痛い。
「先手、いい気がしてきましたねぇ」
葛城くんも、不破さん持ちになった。
大場さんは、仕方なく6二金引。
「8三歩」
不破さんは、大場さんの王様を軽快に叩いた。
同玉、5四歩、7五銀、同歩、5四歩。
「もういっちょ、8四歩」
2度目の叩き。狙いは、8二玉なら5四銀だ。次に6三歩成、同銀、同銀成、同金、8三銀、7一玉、5二銀が詰めろで、5四歩と受けても6三銀成がある。5二同金は同飛成で必至だ。5二銀に7二銀と受けるのは、同銀成、同玉、6一銀不成、同玉、5二銀、7二玉、8三金、8一玉、6三銀成で、同じく必至。
大場さんは3分ほど考えて、9四玉と上がった。
「かなり怖い受けですねぇ」
同意。すごく不安定。
ここまでの残り時間は、不破さんが12分、大場さんが9分。
不破さんはそこから1分使って、8三銀と打ち込んだ。
8四玉、7四銀成、9三玉。
一見すると銀1枚の攻め。だけど、先手は5四銀で援軍を送ることができる。
そこから6三歩成とすれば、3枚の攻めだ。
とはいえ、後手にも言い分はある。2二の角が王様を睨んでいること。
9四玉は、8三銀を急かすためだったのかもしれない。
「5四銀」
不破さんは、力強く銀を出た。
大場さん、ここでまた長考。持ち駒の歩をつまんで、盤上でパシパシやる。
単なる空打ちか、それとも――
「歩を打つつもりですかぁ?」
「5八歩、同飛、7六角とか、確かにありそうだけど……」
「そうなると飛車銀両取りですねぇ。5九飛なら5八歩でもういっかぁい」
ただ、1回目の5八歩に6三銀成と突っ込む手があるから、かなり微妙。
先手は穴熊の暴力が活きる。
パシリ
と、指した。
5八歩じゃなかった。単に7六角。
とはいえ、これにも6三歩成がある。速度計算の段階にはいった。
「後手は、どう攻めますかぁ?」
「そうね……第一感、8七歩かしら」
【参考図】
「同銀とできないからぁ……あれ、めちゃくちゃ厳しぃ……」
「8七同金、同角成が詰めろじゃないから、そこでどうするかよね」
7三成銀、8八馬、同金、7八金のときに詰むかどうかだけど、詰まないような。
私がそのことを伝えると、葛城くんは、
「7六角に6三歩成、同銀、同成銀、同金、同銀不成はどうですかぁ?」
と提案した。私はその局面を考える。
「同銀不成……8七歩、同金、同角成……7四銀成?」
【参考図】
8三金、9四玉、8四金までの詰めろか。
成立してなくはない。
「でも、7四飛が気になるわね。同歩、7八金……さすがに詰まないけど、5五歩と止められるくらいで混戦な気がする。7三歩成は詰めろだろうし、先手勝ちじゃない?」
「うぅん、納得ぅ」
なかなか大場さん勝ちの順が出てこない。
一方、不破さんもここになって時間をかなり使ってきていた。
残り時間は、不破さんが8分、大場さんが7分。並びそう。
「……6三歩成」
「8七歩っス」
あれ? 取らないの?
「ふえぇ、過激……」
葛城くんも、びっくり。
大場さんが指してなかったら、悪手認定してしまいそうだ。
でも、不破さんの反応も早かった。
「6二と」
うわ、取り合いになった。
8八歩成、同金上、8七歩、同金右、同角成。
「8四金」
不破さんは金を打って、9二玉と下がらせた。
また長考。
不破さんは残り7分、大場さんも7分。
「不破さんは、時間の使い方が上手いんですよねぇ。緩急がありまぁす」
早指しするときは早いし、じっくり考えるところはじっくり。
こういうタイプは、急所でポカをしないから厄介だ。
「5五歩なら5四飛と切りそう?」
「そこで6一とが2手スキなんですよねぇ……」
「そっか……となると、後手は詰めろが必要ね。8六歩とか?」
【参考図】
自分で提案しておきながら、巧い詰めろではないことに気づいた。
「ごめんなさい、これは8七金で後手玉に詰めろが掛かるわね」
以下、同歩成、8三角、8二玉、7二角成、同玉、7三金、6一玉、6二金打で詰む。
「ですねぇ。5五歩には5四飛とせずに6二金だと思いまぁす」
「6二金のあとが難しいわね。飛車先は止めちゃってるし……」
「8六歩が詰めろになるから、先手は一回8七金じゃないですかぁ?」
私たちが話し合っていると、不破さんは大きく背伸びをした。
「ふぅ……これ、あたしの勝ちだね」
いきなりの勝利宣言に、大場さんは眉をひそめた。
「なに言ってるんっスか?」
「ここであたしが5五歩って指したら、どうする?」
「そんなの答える義務はないっス」
ですね。回答拒否。
「だったら、指し手で訊くよ。5五歩」
大場さんは6二金。こうしないと、さっきの後手負けになっちゃう。
「8七金」
手を戻した。これは、葛城くんが提案した手だけど、深くは読んでいない。
じっくり考える。
……………………
……………………
…………………
………………
ん? 好手っぽい?
「次の7一角が詰めろよね?」
「ですねぇ……9三金、8一玉、8二金までぇ」
簡単な詰みだ。
「5四飛、7一角、8二歩、6二角成なら2手スキになって、時間が稼げるわ」
そのあいだ、先手に詰めろがかかればいい。
とはいえ、その詰めろが見えないのだ。
「受けますかぁ? 5四飛よりも先に8二歩とかぁ」
「それも5一角があるわ」
【参考図】
飛車金両取り。
「ふえぇ……そっかぁ……」
「私が読んでるのは、現局面から6一金打よ」
単に6一金は6三銀成が詰めろ。放置は8三角、8一玉、7二成銀、同金、同角成、同玉、7三金、6一玉、6二金打まで。だから、6一金打としないといけないんだけど、これには6三歩がありそう。5四飛なら6二歩成が詰めろで、同金なら7一角が詰めろ。これを避けて5二金寄は、8三角、8二玉、7三成銀、同銀、6一角成が詰めろ。7二銀は8三金打で詰み。7一銀も8三金打、8一玉、7一馬、同玉、7二銀まで。必至っぽい。
ピッ
大場さんは、1分将棋に突入。
30秒……40秒……50秒……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「な、7一金打っス!」
この手をみて、不破さんは再び考える。
「逃れる順、ありそう?」
「7一金打は、粘れそうですねぇ……6三歩、6一金引、5三銀成……」
葛城くんが読む横で、パチリと指を鳴らす音がした。
不破さんだった。
「8三角」
あ、突っ込んだ。
取ったら詰みそう……同銀、同金、8一玉、8二歩、同金、同金、同玉、8三銀と打ち直して、7一玉、7二金、同金、同銀成、同玉、6三銀成、8一玉……うわぁ、歩がぴったり足りてる……8二歩、同玉、8三金、7一玉、7二成銀で詰みだ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「8一玉っス!」
「6三歩」
不破さんの手が早くなった。読み切り?
これも6一金引よね。代わって8三銀は、同金、6一金引、7三成銀が詰めろ。ここで8二歩は9三桂、同香、9二銀までだから、8二銀と打って、同成銀、同金、7三桂、7一玉、6一桂成、同玉、6二金まで。受けになっていない。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
大場さんは、慌てて6一金と引いた。
「7二角成」
不破さんは、角を切った。
同金直、8三銀。
これは8二歩、7一玉、7二銀成、同金、6二金以下の詰めろだ。
「6六角っス!」
「ケチって8八金は8七銀か。8八歩だぜ」
大場さんは5五角行と追加した。懸命の追撃。
7二銀成、同金、8三金、7一銀。
8三金を同金とできないのはツラい。
同金は同成銀が詰めろで、7一金に6二歩成で寄ってしまう。
6三歩の拠点が活きてきた。
6二金、8三金、同成銀、8二金。
大場さんは、目をつむって引きつったような顔をしている。
不破さんは首を鳴らしてから、7一金と入った。
……詰んだわね。
同玉、6二金、8一玉、7二銀、同金、同金までだ。
大場さんは肩をプルプルさせて、悔しそうにくちびるを噛んだ。
「全然いいところが無かったっス……」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「す、角ちゃんの負けっス……」
「ありがとうございました」
不破さんは深々と一礼して、対局終了――強い。
それが、私の正直な感想だった。
「最後、なんかなかったんっスか?」
大場さんの一言で、感想戦が始まった。
しばらくは、終盤の寄せが話題になる。けど、私と葛城くんが考えたパターンで、だいたい合ってたみたい。大場さん勝ちの順は出てこなかった。
「どうなりました?」
葉山さんが顔をのぞかせた。
「不破さんの勝ちだよぉ」
「ほいほい、あとで対局内容の解説よろしくぅ」
「ふえぇ……ボクは召使じゃないよぉ……」
私はついでに、男子の対局結果も訊いてみた。
葉山さんはメモ帳をめくって、
「男子は捨神、佐伯、古谷、駒込の勝ちです」
と答えた。
えぇ!? 松平、負けてるじゃないですかッ!




