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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第1局 香子ちゃん、四国遠征編(2014年8月18日月曜〜25日月曜)
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初 手 従兄弟襲来、四国から来た少年

※これは、香子ちゃんがまだ2年生のときのお話です。

 夏休みも終わりに近づきつつある、8月中旬の昼下がり。

 私は自宅の縁側で、ごろごろしていた。庭の木や花をぼんやり眺めたり、真っ白な雲がただよう空を見上げたり、なんとなく燃え尽き症候群な日々。それもそのはずで、歩美(あゆみ)先輩たちと一緒に出た県大会が一段落してから、私は目標を見失っていた。羽生さんと比べるのはおこがましいけれど、七冠を取ったあとは迷いのなかにあったって言うし、大きなことを成し遂げたら、なんだか空しくなってしまうようだ。

「オーイ、香子(きょうこ)姉ちゃん」

 居間のほうで、溌剌(はつらつ)とした少年の声が聞こえた。

「香子姉ちゃんってば」

 私はうちわで扇ぐのをやめて、顔だけ居間にむけた。

 畳敷きの、ずいぶんと年季の入った部屋だ。裏見(うらみ)家は、ずっと駒桜(こまざくら)市に住んでいる。この家も、戦前に建てられたものらしい。リフォームしているとはいえ、やっぱり古い。

 そして、居間の丸いテーブルの向こうに、よく日焼けした男の子が座っていた。いかにも体育会系という感じだけど、背はそこまで高くない。160前半だろうか。紺の半ズボンに白いTシャツで、鼻頭(はながしら)には絆創膏が貼ってあった。

「香子姉ちゃん、将棋指そうよ」

「いま、そういう気分じゃないから」

 少年はエーと言って、つまらなさそうな顔をした。

 両腕を後頭部で組み、ちょっとばかりのけぞる。

「せっかくK知から来たのに、そりゃないよ」

 いや、K知からH島に来て、なんで将棋を指すかな。

 私はあきれてしまう。

「外で遊びなさいよ」

「知り合いがいないじゃん」

「公園へ行って、てきとうに声かければいいでしょ」

「あのさ、俺、中3なんだけど……香子姉ちゃんが紹介してよ」

 紹介って言われましてもね。

「だれを紹介するのよ?」

姫野(ひめの)っていうひと、駒桜じゃなかったっけ?」

「姫野さんなら、受験勉強が忙しくて、会ってくれないわよ」

千駄(せんだ)っていう男のひと、いない?」

「千駄先輩も高3」

 少年は、チェッと舌打ちして、畳のうえにごろりとなった。

 視線の高さが、おなじになる。

「従兄弟がわざわざ来てるのに、この仕打ちはない」

 そう、こいつは私、裏見香子の従兄弟……裏見(うらみ)桂太(けいた)だ。おじいちゃんの弟の家系で、駒桜を出たあと、四国のK知に落ちついたらしい。桂太自身は、生粋のK知っ子だ。

「あのね、いきなり来るのが悪いんでしょ」

「じいちゃんたちが決めたんだから、しょうがないだろ」

 おじいちゃんから聞いた話だと、H島の裏見家とK知の裏見家で交流がないから、おたがいに孫の顔をみせることになったらしい。勝手に決まっていた話で、私も寝耳に水だった。とはいえ、四国には1、2回しか行ったことないし、ま、いっかな、って感じ。県大会前に言われたことだから、半分聞き流していたところもある。

 というわけで、先に桂太のほうが私の家に来て、1週間ほど過ごしているのだ。明日からは、私がK知に行くことになっている。荷物の準備は、もう済ませていた。

「っていうか、桂太、よくOKしたわね。高校受験じゃないの?」

「残念、スポーツ推薦なんだよねえ」

 くッ、見た目どおりか。私も推薦で、大学受験パスできないかしら。

 今から陸上じゃ遅いだろうし、将棋は推薦受けるほど個人で成績を残していない。部活を頑張っていた冴島(さえじま)先輩が苦労してるから、心配してしまう。

 私がネガティブになっていると、桂太は、ふたたび起き上がった。

「だからさあ、将棋指そうよ」

「どれくらい強いの?」

 私が尋ねると、桂太はニヤリと笑って、

「結構、強いよ」

 と言った。どうだか。

「公式大会は、さすがに出てないんでしょ?」

「出てるよ」

 え? 完全に初耳で、私も上半身を起こす。

「公式大会の意味、分かってる? 町内会の将棋祭りじゃないわよ?」

「分かってるよ。春と秋の団体戦、個人戦だろ?」

 意外。サッカーをしていると聞いたから。

「なにがどうなったら、サッカー部員が将棋を指すようになるわけ?」

「それはこっちの台詞。香子姉ちゃん、中学は陸上やってなかった?」

 うむむ……ブーメラン……。

「陸上は、うえの層が厚過ぎて、なんだか疲れちゃったのよ」

 桂太は両腕を組んで、じっとりとこちらを見た。

「エー? そんなこと言えるくらい、将棋で成績残してるの?」

 ぐさっ。私は悶えた。言ってはならないことを。あったまきた。

「いいわよ、ボコボコにしてあげる」

 桂太は、人差し指で鼻の下をこすった。

「へへへ、そうこなくっちゃね」

 私は部屋のすみから木製の将棋盤を持ち出して、テーブルのうえにおく。

 おじいちゃんと指している盤だ。

 駒をならべて、振り駒。

「よっし、私が先手よッ! 7六歩ッ!」

 パシリと、角道を開けた。相手の棋風なんて、気にしない。

 居飛車だろうが振り飛車だろうが、ぶっつぶす方針で。

「チェスクロないの?」

 そんなものあるわけないでしょ。高いんだから。

 おじいちゃんと指すときは、そもそも持ち時間を設定しない。

「体感で30秒将棋にすれば、いっか……3四歩、と」

 2六歩、4四歩、4八銀、4二飛。


挿絵(By みてみん)


 このご時世に、ノーマル四間とは……なかなか度胸が据わってるじゃない。

「5六歩よ」

「言っとくけど、俺、ほんとに強いからね」

 ああん?

「ぐだぐだ言ってないで、さっさと指す」

「はいはい、3二銀」

 6八玉、6二玉、7八玉、7二玉、5七銀、8二玉、7七角、4三銀。

 桂太は、7二銀を入れてこない。穴熊の可能性があるわね。

 2五歩、3三角、8八玉。

「9二香」


挿絵(By みてみん)


 ほんとに穴熊なのか。我が従兄弟ながら、けしからん。

「こっちも9八香よッ!」

「そうこなくっちゃ。5四銀」

 6六歩、6四歩、9九玉、9一玉、8八銀、8二銀。

 ハッチを閉めて、本格的な相穴熊。

 7九金、7一金、5九金。

「6二飛」

 桂太は、すこしばかり攻勢をとった。

 私はちょっとだけ考えて、6九金右と寄せる。

「さすがに、ここじゃ仕掛けられないか……5一金」

 7八金右、6一金左。


挿絵(By みてみん)


 囲いは、だいたい完成かしら。

 桂太のほうも、7二金左とは、やりにくいでしょう。バランスが悪い。

 私は3六歩と突いて、攻めの準備を始めた。

 桂太は、4五歩と反発してくる。6八銀、7四歩、3七桂。

 ここで、桂太の手がとまった。

「だらだら考えるのは、なしよ」

「分かってるって」

 桂太を両手をひたいにあてて、じっと考え込む。なかなか様になってるわね。

 強いっていうのも、ホラじゃないかもしれない。私は慎重になった。

「……3五歩」


挿絵(By みてみん)


 うッ……後手から攻めてきた?

 同歩に……3二飛か。これは読める。

「おどかそうったってムダよッ! 同歩ッ!」

 3二飛(予想通り)、2四歩、同角、6五歩、3五飛。

 後手の飛車が飛び出してきた。このままだと、一方的に攻められてしまう。

「2四飛ッ!」

 私は飛車角交換に持ち込んだ。桂太は、ちょっと顔をしかめる。

「ん……それ、成立してるの?」

「見てのお楽しみ」

「ま、とりあえず同歩」

 私はすかさず、2六角と打った。

 

挿絵(By みてみん)

 

 桂太は、ツンと立った髪の毛に手をあてて、それを芝生みたいに押さえつけた。

 右目を閉じて、首をかしげる。

「なに、それ?」

「ほらほら、さっさと指しなさいよ」

「うーん、ちょっと待って」

 さすがに、手拍子で3六飛とはしないようだ。それは5三角成、3七飛成、5四馬で、私がいい。これに気づいた以上は、飛車を引くんじゃないかしら。

 結局、桂太は1分近く考えて、3一飛と引いた。私は予定通り、1一角成。

 桂太はかるくうなずいて、3五歩と置いた。


挿絵(By みてみん)


 ん? なにこれ? 角道止め?

「香子姉ちゃん、長考禁止」

 シャラップ。私は扇子でコツンとやった。

「いたた……角筋止めてるだけなのに」

 ウーン……あやしい……ほんとに5三角成を防いでるだけ?

 私は席を立つ。

「どこ行くの?」

「お茶、取ってくる」

 キッチンへ向かい、冷蔵庫を開ける。キンキンに冷えた麦茶を取り出し、棚からコップをふたつ。それぞれに注いで、私は先に一口飲んだ。

 3五歩……3五歩……あッ!

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子(きょうこ)ちゃんの脳内イメージです。)


 これか。1五角、1四歩で角が死ぬ。

 私はコップを両手に持って、居間へもどり、桂太にひとつあげた。

「サンキュ」

 感謝されてるそばから、3三歩と置く。

 麦茶に口をつけていた桂太は、右目を細めた。

 やっぱり、2七飛が狙いだったわね。

 桂太はコップをおいて、持ち駒の飛車を手にする。

「キッチンで考えるのは、ズルいと思うんだけどね……2七飛」

 3五角、6二金直、2二馬、3七飛成。

「5三角成ッ!」

「それはさすがに読み切りだよッ! 同金ッ!」

 3一馬、3三龍。

 

挿絵(By みてみん)


 龍を撤退したか。不利を認識してるわね。

「2一馬」

「6六桂」

 これは……追撃の心配がないから、7七金?

 わざわざ取らせる必要はない。

 そう判断して金に指を添えた私は、ふとべつの手に気づいた。

「……1一馬」

 今度は、桂太が悩む。庭のほうで、蝉が鳴き始めた。

 桂太はあぐらをかいて、うんうんと背筋を伸ばしたり曲げたり。

「香子姉ちゃん、マジで強い」

 でしょ?

「しょうがないや。2二角ね」

 同馬、同龍。桂太の龍は、3九に入れなくなった。

「7七金」


挿絵(By みてみん)


 どうですか、この華麗な手筋。単に7七金より、ずっといい。

「こっちがかなり損したなあ」

 桂太は渋々、5八桂成。

 これも6七銀と逃げて、5七歩に5五歩、6五銀。私の手が止まる。

「6五銀?」

「そうだよ」

 見れば分かるだろうと、そんな感じで返された。

 6六歩で、どうするつもりなの?


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 これで銀が死んでいる。見落とし? それとも、罠?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 正確には分からないけど、6六歩、5九成桂、6五歩、5八歩成が狙い?

 後手の穴熊は手つかずだから、と金を作られると厄介。

 私は麦茶を半分飲み干して、持ち駒の角に手を伸ばした。

「2六角」


挿絵(By みてみん)


 5九成桂の筋を消す。成桂を抹殺する方針だ。

「チェッ、また面倒なのがきた」

 桂太はガリガリと頭を掻いて、座り直した。

「こうなったら徹底抗戦ッ! 3五歩ッ!」

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