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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第28局 ニャンと猫山さんに彼氏!?(2015年6月16日火曜)
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284手目 猫山さんが辞める!?

※ここからは香子ちゃん視点です。

 6月中旬――すっかり梅雨つゆ入りした駒桜こまざくらは、今日も雨だった。

 校庭の紫陽花あじさいにかたつむりが映える、そんな午後のできごと。

裏見うらみ先輩、猫山ねこやまさんがどこのだれかご存知ですか?」

 そうたずねたのは福留ふくどめさんだった。私は参考書から顔をあげた。

「いきなりどうしたの?」

「いえ、単なる質問なんですけど……ご存知ないです?」

 私は参考書を閉じた。タメ息をひとつ。

「理由がないのにそういう質問するのって、変じゃない?」

「あう……すいません」

 福留さんは白状した。猫山さんを好きなクラスメイトがいるらしい。

「また、ずいぶんと変わった片想いね」

「年の差も分かんないですしね……というわけで、どうなのかなぁ、と」

「悪いけど、猫山さんのプライベートなんて全然知らないわよ」

「ですよねぇ……葉山はやま先輩に訊こうかな」

 それもどうかしら。葉山さんが知ってる知らない以前に、他人のことをこそこそ嗅ぎまわるのは、よくないと思う。ガツンと言っておきましょう。

「猫山さんには彼氏がいるかもしれないでしょ。そういうのは告白したい本人に任せて、傍観したほうがいいわ」

「恋のキューピッドあずさちゃん……はムリか。いい暇つぶしだと思ったんですけど」

「私は暇じゃないの。受験勉強でいそがしいんだから」

「その本、将棋の参考書ですよね?」

 他人の本をチェックしないでちょうだい!


  ○

   。

    .


香子きょうこちゃん、どうしたの?」

 一杯のコーヒーが、金縁きんぶちのお皿に乗って出てきた。

 私は、うわの空だったことに気づく。マスターがほほえんでいた。

「受験疲れかな?」

「まあ、多少は……」

 マスターは、カウンターの空いたお皿を回収した。

「僕は高校を卒業してこの業界に入ったから分からないけど、みんな大変そうだね。とりあえず、うちの常連さんだった学生は志望校に入れたみたいだし、おじさんはそれだけが救いかな」

 なんだかしんみりしてきた。梅雨にはぴったりだけど、どうも違和感をおぼえる。普段のマスターは、よほどのことがない限り、さびしげな話はしない。

 と、ここまで考えて、店内になにかが欠けていることに気づいた。

「猫山さんは、お休みですか?」

 マスターは、お皿を拭く手をとめた。

「ん、ちょっとね……」

 あやしい。けど、これ以上つっこんで訊くのもはばかられた。

 さっき福留さんにああ言った手前、野次馬根性を出すわけにもいかなかった。

 ところが、なにを思ったのか、マスターのほうから、

「香子ちゃんは昔からの馴染みだし、猫山さんとも親しいから、ちょっとだけ……」

 と打ち明けてきた。

「じつはね、猫山さん、ここを辞めるみたいなんだよ」

「え? ……辞める?」

「はっきりは言ってないけど、おじさんの勘だとそうなんだ」

 なんだ、びっくりした。予感の話か。

「あ、その顔は信じてないね」

「猫山さん、このまえも上機嫌でしたよ?」

一昨日おとといから、様子がおかしいんだ。シフトも入ってくれないし」

「大学のレポートか試験で、いそがしいんじゃないですか?」

 私の質問に、マスターはなんとも言えない表情を返した。

 その瞬間、私ははたと気づいた――猫山さんが大学生って、憶測なのよね。どこの大学に通ってるとかは、一度も聞いたことがない。ただ、状況証拠的にはそれっぽいのだ。まず、見た目が20歳くらい。バイトをしているから、定職にはついていない。フリーターやってるんですよねぇ、という話が本人や周囲から漏れたこともない。となると、大学生である可能性が非常に高いわけで……違う?

「今のはおじさんの勘だからね。あまりあてには……おっと、いらっしゃい」

 べつのお客さんが来て、この話は取りやめになった。

 私はコーヒーを飲みながら、ぼんやりと窓ガラスの雨筋あますじを眺めた。


  ○

   。

    .


「すっかり遅くなっちゃった」

 私は夜の駒桜を自宅へと向かっていた。

 あのあと、喫茶店でよっしーと出会い、すっかり話し込んでしまった。それから図書館に行って、閉館まで勉強。どうも時間のコントロールがうまくいっていない。

 こんな夜中だし、裏道でショートカットするのもなぁ。

 物騒な考えはやめて、大通りを選んだ。

「おーい、そこの将棋娘、待たんかい」

 女の声――ふりかえると、白装束の女性が手を振っていた。

 私は悲鳴をあげかける。

「こりゃ、わしの顔を見て悲鳴をあげるとは、なにごとじゃ」

「び、びっくりした……タマさん、こんばんは」

「ニャハハハ、ちゃんとわしの名前を覚えとるな」

 タマさんは笑った。これだけでも怖い。だって、このひと、素性が不明なのだ。喫茶店八一やいちにたまに現れて、マスターにお世辞を言ったりミルクを飲んだりしている。言い方は悪いけど、言動がかなり変なひとだ。学生のあいだでは、ちょっとアレなのではないかという噂になっていた。

 私の警戒心をよそに、タマさんは猫招きみたいに手招きした。

「夜遊びか? どうじゃ、わしと一緒に遊ばんか?」

 ひぃいいいい、怖い。

「あ、あの、私、急いでるんで……」

「ちょっとくらいええじゃろう。あいちゃんも、おるぞい」

「ほんとに急いで……」

 そこまで言いかけた私は、聞き覚えのある名前に固まった。

「猫山さんがいるんですか?」

「この先のレストランでディナーじゃ。香子ちゃんも一緒に食べるぞい」

「……ちょとだけなら」

 私はお母さんにスマホで連絡を入れた。友だちの家に参考書を借りに云々。

 タマさんに案内された場所は、将棋部でも使うファミレスだった。

 一番奥の4人がけの席に向かう。猫山さんは――いないじゃないですか。

「あれ? 愛ちゃん、どこにおるんかの?」

「ここで待ち合わせなんですか?」

「うむ……そこのお兄さんに聞いてみようかいの」

 タマさんは、店員の若い男性に声をかけた。

「このへんに、猫耳の髪型をした、かっこかわいいお姉さんはおらんかったか?」

「猫耳の髪型……ああ、いらっしゃいましたよ。どなたかお待ちだったみたいですが」

「ふむふむ、わしらを待ってくれたんじゃの。ならばトイレか」

 私たちは座って待つことになった。とりあえず注文を済ませる。

「たらこスパゲティがおひとつ、ラザニアがおひとつですね。少々お待ちください」

 店員さんはそのまま厨房に消えた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………気まずい。

「遅いですね」

「ウ○コじゃろ」

 きたない。ほいほいついてきたの、間違いだったかなぁ。

 でも、猫山さんに会っておきたい気持ちもあった。マスターの話によれば、猫山さんはこの先のシフトをひとつも入れていないらしい。もうこのまま辞める可能性もあるということだ。猫山さんは駒桜市民だって言ってるけど、あれだけは嘘だと思う。だって、猫山さんが母校のOGだという知り合いはいないからだ。

 そこまで推理したとき、足音が聞こえた。私は顔をあげる。

「お待たせしました。たらこスパゲティとラザニアです」

 あれ? 料理が先に来た? 私は手洗いのドアを遠目に見た。出て来る気配はない。

「食べんと冷めるぞい」

 タマさんは、箸でスパゲティをすすり始めた。

「ふぅむ、この魚の卵は、何度食べてもうまいのぉ」

 私もお腹が空いていたから、ラザニアを口に運ぶ。あちちち。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………だから気まずいってば。

「猫山さんとタマさんって、昔からのお友だちなんですか?」

「うむ、子どもの頃から仲良しじゃ」

 ほほぉ、ってことは、小学生か中学生くらいからってことか。

「こうやって、よくお会いになられるんですか?」

 タマさんはパスタを箸でくるくるし始めた。ちょっとさみしそう。

「最近は、あんまり遊んでくれんのぉ」

「……大学がいそがしいとか?」

 私はカマをかけてみた。ところが、全然予想しない反応が返ってくる。

「ダイガクとはなんじゃ? イモか?」

 うぅむ、これでは情報を聞き出せない。そもそも本当だという保証がない。

「それにしても、猫山さん、全然出てきませんね」

「腹でも壊したんかのぉ……ちょいと見てくるぞい」

 タマさんはトイレに消えた。あわてて飛び出してくる。

「た、たいへんじゃッ! 愛ちゃん、おらんぞいッ!」

「え? いない?」

 タマさんは、顔を真っ赤にして怒った。

「あの腐れ男が連れて行ったに決まっておるッ! 救出じゃッ!」

 タマさんは、そう言ってレストランを飛び出した。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………え、ちょっと待って。お会計は?

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