283手目 百様玲瓏
いやぁ、びっくらこいた……林家笑魅でがす。
「まさかの決勝戦中止とは、お釈迦様も予想できなかったですよ、これは」
私は後頭部をぽかりとやられた。
「そういう不謹慎なこと言うな」
いおりんのお説教――ここは、藤花女学園の将棋部室。
和室の畳のうえに、私といおりんのみ。さみしぃ。
「暴力より不謹慎なことはないと思いますけどね」
「こんなの暴力に入んねぇよ」
はい、体育会系。脳筋のセリフいただきました。
「それでは、琴音ちゃんのお見舞いに行くでがす」
「Warte mal!!」
おおっと、ここでドアがガラリと開いて、ポーン主将の登場だぁ。
将棋を指さないのにレギュラーな金子部長もおまけでついてるぞぉ。
「ポーン主将と金子部長は行かないんですか?」
主将は胸元で腕を組み、眉間にしわを寄せた。
「大勢で病院に押しかけると、迷惑ではありませんこと?」
「え? そんなに重体なんですか? ただの貧血だって聞きましたけど?」
「病院に行くときは、事前にアポイントメントを取るのがマナーです」
「べつに私たちの関係なら良くないでがすかね。ダメ?」
「Nein」
ナインはドイツ語でノーの意味らしいですよ。笑魅、さすがに覚えた。
「大丈夫ですって。オレたちの仲ですから」
「ほらほら、いおりんもそう言ってます。以心伝心、似た者同士ですからね」
「あなたがた、藤花女学園のモットーを覚えてらっしゃいますかしら」
「人生、これお笑い、でがす」
「Nein!! Frauタカサキ、代わりに答えてさしあげなさい」
「筋トレはすべてを解決するッ!」
「NAAAAAIN!! 筋肉でモノゴトは解決いたしません!」
いおりんの悩みのなさを見てると、筋トレ万能説、一理ある。
「えっへん、藤花女学園のモットーは『百様玲瓏』です」
ポーン主将、自慢げに解答を披露。
「なんでげすか、それ?」
「入学式のパンフレットに書いてありましたでしょうにッ!」
パンフレットは折って扇子にしちゃったから、読んでないんだな、これが。
「Frauカネコは、さすがにご存知ですわね?」
「様々な種類の美しさがある、っていう意味だね。藤花女学園の生徒は、ひとりひとりが個性を活かしつつ、多様で美しく育って欲しいという願いが込められてるんだよ」
文芸部、やりますねぇ。
「もうちょっと覚えやすいモットーにして欲しいですね、オレは」
「いおりんは平仮名1文字でも忘れるでしょ」
「んなわけねーだろッ!」
「じゃあ、いおりんの下駄箱のマークは?」
うちの下駄箱は、いろはにほへとで分けられてるんだな、これが。
「……」
「10秒、1、2、3、4、5、6、7、8、9」
ぶっぶーッ!
「いおりん、ほんとにうちに受かったんですか? 裏口入学じゃない?」
「ちゃんとペーパーテストは受けたぞッ!」
名前を書いたらOKとか、そんなんじゃないですかね。疑いますよ。
「まあまあ、高崎さんはバスケが得意、林家さんは笑える、これが百様玲瓏だよ」
「え、部長、なにその私の評価は」
「Frauカネコ、わたくしはいかがでしょうか?」
ポーン主将、興味津々な質問。こういうのは危ないですよ。
「エリーちゃんは……うーん……」
ほら、詰まった。
「Warum!? なぜ悩むのですかッ!?」
「ごめんごめん、エリーちゃんって、いろいろハイスペックだから、これっていうのがすぐには思い浮かばないんだよね。成績はトップクラスだし、スポーツもできるし」
美人だし胸もあるし足もすらりとしてるし肌が白いってか。
カーッ、ぺっ。
「おほほほ、Frauヒメノのようなperfektな女性を目指しておりますの」
「姫野先輩はすごかったね。成績は学年トップで、弓道も県代表、将棋も県大会優勝経験があるし、美人だし実家が超お金持ち。完璧だよ」
「でも筋肉はありませんでしたよ」
あれでマッチョだったら怖いでしょ。よく考えて、いおりん。
「き、筋肉はなくてもいいんじゃないかな……」
「ほら、金子先輩もドン引きですよ」
「いやいや、筋肉がないと新陳代謝が悪くなって、よっしー先輩みたいになります」
なんてことを……殺されるぞ。
「サーヤ先輩みたいなのが理想的ですね。腕相撲だと勝てないですし」
「いや、女子校で腕相撲に勝つメリットってなに?」
「女子力アピール」
「おまえ女子力を根本的に勘違いしてるだろ」
サバイバル能力じゃないからググって、どうぞ。
ここで金子部長が乱入。
「べつに女子力を一義的に決める必要なくない? 筋力=女子力でもいいと思うけど?」
「筋力=女子力とか、聞いたことないでがすよ……」
「じゃあ、林家さんの言う女子力って、どういうもの?」
はい、来ました。むずかしい質問。
「『異性に対してどれくらい魅力的か』だと思うでがす」
……………………
……………………
…………………
………………え、なにこの空気は。
「Oh, nein, Frauハヤシヤ、いまどき男性中心主義は流行りませんわよ」
「いや、男性中心とかじゃなくて、言葉的にそうなりません?」
「そうかな? 女子に対する女子力とか、自己完結型の女子力もあると思うけど?」
「つーか、『異性に対する魅力』なんて、笑魅の口から出る言葉じゃねーだろ」
最後のやつが一番腹立つ。
「いおりんには言われたくないですねぇ」
「あ?」
「金子先輩、女子に対する女子力ってなんなんでがすか?」
「んー、定義はできないけど、ふたばくんみたいな感じかな?」
いや、あれは男だろ。かわいいけど。
「女性で答えてよろし」
「うーん……2年生だとエリーちゃんかなぁ」
「おほほほ、光栄ですわ」
「1年生、3年生だと? 中等部は?」
金子部長、やや渋い顔に。
「林家さん、けっこう危ない質問するね」
「がしょ」
「1年生だと……古谷くん?」
だから男を挙げないで。かわいいのは認める。
「女性でおねげぇします」
「うーん……1年生の女子だと、この子って感じはしないかなぁ……」
「さらりとひどいこと言ってません?」
「Frauコマサゲは、いかがですか?」
「馬下さんは、もうちょっとハキハキしたほうがいいかな」
金子部長、じつは毒舌なのでは。
「3年生は?」
「中等部だと、レモンちゃん? ちょっと違うかな?」
「高校3年生について訊いてるんですけど」
「さてと、そろそろ文芸部に顔を出さなきゃ。ばいばい」
あ、逃げましたよ。金子部長、そりゃねぇや。
「ほんじゃ、あっしらで決めましょ」
「しかし、女子力とはなにかが分かっておりませんわよ?」
「ひとりずつ挙げて楽しめばいいんですよ、こういうのは。いおりん、どうでがすか?」
いおりん、真剣に悩む。
「よっしー先輩じゃないか?」
「ほぉ、その心は?」
「3年生のメンツで、一番女の子女の子してると思う」
「さすがに乳がデカイとは言わないか」
「Frauハヤシヤ、そういう品のない言い方はよろしくありません」
「じゃ、ポーン先輩は?」
ポーン先輩も真剣に悩む。
「……むずかしいですわね」
「あれ? 裏見先輩がさらりと挙がるかと思ってたんですが?」
「Frauウラミの魅力は、女子力とはなにか違うと思います」
「3年生の女子で男に言い寄られてるの、裏見先輩しかいなくないですか?」
男に言い寄ってるのは別にいますけどね。そこは触れないでがすよ。
「HerrマツダイラはFrauウラミの棋力に惚れているのでは?」
「そんな男いないと思うんですけど」
「オレも違うと思いますね。スタイルも顔もいいですし、やっぱそこじゃないっすか」
「Doch!! 男性から見た女性の好みもいろいろございます」
「いや、棋力はないでがすよ。変人じゃないですか」
「では、FrauトビセとおつきあいなさってるHerrステガミは、どう説明なさるので?」
……………………
……………………
…………………
………………え?
「飛瀬先輩と捨神先輩って、つきあってるんですか?」
ポーン先輩、口もとに手をあててだんまり。
「い、今のは例え話ですわ」
「どういう例え話なんですか?」
「ポーン先輩、白状しましたね。オレでも分かりますよ」
「いおりんが言う『オレでも分かりますよ』の破壊力」
「うっせぇ! 今は真相を解明するぞッ!」
がってんでい。根掘り葉掘り聞きますよ。
ガラガラガラ
あ、これは金子先輩が戻って来ましたね。ちょうどいいところに……。
「記憶消去ビーム……」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次回からは123手目以降の改稿になります。
裏見さん視点の予定なので、123手目へお戻りいただけるとさいわいです。
これからもよろしくお願いいたします。




