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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第27局 2015年度駒桜市新人戦(2015年6月14日日曜)
294/683

282手目 準決勝 春日川〔藤花〕vs不破〔天堂〕(2)

挿絵(By みてみん)


 決戦だ。不破ふわさんは飴を交換して、長考に入った。

「先手はバランスがいいのか悪いのか、分かんないっスね」

 大場おおばさんはひたいに手をかざして、盤面を遠目に見た。おおげさ。

「5二金、3四銀、4二角は確定みたいですわ」

「5一角はないんっスか?」

「それは角の狙いがunklarですのよ」

 あいかわらずドイツ語を挟むの、解読に困る。

 5一角と4二角の比較は、むずかしい。4二角、2三銀成、5三銀は、この瞬間に角筋が止まるから3二成銀と当てたい。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 5一角、2一成銀で、どうかしら。

 これを嫌って最初から5一角は、アリっちゃアリだけど……2三銀成、5三銀、3二成銀の次の手が不明なのよね。4二に角がいないから、6五歩は同銀で無効なんじゃないかしら。それとも、8四角と出て、次に6五歩、同銀、7五角の強襲を狙う?

 私は大場さんたちに、自分の読みを伝えてみた。

「5一角、2三銀成、5三銀、3二成銀、8四角のあと、先手はなにを指すんっスか?」

「2一成銀じゃない?」

「そこから6五歩……同銀は7五角、同角、同飛が十字飛車っスね」

「いちおう7六角で紐はつけられるけど、将棋の手じゃないわ」

「つまり、6五歩に7七銀と引くしかないっス」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 あぁ……これは冷静。

「7五角なら同角、同飛、8六角と打って、7二飛、4五桂っス」

「4五桂は6四角で消せませんかしら?」

「消す消さない以前に、4五桂じゃなくて6四桂の両取りは?」

「同銀、同角のあとが続かなくないっスか? 後手は8五桂の打ち返しがあるっス」

 うーん、思ったより難解だ。途中の2三銀成がいいのかも分からない。普通なら、飛車先を通す2四歩のほうが自然だからだ。

 先に2四歩を入れる? そうなると、後手はどこかで5六歩を入れたい気もする。

 

 パシリ

 

 議論を中断して、盤面を確認した。5二金が指されていた。

 3四銀、4二角と進む。


挿絵(By みてみん)


「楓ちゃん、4二を選んだっスね」

「となると、2三銀成、5三銀、3二成銀、5一角、2一成銀コースですわ」

 5一角を嫌った理由が、いまいち分からない。

 けど、これはこれでさっきの検討手順と合流する可能性もある。

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 あれ? 全然ちがった。2四歩ですらない。

 不破さんは、腕組みをしたまま盤面をのぞきこむ。

「あたしに1手指せってか?」

「2手でもかまいません」

「ふざけんな。それじゃ反則負けだろ」

 不破さんは5三銀と指した。

 これがあるから、先手は手渡ししちゃいけなかった気がする。ここから2三銀成だと、6五歩、7七銀、6四銀が間に合ってくる。2三銀成に代えて2四歩は、同歩のあとに角をどかす手順がない。春日川かすがかわさん、なにか見落としてるのでは?

「7七銀」


挿絵(By みてみん)


 連続でハズレた。

「わたくしたちの読みと異なりますわ」

「殴り合いだと勝てないから、固めなおしてるんっスかね」

 大場さんの説は有力。後手に盛り上がらせる作戦かも。

 不破さんも口もとに手をあてて、しばらく考え込んだ。

「なんか変なことしてやがるな……6五歩」

「2四歩」

 やっと攻めた。

「同歩」

 春日川さんは、銀を2三の地点にひっくり返した。


挿絵(By みてみん)


 突いてからの銀成。

 まあ、これくらいしか……………………

 …………………………………………

 ………………………………………

 ………………あれ?

「後手が困ってない?」

 私のひとことに、ポーンさんたちはきょとんとした。

「そうっスか? 6四銀のほうが速いっスよ?」

「3二成銀、5一角、4一成銀だと?」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「8四角は2四飛で十字飛車になるっスね……」

「さすがに飛車を成らせるとマズいんじゃないかしら」

 私たちはいろいろ検討したけど、6四銀と出た場合、これは回避できないようだ。

 つまり、6四銀と出られない。

 予定外の攻防だったらしく、不破さんの動きが止まった。

 普段のリアクションが大きから、困っているのは明らかだ。

「これは決まりましたわ。Frauカスガカワの勝ちです」

「エリーちゃん、あんまりフラグ立てないほうがいいっスよ……」

 まだ優勢・劣勢の話をする段階じゃないと思う。

 ただ、不破さんの目論見がはずされたことだけは確かだ。

「……やるじゃねぇか」

 不破さんは飴玉のスティックを噛み締めた。

「さあ、どうしますか?」

「ちょっと静かにしろ」

 不破さんはたっぷり3分考えて、6三金と上がった。


挿絵(By みてみん)


 次こそ6四銀、という手だ。

「3二成銀」

 春日川さんは、6四銀と上がられるまえに対処する。

 5一角、2一成銀、1二香(香車はタダで渡すとマズい)、2六飛。

 あくまでも攻めさせる気? それとも、次に3五歩からの飛車スライド?

「3二飛ッ!」


挿絵(By みてみん)


 不破さんは、どちらにも対応できる手を指した。

 むりやり3五歩は、同飛、7六飛、3六歩、4五桂、6四銀のあと、3七歩〜4八とと捨てられて、3九飛成が厳しい。

「7四桂」

 春日川さんは桂馬の単騎で攻めた。

「7三銀……は、する意味がねぇな。5六歩」

「同歩」

 不破さんは6四銀と上がった。けど、角の位置が微妙すぎる。

「後手の陣、スキだらけです。3五歩」


挿絵(By みてみん)


 ん? 同飛で? ……あ、4六飛があるのか。6四銀と上がったから、4四歩じゃなくて5三金で受けるしかない。でもそれは、4五桂と跳ねられて崩壊する。

「4三飛と成らせるのは、よろしくないのですかしら?」

「よくないっス。4三飛成は金当たりで、5三金と弾くのは4一龍が角当たりっス」

 さっき春日川さんが言った通り、後手は陣形が悪い。

 とはいえ、ここまで悪かったとは――さすがに予定外だったと思う。

 2九飛〜2六飛〜4六飛と回られたときのバランスなんて、普通は考えない。

「でも、4六飛自体は5三金で防げるっス。3五飛、4六飛、5三金、4五桂、5二金と引けば、手が続かないんじゃないっスか」

「だめよ。8二桂成、同金、6二銀で死んじゃうわ」

 私の指摘に、大場さんはアレっとなった。

「じゃあ、7三銀が必要っスね。7三銀、4六飛、5三金っスか」

 不破さん、大長考。残り時間は15分を切った。

 まだ60手くらいだから、妥当と言えば妥当なんだけど……流れがおかしい。

 ギャラリーも、固唾を飲んで見守る。

「……5三金」

 春日川さんは2三歩と置いた。


挿絵(By みてみん)


 ゆったりとした攻め。

「さすがに間に合わないんじゃないっスか?」

「Ich stimme zu!! 2二歩成〜3一成銀はかなり手数が掛かります」

 春日川さんは、寄せて行く方針じゃないのでは。

 うまく言えないけど、今回の指し回しは、嬲り殺しを狙っているようにみえる。

 

 パシリ

 

「なにをお指しになられましたか?」

 不破さんが符号を言わなかったから、春日川さんは確認をいれた。

「7三銀」

 不破さんはふてくされたように答えた。

 返事を聞いた春日川さんは、かるくうなずいた。

「4六飛」

「3五飛」

「3六歩です」

 冷静。一回飛車を追い返す。

 3四飛、2二歩成、2五歩、2三と――ここで不破さんにどういう手があるか。


挿絵(By みてみん)


「7五銀ではございませんこと?」

 ポーンさんは、一番ありそうな手を答えた。

「7五銀、同角、7四飛は、常に狙ってるっぽいっス」

「しなしながら、このままでは7五銀に3三とがありますわね」

 そう、この時点で7五銀は、3三とがある。

 同飛なら7五角。これが金当たりで、7四銀とすらできない。

「5二金と先に引いておくんじゃない?」

 私のコメントに、ふたりとも同意してくれた。

「そうなると、先手はもう一手指せることになりますわ」

「角ちゃんなら、2五桂か4五桂って跳ねるっス」

 私も大場さんの案推しかな。

「2五桂、7五銀に3三と、あるいは、7五同角ね」

「3三とには6四銀で逃げられるんっスけど、4三とがあるっスからね。6二金寄、5三とと押し売りして、同金、4一飛成が角当たりっス。これを嫌って5四飛と逃げるのは、やっぱり4三と、6二金寄、5三とと捨てて、同飛なら7五角、同金なら4一飛成っス」

「5二金、2五桂、7五銀、同角、7四飛も捨てがたいですわ」

「それなんだけど、7四飛は3一角成で困らない?」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「これ、8五桂と打っても止まると思うんだけど」

「たしかに、最悪7五歩があるっスね。7五銀は、取っても放置でも後手不利っス」

 もしかして、先手有利が明らかになってきた?

 今3人で検討した限りでは、どれも後手が困っている。

 

 パシリ


「5二金」

 不破さんは金を引いた。

 春日川さんは1分ほど読みなおして、2五桂と跳ねた。

「7五銀」

 問題の局面だ。春日川さんの回答は――

「同角」

 取るほうを選択した。

 不破さんはすかさず7四銀と押し返す。


挿絵(By みてみん)


「あッ、これはいい手っス。3一角成には7六歩と叩けるっス」

「Aha!! 7六同銀は7五歩、同銀、同銀、同馬、8四角と消すわけですね」

「でも危なくない?」

 そんなに単純な順には見えないけど。

「なにを指されましたか? 7筋当たりかと思いますが?」

 春日川さんはふたたび指し手をたずねた。

「7四銀だよ」

 それを聞いた途端、春日川さんは例の邪悪な笑みを浮かべた。

「7四銀……最後までバランスが悪いようで」

「あん?」

「7二歩です」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あッ、決まったくさい。

 同金は6一銀だ。そこから6二金左は4三飛成、6二金右は5二銀成、同金のとき穴熊が丸裸になっている。金銀を打ち付けられたら即座に寄る。

 不破さんは両手をついて立ち上がった。

「ば、バカな!? こんな簡単に……!?」

 いや、寄っている。

 6一金と逃げても3三ととされて崩壊する。

 後手の穴熊は、中盤からここまで一度も連結しなかった。

 駒の配置が悪すぎたとしか言いようがない。

 不破さんは椅子に座りなおして、長考に沈んだ。

 

 ピッ

 

 30分を使い切り、秒読みに入る。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「ダメだ、どうにもならねぇ……負けました」

「ありがとうございました」

 おおおおッ! これにはギャラリーも歓声をあげた。

 ざわくつ周囲をよそに、不破さんはぐったりと椅子にもたれかかった。

「なにが悪かったんだ……? 布陣は普通だったはずだ……」

 春日川さんは白杖をにぎりしめ、しばらく押し黙った。

「たまたま……ではないでしょうか」

 気を遣っているようにみえて、けっこう残酷な答えだ。

 先手の陣形と後手の陣形が噛み合ってしまったのは、確かにたまたまだ。けど、勝者がそれを口にするのは、敗者にとっては酷なところがある。

 不破さんはくちびるを噛み締めた。

「たまたま、じゃしょうがねぇな……おひらきだ」

 不破さんは席を立った。春日川さんは椅子の音を聞いて一礼した。

「Das kann ich gar nicht erwarten……すさまじい試合でしたわ」

「チェスクロの表示は77手っスね。77手で穴熊粉砕とか痺れるっス」

 私たちが感想を述べあっていると、うしろから声をかけられた。

「おーい、裏見うらみ、どうした? なにかあったのか?」

 松平まつだいらだった。私は今の対局内容を伝えた。

「春日川が不破に勝った? 70手台で? ……凄いな」

「でしょ。ちょっと圧巻だったわ」

 そのとき、対局席のほうから悲鳴があがった。

「か、春日川さん、しっかりぃ!」

 見ると、春日川さんは白杖をにぎりしめたまま、テーブルに突っ伏していた。

 駒が散乱している。あたりはパニックになった。

「救急車ッ! 救急車ッ!」

「気道確保しないとマズいんじゃないのか?」

「こら、動かすなッ!」

場所:2015年度 駒桜市高校新人戦 準決勝

先手:春日川 琴音

後手:不破 楓

戦型:後手ゴキゲン穴熊


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △5四歩 ▲2五歩 △5二飛

▲4八銀 △5五歩 ▲6八玉 △3三角 ▲3六歩 △4二銀

▲3七銀 △5三銀 ▲4六銀 △4四銀 ▲7八銀 △6二玉

▲7七銀 △7二玉 ▲6六銀 △8二玉 ▲7八玉 △9二香

▲5八金右 △9一玉 ▲1六歩 △8二銀 ▲3七桂 △7一金

▲2九飛 △7四歩 ▲9六歩 △7五歩 ▲同 歩 △7二飛

▲9七角 △6四歩 ▲4五銀 △5二金 ▲3四銀 △4二角

▲6八金上 △5三銀 ▲7七銀 △6五歩 ▲2四歩 △同 歩

▲2三銀成 △6三金 ▲3二成銀 △5一角 ▲2一成銀 △1二香

▲2六飛 △3二飛 ▲7四桂 △5六歩 ▲同 歩 △6四銀

▲3五歩 △5三金 ▲2三歩 △7三銀上 ▲4六飛 △3五飛

▲3六歩 △3四飛 ▲2二歩成 △2五歩 ▲2三と △5二金

▲2五桂 △7五銀 ▲同 角 △7四銀 ▲7二歩


まで77手で春日川の勝ち

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