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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第27局 2015年度駒桜市新人戦(2015年6月14日日曜)
291/683

279手目 準決勝 曲田〔升風〕vs古谷〔清心〕(1)

※ここからは松平くん視点です。

 いやぁ、つかれた。模試は気をつかう。

 俺は軽く背伸びをして、公民館に足を踏み入れた。

 ずいぶんと騒々しいな。

「あ、松平まつだいら先輩、こんにちは」

 最初に話しかけてきたのは、歩夢あゆむだった。

「おつかれさん」

「今日は模試だったんじゃないですか?」

「さっき終わったんで、ちょっと立ち寄った……あそこはなにやってるんだ?」

 俺は、公民館のすみの人だかりを見やった。

「裁判してるらしいです」

「裁判? 反則か?」

「さぁ」

 どうせ指が離れた、離れてないとかだろうなぁ。

 大学入試とおなじで、あやしい行動はしないほうがいいぞ。

「みなさん、大会のプログラムが押しているので、そろそろ着席してください」

 辰吉たつきちが一喝して、人だかりは解散した。

「歩夢、だれとだれが残ってる? 今、何回戦だ?」

「もう準決勝です。古谷ふるやvs曲田まがた不破ふわvs春日川かすがかわ

 妥当なところが残ってるな。

 曲田のところは五見いつみか歩夢でもおかしくなかったが。

「どっちを観るか……ん?」

 なんだ、裏見うらみもいるじゃないか。俺は声をかけた。

「おーい、裏見」

「あら、来てたの?」

「裏見こそ、先に会場出たのか?」

「バスがぎりぎりあったから、それに乗ったの」

 1本差か。出口のところで、バスが走り去るのを見た記憶がある。

「裏見さま、もう1本くらい待ってください」

「受験科目がちがうんだから、待ち合わせしようがないでしょ」

 たしかに。俺は物理を受けてたが、裏見は受けてなかった気がする。

 俺の志望は理工学部、裏見は経済なんだよなぁ。

「松平も応援?」

「ああ、応援しに来て……みたが、うちは残ってないな」

 裏見はタメ息をついた。

「どうも個人戦になるとパッとしないわね」

 突出したのがいないからな。しょうがない。そこはチーム力でカバーだ。

「ところで、なにかあったのか? 反則?」

「乙女心に関する裁判がおこなわれていたのよ」

 裁判? 新手のゲームか? ……あんまり突っ込まないほうがいいな。

「裏見は、どっちの対局を観る?」

「私は不破さんのほうにしようかしら」

「じゃあ、俺は古谷と曲田を観る」

 あとで情報共有できる。というわけで、俺たちはべつべつのテーブルを囲んだ。

 混んでるな。スキマを狙おう。

「それでは、振り駒をお願いします」

 辰吉の指示で、古谷と曲田は振り駒をゆずりあった。

「どっちがやっても一緒なんだけどね」

 最後は曲田が折れて、歩を集めた――表が3枚。曲田の先手だ。

「準備はととのいましたか? ……はじめてください」

「よろしくお願いします」

 ふたりとも一礼して、対局開始。

「個人戦で当たるのは、中2以来かな」

 曲田はそう言って、7六歩と突いた。

「多分ね」

 古谷は8四歩と突く。


挿絵(By みてみん)


「曲田に選択をあずけたっぽいな」

 俺は歩夢のとなりで、そうささやいた。

「ええ、そうみたいですね」

「となると、曲田の研究ストックがどれだけあるか……か」

 曲田は研究家タイプだ。直観型の捨神すてがみや不破の対極だと言ってもいい。

 去年卒業したスネ夫先輩に近い。

「古谷くん、かなり自信があるみたいだね」

 曲田は3手目を指さずに、そうたずねた。

「自信っていうのは?」

「矢倉でも角換わりでもどうぞ、ってことだよね、これ」

 古谷は困ったような笑顔を浮かべた。

「まだ2手目じゃないか」

「なるほど、そこはごまかす、と……」

 曲田はアゴに手をあてて、しばらく黙考した。

 6八銀とすれば矢倉。2六歩とすれば角換わり。

 もちろん、2六歩、3四歩以下の横歩もありうる。

 が、古谷の性格からして、どうだろうな。そこまで回りくどいことはしないだろう。

「こっちかな。2六歩」

 曲田は角換わりを選択した。

 3二金、7八金、8五歩、7七角、3四歩、8八銀。


挿絵(By みてみん)


「7七角成」

 古谷は角を交換した。

「むりやり矢倉でもない、と。同銀」

 2二銀、4八銀、6二銀、4六歩。

 なんか普通の出だしに見えるな。俺はちょっと肩透かしをくらった。

「けっきょく角換わりか」

 俺のコメントに、歩夢は「うーん」とうなった。

「なんか妙な気が」

「俺が受験勉強してるあいだに、角換わり革命でもあったのか?」

「同学年として、ふたりとも指し方に違和感があります」

 指し方に違和感、ね。こういうのは、対局数が多くないと分からないからな。

 俺だって、つじーんやくららんと指してるときは、「あ、なんか用意してるな」と感じることがある。そういうのは、長年指していると分かるぞ。羽生さんも対局相手の体調を察することがあるって言ってたからな。

「つまり、古谷にも研究があるってことか?」

「後手なんですよね。角換わりで先手より先に研究を出すのは難しいような……」


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ……ん? これは、俺でも違和感をおぼえるぞ。

 古谷はチェスクロを軽快に押した。

 曲田は小考。ほかの1年生、五見、獅子戸ししどあたりも、熱心に次の手を見守っていた。

「……4七銀」

 7四歩、5八金、6四歩、6八玉、6三銀、5六銀、7三桂。

 曲田はこの手をみて、なにかを確信したらしい。

「なるほど、やっぱりそれか。1六歩」

「1四歩」

 曲田は4五歩と伸ばした。

 6二金、6六歩。

 古谷は飛車に手をかける。スッと、ひとマス引いた。


挿絵(By みてみん)


 マジか――これには周囲もざわつく。

 一方、曲田だけは飄々としていた。

佐伯さえき先輩に感化されたのかな?」

「いやぁ、右玉指したらイコール佐伯先輩っておかしくない?」

 古谷はごまかすように笑った。

 佐伯の影響は考えにくい。古谷はそこまで主体性のないタイプじゃない。

 おそらく、曲田の研究手を外すために用意してきた作戦だ。それだけ曲田の研究は深みがあるってことでもあるが、古谷もこういう部分はカラいからな。1年でトップの実力だし、受けて立ってもいいはずだ。捨神なら受けるだろう。あいつは、なんだかんだで勝敗をそこまで気にしていないところがある。

「古谷くんは、右玉を指しこなせるのかな。3六歩」

 曲田もかなり挑発している。まあ、こいつは昔から口が悪い。

 3三銀、3七桂、9四歩、9六歩、5二玉。


挿絵(By みてみん)


「後手は手損になるな」

 俺のひとりごとに、歩夢も反応した。

「ですね。6一玉〜7二玉が必要で、3手か4手は損してます」

「とはいえ、右玉はもともと手待ちの戦法だ。そこまで損でもないか」

「曲田くんとしては、ここで動きたいところですけど」

 ないだろうなぁ。2五桂と跳ねて開戦しても、突破口は見当たらない。

「先手も8八玉まで入るしかないだろう」

「となると、普通の右玉になりますね」

 俺たちがああだこうだ言ってるあいだも、対局は進んだ。

 2五歩、6一玉、7九玉、7二玉、8八玉、5四歩。

「4六角」


挿絵(By みてみん)


 右玉対策で、よく見る角打ちだ。7〜8筋が弱いことを見越している。

 古谷は30秒ほど考えて、4二金と寄せた。

 6八金右、5二金左。

 手待ちモードに入ったな。あとは先手次第だ。

「歩夢なら、どこから仕掛ける?」

「僕なら千日手にしてもう一局指します」

 それもありだな――ただ、曲田がこれだけ時間を使っている以上、どうも右玉対策は用意してきていないみたいだ。だったら、もう一回右玉をやられて困る。持ち時間は、古谷のほうが25分なのに対して、曲田は20分を切り掛けていた。

「ここまで考えたら、紋切り型な指し方はできないな」

「長考を理由にして手を変えるのは、ダメだと思うんですけど」

「普通の手じゃ、完全に古谷の術中だろ?」

「そこはカトピン精神で」

 歩夢のよく分からない理由づけに、俺は首をひねった。

 オーソドックスな局面だと、古谷の読みの速度には勝てないぞ。

「んー」

 曲田は大きく息をついて、背筋を伸ばした。それでも猫背気味だった。

「こうしてみよう」


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 そうきたか。後手から攻めろ、って手だ。

 攻めないと穴熊になる。後手の囲いは進展性がない。

「古谷くんは攻めると思います」

 ん、この声は――ふりかえると、佐伯が立っていた。

 あいかわらずタキシード着てるな、こいつ。

「古谷に右玉のアイデアを吹き込んだのは、佐伯か?」

「いえ、全然相談されませんでした」

 ってことは、古谷のオリジナルアイデアか。俺は盤面を確認した。

「佐伯が後手なら、どこから攻める?」

「4四歩です」

「4四歩? 同歩で?」

「そのまま同銀とします」

「2筋がガラ空きじゃないか?」

「2四歩は同歩、同飛、1三角と打ちます」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「なるほど、2三飛成なら4六角と素抜けるわけか」

「先手からは、この対策として3五歩が有力だと思います」

「さすが佐伯、極めてるな」

「いえ、それほどでも」

 佐伯は能面だから、あんまりひとの応援とかしなさそうにみえるんだよな。

 でも、右玉に対するこだわりからして、情熱が表情に出ないタイプなのかもしれない。

「しかし、3五歩は3六の地点を狙われないか?」

「狙われると思います。ふたりとも、そのあたりを読んでいるのでは」

 俺は古谷と曲田のほうを見やった。

 どちらも真剣に読んでいる。

 1分ほどして、古谷のほうが右手を軽くにぎった。

「開戦させてもらうよ。4四歩」

 パシリという駒音。曲田の反応は速かった。

「2四歩」

 同歩、3五歩(佐伯の指摘どおり)、同歩、2六飛。

 浮き飛車で守ったか。これ以外にはなさそうだ――が、欠点もある。

 古谷が見逃すはずはない。その手は指された。

「3六歩」


挿絵(By みてみん)


 そう、無視してすぐに突く。

 後手は角を持っているから、3六同飛以下は打ち放題になる。

 曲田も、さすがにうっかりはしていないだろう。

 いたって冷静な表情にみえた。静かに口をひらく。

「角の打ち場所が多すぎるんだよね……古谷くんも迷ったんじゃないかな」

「まあ、多少は」

「同飛は決まってるから、角の打ち場所を教えてもらったほうがいいね。同飛」

 曲田は時間を節約する作戦に出た。

 古谷は、こきりと首を鳴らして角を手にする。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 そこか――ギャラリーは、3八の地点を注視した。

 俺も深く読んでみる。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「後手が明確にいいとは言えないな」

 俺のコメントに、佐伯は理由をたずねた。

「2五桂があるからだ。角銀両当たりになってる」

「この時点で2五桂は、2七角成、3三桂成、3六馬ですね」

「ちょっと野暮ったいが、先に2八歩と打つ」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「これなら、次の2五桂が本格的に両取りだ」

「2九角成の場合は?」

「それは4四歩と取り返して、1九馬には4五桂、4四銀、3二飛成でいい」

 3四歩と受けるのは、2五桂と強攻する。同歩と取れば3八飛だし、2九角成と逃げれば3三桂成だ。ようするに受けになっていない。

「後手に歩があるのは、すこし気になるな……なにか小技が……」

「僕はあると思います」

 そうか。佐伯があるっていうなら、あるんだろう。

 しかし、どんな小技だ?

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