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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第3局 激突!春の個人戦(2日目・2015年4月19日日曜)
29/682

23手目 女子の部決勝リポート(1)

※ここからは香子ちゃん視点です。

 2日目は、正直来ようかどうか迷ったんだけど……けっきょく、来ちゃったわね。

 というわけで、2015年度春の個人戦2日目、始まり始まり。

「先輩、受験勉強は大丈夫なんですか?」

 カメラを持ったそばかすのある少女が、私にそうたずねた。

 彼女の名前は、葉山はやまさん。

 駒桜こまざくら市立いちりつ高校将棋部の新人で、ジャーナリスト。っていうか、新聞部。

「それは私が聞きたいわよ」

「えぇ……やっぱり将棋部っておかしい」

「ま、たまには息抜きしないとね」

 私は葉山さんをテキトウにあしらって、松平まつだいらのほうに話しかけた。

「調子は、どう?」

「うーん、キツい。古谷ふるやと当たっちまった」

「強いの?」

「かなり」

 ずいぶん弱気ねぇ。古谷くんって、あそこのショートボブの男子でしょ。

 おとなしくて礼儀正しそうだし、あんまり強そうなオーラがないんだけど。

「午前中は女子の決勝を観るから、ちゃんと午後まで残りなさいよ」

「応援してくれないのかよッ! 殺生なッ!」

「しょうがないでしょ。高校の公式戦は男女別で、男子の試合を観るメリットは少ないんだから。不破ふわさんや大場おおばさんとは秋に当たるかもしれないし、情報収集」

 これには、となりで聞き耳を立てていた葉山さんが、

「さすがは裏見うらみ先輩ッ! 情報を大事にするジャーナリストの鑑ッ!」

 と褒めてくれた。

 オホホホ、そうでもあってよ。

 というわけで、女子決勝のテーブルへGO!

 観戦のときは【同校優先】ルールがあるから、早めに場所取りしておかないと。

 会長の箕辺みのべくんが、壁の時計で時間をみている。

「……それでは、女子の決勝、男子のベスト8を始めます。着席してください」

 おっとっと、もう始まっちゃう。

 女子の決勝席は、すでに人だかりができていた。

 私と葉山さんは、うまーい具合に人混みを縫って、最前列に陣取った。

「シャッターチャンス」

 葉山さんは、パシャパシャと写真を撮り始めた。

「そんなに急がなくてもいいでしょ」

「男子のほうも回らないといけないんで、けっこう忙しいんですよ」

 それは、ご苦労さまで。葉山さんは、駒桜市高校将棋連盟の広報委員でもある。

 将棋界に入ったばかりなのに、いろいろ仕事を押しつけられてるわね。

「それじゃ、男子も撮って来ますッ!」

 あんまり頑張りすぎないでね、と慰労したつもりが、葉山さんは揉み手をしつつ、

「いやあ、あたし好みのイケメンがいっぱいで、うっしっし、ではでは」

 と姿を消してしまった。

 あきれるやら、感心するやら。

 入れ替わるように、ショートのかわいらしい子が現れた。

 駒桜のメンバーのなかでも一、二を争う、葛城かつらぎくんだった。男の娘。

 葛城くんは、人ごみに消える葉山さんをみながら、

「葉山さんって、なんか生きてて楽しそうですよねぇ」

 とつぶやいた。

「葛城くん、運営の仕事はいいの? 副会長でしょ?」

「えへへぇ、これから女子決勝の担当でぇす」

 そういうことか。私は葛城くんのために、スペースを空けた。

「それではぁ、女子の部の決勝を始めまぁす。準備はいいですかぁ?」

「いいぜ」

「問題ないっス」

 不破ふわさんと大場おおばさんは、それぞれ返事をした。

「それでは、振り駒をお願いしまぁす」

すみちゃんが振るっス」

「どうぞ」

 不破さんは、振り駒をあっさりゆずった。

 

 カシャカシャカシャ

 

「ぽいっ……歩が1枚で、角ちゃんの後手っス」

「了解。チェスクロは?」

「角ちゃんの左にお願いするっス」

 大場さんは左利きだから、チェスクロハンデをとった。これって重要。

 右手で指して左側のチェスクロ押すの、大変なんだから。

「では、準備オッケーですねぇ? ……対局を始めてくださぁい」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いしますっス」

 ふたりとも深く頭をさげて、対局開始。

「5六歩」


挿絵(By みてみん)


「やっぱり中飛車ですねぇ」

 葛城くんは、小声で私に話しかけた。私はうなずいて、対局を見守る。

 3四歩、5八飛、3二飛。


挿絵(By みてみん)


 相振り飛車模様。だけど、おそらくそうはならない。

 というのも、不破さんの対振りは、左穴熊がメインだからだ。

 準決勝で当たったとき、主将の飛瀬とびせさんから教えてもらった。

 7六歩、4二銀、5五歩、3五歩。

 不破さんは、王様に手をかける。

「6八玉」


挿絵(By みてみん)


「角ちゃん、その情報は入手済みっス」

「入手してたらどうだっつーの」

「ほんと口が悪いっスね」

「『っス』なんて語尾つけてしゃべってる女には言われたくないよ」

 大場さん、顔真っ赤。

「べつに人がどうしゃべろうと勝手っス!」

「ふえぇ、ケンカしないでぇ……監督がめんどくさくなるぅ……」

 葛城くんの願いが通じたのか、大場さんは黙って6二玉とあがった。

 7八玉、7二玉、7七角、8二玉、8八玉、7二銀、9八香。


挿絵(By みてみん)


 左穴熊vs美濃囲いになった。

「熊は退治するっスよ。9四歩っス」

 9九玉、9五歩、8八銀、3四飛、3八銀、5二金左。

「大場さん、端で対抗するみたいね。これも作戦のうちかしら」

「彼女、ガチで対策したらしいですよぉ」

「ほんと?」

「2年生会でそう言ってましたぁ」

 今の2年生同士は、仲がいい。けっこうドライな私たち3年生とは大違いだ。

 一方、局面もドライに進んでいた。

「5六飛」


挿絵(By みてみん)


 この浮きは、ある程度中飛車に慣れていたらみえそう。

「2六飛が狙いですかぁ?」

「でしょうね。ただ、しばらくは駒組みだと思う」

 6四歩、5九金右、7四歩、7八金。

「5一銀っス」

「2筋を突いてもらおうか」


挿絵(By みてみん)


 これは機敏だ。2四飛なら同飛、同歩、2三飛。

 後手も5七飛と下ろせるけど、痛さがちがう。

 だから、2六飛には2四歩しかない。先手が若干ポイントを稼いだかたち。

 2四歩、5六飛(行ったり来たり)、6二銀、4九銀、6三銀直。

 私は小声で、

「ダイヤモンド美濃になったわね」

 とつぶやいた。

 葛城くんは、

「先手は3枚穴熊じゃないと、対抗できないですねぇ」

 と返答。

 まあ、どこかで6九金〜7九金寄と入れるでしょ。

 4八銀、7三桂、6九金、8四歩、7九金寄。

 ほらね。これで固さは互角になった。

「2五歩っス」

「6六角」

「そこに角っスか……引っ込んでもらうっス」

 大場さんは6五歩と突いた。不破さんは、おとなしく7七角と引いた。


挿絵(By みてみん)


 ほぉほぉ、これは先手が圧迫されたかたち。

「裏見先輩、これって先手が窮屈じゃないですかぁ?」

「そうね。5七銀〜6八銀と固めたいけど、そのとき7七の角が邪魔だわ」

 かと言って、すぐに8六角は8五歩と追い返されて、ますます窮屈になる。

 私は腕組みをして、しばらく考えた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ふむふむ、だんだん見えてきたわよ。

「一回8六歩と突く手があるわ」

「ふえ? 先手から突くんですかぁ?」

「8六歩〜8七銀〜8八金上としてから5七銀で、ビッグ4に向かうのは、どう?」

「あ、なるほどぉ、欲張りぃ」

 さすがにビッグ4は許容できないから、8六歩に8五歩と反発する可能性が高い。

 後手としては、その反発を可能にする準備が必要だ。

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 なるほど、銀を出ましたか。

「8六歩」

「それは許さないっス。8五歩っス」

 5七銀、8六歩、4六銀、6三金、8六角。

 

挿絵(By みてみん)

 

「葛城くん、次の手の予想は?」

 私が尋ねると、ほっぺたに指を当てて上目遣い。

「難しいですねぇ……8五歩、7七角と押さえ込むのもありだけど、それは後手から攻める順がなくなっちゃうかなぁ……」

「代わりに3三桂とか?」

「……それもあるかもぉ」

 その瞬間、対局席から大きなタメ息が聞こえた。大場さんだった。

「マジで悩ましいっスね……」

 大場さんは、すこし猫背になって、頭をかいた。

 今日は、赤のストライプ入りの改造制服を着ている。何着持ってるのよ。

 というのはさておき、私も脳みそをフル回転。続きを考える。

 大場さんも、なかなか指さない。こうなると、8五歩じゃないっぽいかも。

「そろそろ仕掛けたいっス……2六歩っス」


挿絵(By みてみん)


 ん? これは?

 うっかり同歩は2八歩で困る。桂馬が助からない。

 でも、4五銀があるから無効じゃないかしら。

「4五銀が見えますよねぇ」

「そうね。4五銀、2四飛、2六飛しかないような……」

 私たちがひそひそ相談していると、うしろの人混みが動いた。

 葉山さんが戻ってきたのだ。

「どうなってます?」

 葉山さんは、小声で私にたずねた。

「互角だと思う」

「んー、互角ですか」

 葉山さんはそう言って、ふたりの顔色をチェックした。

 シャッターチャンスをうかがってるのかしら?

「なにしてるの?」

「顔色で形勢判断してます」

「えぇ、そんなことしちゃダメよ」

「ニヤニヤ動画でも、よく当たってませんか?」

「それはプロの形勢判断が的確だからよ。アマだと、対局者自身の勘違いもあるから」

「あ、そっか」

 こういうときは、ソフト解析にかけるのが一番なんでしょうけど、それじゃあ観戦している意味がなくなっちゃうし、練習、練習。


 パシリ

 

 あ、指した。視線をもどすと、4五銀が指されていた。

「2四飛っス」

 不破さんは、黙って2六飛と取り返した。


挿絵(By みてみん)


「続きは、どんな感じですか?」

 葉山さんはシャッターチャンスを見つけたらしく、パシャリと一枚撮った。

「そうねぇ……2五歩、5六飛は確定だと思う」

「2六同飛の交換は?」

「それは先手のほうが固いから、大場さんは選ばないんじゃないかしら」

「高美濃より穴熊のほうが固いってことですか?」

 正解。葉山さん、なかなかやるわね。最初は囲いの名前も知らなかったのに。

 これも、部員の指導のおかげ。

 

 パシリ

 

 局面が動いた。2五歩、5六飛、5五銀。

「先手、悪くないですか? 銀に進出されましたよ?」

 葉山さんはメモ帳に局面を写しながら、そうたずねた。

「この銀出は問題ないわ。5九飛と引いておいて、継続手がないから」

「ふむふむ、問題なし、と。メモ」

 それにしても、不破さんがなかなか指さないわね。彼女、おちゃらけてるようで、じっくりと腰を落として読むタイプみたい。準決勝でも、そういう印象を受けた。

「……5九飛」

「6六歩っス」

 ん? ノータイム? なにか手があったってこと?

 不破さんも察していたらしく、さくさくと進んだ。

 6六同歩、7五歩、同角、6六銀。


挿絵(By みてみん)


「あっ……ごめん、葉山さん、問題あったわ」

「裏見先輩の形勢判断能力に問題あり、と」

 ちょっと、なに書いてるんですか。

「冗談ですよ、冗談。また男子のほうを観てきますね」

 葉山さんはそう言って、ふたたび人混みのなかに消えた。

 私は気を取りなおして、葛城くんと一緒に検討する。

「8六角とはできないわね。8五桂〜7七歩で先手が潰れちゃう」

「ですねぇ、5三角成はどうですかぁ?」

「……それはありそうかな。同金、同飛成、8五桂、8四歩……あう、8四歩は同飛だから打てないのか……一回5四銀として、7七歩、6八金寄、8七歩、8四歩、8八歩成、同金、7八歩成……これが詰めろ。同金右、4四角打が2手スキ。8三金、8一玉、7二金、同金、8三銀……後手に詰めろが掛かる」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「後手が悪い感じですかぁ?」

「そうでもないんじゃないかしら。8三銀の詰めろには5三角として、同銀成が多分詰めろじゃないと思う。後手は8四飛と回ることもできるし、むしろ先手不利じゃない?」

 ただ、分岐も多いから、そう簡単には──


 パシリ

 

 あ、指した。

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