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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第27局 2015年度駒桜市新人戦(2015年6月14日日曜)
286/683

274手目 2回戦 獅子戸〔升風〕vs春日川〔藤花〕

※ここからは獅子戸くん視点です。

挿絵(By みてみん)


「さーて、馬下こまさげもちゃちゃっと片付けたし、2回戦行くか」

 俺は背伸びをした。葛城かつらぎ主将と目が合う。

「あ、先輩、おはようございます」

 朝一のときは、会場の準備であいさつができなかった。ここでしておく。

「おはよぉ、1回戦突破おめでとぉ」

「ありがとうございます。ヌルい当たりだったんで助かりました」

「けっこうギリギリだったようにみえたよぉ」

 そ、そんなことはないぞ。

「最近、升風ますかぜは影が薄いから、みんながんばってねぇ」

 よし、かわいい主将の応援ももらったし、出陣だ。

 俺は対局席にむかう。

 あいての春日川かすがかわは先に着席していた。

「おはよ」

「おはようございます」

「駒は並べてあるのか……振り駒するぞ?」

「どうぞ」

 俺は歩を5枚集めて、よくかきまぜた。盤上にほうる。

「表が3枚。俺の先手だ」

「チェスクロは右側でおねがいします」

 俺は、そばを通りかかった葉山はやま先輩に声をかけた。

 葉山先輩はガムテープを持ってきた。

 春日川は目が見えないから、ガムテープで固定する必要があるのだ。

 春日川はなんどか距離をはかって、OKを出した。

「……これでよし、と。なにかあったら、また呼んでね」

 葉山先輩はテーブルから去った。

「……」

「……」

 おい、対局前から気まずいぞ。会話苦手部か。

「春日川、えらい気合入ってんな」

「……」

 マジで? ノーコメント? ひどい。

「それでは、2回戦を始めます。準備はいいですか?」

 箕辺みのべ会長の声が聞こえた。俺は姿勢をただす。

「始めてください」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 春日川は、器用にチェスクロを押した。

 俺は7六歩と角道を開ける。

獅子戸ししどさん、念のため符号をお願いします」

「おっと、悪い。7六歩な」

 8四歩、2六歩、8五歩、7七角、3四歩。

 角換わりだな。

 8八銀、6二銀、7八金、7七角成、同銀。


挿絵(By みてみん)


 オーソドックスだな。

 気合いたっぷりにひねってくるかと思ったが。

 春日川は4二銀とあがった。しばらくは道なりに進む。

 3八銀、3二金、4六歩、6四歩、3六歩、6三銀。

「4七銀は保留ですか?」

「ん、まあな。6八玉」

 てきとうな受け答えをしておく。

 5二金、3七桂、4一玉……やっぱふつうに指すか。

「態度決定だ。4七銀」


挿絵(By みてみん)


 3一玉、7九玉、7四歩、2五歩、3三銀。

 春日川は体力温存で、速攻してくるかと思ったんだが。

 このペースだと後手は受け身か?

 あいてが視覚障害者だからって、ゆずらないぜ。将棋は将棋だ。

 おたがいに5六銀、5四銀とあがった。腰掛け銀。

 4八金、7三桂、2九飛、4四歩。


挿絵(By みてみん)


 っと、こっちから攻めろって催促か。

 4五歩で開戦できるわけだが……ふん、どうしたもんか。

 4五歩、同歩、3五歩、同歩、4五銀とぶつけるか、2四歩も入れるか。

 例えば、4五歩、同歩、3五歩、同歩、4五銀、同銀、同桂、4四銀、3三歩、同桂、同桂成、同銀、4五桂……2四歩も入れたほうが、良さそうだ。4五歩、同歩、3五歩、同歩、2四歩、同歩、4五銀、同銀、同桂、4四銀なら、その瞬間に2四飛と走れる。これは先手が好調だ。

 だったら、春日川は手を変えてくるな。さすがに勝手読みは通用しないぜ。

 2四歩以降はもう変えられないから……3五歩を手抜くか? 4六歩?


挿絵(By みてみん)


 (※図は獅子戸くんの脳内イメージです。)

 

 以下、3四歩、同銀、2四歩、同歩、同飛か。

 2四飛と走った瞬間、後手の受けは2三銀くらいしかない。

 2三銀、2九飛、2四歩とおさめた局面は、悪くて五分だろう。

 角の打ち込みにだけ注意が必要だ。

「4五歩」

 俺は仕掛けた。

「短期決戦は歓迎です。同歩」

 3五歩、4六歩、3四歩、同銀、2四歩、同歩、同飛。

 春日川も手が速いな。ちょっと心配になってきたぞ。研究手順じゃなきゃいいが。

「2三銀」

「2九飛」

 春日川は、持ち駒の歩を2四においた。


挿絵(By みてみん)


 さて、問題の局面になった。

 ちょこちょこ時間を使って、すこしは先を考えてある。

 けっこう意外な手だぞ。ずばり、9六歩だ。

 この局面、4五銀は4七歩成、同金、3八角で困る。

 だったら4五銀に代えて4五桂のほうがいいかと言うと、これも成立しない。

 対応して3三歩とされると手がないのだ。

 というわけで、この9六歩。

 狙いは3六歩とことだ。


挿絵(By みてみん)


 (※図は獅子戸くんの脳内イメージです。)

 

 ここで4五桂と跳ねれば、後手は3七歩成だろう。

 以下、同金、3三歩とガードしたときの持ち駒に注目。後手は歩がない。

 つまり、4七歩成、同銀、4四歩と殺す手がないということだ。

 俺は今の順に読み抜けがないことを確認して、9六歩と突いた。

「今、なにを指されましたか? 9筋のような気がしましたが?」

「9六歩だ」

 俺は符号を告げて、チェスクロを押した。

「ほぉ……それは面白い手です」

 春日川は、視覚障害者用の白杖はくじょうで、床をこつんと叩いた。

 そのままうつむき加減に沈黙する。

「……なるほど、3六歩と打たせる作戦ですか」

 バレたか。まあバレるわな。

「打たない手もあるぜ」

 このまま3三歩とおさめるとかな。それはそれで桂頭が助かるからいい。

 春日川は、もういちど白杖で床をたたいた。

「いえ、打ちます。3六歩」

 予想どおりだ。春日川はとにかく持久戦を嫌う。

 脳内将棋盤で指すのがそうとうキツイんだろう。俺には想像もつかないからな。

 ……っと、続きを考えるぜ。

 俺は1分ほど読みなおして、4五桂と跳ねた。

 3七歩成、同金。

 春日川は30秒使って、角を手にする。

「4八角」


挿絵(By みてみん)


 そっちか……あるとは思っていたが、実際に指されると不気味だ。

 これは4六金、5七角成の両取りを狙っている。

 と言っても、6八角で受かるんだけどな。

 ちょっと気になるのは、6八角に8四馬or4八馬と移動されたときだ。

 角を活かす順を考えないといけない。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 3三歩、4二金左、5五銀、同銀、同金で角筋を通すのは、どうだ?


挿絵(By みてみん)


 (※図は獅子戸くんの脳内イメージです。)

 

 これはありだろう。後手陣はかなり窮屈だ。

 俺は残り時間が15分を切ったことを確認して、4六金とあがった。

 5七角成、6八角、4八馬、3三歩、4二金左。

 俺は3二銀と先に打ち込む順も考えた。が、2三の銀は壁銀でいいと判断した。

「5五銀」

「ぶつけましたね……3八馬」


挿絵(By みてみん)


 なんだ……と? これはあまり考えていなかった。

 だって、飛車を放置できないか?

 5四銀、同歩なら5三歩と突っ込んでいいし、5四銀、2九馬なら4三歩だ。

 以下、同金右、同銀成、同金、4四歩と打っていけばいい。

 6八には角がまだいる。4九飛も王手金取りにはなっていない。

 春日川、なにかかんちがいしてるんじゃないだろうか。

 個人戦では大場おおば先輩相手にうっかりで大敗してたからな。ありえなくはない。

 俺は慎重を期す。1分投入して5四銀と取った。

「2九馬」

「4三歩」

 同金右、同銀成、同金、4四歩、同金。

 金銀の枚数をまちがえているのかと思ったが、そうじゃないみたいだ。

「5三桂成」

 ほとんどノータイムで、春日川は5七歩と置いた。


挿絵(By みてみん)


 ……なるほど、いい手だ。角筋を遮断している。4九飛が王手金取り。

 それに、5九歩と打っても5八歩成で困る。

 俺は4九飛に8八玉も考えた。が、5八歩成、7九角、6五桂で困ると思った。

「4五歩」

 とりあえず攻めときゃいいだろ。

「3四金」

 金の守りは無効化した。

 俺は3二銀と打ち込んで、同銀、同歩成、同玉、4三銀と畳み掛けた。

「2三玉」

「3四銀成」

「同玉……攻め駒は足りますか?」


挿絵(By みてみん)


 俺は持ち駒を確認した。金2枚。

 ぎりぎり行けるような気がする。

 できれば、3五金打、3三玉、4四金としたいのだが、それは4九飛の王手がある。

「……8八玉」

 ひとまず王手金取りを回避しよう。

「3八飛」

 パシリと、駒音が響いた――入玉されそうだ。

 3五金打は同飛成、同金、同玉のあとが止まらない。

 俺は阻止する順を模索した。かなりの時間を消費してしまう。

 のこり時間は、俺が5分、春日川が14分。

「3五歩」

「金ではなく歩ですね?」

「ああ、歩だ」

「2五玉」

 俺はノータイムで5九角と引いた。


挿絵(By みてみん)

 

 これで止まるはずだ。

 4八銀なら同角、同飛、2七金でいい。

「私も節約します。3七歩」

「2七金」

 止まった――入玉はない。俺はチェスクロを押した。

 

 コツン

 

 白杖で床をたたく音がした。

「次に1六歩で詰めろ……ですか」

「ん? ……ああ、そうだな」

 入玉の阻止で、2手スキになっていることに気づかなかった。

 まあ、これは1四玉とされて……ん? それは3四金で詰めろか?

 後手玉、かなり危なくなったぞ。棚ぼただ。

 ところが、春日川のほうは邪悪な笑みを浮かべていた。

「では、詰めろで迫らせてもらいます。8六歩」


挿絵(By みてみん)


 ……詰めろだな。俺は同歩と取った。

「8七歩。王手」

「同玉」

「6九銀。これも詰めろです」

「……8八金」

「8五歩。詰めろ」

「ま、まさか……寄ってるのか、これッ!?」

 春日川は、ニヤリと笑った。

 返事はない。だが、必至に近いようにもみえた。

 9七玉は簡単に詰むよな……8六歩が詰めろで、どうしようもない。

 8五同歩は、どうだ? 8六に角が利いて詰まないんじゃないか?

 

 ピッ

 

 ぐッ、1分将棋ッ!

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!

 

挿絵(By みてみん)


 詰む詰まないに関係なく、これしかない。

 取らずに9七玉は8六歩が詰めろで終わる。その局面はふりほどけない。

「取りましたね……7八銀打」

 俺は9七玉と寄ろうとした。そして、察した。

「そうか……8五歩は9七玉の対策……」

「はい、8五桂が王手になりますので……投了しますか?」

 8五桂以下、8六玉、7七桂成の王手がみえた。

 俺は、がっくりと肩を落とした。

「投了する」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 うおおおお、完敗してしまった。

「ど、どこが悪かったんだ? 途中まで俺が勝ってなかったか?」

「5七歩で角道を止めたところは、もう後手がいいように思いますが」

 マジか。納得できないぞ。

 俺は寄せのところにもどした。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「ここで4三銀と打ったら?」

「ほとんど変わらないのではありませんか。2二玉と先逃げして、3二歩成、同銀、同銀成、同玉、4三銀、2三玉、3四銀成、同玉で本譜と合流します」

「3二歩成じゃなくて4二成桂だと?」

「3三金と引いて歩を払い、3四歩なら単に同銀とするか、あるいは3九飛と一回王手して3筋を厚くしておきます。後者は5七角が飛車当たりなのが若干気になりますか」

「先に3四銀成、同銀、3二歩成は?」

「それが一番めんどうですね。同玉と強く取って、3五歩、2五銀とまえに出るか、あるいは3五歩、2三銀、4三金、2二玉と端に逃げて、次に4九飛〜4六飛成〜3五龍を目指すのもありだと思います。どちらも切れているような」

 ほんとに手がないのか? 王様の位置が悪すぎた?

 俺は、対局中の形勢判断がまちがっていたことに気づいた。

「すくなくとも、8八玉とは入っておいたほうが良かったように思います」

「だな……しかし、そうなると展開が全然ちがう」

 春日川は、休憩を申し出た。疲れているのかもしれない。

 俺はさくっと感想戦を切り上げた。

「それじゃ、ありがとうございました。次もがんばれよ」

「ありがとうございました」

場所:2015年度 駒桜市高校新人戦 2回戦

先手:獅子戸 譲二

後手:春日川 琴音

戦型:角換わり腰掛け銀


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩

▲8八銀 △6二銀 ▲7八金 △7七角成 ▲同 銀 △4二銀

▲3八銀 △3二金 ▲4六歩 △6四歩 ▲3六歩 △6三銀

▲6八玉 △5二金 ▲3七桂 △4一玉 ▲4七銀 △3一玉

▲7九玉 △7四歩 ▲2五歩 △3三銀 ▲5六銀 △5四銀

▲4八金 △7三桂 ▲2九飛 △4四歩 ▲4五歩 △同 歩

▲3五歩 △4六歩 ▲3四歩 △同 銀 ▲2四歩 △同 歩

▲同 飛 △2三銀 ▲2九飛 △2四歩 ▲9六歩 △3六歩

▲4五桂 △3七歩成 ▲同 金 △4八角 ▲4六金 △5七角成

▲6八角 △4八馬 ▲3三歩 △4二金左 ▲5五銀 △3八馬

▲5四銀 △2九馬 ▲4三歩 △同金右 ▲同銀成 △同 金

▲4四歩 △同 金 ▲5三桂成 △5七歩 ▲4五歩 △3四金

▲3二銀 △同 銀 ▲同歩成 △同 玉 ▲4三銀 △2三玉

▲3四銀成 △同 玉 ▲8八玉 △3八飛 ▲3五歩 △2五玉

▲5九角 △3七歩 ▲2七金 △8六歩 ▲同 歩 △8七歩

▲同 玉 △6九銀 ▲8八金 △8五歩 ▲同 歩 △7八銀打


まで96手で春日川の勝ち

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