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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第27局 2015年度駒桜市新人戦(2015年6月14日日曜)
284/682

272手目 2回戦 古谷〔清心〕vs五見〔駒北〕(1)

※ここからは五見くん視点です。

 さて、漫才――じゃなかった、大喜利も終わったところで、ひと休み。

「あれ? 五見いつみくん、もう終わったんっスか?」

 この独特の口調。ふりかえらなくても分かる。

大場おおば先輩こそ、どこ行ってたんですか? 一度も応援に来なかったですよね?」

「ヤンキーの将棋を観に行ってたっス」

 不破ふわさんのことかな。個人戦でやられて以来、どうも目の敵にしてるみたいだ。

 あんまり触れないでおこう。

「ほかは、どうなってますか?」

古谷ふるやくんのところは勝勢っス。馬下こまさげvs獅子戸ししどがいい勝負っスかね」

「ってことは、次の相手は古谷くんですね」

 これは予想どおりかな。福留ふくどめさんの金星は期待していない。

「古谷くんって、そんなに強いんっスか?」

「強いですよ」

九十九つくもちゃんとちがって、派手に勝ってる印象がないんっスよね」

 そこが古谷くんの怖いところ。確実に勝ってくるタイプ。

 捨神すてがみ先輩はポカが出るけど、古谷くんはそれも滅多にない。

「うちで優勝を期待できるのは、五見くんだけっス。がんばるっス」

「善処します」

 

  ○

   。

    .


「それでは、2回戦を始めます。準備はいいですか?」

 進行役は、葛城かつらぎ副会長から箕辺みのべ会長にバトンタッチ。

 僕の目のまえには、ショートボブ風の髪型をした古谷くんが座っていた。

 とくに話しかけることもなく、対局開始の合図を待つ。

「それでは、始めてください」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 後手の僕がチェスクロを押す。

「五見くんの1回戦の相手は、林家はやしやさんだっけ?」

「そうだよ」

「どんな対局だった?」

 雑談タイムなのか、それとも情報収集なのか。

 こういうところが不気味なんだよね、古谷くんって。

「横歩の短手数だったよ。50手くらいだったかな」

「へぇ、それはまた短いね。横歩は五見くんの得意戦法だし」

 古谷くんは、スッと7六歩。僕は10秒ほど考えて、3四歩と合わせた。

 これ、戦法を誘導された気がするな。今の会話で。

 2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7八金、3二金。

「2四歩」


挿絵(By みてみん)


 横歩だ。避ける理由はなかった。得意戦法なのは事実。

 問題は、古谷くんの苦手戦法でもないってこと。

「同歩」

 同飛、8六歩、同歩、同飛、3四飛。

 序盤はハイペースだ。どっちから手を変えるか。

「3三角」

「6八玉」


挿絵(By みてみん)


 そのかたちか。古谷くんのほうが主導したいらしい。

 だったらそれに合わせる。

「8二飛」

「今回は積極的にいかせてもらうよ。3六歩」

 2二銀、3五飛――なんだ、この飛車の位置は?

 おそらく最新形なんだろうな。

 パッと見、8八角成、同銀、4四角と打ちたい。

 けど、これは簡単に受かる。8三歩だ。


挿絵(By みてみん)


 (※図は五見くんの脳内イメージです。)


 同飛に3二飛成が、いきなり詰めろ。

 というわけで、僕は一回受けておくしかないわけだ。

「4二玉」

 この手をみて、古谷くんは2度ほどうなずいた。

 両腕をテーブルにおいて、静かに読み始める。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「じゃあ、僕も一回受けるよ。3八銀」


挿絵(By みてみん)


 ん? そこか……角を交換して2八に打ちたくなるな。もちろん、いきなり2八角は3七角で止まる。でも、2七歩と垂らして、同銀(3九金や2五飛はさすがにムリ)、2八角と打てば、3七角と打ち返されても同角成、同桂、2八角の打ち直しができる。先に4六角と合わせてくるのも同じで、同角成、同歩、2八角、3七角、同角成、同桂、2八角。4七の地点が空くから、後者のほうが悪いと思う。

 と、ここまで読んだのはいいとして、すぐに指せるわけでもない。香車を拾ったあと、先手からカウンターパンチが飛んでくるはずだ。例えば、現局面から2七歩、同銀、8八角成、同銀、2八角、3七角、同角成、同桂、2八角、3八銀、1九角成と仮定する。


挿絵(By みてみん)


 (※図は五見くんの脳内イメージです。)

 

 ここで先手はどう反撃してくるか。

 まず、桂馬を跳ねたついでに4五桂、というのはちょっとムリかな。馬筋が通るっちゃうし、3六に歩があるから3三歩と打てるわけでもない。後手は5三の地点にだけ気をつければいい。よって、この順は考えない。

 むしろ先手が指したいのは6六角だよね。次に2二角成、同金、3一銀となれば、これは僕の負けだ。もちろん3三歩とでも打っとけばいいんだけど、8四歩の合わせ技が一番困る。例えば、8四歩、同飛、6六角。


挿絵(By みてみん)


 (※図は五見くんの脳内イメージです。)

 

 こうなったときに、支えきれるか。

 支える順はひとつしかない。2四飛だ。これなら2二角成に同飛とできる。つまり、現局面から最も有力なのは、2七歩、同銀、8八角成、同銀、2八角、3七角、同角成、同桂、2八角、3八銀、1九角成、8四歩、同飛、6六角、2四飛、2五歩(さすがに2五飛のぶつけはやりすぎ)、2三飛。

 だいぶ読めたかな。この順は、後手もそこそこやれるだろう。

「2七歩」

 僕はチェスクロを押した。古谷くんは、深く息をつく。

「最善で来るね」

「最善かどうかの自信はないよ」

 古谷くんは30秒ほど考えて、同銀と取った。

 うーん、まいったな。指し手が速い。

 現時点で僕が20分、古谷くんが27分。だいぶ差がついちゃったぞ。

 研究にハマってる感がある。

「8八角成」

 同銀、2八角、3七角、同角成、同桂、2八角、3八銀、1九角成。

「8四歩」

 おっと、読みのレールに乗った。

 安心したような、怖いような。

 僕は30秒だけ確認して、同飛と取る。

 6六角、2四飛、2五歩、2三飛。


挿絵(By みてみん)

 

 ここで古谷くんの手が止まった。眼光鋭く盤面をにらむ。

 そのオーラは、日頃の優しげな彼とはまったく別人だ。

 やっぱり普段の古谷くんは古谷くんじゃないんだね――なんちゃって。

 ゲームで人柄が変わるのは、よくあることだよ、うん。

 それよりも僕が気になるのは、この局面で先手に手があるのか、ってことだ。

 一見すると後手の飛車は窮屈だ。先手は広々としている。

 でも、こっちには香車がある。例えば、8五飛と回ってきたら、8四歩と打つ。同角は8二香で串刺しになるし、同飛ならもう一回8三歩と叩ける。同飛成、8二香で、同じように串刺しにできるという寸法だ。以下、8二龍、同銀、2四香、3三飛と寄って、飛車角交換をしても、まだ後手がいいと思う。

 となると……ちらっとイヤな順が浮かんだ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 大駒を切ってくるかな?

 角切りは成功しない。同飛のあと、銀を活用する場所がない。

 馬を切るのも同様だ。桂馬の打ち場所はない。

 切るとしたら飛車。3二飛成。

 同玉に3四金と打つ手が、飛車を殺している。


挿絵(By みてみん)


 (※図は五見くんの脳内イメージです。)

 

 これは放置できない。2三金に同銀としても同玉としても困るからだ。

 2三金、同銀は1一角成がある。2三金、同玉は4一飛。

 だから、取られるにしても、一回移動しておいたごうがいい。3三飛か。

 3三飛、同金、同銀なら、飛車の打ち場所はない。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ん? 待てよ? 今の読み筋は、飛車を切れないって意味なのか?

 だけど、飛車を切れないなら先手が悪いと思う。

 早指しで、古谷くんがマズい順に飛び込んだのかな。

 あんまりそういう考えはしたくないんだけど。

 僕はカバンからミネラルウォーターを取り出した。ひとくち飲む。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 そうか。さっきのは読み抜けだ。3三飛のあと、すぐに交換する必要はない。

 3五歩と伸ばす手がある。


挿絵(By みてみん)


 (※図は五見くんの脳内イメージです。)

 

 これは……これは第一感、好手だぞ。

 次に4五桂と絡められたら終わる。

 そこまで考えたとき、古谷くんの手が伸びた。

「こうかな」


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 切ってきた。

 同玉と同時に、3四金が置かれた。

 僕はペットボトルを置いて、長考に沈んだ。

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