269手目 1回戦 高崎〔藤花〕vs新巻〔清心〕(1)
※ここからは新巻くん視点です。
いよいよ新人戦だーッ! はりきっていくぞッ!
「新巻くん、気合が入ってるね」
佐伯主将は、そう言って俺に声をかけた。
「主将に続いて、ふたり目の新人王になりますよ」
「僕のときはたまたま捨神くんに勝てたけど、新巻くんたちなら実力でいけるよ」
「兎丸もがんばろうッ!」
俺は、スマホをいじっている兎丸に声をかけた。
兎丸はにっこり笑って、
「そうだね、1回戦は突破したいかな」
と答えた。謙虚だなぁ。
「兎丸は優勝候補なんだ。ガツンといこうぜ」
「トーナメントだし、1回戦で強豪に当たるとキツいよ」
まあ、それはそうなんだよな。1回戦で楓に当たるとつらい。
「と言っても、兎丸に一発入りそうなのは2、3人しかいないけどな」
「歩夢がウルトラバージョンじゃなきゃいいんだけど……っと、抽選が始まった」
箕辺会長と葛城副会長が、抽選のカードを配っていた。
「虎向くん、兎丸くん、おはよぉ」
「葛城副会長、今日もかわいいですねッ!」
「えへへぇ、ありがとぅ。順番にカードを引いてねぇ」
俺と兎丸は、即席の箱からカードを引いた。
「おっと、1番です」
「俺は12番だぜッ!」
左右の山に分かれたっぽいな。幸先いいぞ。
「虎向くんが12番でぇ、兎丸くんが1番……それじゃあ、呼ばれるまで待ってねぇ」
葛城副会長は、幹事席にもどって行った。
俺たちが最後だったみたいだ。
「ところで、兎丸、さっきからなにスマホいじってるんだ?」
「昨日、日日杯のミーティングがあったんだ。いろいろ情報が回ってきてる」
「日日杯……ああッ!」
「どうしたの、大声出して?」
「あのうどん屋、まだ再戦してくれてないぞッ!」
「うどん屋?」
俺は事情を説明しかけた。が、そのまえに召集がかかった。
「1年生のみなさぁん、トーナメント表ができましたので、確認してくださぁい」
俺と兎丸はダッシュした。あっと言う間に、ひとだかりができた。
「まーたバカ虎と当たってるじゃないか。籤が偏ってるな、これ」
いおりんこと高崎伊織は、俺のとなりでぼやいた。
「俺と戦うのが怖いんだな、オレ女」
「おまえと指すのは疲れるんだよ」
「安心しろ。4手で勝ってやる。7六歩、3四歩、6八銀、8八角成だ」
「なんで振り飛車党相手に矢倉組むんだよッ!」
「ケンカはダメだよぉ。自分の山を確認したひとから、対局準備を始めてくださぁい」
いざ、着席。俺は対局テーブルへ急いだ。
「駒を並べて、チェスクロの効きを確認してくださぁい」
さくさく準備。
駒は足りてるし、チェスクロも問題ないな。
「それでは、振り駒をお願いしまぁす」
「いおりん、俺が振るぜ」
「どうぞ」
カシャカシャカシャ、ぽい。
「歩が1枚で、俺の後手だな」
チェスクロは、このまま。あとは開始の合図を待つばかり。
「対局準備の整っていないところは、ありますかぁ? ……では、始めてくださぁい」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
俺がチェスクロを押して、対局開始。
「7六歩」
「3四歩ッ! ここまでは予定どおりだなッ! あと2手だぞッ!」
「いちいちうるせぇんだよ。ちょっと静かにしろ」
いおりんは、2六歩と指した。こいつは長期戦になりそうだ。
4四歩、4八銀、4二飛、6八玉、7二銀、5六歩、3二銀、7八玉。
「9四歩だ」
藤井システムっぽくいく。
いおりんは、この手をみて10秒ほど考えた。
「んー、普通に組むか。5七銀」
5二金左、5八金右、6二玉、7七角。
普通に持久戦だな。急戦になるとは期待していない。
6四歩、2五歩、3三角、8八玉、7四歩、6六歩、7三桂。
「6七金」
「9五歩」
「どうすっかな……一直線でいいか。9八香」
いおりんのほうは、特にひねりなし、か。
ストレートな性格がモロに出てる。
「7一玉」
こっちも攻撃態勢が整っていない。じっくり指す。
「9九玉。すんなり組ませたな。大丈夫か?」
「いおりんへのサービスだ」
「サービスなら今すぐ投了しろっつーの」
6三金、8八銀、8二玉、3六歩、8四歩、5九角。
「角を展開するパターンか」
「スタンスは大きく取りたいんだよね」
いおりんはデカいからなぁ。5センチくらい分けて欲しいぜ。
「4五歩」
「7八飛」
ッと! そっちかッ!
8三銀と上がろうが上がるまいが、7五歩と突かれるな。
以下、同歩、同飛、7四歩、7八飛までは既定路線。
そこから飛車を2筋か4筋に戻してくるはずだ。7筋のままはむずかしい。
「8三銀」
とりあえずそこまでは進めよう。
「7五歩、と」
いおりんは、力強く歩を突いた。
同歩、同飛、7四歩、7八飛。
「4三銀」
7筋を攻めるのはムリだろう。早く態度決定してくれ。
「7九金」
「7二金」
おたがいに固めて、さらに1六歩、1四歩と突き合った。
「2六角」
なかなか態度決定しないな。
「5四銀」
「飽和したな。戻るなら……やっぱこっちか。2八飛」
うーん……こっちも攻めが手詰まった感じがする。
6五歩でも手が続かない。
「いおりんから動いてくれ。4三銀」
この手に、いおりんはヒューと口笛を吹いた。
「へぇ、手損するんだ」
「振り飛車なら問題ない」
とはいえ、ちょっと怖いな。すぐに4筋に回ってくる可能性も。
「ってことは、完全に手詰まりか。こっちは進展させてもらうよ。7七金」
ん? 攻めが手詰まっただけで、全体的に詰まってはないぞ?
いおりん、なにか勘違いしてるな。
俺は5四歩と突いて、3七桂に5二銀と組み替えた。
「そりゃさすがに悠長だろッ! 4八飛だッ!」
これは怖くない。受けの手筋がある。
4一飛、6七金、2二角、2八飛、3三角。
「チッ、意外とスキがねぇ。2九飛」
「5三銀」
これで手詰まりの心配はなくなった。最悪、6二銀〜7一銀と引ける。
「あぁ……ちょっとチンタラしすぎたな」
いおりんは頭をかいた。
「かと言って、2九のままじゃ攻められねぇ。2八飛」
「6二銀」
さぁ、もう一回手渡しくるか?
「4八飛」
「2二角」
「このかたちを待ってた。攻めるよ。4六歩」
兎丸と腐るほど指した局面だな。
4六同歩に同銀もあるが、本命は4四歩。
飛車先を止めてから4六銀〜4五銀と進出してくる。
最終的には3四銀〜4三歩成で攻めが完璧に通るというわけだ。
となると、これを防ぐ手はひとつしかない。
「同歩」
「4四歩」
「5三銀」
銀が進出するまえに4四銀と取り返す。
もちろん、先手はそのあいだに動いてくるだろう。
「2四……いや、先に4六銀だな。4六銀」
俺は黙って4四銀と取った。
「ここで2四歩だ」
厳しい。
取らない手はないんだが、取ってから2三歩が若干めんどい。
2三歩に3三角と出るのは、4五銀、同銀、同桂が当たりになる。そこで5一角と引くのは5二銀と打たれるし、6六角、同金、5七銀と打っても、5三桂成、4八銀成、6三成桂のほうが速い。6三成桂に同金なら7一角打で即死だ。
以上を踏まえると、2四歩、同歩、2三歩には1三角が本命。以下、4五銀なら同銀、同桂、2五歩で反撃できる。
「2四同歩」
この手に、いおりんは考え込んだ。
俺もチェスクロを確認する。残り時間は、いおりんが18分、俺が17分。
そこそこ順調だな。
ときどき佐伯先輩が様子を見にきているらしく、背後に気配を感じた。
佐伯先輩、能面なのに怒るとおっかないからなぁ。マジメに指そう。
「……4五銀」
直接ぶつけてきた。2三歩は続かないと読んだな。
これを同銀は、同飛になりそうだ。以下、同飛なら同桂、2七飛の先着に2三飛と打ち返されて、2六飛成、2二飛成の取り合いも6七飛成、2二飛成の取り合いも後手が悪い。前者は龍の位置が悪いし、後者は次に7一角打以下で詰む。
「5三銀」
「バックビハインドみたいな手だな。さすがに4筋は抜かせないぜ。4四歩」
「9筋にパスっ!」
4筋が抜けなくても、9筋を抜けば問題ないぞ。そこがゴールだからな。
「そう簡単に抜かせるかッ! 同歩ッ!」
9七歩、同香、8五桂。
「3四……と、失礼」
いおりんは、銀を4五にもどした。指は離れていない。
3四銀〜2三銀成の狙いだと思うんだが、それは4四角で交換を迫るつもりだ。
以下、同角に同飛とぶつけて、同飛、同銀、4一飛、4九飛。
次に9七桂成、同桂、7八香みたいな攻めがあるから、そんなに悪くはない。
「こっちだな。5五歩」
いおりんは、天王山の歩をついた。
これは取れない。同歩、5四歩、6二銀だと、さっきの3四銀が成立する。
かと言って、放置するのは5四歩、6二銀だ……悪くしたか?
「虎向、顔色が悪いぜ」
いおりんはそう言って、ニヤリと笑った。
正面突破はムリか。なにか策が必要だ。
……………………
……………………
…………………
………………この手があるな。
「1三角」




