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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第26局 日日杯への道/中国勢編(後編)(2015年6月13日土曜)
279/682

267手目 もののけタッグマッチ

※ここからは香子ちゃん視点です。

 夕暮れどき――駒桜こまざくらの街並みは、赤く染まりかけていた。

 川辺のバス停で、私は捨神すてがみくんと、なにげない会話にふける。

「バスで一緒になるとは、奇遇でしたね」

 捨神くんは、そう言って笑った。白い髪が風になびく。

 となりには飛瀬とびせさんが立っていた。

裏見うらみ先輩は、おひとりですか? 犬の散歩に?」

「ナルをH島の病院へつれて行ったの。おじいちゃんの知り合いのツテがあったから」

 松平まつだいらたちとは、市内のバス停で分かれた。

 私はついでにナルの散歩を、と思って、このさびれたバス停で降りたのだ。

 そうしたら、うしろの座席から捨神くんと飛瀬さんがあらわれた。

「捨神くんは、どこかへ遊びに?」

日日にちにち杯の打ち合わせに行ってました」

 ああ、そういうことか。私は解説役だけど、呼ばれなかった。

 べつに召集がかかるのかしら? それとも、ぶっつけ本番?

「ここは、いつもの散歩コースなんですか?」

「たまーに、ね。このさきに公園があるでしょ。そこでナルを走らせるの」

 平日はひとけのない公園で、紐をはずすのにちょうどいい場所だった。

 ……っと、いきなり紐がひっぱられた。

 ふりかえると、ナルが飛瀬さんの足もとをやたらと嗅いでいた。

「こら、ナル、こっちに来なさい」

 まったく、今日のナルはどうも変ね。普段は人に絡まないんだけど。

「アハッ、飛瀬さんがいい匂いだから、気になるんじゃないかな」

「んー……地球人と微妙にちがうのがバレてるのかも……」

 このふたりは、あいかわらず過ぎる。

 私があきれていると、黒塗りの高級車が視界に入った。

 アスファルト敷きの一本道を、こちらにむかってくる。

 なんか不気味――私は端によけた。

 ところが、その動きに合わせたかのように、高級車は速度をゆるめた。

 なんかイヤな予感が……やっぱり、ほかのメンバーと一緒に帰ったほうが……。

 

 ウィーン

 

 後部座席の窓がひらいた。私はアッとなった。

 このおかっぱ頭の貴公子は……囃子原はやしばら礼音れおんくんだ。

「こんにちは、裏見くん」

「こ、こんにちは……」

 どう返していいのか、さっぱり。とりあえず挨拶だけしておいた。

 囃子原くんも、私のほうがメインではないようだ。捨神くんに視線を移した。

「3人で作戦会議でもしているのかな?」

「アハッ、ただの散歩だよ……囃子原くんこそ、どうしたの?」

 囃子原くんはフッと笑って、胸ポケットから1枚のカードをとりだした。

「将棋界の有名人から招待状をもらってね」

 捨神くんは、カードをうけとった。私もこっそりのぞきこむ。

 

 

 囃子原礼音 殿

 

 我が輩は猫である。今日の夕方、駒桜市の川の辺公園までくること。

 このまえのちかえしをしてやる。

 

 怪盗キャット・アイより

  ฅ=ω=ฅ

 

 

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………えぇッ!?

「きゃ、キャット・アイって、あの将棋が強い女怪盗?」

「ほぉ、裏見くんも知っているのか」

 知っているもなにも、四国でばったり出会った。対局も観た。

 あのときは、吉良きらくんが持将棋で撃退してくれたのだ。

 吉良くんは四国最強の高校生。それと持将棋でひきわけたキャット・アイ。

 実力は推して知るべし。

 

 ワン ワン ワン

 

 ナルが吠えた。私たちは、声の方向へ顔をむけた。

 夕焼けを背に、ひとりの女が時計台のうえに立っていた。レオタード姿で。

「ニャハハハ! 怪盗キャット・アイ、参上ッ!」

 キャット・アイは時計台から飛び降りて、空中で一回転。

 地面に華麗に着地した。あ、あいかわらず人間の動きじゃない。

「さーて、囃子原礼音、このまえの仕返しをしてやる」

 キャット・アイは、ぺろりと舌なめずりをした。

 囃子原くんは車からおりると、腕組みをして軽快に笑った。

「ハハハ、懲りない猫だな。1年ですこしは強くなったのか?」

「囃子原くん、キャット・アイと指したことあるの?」

 私の質問に、囃子原くんは「ある」と答えた。

「去年の春休み、大都会だいとかい高校へ殴り込んできてな。しっかりと、おしおきしてやった」

「あ、こらッ! ひとの負け戦をぺらぺらしゃべるんじゃニャいッ!」

 キャット・アイは、地団駄を踏んだ。

「我が輩とは1手差だったぞッ!」

「ハハハ、上級者における1手差は大差だ」

 す、すごい。囃子原くん、キャット・アイにも平然と対応している。

 これがコンツェルンの御曹司? これが帝王学?

 だけど、キャット・アイも負けてはいなかった。長い爪をこちらに向けた。

「そんなに自信があるなら、我が輩と再戦しろッ!」

「受けて立とう。なにを賭ける?」

「もちろん、大都会高校将棋部の盤駒だニャ」

 ここでも盤駒を賭けるの? 吉良くんのときも盤を賭けていた。

 キャット・アイは、将棋用具に異常なこだわりがあるようだ。

「よーし、それでは、我が輩の立会人を紹介しよう。ナメちゃんッ!」

「はい、はーい」

 もうひとり、時計台の裏から、女子プロレスラーの格好をした女性があらわれた。

 2本の触角みたいな髪を、前にぶらさげている。露出度が高すぎ。

 これには飛瀬さんもあきれて、

「地球には変態しかいない……」

 とつぶやいた。おまえが言うな。

 一方、囃子原くんは、ますます愉快そうな顔をした。

「いいぞ、新手のモンスターとはな。名前は?」

「スラッグ・ガール」

「スラッグ……なめくじ女か。まるで百鬼夜行だ」

 囃子原くんは、もういちど笑った。

「いちいち笑うニャ。始めるぞ」

「まあ待て、暗くなったばかりだ。楽しく過ごそう」

「将棋以外は受けつけニャい」

 どんだけ将棋好きなんですか。

 その身体能力なら、格闘技のほうが楽に勝てるんじゃないの。

「ハハハ、もちろん将棋だ……が、ペアにするというのは、どうだ?」

「ペア将棋……だれとだれが組むニャ?」

「そっちは、最初からふたりしかいないだろう。こちらは……」

 囃子原くんは、捨神くんに顔をむけた。

「H島の県代表と組もう」

「え? 僕でいいの?」

「もちろんだ。嫌なら、車の助手席につるぎがいる。彼女と組むが」

 捨神くんは、なやんだ。

「べつにいいけど……なにか賭けてるんでしょ?」

「300万そこらの盤駒だ。持って行かれてもかまわん」

 お金持ちィ!

「アハッ、だったら指すね。このまえ、対局するチャンスを逃したんだ」

 捨神くんは、キャット・アイと会ったことがあるみたいだった。

 あたりはだんだんと暗くなり、街灯がともった。

「さて、ルールは、どうする? モンスターがお望みのかたちで、かまわないが」

「去年とおなじで、30秒目隠し将棋だニャ」

 ぐぅ、またとんでもない自信。県代表にそれで挑む?

「分かった。受けてたとう。捨神くんも、それでいいな?」

「オッケー」

「秒読みが必要だ……剣ッ!」

 高級車のドアがあいた。スーツ姿の少女があらわれる。帯刀していた。

 O山の県代表、つるぎ桃子ももこさんだった。

「礼音さま、お呼びですか?」

「30秒目隠し将棋をすることになった。秒を読め」

「うけたまわりました」

 剣さんは腕時計をはずして、私の横に立った。

 えーと……私と飛瀬さんは立会人ってこと?

「どちらが先手だ?」

「コイントスで決めるニャ」

 キャット・アイは10円玉をとりだして、ピンと指で跳ねた。

 コインはそのまま手の甲に隠された。

「表か裏か?」

「表だ」

 キャット・アイは、そっと右手をどけた。

「……表だニャ」

「ハハハ、それでは先手をもらおう。7六歩だ」

 対局が始まった。

 キャット・アイとスラッグ・ガールは、じゃんけんで順番決めをする。

「ニャハー、我が輩からいくぞ。3四歩ッ!」

 捨神くん、ここで長考。

「戦型はどうするの? 居飛車? 振り飛車?」

「僕が捨神くんに合わせてもいいし、捨神くんが僕に合わせてもいいぞ」

「んー、囃子原くんのものが懸かってるから、囃子原くんに合わせるよ。2六歩」


挿絵(By みてみん)


 おっと、捨神くんが居飛車を選択した。

 こんどはキャット・アイたちが作戦タイム。

「アイちゃん、どっちにする?」

「対抗形でいいんじゃニャいかニャー」

「じゃあ、4四歩で」

 2五歩、3三角、4八銀、3二銀、5六歩、4二飛。


挿絵(By みてみん)


「四間飛車になりましたね……」

 それまで口を閉じていた飛瀬さんが、いきなりしゃべった。

「そうね。オーソドックスな進行になるんじゃないかしら」

 私も小声でコメントした。

 6八玉、6二玉、7八玉、7二玉、5七銀、8二玉。

 後手の王様の移動が速い。これはもしかすると――

「5五歩」

「9二香だニャー」


挿絵(By みてみん)


 穴熊だ。先手は5筋位取り? 普通に組んだほうがよくない?

 捨神くんも、囃子原くんの動きが読めないらしい。指すのに時間がかかった。

「あいかわらず自由奔放だなぁ……3六歩」

 スラッグ・ガールも警戒感をしめした。

「その3六歩も怪しいね」

「ハハハ、君たちほどではないぞ」

 たしかに。街中でレオタードとプロレスコスチュームは、痴女以外の何者でもない。

「とりあえずクマらせてもらうよ。9一玉」

「3五歩だ」


挿絵(By みてみん)


 うわぁ、いきなり仕掛けた。捨神くんと連携がとれてるのかしら。

「攻めたい盛りの男子高校生は怖いニャー。同歩」

 4六銀、3六歩、2六飛、4五歩、3五銀、4三銀。

 おっとっと、これは攻めが成功してるのでは。

「さぁ、猫女、どうする? 2四歩だぞ?」

 囃子原くんは、自信ありげに飛車先を突いた。

「そんな簡単には潰れニャい。同歩」


挿絵(By みてみん)


 ここで同銀……いや、ちがう。2四同銀は4四角で肩透かしをくらう。

「20秒」

 初めての秒読み。

「1、2、3、4、5、6、7、8、9」

「5八金右」

 捨神くんは、無難に囲った。舟囲い。ちょっと薄い。

「8二銀」

 スラッグ・ガールは穴熊のハッチを閉めた。

 ふたたび囃子原くんの手番だ。

「行きがかりだ。攻めよう。2四銀」

 4四角(これが飛車当たり)、3六飛、2二飛、2三歩。

「3二飛。交換するニャー」


挿絵(By みてみん)


 いやいや、これは交換できないでしょう。

 3二飛成、同金、4一飛は3一飛、同飛成、同金で消される。

 先手は2八の地点がガラ空き。

「1、2、3、4、5、6」

「3三歩」

 捨神くんも交換を拒否した。

 同桂、5四歩、3五歩、同銀、8八角成、同銀。

 先手と後手で、囲いに差がついた。大丈夫かしら。

 5四銀、3四歩、2五桂、4四銀、3五歩。


挿絵(By みてみん)


 この手に、捨神くんふたたび小考。

「同銀だと攻めが遅れるね……そのまま行こうか。同飛」

「2六角」

 スラッグ・ガールは俊速で次の手を指した。

 囃子原くんに手番が回る。

「さすがは捨神くん、この手を指せと言うわけだな。2二歩成」

 3五角、同銀――攻め合いか、と思いきや、7二飛で飛車が引っ込んだ。

「単に3三歩成……いや、こっちのほうがいいね。5五歩」

 捨神くんは銀の頭をたたいた。

 同銀、3三歩成、5一金左、4三と。


挿絵(By みてみん)


 うーん、と金が2枚できたけど、陣形差はそのままだ。

「ニャハハハ、そろそろ反撃。3八飛」

 3三角、5六銀、6八角、2八歩、5五角成。

 先手は馬を作った。守勢に転じる。

 3六飛成、5三と、5七歩、5九金引、2九歩成。

「どっちも攻めあぐねてますね……」

 飛瀬さんのコメントに、私もうなずいた。

「さてさて、どうしたものか。困ったな」

 囃子原くんは、そう言いつつも余裕の表情。

「1、2、3、4、5、6、7、8、9」

「6三と」


挿絵(By みてみん)


 なかなか厳しい一手……なんだけど、すぐに崩れるわけじゃない。

「4二飛だニャ」

 捨神くんは、人差し指をこめかみにあてて、黙考。

「……」

「1、2、3、4」

「あ、そっか、この手があるね。5三と」

 ん? と金を戻った?

「ハハハ、いいぞ、捨神くん」

 囃子原くんも、この手を期待していたらしい。

 スラッグ・ガールは、チッと舌打ちした。

「7二飛なら5四馬ってオチかい。そうはさせないよ。4三桂」


挿絵(By みてみん)


 スラッグ・ガールは、両取りをはなった。

 7七馬、3五桂(!)、4二と、6二金左、3一飛。

「先手、良くなってない?」

 私は飛瀬さんに話しかけた。

「ただ、後手にもいろいろ手がありそう……」

 そう言われると、そうだ。

 6六歩、同歩、6七銀打と突っ込む手もあるし、5八銀もある。

 現状は均衡してる感じかしら。厳密にはどっちかが良さそうだけど――

「1、2、3、4、5、6、7、8、9」

「駒が足らんニャー。1九と」

 キャット・アイは香車を補充した。

 6六歩、同歩、6七香あるいは5八香も可能になった。

「1、2、3、4、5、6、7、8、9」

「7九銀」

 捨神くんは、ぎりぎりで銀を引いた。完全に受けの手。

 攻めどきと見たのだろう。スラッグ・ガールは、大きく息をついた。

「アイちゃん、そろそろイッちゃう?」

「ナメちゃんに任せる」

「オッケー、思いっきり暴れるわよ……6六歩」

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