262手目 将棋仮面は手抜かない
1位
2位
3位 H島市友棋会
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4位 三丁堀商店街
5位 Panzermädchen ← ここ
うわーん、角ちゃんたち、景品圏外。
「みんな強いですね」
優太くんはそう言って、ソフトクリームをぺろり。
角ちゃんのおごりっスよ。角ちゃんもイチゴ味を買ったっス。
長門ちゃんは抹茶チョコレート。
「なんか色が毒々しくないっスか?」
「そう? 迷彩服みたいでかっこいいと思うけど?」
あいかわらずミリオタっスねぇ。
「長門ちゃんが2回戦で手抜くから、こういうことになるんっスよ」
「べつに手抜いてないわ。あれは素負け」
長門ちゃん、堂々と実力負けを宣言。
「マジっスか? Y口の県代表って弱いっスね」
「あのさ……私の実力はベースで見せたでしょ。あの御面野郎が強かったのよ」
「どっかの県代表ってことっスか?」
長門ちゃんもソフトクリームをペロリ。
ゆっくり味わってから、参加者のほうへ視線を伸ばしたっス。
「あんな男、見たことがないわ。西日本の県代表なら、分かるはずなんだけど」
「四国や九州でもっスか?」
「もちろん。近畿までは全員知ってる」
けっこう顔が広いんっスね。それとも、将棋で県代表の高校生が狭いんっスか。
角ちゃん、駒桜以外の将棋仲間は、ほとんどいないっス。うらやましいっス。
「今度、角ちゃんにも紹介するっスよ」
「んー、普段はバラバラだから、全国大会に出るしかないわ」
「県代表どころかブロック代表もまだっス……」
角ちゃん、しょんぼり。
「大場お姉さんも、がんばればブロック代表になれますよッ!」
優太くんは優しいっスね。名は体(?)をあらわすっス。
「まだ個人戦は3回あるっス。決勝までは進んだから、次こそっス」
「その意気ですッ!」
角ちゃん、がんばるっスよぉ。ヤンキー女は首を洗って待ってるっス。
「それにしても、1位と2位が発表されないわね。なにかあったのかしら」
長門ちゃんの言うとおりっス。4回戦まで終わって、決着はついたっスよ。
会場のみんなも疲れてるっス。
「3位が3ー1の勝ち星10っスから、1位と2位は全勝なんじゃないっスかねぇ」
「それっぽいけど……あ、司会が来たわ」
ステージのうえに、マイクを持ったお姉さんが現れたっス。
《みなさん、遅くなってすみません。じつは、ちょっとしたハプニングがありました》
おっと、事件っスか。ソフトカンニングだったら、大問題っスよ。
「さきほど集計したところ、現在1位のチームが2つあります」
会場が沸いたっス。
《審判員の協議の結果、両チームで決勝戦をおこなうことになりました》
すごいっス。これは見ものっス。
《では、同率1位のチームを発表します。まずは全勝中の、指しちょる女の子チーム!》
キングちゃんたちのチームじゃないっスかッ!?
「毛利先輩たちなら当然ね」
「毛利お姉さんたち、かっこいいッ!」
長門ちゃんと優太くんは、あんまり驚いてないっス。
ガチ勢って、ほんとだったんっスねぇ。社会人も参加でこの成績はすごいっス。
《そしてぇ、同じく全勝中の、コスプレイヤーズですッ!》
ま、マジっスか!? これはもっとびっくりっス!
だけど、長門ちゃんはこれにも驚いてなかったっス。
三半眼を上目遣いにして、ステージのほうをじろっと睨んだっス。
「この長門亜季に勝った以上は、そうでないと困るわ。でも、何者なの?」
会場のセッティングが始まったっス。
お客さん、けっこう残ったっスね。みんな興味津々。
「じゃ、観に行きましょう」
ソフトクリームを食べ終わった長門ちゃんは、手をはたいてゴシゴシ。
「混雑してるっスよ」
「知り合いの観戦だから、通してもらえるわよ」
角ちゃんたち、強引に割り込み。女子高生アドバンテージを最大限に活用。
最前列に出ると、決勝メンバーは先に着席してたっス。
「毛利先輩たちのうしろに出ちゃったわね……ま、いっか」
むしろこっちから観たほうがよくないっスかね。ひふみんアイならともかく。
御面vsイケメンのお兄さん、おさむらいさんvsキングちゃん、レモンちゃんvs服がダサいお姉さんっスか。レモンちゃんとしか指したことないから、勝敗予想はほとんどできないっス。見守るしかないっス。
「これはマズいわね……」
長門ちゃん、意味深なつぶやき。
「なにがマズいんっスか?」
「毛利先輩は、受験勉強で棋力が落ちてる。あの将棋アイドルが伸び盛りだと、負ける可能性も……侍野郎は優太くんに負けたから、キャシー優勢。問題は、御面野郎と萌先輩のどちらが強いか」
「御面のお兄さんは、長門ちゃんより強いんっスよね? だったら萌さんとか言うひとにも勝っちゃうんじゃないっスか?」
長門ちゃん、あきれ顔。
「あなた、何も知らないのね」
「角ちゃん、ネット将棋指しだったから、リアルは疎いんっスよ」
「萌先輩は、そこらの高校強豪とはレベルがちがうわ。中国地方でも屈指の女流よ」
「え、そうなんっスか? ……って、あのひと女なんっスかッ!?」
てっきり男子だと思ってたっス。
《それでは、振り駒をお願いします》
各組がそれぞれ振ったっス。
「御面のお兄さんが先手っスね。どこを応援するっスか?」
「身動きがとれないし、このまま萌先輩を応援しましょう」
了解っス。ここが一番ネックで熱そうっスからね。
《準備はいいですか? ……それでは、対局スタート!》
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
御面のお兄さんは、すぐに7六歩。
萌ちゃんは、8三の歩をクールに持ち上げたっス。
「きみ、その御面は外さないの? 盤面が見えにくいと思うんだけど?」
「……」
「返事なしか。将棋は外見じゃないから、手抜かないよ。8四歩」
2六歩、3二金、7八金、8五歩、7七角、3四歩、8八銀、7七角成。
「角換わりは久しぶりだ。受けて立とう。同銀」
2二銀、3八銀、7二銀、4六歩、6四歩、6八玉、6三銀、3六歩、4二玉。
こ、このお兄さん、何者っスか?
視界が狭いはずなのに、指し手がめちゃくちゃ速くて正確っス。
4七銀、7四歩、3七桂、7三桂、2九飛、6二金、4八金、8一飛。
「先に腰掛けさせてもらう。5六銀」
「9四歩」
「端は受ける。9六歩」
「1四歩」
「そちらもだ。1六歩」
萌ちゃんは3三銀で、ここから囲いに入ったっス。
7九玉、3一玉、6六歩、5四銀。
居飛車だから、解説役が欲しいっスね。角ちゃん、全然わかんない。
「長門ちゃん、これってどうなんっスか?」
「最新形ね。後手の4四歩保留がちょっと気になるかしら」
「しばらく駒組みが続きそうっスね」
長門ちゃんは、ちょっとむずかしそうな顔をしたっス。
「どうかしら……最近の将棋は、ゼロ年代よりさらに速くなってるイメージがあるわ」
パシリ
あ、指したっス。
ふわぁ! もう開戦するんっスか!
萌ちゃんはこの手を見て、顔をあげたっス。
「最短で来たね。こんなイベントで研究手?」
「イベントに格差はない。全力でやるだけだ」
ん? このひと、もしかしてデパートに雇われたアルバイトさんっスか?
大学強豪……には見えないっスね。雰囲気が高校生っス。
萌ちゃんも不審に思ったみたいっス。
「きみ、ひょっとしてサクラ? じつは奨励会員とか?」
「おっと、そういう意味じゃない。いかなる将棋も全力で指す。それが俺のポリシーだ」
「ライオンはウサギを狩るときにも全力を尽くす、か……ボクはウサギかい?」
萌ちゃん、6三銀。御面のお兄さんは、指を3七の桂馬へ。
「それは指し手で証明するんだな。2五桂」
2二銀、3四銀、4二玉、5六角、8四角。
「萌お姉さん、守りっぱなしですね」
優太くん、ちょっと心配そうっス。
「長門ちゃん、これはもう後手が悪いんっスか?」
「先手の攻めはかなり際どいわ。1五歩以下で、どうかって感じ」
居飛車の端の攻防は、よく分かんないっス。
けど、1五歩、同歩、1三歩と垂らす筋は、角ちゃんにも見えるっス。
「ギリギリの攻めを通してこそヒーロー! 1五歩ッ!」
お兄さん、気合い入りすぎっス。公道だと絶対職質されるっスよ。
同歩、1三歩、同桂、同桂成、同香。
「3五桂ッ!」
これは……ちょっと直接的っスかね。
「2三桂成、同銀、同銀成、同金、同角成っスか?」
「でしょうね。ただ、4四桂一発で止まるわ」
なるほどっス。4四桂に2三桂成なら、5六桂で角を抜けばいいっス。
しかも、5六桂は4八金に当たってるっス。
パシーン
駒音高く4四桂。
「ここはいったん引こう。4七角」
「ヒーローは前進しなきゃ。3三歩」
「御面ライダーキックは、放つまえに重心をうしろに移す」
パシーン
け、桂損の攻めっス!
「さすがにムリがないっスか?」
「同金、同桂成、同玉、4五歩で桂馬が死ぬから、駒損は一瞬よ」
あ、たしかにそうっスね。長門ちゃん、さすがっス。
「萌先輩の王様を、引きずりだそうとしてるみたいね。続くのかしら?」
「8四の角が死に体なのが気になるっスね」
あの角、活かしようがなくないっスか。
パシリ
盤面が進んだっス。
4三同金、同桂成、同玉、4五歩。
「4六歩」
この返しはウマいっス。
「萌ちゃん、やるっスね」
「だから中国地方屈指の女流だって言ってるでしょ」
ほんとに女流なんっスか? どうみてもイケメンのお兄さんっス。
ふたばちゃんが女の子にしか見えないのと正反対っスね。
「さすがはY口最強の女。噂通りだ。4四歩」
御面のお兄さんも感心してるっス。
これには、萌ちゃんも鋭く反応。
「へぇ、それって、ボクのことを調べたってこと?」
「ああ、怪人図鑑に載せないといけないからな、ハハハ」
女の子に失礼っスよ。
「ボクはもうちょっと紳士的なヒーローがいいなぁ。同玉」
「将棋指しなんて、みんな怪人みたいなもんだ。4五歩」
これは取れないっぽいっス。
同玉に5六角、4四玉、3五桂のかたちが危険すぎるっスからね。
【参考図】
いきなり詰めろ(頭金)で、3四歩も5四歩も助かってる気がしないっス。
3四歩なら4五金、3三玉、3四金、4二玉、4三金、5一玉、2三桂成で、だいたい終わってるっス。
「今度はボクが引く番かな。4三玉」
「5五桂」
両取りになっちゃったっス。
5二玉、5六角、5四銀打、6三桂成、同玉。
「4四歩」
萌ちゃん、この手をひとにらみ。
「4三銀、同銀、同歩成のゴリ押しか……やるね」
「もう降参か? テレビのまえの視聴者が冷めるぞ?」
萌ちゃんは、持ち駒から滑るように桂馬をゲット。
「ボクもね、高校生陶芸家のはしくれとして、盛り上げるのは嫌いじゃないんだ」
「なら、指し手で示してもらおう」
「ずばり、こうだよ」
パシーン
御面のお兄さんは、大きくうなずいたっス。
「いい手だ……ここでCM」




