261手目 コスプレイヤーズ
さぁて、はずみがついたっス。このまま優勝を狙うっスよ。
角ちゃん、栄養補給のオレンジジュース。
「みなさーん、おつかれさまです。そろそろ2回戦を始めまーす」
トーナメント表が更新されたっス。チェーック。
人混みをかきわけて、前へ前へ。
「……コスプレイヤーズ? 変わった名前っスね」
「きっとあのひとたちですよッ!」
優太くんはそう言って、角ちゃんの袖を引っ張ったっス。
服が破れるっス。縫い目がもろいんっスよ、これ。
「どのひとたちっスか? ……ああッ!」
角ちゃんは大声をあげたっス。相手も気づいたっス。
「大場先輩、なぜここに?」
「レモンちゃんこそ、なんでここにいるんっスか?」
しかも、左右にいる男子がくっそあやしいっス。
ひとりは、御面ライダーの仮面をかぶったお兄さん。
もうひとりは、おさむらいさんみたいなかっこうをしてるっス。ただ、髪型はちょんまげじゃなくて、いたって普通のざんぎり頭っスね。文明開化の音がするっスよ。
「内木、知り合いか?」
御面のお兄さんは、くぐもった声で尋ねたっス。
「え、えぇ……おなじ街のひとです」
「ということは、駒桜市か」
「そうっス。角ちゃんっスよ。お兄さん、御面ライダー好きなんっスか?」
「うむ」
即答っスか。顔がぜんぜん見えないっスけど、こどもっぽいひとっスね。
それに、御面をかぶってるだけっス。首から下は普段着。
コスプレとは言えないんじゃないっスかね。
「大場先輩は、どうしてこの大会に? そちらの少年は?」
レモンちゃんは、優太くんに興味しんしんっス。
「優太くん、あいさつするっス」
「柳優太ッ! 中学1年生ですッ!」
「あら、あなたがY口の柳くんなんだ。はじめまして、内木檸檬です」
「知ってますッ! サインくださいッ!」
けっこう有名人なんっスね。
レモンちゃんは、ササッとサインを終わらせたっス。
それから、角ちゃんをじっとりと見つめたっス。
「大場先輩、中学生の男子と遊んでるんですか?」
「いけないんっスかッ!? 偏見っスよッ!?」
変なコスプレお兄さんたちと一緒のレモンちゃんに言われたくないっス。
角ちゃん、関係をあやしんでいくっスよ。ぷんぷん。
「みなさーん、そろそろ着席してください。テーブルの番号をまちがえないように」
アナウンスが入ったっス。角ちゃんたちも移動。
「……レモンちゃんが3番席っスか?」
「よろしくお願いします」
角ちゃん、ほかの席をチェック――長門ちゃんが御面のお兄さん、優太くんがおさむらいのお兄さんとっスか。角ちゃんのところが一番キツそうっス。
「こちらこそよろしくっス」
駒をならべて振り駒。レモンちゃんが先手っス。
「準備は大丈夫ですか? できてないところはありますか?」
「相手が手洗いから帰って来ません」
「こっちの時計、効きが悪いよ」
また混乱してるっスね。運営しっかり。
5分ほどして、あたりが静かになってきたっス。
「はい、それでは大丈夫でしょうか? それではぁ……2回戦、スタート!」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますっス」
角ちゃんがチェスクロを押して、対局開始。
「7六歩」
「3四歩」
2六歩、4四歩、2五歩、3三角、4八銀。
普通の出だしっスね。
3二銀、6八玉、4三銀、5八金右。
やっぱり穴熊だと思うんっスよねぇ。いくらイベントでも。
レモンちゃんも棋界通だから、長門ちゃんが県代表なのは知ってるはずっス。
優太くんがブロック代表なのも知ってるっぽいっス。
となると、レモンちゃんは絶対勝たないといけないポジションっス。
「9四歩」
飛車を回るまえに、端を打診。
「7八玉」
突きかえさなかったっスね。穴熊っス。
「3二飛っス」
これで退治するっスよぉ。
「7七角です」
7二銀、5六歩、6二玉、5七銀、7一玉、8八玉。
「8二玉。クマるなら、さっさとクマるっス」
「だれも穴熊だとは言ってません。7八銀」
ふわぁ!? まさかの左美濃?
これは読んでなかったっス。
「奇をてらってもムダっスよ。9五歩」
端を詰めたのはデカいっス。
8六歩、3五歩、1六歩(税金を払ってきたっス)、4二角、2六飛。
よくある浮き飛車の受けっス。
3四飛……違うっスね。囲いの進展が先っス。
「5四歩」
4六銀、5二金左、8七銀、1二香。
どっちが先に手を出すか、むずかしいっスね。
レモンちゃんも、ちょっとだけ長考したっス。
「これを試してみますか……6八金寄」
ん? なんっスか、これ? 見たことないかたちになったっス。
てっきり、6六歩〜7八金〜6七金右だと思ってたっス。
「レモンちゃん、変わった囲いっスね」
「それほどでも」
もしかして研究手っスか? だとしたら厄介っス……けど、15分30秒じゃ対応のしようがないんっスよねぇ。猫だましかもしれないし、長考は拒否するっス。
「3四飛」
レモンちゃんはここで30秒ほど小考。
呼吸をととのえて、端に手をかけたっス。
「9六歩」
「こ、こんな手があるんっスか……?」
「まあ、あるかと」
レモンちゃんは冷静にチェスクロを押したっス。
角ちゃん、さすがに長考。
……………………
……………………
…………………
………………
9六同歩、同銀、同香、同香、9三歩、6六角っぽいっス。
(※図は大場さんの脳内イメージです。)
6六歩〜6七金右のかたちを取らなかった理由は、これっスね。
だったら、角ちゃんにも考えがあるっス。
「9六同歩っス」
レモンちゃんは、黙って同銀。
これを取らずに5五歩と突くっス。
「なるほど、同歩、9六香、同香、4五歩で、飛車筋を横に通すわけですか」
ぐッ、読みが速いっス。
レモンちゃん、中学のブロック代表らしいっスから、注意が必要っス。
「ならば、素直に飛び込みます。同歩」
9六香、同香、4五歩、同銀。
「8四飛っス!」
これが狙いっスよ。上部が弱くなってるうちに、決戦を仕掛けるっス。
「さすがは大場先輩、指し慣れてますね」
「そうでもあるっスよ」
レモンちゃんは、横目でちらっと宙を睨んだっス。
脳内将棋盤を見てるっぽいっスね。藤井九段もよくやってるっス。
「一回受けます。7八金上」
「3三桂っス」
5四銀、同銀、同歩、8六角、同角、同飛。
「ずいぶんと過激ですね。8七銀」
次の次の手を楽しみにしてるっス。用意周到っスから。
「8四飛」
「6六角」
「やっぱり飛車を狙ってきたっスねッ! 6五角っス!」
どうっスか。7六角と4七角成を同時に見てるっス。
3三角成なら飛車が助かるし、7七香なら4七角成〜2五桂で桂馬が助かるっス。
角ちゃん、えらい。
「二兎追うものは一兎も得ず。これをどうしますか?」
レモンちゃんは、パシリと7七桂。
「桂馬? 桂馬は頭が丸いから受かってないっスよ?」
「……」
なにかあるんっスかね。角ちゃん、のこり時間を確認。
角ちゃんが5分で、レモンちゃんが6分っスか。
1、2分は考えても問題ないっス。
例えば7六角で……あれ? 8五歩で止まってる?
7六角、8五歩、8七角成は、単純に駒損っス。
「……4七角成」
こっちにするっス。
「4八歩」
「飛車を取らないんっスか。3八馬っス」
「5六香」
3三の桂馬も取らないんっスか?
6六の角の意味が分からないっス。しかも、5六香には焦点の歩があるっス。
「5五歩」
「8四角」
「さっき切れば良かったんじゃないっスか?」
角ちゃんの質問に、レモンちゃんは人差し指を立てたっス。
「タイミングの問題です」
「タイミングかスイミングか知らないっスけど、これは取るっス。8四同歩」
「9二飛」
左が広くないっスか?
「7一玉っス」
「8二歩」
まあ、そう打つっスよね。でも、5六の香車は未だに意味が分かんないっス。
5六歩で…………
……………………
…………………
………………ああッ!?
す、角ちゃん、これ知ってるっス!
7一玉に8二歩と打って、次に8一歩成、同銀、8三桂で死ぬやつっス!
「大場先輩、顔色が悪いですよ」
「ちょっと静かにするっス」
5六香は、5三歩成の準備じゃなくて、馬筋を8三に利かせないためだったっス。
角ちゃん、完全に見落とし。
ピッ
あうあう、30秒将棋になっちゃったっス。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「8三銀打ッ!」
穴が空いたら埋めるしかないっス。
「いったん逃げます。9一飛成」
6二玉、8一歩成、6四角(挟撃形に持ち込むっス)、8二と。
と金は遅いようで速いっス。マズいっス。
「7四歩」
ここでレモンちゃん、最後の長考。
ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「6五桂」
こ、こっちが挟撃形になっちゃったっス。
5六歩〜5七歩成で、香車と桂馬を両方抜かないといけないっス。
「もうがむしゃらに攻めるっス! 9七銀っス!」
7九玉、5六歩、7二と、同銀、5三銀。
……………………
……………………
…………………
………………
これ、悪くなる一方っスね。攻め駒がないから、どうしようもないっス。
「負けましたっス」
角ちゃん投了。レモンちゃんは、ちょっと驚いたっス。
「よろしいのですか?」
「角ちゃん、このチームだと一番弱いっスから、ほかに期待するっス」
っていうか、これもう勝ち目ないっスよ。
同金、同歩成、同角に4三金べったりくらいで終わりっス。
「将棋は投了優先ですからね。5六香のところで、一回受けが必要だったのでは?」
感想戦っスね。ちょっと戻すっス。
【検討図】
「受けようがなくないっスか?」
「7四飛、7五歩、6四飛、7六銀、6六飛と切るのは?」
「いきなり6四飛じゃダメっスか?」
「それは7五角、7四飛、5三歩成があります」
「ほら、やっぱり全然ダメじゃないっスか」
角ちゃん、拗ねちゃう。
「大場先輩、感想戦は丁寧にやったほうがいいですよ」
「さすがに形勢差がありすぎてて……」
「ありがとうございましたッ!」
となりで、優太くんが万歳。
「むむむ、最近の子は強いでござるなぁ」
相手のおさむらいさんは、笑って頬を掻いたっス。
このひと、演技までしてて凄いっスね。
「レモンちゃんもアイドルなら、おさむらいさんを見習ったほうがいいっス」
「と言いますのは?」
「アイドルらしく接待将棋をするっス」
「あのですね……」
角ちゃんが冗談を言ってると、盤面が暗くなったっス。
そばに、御面ライダーのお兄さんが立ってたっス。
「終わったか?」
「ええ」
「こっちも終わった」
御面ライダーのお兄さんは、淡々としていたっス。
この様子だと、長門ちゃん、あっさり勝ったんっスね。
ま、県代表だからあたりまえっス。
「大場先輩、もうしわけありませんが、休憩に入ってもよろしいですか?」
「いいっスよ。角ちゃんも休憩したいっス」
「それでは、ありがとうございました」
「ありがとうございましたっス」
一礼して終了。角ちゃん、1番席の長門ちゃんの様子を見に移動っス。
「……長門ちゃん、なにプルプルしてるんっスか?」
トイレなら、我慢しないで行ったほうがいいっスよ。
どうせ女子トイレは行列になってるっス。
「な、なぜこの私が……こんな……」
「どうしたんっスか?」
角ちゃん、盤面をサーチ。
【先手:御面ライダー 後手:長門亜季】
……………………
……………………
…………………
………………
あれ……チーム負け……てる?
場所:四越デパート将棋祭り 上級者の部 2回戦
先手:内木 檸檬
後手:大場 角代
戦型:後手三間飛車
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲2五歩 △3三角
▲4八銀 △3二銀 ▲6八玉 △4三銀 ▲5八金右 △9四歩
▲7八玉 △3二飛 ▲7七角 △7二銀 ▲5六歩 △6二玉
▲5七銀 △7一玉 ▲8八玉 △8二玉 ▲7八銀 △9五歩
▲8六歩 △3五歩 ▲1六歩 △4二角 ▲2六飛 △5四歩
▲4六銀 △5二金左 ▲8七銀 △1二香 ▲6八金寄 △3四飛
▲9六歩 △同 歩 ▲同 銀 △5五歩 ▲同 歩 △9六香
▲同 香 △4五歩 ▲同 銀 △8四飛 ▲7八金上 △3三桂
▲5四銀 △同 銀 ▲同 歩 △8六角 ▲同 角 △同 飛
▲8七銀 △8四飛 ▲6六角 △6五角 ▲7七桂 △4七角成
▲4八歩 △3八馬 ▲5六香 △5五歩 ▲8四角 △同 歩
▲9二飛 △7一玉 ▲8二歩 △8三銀打 ▲9一飛成 △6二玉
▲8一歩成 △6四角 ▲8二と △7四歩 ▲6五桂 △9七銀
▲7九玉 △5六歩 ▲7二と △同 銀 ▲5三銀
まで83手で内木の勝ち




