２６０手目 デパート将棋まつり開幕！
「三間党だべか？」
レゲェのお兄さん、奥村くんは、そう言いながら２五歩と突いたっス。
「そうっスよ。生まれてこのかた、三間飛車しか指したことないっス」
「それはいろんな意味でおっかねぇべな」
３三角、６八玉、６二玉、７八玉、４二銀、７七角、５二金左、８八玉。
これはクマろうとしてるっスね。阻止できないっス。
「美濃でクマ退治するっス。７二銀」
「中国地方に出るのはツキノワグマだから、かわいいもんだべ。９八香」
７一玉、９九玉、６四歩、８八銀、７四歩、５九金右。
「５四歩っス！」
この手に、奥村くんはすぐさま反応したっス。
「中田ＸＰっぽいべな……」
正解っス。５四歩〜５三銀のコーヤン流っス。
「ちゅーても、１５分３０秒だから序盤に考えてる時間ないべ。５六歩」
９四歩、６八角、９五歩、３六歩、５三銀。
「端が悩ましいべな……７九……いや、７八金だべ」
手堅いっス。初心者じゃないっぽいっス。
「奥村くん、何段くらいあるんっスか？」
奥村くんは両腕を組んで、爽快に笑ったっス。
「おら、こう見えても三好ブロックのブロック代表だべ」
「マジっスかッ！？」
「そう驚かなくてもいいべ。すみちゃんさんは、どこ出身だべか？」
「駒桜市っス」
「ん？ こまざくらって、Ｈ島の駒桜だべか？」
「そうっス」
ほかにあるんっスかね。おなじ名前の自治体は、聞いたことないっスけど。
角ちゃんが不審に思っていると、奥村くんは眉間にシワを寄せたっス。
「Ｙ口の県代表と一緒だから、てっきりＹ口のひとかと思ったべ」
「あ、そういうことっスか。長門ちゃんと優太くんはＹ口県民だけど、角ちゃんは生粋のＨ島県民っス。引っ越しもしたことないっス」
「将棋で広がる友だちの輪ってことだべな。うらやましいべ」
７三桂、６九金、４五歩、３七桂、４二飛。
ここで奥村くんは、ちょっと考えたっス。
攻めて来そうっスね。７九金寄を入れるかどうか考えてると思うっス。
「５八の地点が空くのは気持ちが悪いし、もう攻めるべ。２四歩だべ」
同歩、３五歩、同歩、同角、３四歩、２四角。
ちょっと工夫してきたべ……じゃない、してきたっス。
と言っても、これも２二飛が常套手段っス。
「２二飛っス」
奥村くんは、黙って２五歩と置いたっス。これもセオリーっスね。
４四角、４五桂、６二銀、５七角。
先手は、と金を作る準備が完了しちゃったっス。
反撃したいっスけど……４五の桂馬が浮いてるから、一目４二飛っスね。
８八角成、同金、４五飛の２枚換えが見えるっス。
ただ、４六歩一発でガードされるんっスよね。
……………………
……………………
…………………
………………
９六歩と絡めるっスか？
４二飛、４六歩、９六歩、同歩、９七歩、同香、８五桂とか。
（※図は大場さんの脳内イメージです。）
これが一例っスね。以下、９七桂成、同桂、９二香打の２段ロケットっス。
問題があるとすれば、４二飛で２筋がガラ空きってことっスか。
２四歩と伸ばされたとき、２二歩と受けるための歩がないっス。
……………………
……………………
…………………
………………
あ、でもこれ、そんなに気にする必要ないっスね。
４四の角が利いてるから、９二香打を放置して２三歩成は、９六香、３二とに９七香成がいきなり詰めろで、しかも同銀って取れないっス。取ったら王手放置。
「４二飛っス」
「４六歩」
角ちゃん、端攻め開始。９六歩。
この手をみて、奥村くんは後頭部をボリボリかいたっス。
「めんどくさいことになっちまったべ」
「将棋でめんどくさい手は、いい手っスよ」
「ほんとその通りだから困るべ……同歩」
９七歩、同香、８五桂、２四歩、９七桂成、同桂、９二香打。
「さあ、どう受けるっスか？」
「時間もあんまないべからなぁ、顔面受けするべ」
ふわぁああッ！
「普通、９八歩、同玉でこのかたちになるんっスよ？ いいんっスか？」
「角筋から逸れないと助からないべ。っていうか、そっちは継続手があるべか？」
……………………
……………………
…………………
………………
あれ？ ない気がしてきたっス。
「せ、攻め駒がないっス……」
「時間もないべ。おたがいに残り２分だべ」
角ちゃん、時間の使い方が下手。しょんぼり。
「だったら手渡しするっス。８四歩っス」
「ん？ 歩をただであげる手渡しなんて、あるべか？」
奥村くん、なかなか鋭いセンサーを持ってるっスね。
これはただの手渡しじゃないっス。
「……なるほど、８四角は４三飛〜８三飛だべか」
バレちゃったっス。でも、見破っただけじゃ対応になってないっスよ。
「８六桂と行きたいべが……」
それは８五歩以下で、似たような展開になるっスね。
「時間もねぇし、８六桂でちょっくら試してみるべ」
「受けて立つっス。８五歩っス」
同桂、４三飛、８九玉、８三飛。
桂馬は助からないっス。これは角ちゃんが一本取ったんじゃないっスか。
「２三歩成ッ！ と金が間に合えば勝てるべッ！」
「駒の損得は重要っスよ。８五飛」
奥村くんは３二とと入ったっス。
このと金は、あんまりプレッシャーを感じないっスね。
角ちゃん、最後の考慮タイム。
ピッ
３０秒将棋になったっス。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ！
「９六香っス」
これが厳しいんじゃないっスか？
放置で９八香成が入れば必勝っス。
ピッ
奥村くんも３０秒将棋になったっス。
「マズったべなぁ」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ！
「９七歩だべ」
奥村くん、このあたりのチェスクロさばきはさすがっス。
角ちゃんも負けないっスよ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ！
「同香成っス」
同銀、同香成、９三角成。
逆サイドから王手されちゃったっス。これはちょっとビビるっス。
「８二銀っス。ガチガチにするっス」
「固めたら正義はヤメて欲しいべ」
「いっひっひ、将棋はいやらしい手を指したほうが勝つんっスよ」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ！
パシリ！
……………………
……………………
…………………
………………ああッ！？
「飛車が死んじゃったっス」
「あっはっは、油断大敵だべ」
８三飛で馬と交換するっスか？ それとも、６五飛、６六香で香車と交換っスか？
角ちゃん悩んじゃう。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ！
「８六飛っス！」
「そっちだべか？」
８三飛とどっちがいいか悩んだ結果、こっちのほうが良さそうだったっス。
６五飛、６六香は角筋が消えるから、そっちは却下したっス。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ！
「同歩」
「８七桂っス」
これが痛打っス。９九角成までの詰めろっスよ。
「さすがに見落とさないべ。６六香」
んー、結局そこは止められちゃうんっスね。
詰めろの続きがあればいいと思うんっスが――
ピッ、ピッ、ピッ
あったっス！
ピーッ！
「９六桂ッ！」
これで８八歩以下の詰めろっス。
奥村くんはノータイムで７九金引。解除されちゃったっス。
角ちゃん、脳みそフル回転。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ！
「６六角ッ！」
「これは取れないんだべなぁ……７八玉」
くぅ、取って欲しかったっス。取ったら７七香で必至だったっス。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ！
「４八角成っス！」
同飛、５七銀、９三角、４八銀不成。
つ、次に９一飛って打たれると、けっこう厳しいっス。
死んではないと思うんっスが……４八角成なら７九桂成、同金、９八飛、８八合駒、同桂成で、４八の馬と９四の馬のどちらかを抜く順が発生するっス。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ！
奥村くん、会心の６八玉。早逃げっスか。
馬抜きの順を回避したっぽいっス。
「７九桂成っス」
同金、９八飛、７八桂。
意外とめんどうっスね、この早逃げ。
４八角成で入玉される可能性があるっス。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ！
パシリ
ちょっとひよっちゃったっス。８八桂成と迫ったほうがよかったっスか。
「５八玉で連続早逃げ……は危ないべか……」
奥村くん、迷ってるっスね。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ！
「もう３０秒くんろ。９二歩」
時間稼ぎっスか。これはノータイムで同香っス。
「スペースがないから、同じ手は２回使えないっスよ」
「まあちょっと静かにするべ。考慮中だべ」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ！
パシリ
ついに取ったっスね。角ちゃん、９四の馬を回収。
「ん？ それでいいんだべか？ 飛車が死んでるべ。８九金」
……………………
……………………
…………………
………………あ、しまったっス。
やっぱり８八桂成だったっスか？
ただ、飛車渡しても大丈夫な気もするんっスよね。後手は飛車打ちに強いっス。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ！
パシリ
４七歩（馬を上ずらせとくっス）、同馬、８八桂成、９八金、同成香。
「かーッ、これはどうみても劣勢だべ」
「さあさあ、飛車をどこに打つんっスか？」
「打っても寄らないべ。上部から……っちゅーことは」
パシリ
奥村くんは６六桂と跳ねたっス。
指されてみると納得。角ちゃんもうまい手で返すっスよぉ。
「７八成桂」
これを取れないんじゃないっスかね。
同玉は５九角で、６八銀と打つくらいしかないっスけど、８八成香、６九玉、４八金、同馬（５九銀は７八金で詰みっス）、同角成で、有名な必至のかたちになるっス。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ！
「５九玉」
ここでどうするっスかね。安全に着地するには、挟撃系が一番っス。
２七角とかっスか？ あるいは、３九角っスか？
……………………
……………………
…………………
………………あ、もっといい手があるっス。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ！
「６九角っス」
奥村くんはノータイムで同馬。これは諦めてる感じの手つきっスね。
「同成桂っス」
「同玉」
角ちゃん、最後に１０秒だけ確認して５七金と打ったっス。
入玉させなければ勝ちっス。
「受けがないべ。投了」
奥村くん、あっさり投げて角ちゃんの勝ち。
「ありがとうございましたっス」
「駒桜市は、市代表じゃなくても強いべな」
そうでもあるっスよ。角ちゃん、鼻高々。
「最後、点数勝負ならなんとかなると思ったんだべが」
「大駒は奥村くんのほうが持ってるんっスよね。でも、入玉できないと思うっス」
「６九角に５八銀……は６八金があるべなぁ」
「バラバラにして終わりっスね」
「８六飛と切られてからは、勝ち目がないっぽいべ。完敗だべ」
そのあと、角ちゃんたちは中盤をすこし調べて、解散したっス。
ほかのテーブルはどうなってるっスかね。
どこもけっこう終わってるみたいっスが。
「大場お姉さん、どうでしたか？」
「あ、柳くんも終わってたんっスね。角ちゃん勝ったっスよ」
「僕も勝ちましたッ！ 長門お姉さんも勝ちですッ！」
３−０っスか。幸先いいっスねぇ。
このまま優勝しちゃうっス。
場所：四越デパート将棋祭り 上級者の部 １回戦
先手：奥村 邦広
後手：大場 角代
戦型：三間飛車
▲７六歩 △３四歩 ▲２六歩 △４四歩 ▲４八銀 △３二飛
▲２五歩 △３三角 ▲６八玉 △６二玉 ▲７八玉 △４二銀
▲７七角 △５二金左 ▲８八玉 △７二銀 ▲９八香 △７一玉
▲９九玉 △６四歩 ▲８八銀 △７四歩 ▲５九金右 △５四歩
▲５六歩 △９四歩 ▲６八角 △９五歩 ▲３六歩 △５三銀
▲７八金 △７三桂 ▲６九金 △４五歩 ▲３七桂 △４二飛
▲２四歩 △同 歩 ▲３五歩 △同 歩 ▲同 角 △３四歩
▲２四角 △２二飛 ▲２五歩 △４四角 ▲４五桂 △６二銀
▲５七角 △４二飛 ▲４六歩 △９六歩 ▲同 歩 △９七歩
▲同 香 △８五桂 ▲２四歩 △９七桂成 ▲同 桂 △９二香打
▲９八玉 △８四歩 ▲８六桂 △８五歩 ▲同 桂 △４三飛
▲８九玉 △８三飛 ▲２三歩成 △８五飛 ▲３二と △９六香
▲９七歩 △同香成 ▲同 銀 △同香成 ▲９三角成 △８二銀
▲９四馬 △８六飛 ▲同 歩 △８七桂 ▲６六香 △９六桂
▲７九金引 △６六角 ▲７八玉 △４八角成 ▲同 飛 △５七銀
▲９三角 △４八銀不成▲６八玉 △７九桂成 ▲同 金 △９八飛
▲７八桂 △９一香 ▲９二歩 △同 香 ▲４八角成 △９四香
▲８九金 △４七歩 ▲同 馬 △８八桂成 ▲９八金 △同成香
▲６六桂 △７八成桂 ▲５九玉 △６九角 ▲同 馬 △同成桂
▲同 玉 △５七金
まで１１６手で後手の勝ち
