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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第26局 日日杯への道/中国勢編(後編)(2015年6月13日土曜)
268/682

256手目 わんことぬこ

 見知らぬ少年は、公園を出て、大通りを右に折れた。

 人混みをかきわけながら、俺はあわてて声をかけた。

「おいッ! 闇雲に捜しても見つからないだろッ!」

「まかせろ、匂いで分かる」

 なに言ってんだ。後続のつじーんも、

けんちゃんッ! ほんとに信用していいんですかッ!?」

 と大声でたずねた。

「あいつしか目撃者がいないんだッ! しょうがないだろッ!」

「H島でデタラメに捜しても、絶対に見つかりませんよッ!」

 そうなんだよな。俺は風を切りつつ、どうしたものかと考えた。

「おまえ、H島の地理は大丈夫なんだろうなッ!?」

「おまえじゃなくて、ナルと呼べ。ちゃんと名前がある」

 ナルって、裏見うらみの犬の名前じゃないか。からかわれてる気がしてきた。

 それに、こいつ、走るのが速すぎだ。だんだんと離されている。

「ナル! もうちょっとゆっくり走ってくれッ!」

「おまえたちは、ついてこなくてもいいんだぞ。俺ひとりで十分だ」

 そうはいかん。裏見の信用をなくしてたまるか――ん? 速度が落ちた?

 ナルは、いきなり止まって、あたりをきょろきょろし始めた。

 俺たちはようやく追いついて、立ち止まった理由をたずねた。

「どうした? もうへばったのか?」

「カレーの匂いがきつくて、これ以上追跡できない」

「はぁ?」

 たしかに、カレーチェーン店があった。換気扇からカレーの匂いがする。

 けど、それとこれとは全然関係ないだろ。

「おまえ、さっきからほんとに意味不明……」

「そうじゃろ、そうじゃろ、わしの言ったとおりじゃ」

 ん? 今の語尾――俺とつじーんは、声の出どころをさぐった。

「しかし、H島というのは、ひとが多いんじゃのぉ」

「100万都市ですからね」

 べつの女の声が聞こえた。どこかで耳にしたことがあるような。

「なんとッ!? 人間が100万もおるのかッ!?」

 今の大声で、はっきりとキャッチできたぞ。つじーんも、俺の肩をたたいた。

「剣ちゃん、あそこの路地みたいですよ」

 つじーんは、大通りを右折する道を指し示した。

 俺はそこに飛び込んだ。

出雲いずもッ! 裏見の犬をかえ……せ?」

 俺とつじーんの前に現れたのは、白装束を着た、髪の長い若い女だった。

 女はこちらの存在に気づいて、振り返った。

「なんじゃ、おぬしたち? わしになにか用か?」

「あ、すみません、人違いで……」

「はて、おぬしら、どこかで会った気がするのぉ」

 女は、くちびるに指を当て、首をひねった。

駒桜こまざくらの高校生ですよ」

 もうひとりの女が、そう口添えした。白装束の女も大概だが、こちらも白昼堂々メイド服を着ていた。変なのに声をかけちまった、と思いきや、そっちには見覚えがあった。

「あれ? 喫茶店の……」

「どうも、八一やいちの名物スタッフ、猫山ねこやまあいです」

 猫山さんは、長い犬歯をのぞかせて、ニャハハと笑った。

「なんじゃ、アイちゃん、知り合いか?」

「ええ、喫茶店で、たまにお会いします。裏見さんほどではありませんが」

「おお、ウラミちゃんなら知っとるぞ。将棋を指したことがあるわい」

 なんだ、こっちも裏見の知り合いか。俺は安心して、名前をたずねた。

「わしはタマじゃ」

「タマさん、ですか。それって下の名前ですよね?」

「タマはタマじゃぞ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 どうする、ツッコミを入れるのも危ない気がしてきたな。

 話の続きを迷っていると、タマさんは、くんくんと鼻を鳴らした。

「むぅ、くさいのぉ」

 マジか? 俺は自分の服を確認した。走って汗臭くなったかと思ったのだ。

「剣ちゃん、汗が臭くなるのは、だいたい1時間後くらいからですよ」

「つじーんは賢いな……っと、タマさん、俺たち、なにかニオイますか?」

「うむ、くっさいワンころのニオイがするぞ」

 犬? ああ、そういうことか。

「さっきまで、犬と遊んでましたからね。犬は嫌いですか?」

「大嫌いじゃ」

 そっか……ペットブームだけど、動物が嫌いなひとは一定数いるよな。

「アイちゃんも、犬嫌いじゃぞ」

「え? そうなんですか?」

「もちろんです。保健所に連れて行かないと」

 マジかよ。猫山さんって、意外と過激なんだな。

 俺がおどろいていると、うしろからナルの声が聞こえた。

「おい、そっちじゃないって言ってるだろ……ん?」

 ナルは、猫山さんたちをにらんだ。

「なんだ、牝猫めすねこが2匹もいるのか」

「おいッ! 失礼だろッ!」

 俺は、猫山さんたちに謝ろうとした。

 ところが、猫山さんたちはニヤニヤして、ひそひそ話を始めた。

「おお、アイちゃん、ワンころがなんかいうておるわい」

「えぇ、しかもこのニオイ、嗅ぎ覚えがあります」

「ほほぉ、どこのワンころじゃ?」

「裏見さんのところですよ。裏見さんの体から、たまにこのニオイがします」

 マジかよ! 俺は悶絶した。

「剣ちゃん、道に寝そべっちゃダメですよ」

「つじーん、俺はもう限界だ……ここで死ぬ……」

「そんな親不孝な……って、ナルさんッ! ちょっとッ!」

 俺が起き上がると、ナルは猫山さんたちに歩み寄っていた。

 一触即発――かと思いきや、ナルは意外な質問を放った。

「おまえたち、着物姿の3人組と出会わなかったか?」

「知らんのぉ」

「着物姿の3人組……ニャルほど、あのひとたちのことですか」

「アイちゃん、知っとるのか?」

「ええ、ホテルの会場にいました。タマさんと合流する前のことです」

「そいつらがどこへ行ったか、覚えはないか?」

 猫山さんは、なにかを思い出すように上目遣いで、

「そうですねぇ……ある場所へ行く、みたいなことは言ってました」

 と答えた。ナルは、その【ある場所】を尋ねた。

「ニャッハッハ、なんでワンころに教えないといけないんですか」

「このままだと、俺が困る。家に入れてもらえない」

「それはあなたの都合だから知りませんよ」

 俺は、猫山さんたちの会話に割り込んだ。

「待ってください。じつは、俺たちも困ってるんです」

 俺は、これまでの事情を説明した。最初はマジメに聞いてくれていたが、終わりのほうになると、猫山さんは困惑したような表情を浮かべていた。

「裏見さんのところの犬が行方不明……と」

少名すくなってやつが、イタズラで連れ去ったんだと思います」

「いえ、それは違うと思いますよ」

 猫山さんは、あっさりと俺の仮説を否定した。その場にいなかったのに。

「どうしてです? なにかご存知なんですか?」

 猫山さんは、理由を教えてくれなかった。代わりに、

松平まつだいらさんたちが困ってるなら、手伝ってさしあげないこともないですが……」

 と答えた。俺は、ぜひお願いします、と頼んだ。

「そうじゃ、アイちゃん、こういうときは公正無私に決めるのがよいぞ」

「公正無私とは?」

「もちろん、将棋じゃッ!」

 あのなぁ……俺が文句をつけるよりも早く、タマさんはナルに絡んだ。

「おぬし、将棋は指せるんじゃろ?」

「当たり前だ。ご主人さまが指す以上は、俺も指す」

「裏見のことをご主人さまって呼ぶなッ!」

「まあまあ、松平さん、落ち着いて」

 俺は猫山さんにやり込められて、道のすみっこに移動させられた。

 このひと、めちゃくちゃ馬鹿力だ。アルバイトパワーか。

「さぁて、わしとワンころで勝負して、勝ったら教えてやるのじゃ」

「望むところだ。将棋盤はあるのか?」

「ちゃーんと持参してあるわい。そこのベンチで指すぞい」

 ナルとタマさんは、デパートまえの休憩スペースに腰をおろした。

「では、先後を決めるぞい。猫缶♪ 猫缶♪ じゃんけん、ぽん♪」

 ふたりはじゃんけんして、タマさんが先手を引いた。

「剣ちゃん、よく分からない展開になってきてるんですが……」

 えーい、俺はもう知らん。それに、教えてもらえるなら、将棋でもなんでもいい。

 問題は、ナルとタマさんの棋力だ。

「いざ、勝負ッ! 7六歩じゃッ!」

「8四歩」

 6八銀、3四歩、6六歩、5二金右、5六歩、5四歩、4八銀。

「8五歩」

「7七銀じゃ」


挿絵(By みてみん)


 ……どうなんだ、これ。

「矢倉の出だしから、ずいぶんと変わったかたちになりましたね」

 つじーんも、ふたりの棋力を測りかねているらしい。

 とりあえず、様子をみることにした。

 3二金、5八金右、7二銀、7八金、8三銀。

 うお、棒銀くさいぞ。

「ふぅむ、猫まっしぐらならぬ、ワンころまっしぐらじゃな」

「おい、考えすぎだ。一手30秒以内に指せ」

「せっかちじゃのぉ。7九角」

 8四銀、6八角、6四歩、6七金右。

「6五歩」


挿絵(By みてみん)


 速攻――ひとまず、級位者同士ではなさそうだ。

「これは取らずに銀を上がりますね」

 つじーんは、対局者に聞こえないように、小声でささやいた。

「5七銀じゃッ!」

 タマさんも冷静だ。つじーんの指摘した手を指した。

「9五銀」

 9六歩、8六歩、同歩、6六歩、同銀右。

「これでなんとかなるだろ。8八歩」


挿絵(By みてみん)


 なんとかなってるのか? 俺は続きを考えた。

「かなり際どいですね。同金、8六銀、同銀、6六角と切って、同金、6五歩。これを同金なら6七銀、7七角、7六銀成、1一角成、8六成銀、あるいは、7六銀成のところを不成、1一角成、6五銀成みたいな展開ですか」

「8八歩に同銀は、8六銀、8七歩、6六角、同金、6五歩で、同金、8七銀成、同銀、6七歩のがむしゃらな攻めがある」


【変化図】

挿絵(By みてみん)


 先手は3歩手に入れて、8三歩から叩くことができる。

 正確に指せば後手が切れそうだが、30秒将棋だとむずかしいな。

「ふぅむ、こうするぞい」


 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 うお、と金を作らせるのか。

「アリっちゃアリだが……後手の即切れはなくなった」

「ですね。最低でも銀香交換です」

 さっきの順はナルの完敗がありえたから、俺はひとまず胸をなでおろした。

 8九歩成、9五歩、9九と。

「7五歩じゃぞ」

「6筋、7筋から無理やり来そうだな」

 ナルはそう言って、すこしばかり考え込んだ。

 俺なら4二銀と上がるな。壁銀を解消しつつ、5三銀から6筋を厚くできる。

「4二銀」

 よしよしよし。

「6四歩」

「5三銀」

「位は守ってこそ、じゃ。6五銀」


挿絵(By みてみん)


 位を確保したタマさんは、ニャハハと笑った。

「どうじゃ? 猫のしっぽのようにピンとしておる。だらしない犬とは違うのじゃ」

 よく分からない喩えだ。よほどの猫好き、犬嫌いなんだな。

「犬は自分のよろこびをご主人さまに伝えているんだ」

「人間に媚びを売っとるだけじゃろうが。この裏切り者め」

 おいおい、犬派・猫派でケンカするのはいいけど、早く決着をつけてくれ。

 このままじゃ日が暮れちまうぞ。

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