255手目 衝撃! 裏見香子は女王様!?
※ここからは、松平くん視点です。
ここはH島の公園。芝生が広がっていて、遠くには子供用の遊具もあった。日曜だから、ひとが多い。老若男女、全部いる。
そして、私服の高校生が6人。裏見、俺、つじーん、くららん、サーヤ、ヨッシーだ。俺たちは、午前中に市内の予備校で模試を受けたあと、この公園に遊びに来ていた。模試でへたばった俺をよそに、裏見は飼い犬のナルと遊んでいた。
「いくわよ、それッ!」
裏見が投げたフリスビーは、青空の下を水平に飛行した。
「ワンワン!」
ちょっと色のくすんだ柴犬が、そのあとを追いかける。
パクリとくわえて、裏見のほうへ嬉しそうにもどってきた。
「よしよしよし」
背中を撫でられた犬は、激しく尻尾を振った。
「じゃ、もう一回」
「おーい、裏見」
俺は裏見をよびとめた。裏見はこちらを向いて、「なに?」とたずねた。
俺は芝生のうえに寝っ転がり、犬の《降参》の真似をする。
「くぅん、俺もかわいがって……いってぇ!?」
フリスビーがおでこに命中して、俺はもだえた。直撃したぞ、これ。
「なにバカなことしてんの/////高校生でしょ/////」
真っ赤になった裏見も、かわいいな……なんて思っていると、犬が襲いかかってきた。
上半身に飛び乗って、顔を舐めまわしてくる。
「こらッ! 俺はフリスビーじゃないぞッ!」
「ナル、こっちへ来なさい」
裏見のひとことで、犬は俺からはなれた。
「いてて……凶暴な犬だな」
「松平が変なことするから、ナルが怒ったのよ」
「そんなの犬には分からないだろ」
と俺は反論した。すると、となりで体育座りをしていたつじーんが、
「犬は、主人と敵対している人物を、自分の敵と認識するらしいですよ」
とコメントした。
「俺は裏見と敵対してないぞ。むしろ親密な関係を、いってぇ!」
フリスビーは飛び道具じゃないだろ。俺は犬が襲ってくるまえに、その場から逃げた。
「まったく、ひとが飼い犬と遊んでるときに、茶々入れないでよね」
「模試のついでだし、ほんとうは6人で遊ぶ予定だったろ?」
俺はそう言うと、犬がまた吠えた。ちゃんとしつけてくれぇ。
「しょうがないでしょ。ナルの調子が悪かったんだから」
「で、病気だったのか? それなら公園で遊んでるとマズいと思うんだが?」
俺のツッコミに、裏見はちょっと間をあけて、
「食べ過ぎ……だって言われた」
と答えた。俺は芝生に寝っ転がる。
「食い意地の張った犬だなぁ……って、コラ! 俺にまとわりつくなッ!」
顔面に乗っかかられた俺は、なんとかして犬を引き剥がそうとした。
が、しぶというえに意外と筋力があって、俺は顔中ヨダレまみれになった。
「裏見さん、助けてッ!」
「ナル、こっちへ来なさい」
裏見が呼ぶと、犬はするするともどって行った。俺はあぐらに切り替える。
「くそぉ、俺になにか恨みでもあるのか」
俺が愚痴ると、くららんは笑いながら、
「好かれてるんじゃないの?」
と言った。サーヤも相槌を打つ。
「そうそう、剣ちゃんって、なんだか犬っぽいところがあるわよね」
「俺が? くららんのほうがあるだろ?」
「え? 僕? ……涼子ちゃん、僕って犬っぽいかな?」
サーヤは両頬に手をあてた。
「冬馬は、シベリアンハスキーって感じかしら。かっこいいイメージ」
「いや、危ない女主人に目をつけられたポメラニアンだな」
「香子ちゃん、そこの竹刀の袋、取ってくれる?」
「はい」
「冗談ですッ! 冗談ですッ!」
俺は、つじーんのうしろに隠れた。
「剣ちゃん、あちこちにケンカ売り過ぎですよ」
ケンカを売ってるつもりは、ないんだがなぁ。だいたい、H島で模試があるから、ついでにみんなで遊ぼうと言い出したのはサーヤとくららんだ。ところが、裏見の犬の調子が悪いというので、ついでに連れてくることになった。犬に罪はないとはいえ、体調の悪くなった原因が食べ過ぎというのは、どうなんだ、と。しかも、やたら俺に吠える。
俺がそんなことを思っていると、不審な集団が目にとまった。
「ん? なんだ、あいつら?」
「どうかしましたか?」
俺はつじーんに、公園の入り口をみるように指示した。
「巫女さん、ですかね。仮装行列……いえ、あの顔は見覚えがありますよ」
「つじーん、変わった連中と友達なんだな」
「ちがいますよ。あの先頭を歩いてるのは、S根の出雲さんです」
俺は目を凝らした……ん、ほんとうだ。あれはS根代表の出雲だ。
すると、取り巻きみたいな男子ふたりは、S根の男子代表だな。
「松平、どうしたの?」
裏見が話しかけてきた。俺は、公園の入り口を指し示した。
「あそこに出雲がいるぞ」
「え? どこ? ……あ、ほんとだ」
じろじろ見ていたせいか、出雲たちもこちらに気づいた。近寄ってくる。
「おお、これはこれは裏見氏、おひさしぶりじゃ」
「こんにちは……うしろのひとたちは?」
「紹介しよう。こちらの男前は、葦原貴。学年は、わらわのひとつ上じゃ」
いかにも高貴そうなオーラを出した長身男は、俺たちに一礼した。
「はじめまして、葦原貴と申します。御霊高校の3年生です」
「で、こちらのちっこいのが……」
「ちっこいって言うなッ!」
「ホッホッホ、そう怒るでない。こちらは、少名光彦。わらわの後輩にあたる」
「ふん、おまえたちは何者だ?」
何者だ、じゃないだろ。出雲が2年だからこいつは1年だぞ。高校生なら、な。
俺たちは3年生だ。最上級学年。
裏見は代表して、
「私たちは、駒桜市の将棋部のメンバーです」
と答えた。
少名というガキは、俺たちの顔をじろじろと見比べた。
「見かけないやつらだな……ん? うわぁ!」
裏見の犬が、少名に飛びついた。小柄だから、あっというまに押し倒された。
「こらッ! はなせッ! 顔を舐めるなッ!」
「ナル! やめなさいッ!」
裏見が注意して、ようやくナルははなれた。
少名は着物のそでで顔を拭きながら、悪態をついた。
「俺はおまえの主人になにもしてないだろッ!」
「ワンワンワン」
「はあ? いかにもスケベそうな顔をしてるだと……無礼にもほどがあるぞッ!」
おいおい、だいじょうぶか。俺はつじーんに耳打ちした。
「なんだか危ないやつだな。犬と会話してるぞ」
「S根は神々の集う場所で、10月を神在月と呼ぶくらいですが……」
「こら、そこのふたり」
少名は、扇子で俺たちを指し示した。
「全部聞こえてるぞ」
地獄耳かよ。とはいえ、べつに恐れる必要もないんだよな。俺は強気に出た。
「あのな、俺たちは受験生で忙しいんだ」
「受験生ならなんでも免責されると思っているのか?」
「せめて『ですます』で話せ」
俺は少名のひたいを小突いた。
「身長差を利用した攻撃をするなッ!」
「攻撃したつもりはないんだが……」
「こうなったら、おまえに呪いをかけてやろう。志望校に落ちる呪いだ」
あのな……俺は呆れてものが言えなかった。
「こりゃこりゃ、光彦、受験生にぶっそうな呪いをかけてはいかんぞ」
「でもこいつら……うわッ!」
少名は、ふたたびナルに襲われた。
ばたばたと暴れたが、犬のマウンティングを解除することはできなかった。
しびれを切らしたように、少名は大声をあげた。
「えーいッ! これでも喰らえッ!」
ぱしりと、少名はナルの眉間を扇子で軽く打った。
「キャン!」
ナルは悲鳴をあげて、少名から飛び退いた。みんな、バラバラの反応を示す。裏見はナルを心配して駆け寄り、出雲と葦原は少名が立ち上がるのを手伝った。
「大丈夫?」
「くぅん」
「ケガは……ないみたいね」
裏見は念入りに犬の顔を調べた。俺からみても、ケガらしきものは見当たらない。
タッチしただけにみえたし、犬のリアクションが大げさなだけじゃなかろうか。
サーヤは、
「サメも眉間が急所みたいだから、さわられてびっくりしたんでしょうね」
と言った。俺もその推理に納得した。
「よしよし、怖くないからね……出雲さん、うちのナルが悪さをしてごめん……あれ?」
ふりかえると出雲たちの姿はなかった。忽然と消えてしまった。
これにはサーヤも怒って、
「まぁったく、なにしに来たんだか」
と言ったあと、パンと手を合わせて、
「そうだッ! ゲシュマックのスイーツ買いに行かなきゃッ!」
と叫んだ。俺は、なんのことかとサーヤにたずねた。
「この近くに、おいしいスイーツ屋さんがあるのよ。ね、ヨッシー?」
「うん……部長の金子さんに教えてもらった……」
女子会みたいになってきたな。とはいえ、俺も甘いものは嫌いじゃない。
「じゃあ、今からみんなで行こうぜ」
俺がそう言った途端、サーヤは「男子は留守番」と言い出した。
「並んでると思うし、食べ物の店だから犬は連れていかないほうがいいと思うのよね」
「ま、それもそうか……じゃあ、俺とつじーんとくららんで……」
「冬馬には荷物を持ってもらうから、一緒に来てちょうだい」
おーい、公私混同だろ。デートしたいだけじゃないか。
「剣ちゃんと僕でお留守番ですね」
「つじーん、それでいいのか……?」
「え、なにか問題でも?」
どうもつじーんのほんわか男子ペースにやられるな。
俺は髪の毛をかきあげて、留守番を了承した。
「ナルは逃げたりしないから、そのへんで適当に遊んであげてちょうだい」
「了解」
俺は裏見たちの背中を見送って、そのまま芝生のうえに寝っ転がった。
雲が綺麗だ。
「つじーん、志望校は受かりそうか?」
「今のところA判定ですね。剣ちゃんは?」
「俺もAだ……し、裏見もAだ」
「ほんとに東京の大学にするんですか? 関西へ行くひとのほうが多いですよ?」
「裏見が東京の都ノに行きたいっていうんだから、俺もついて行くしかないだろ」
「えぇ……主体性のない」
「いやいや、俺は恋愛という主体性のかたまりだぞ」
「おい」
いきなり声をかけられて、俺は顔をあげた。
すると、色黒な茶髪の少年が、こっちをみていた。まずいな、不良か?
「香子はどこに行った?」
俺とつじーんは、顔を見合わせた。
「キョウコって?」
「裏見香子だ。さっきまでここにいただろう」
なんだ、ナンパか? ナンパなら俺が許さんぞ。
俺は芝生から起き上がって、色黒の少年と対峙した。
「裏見香子に、なんの用だ? そもそも、おまえはだれだ?」
「俺か? 俺は香子の幼なじみだ」
「幼なじみぃ? ウソをつくな。おまえなんか一回も見たことないぞ」
「なんで裏見さんの交友関係を、剣ちゃんが全部把握してる前提なんですかね……?」
つじーんは黙ってろ。
「ウソじゃあない。俺は香子と毎日顔を合わせている。風呂にも一緒に入ってるしな」
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……………………
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………………
「あ、心臓が止まってます。救急車! 救急車!」
「うおぉおおおお! 俺はまだ生きてるぞ!」
覚醒した俺は、色黒の少年を指差した。
「でたらめばっかり言ってんじゃないぞッ!」
「でたらめじゃないさ」
「どうせ幼稚園のときとかだろッ!」
「ん? 先週も一緒に入ったぞ?」
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………………
「あ、もしもし、県立総合病院ですか? 今、高校生がひとり倒れて……」
「うおぉおおおお!」
「剣ちゃん、倒れるのか倒れないのか、はっきりしてください」
「そんなウソは信じないぞッ!」
「ウソじゃない」
「裏見が男と風呂に入るわけがないだろッ!」
少年は、なんだそんなことか、と肩をすくめた。
「香子は俺のご主人さまだからな」
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………………
「剣ちゃん、すごいですよ。裏見さんの秘められた性癖が、今ここに……」
「つじーん、こんなやつの言うことは信じるなッ!」
俺は芝生のうえを転がって悶えた。
「裏見が女王様プレイなんかしてるわけないだろッ! してないしてないしてないッ!」
「いや、女王様じゃなくてご主人様だ。人間なのに日本語があやしいんだな」
「け、剣ちゃん、大変ですッ!」
「さっきから大変だろッ!」
「裏見さんの犬が見当たりませんッ!」
俺は、芝生から起き上がった。前後左右を確認する。
「い、いない……ッ!」
「マズいですよ。変な会話をしてるあいだに逃げられました」
「う、裏見は『逃げない』って言ってたぞ」
「でも現にいませんよ?」
俺は、念入りに記憶を掘り返した。
「……待てよ、裏見たちが立ち去った時点で、いなくなってなかったか?」
「あれ、そう言えば……」
裏見の背中がみえているあいだは、裏見を追いかけるだろう。
あれだけ人懐っこい犬だし……あ、まさかッ!
「あのガキだッ!」
「ガキとは?」
「ナルを小突いたやつだよッ!」
「S根の少名くんですか? しかし、連れ去った形跡は……」
「松平の言うとおりだ。あいつらの仕業だ」
俺とつじーんは、少年のほうへ顔をむけた。
「目撃してたのに、なんで言わないんだよッ!」
「いや、教えようとしたら絡まれたんだが……とにかく、追うぞ」
くそぉ、こいつに命令されるのは腹が立つ。
「分かった。一時休戦だ。犬をとりもどすぞ」
俺たちは、公園をダッシュであとにした。




