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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第26局 日日杯への道/中国勢編(後編)(2015年6月13日土曜)
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255手目 衝撃! 裏見香子は女王様!?

※ここからは、松平まつだいらくん視点です。

 ここはH島の公園。芝生が広がっていて、遠くには子供用の遊具もあった。日曜だから、ひとが多い。老若男女、全部いる。

 そして、私服の高校生が6人。裏見うらみ、俺、つじーん、くららん、サーヤ、ヨッシーだ。俺たちは、午前中に市内の予備校で模試を受けたあと、この公園に遊びに来ていた。模試でへたばった俺をよそに、裏見は飼い犬のナルと遊んでいた。

「いくわよ、それッ!」

 裏見が投げたフリスビーは、青空の下を水平に飛行した。

「ワンワン!」

 ちょっと色のくすんだ柴犬が、そのあとを追いかける。

 パクリとくわえて、裏見のほうへ嬉しそうにもどってきた。

「よしよしよし」

 背中を撫でられた犬は、激しく尻尾を振った。

「じゃ、もう一回」

「おーい、裏見」

 俺は裏見をよびとめた。裏見はこちらを向いて、「なに?」とたずねた。

 俺は芝生のうえに寝っ転がり、犬の《降参》の真似をする。

「くぅん、俺もかわいがって……いってぇ!?」

 フリスビーがおでこに命中して、俺はもだえた。直撃したぞ、これ。

「なにバカなことしてんの/////高校生でしょ/////」

 真っ赤になった裏見も、かわいいな……なんて思っていると、犬が襲いかかってきた。

 上半身に飛び乗って、顔を舐めまわしてくる。

「こらッ! 俺はフリスビーじゃないぞッ!」

「ナル、こっちへ来なさい」

 裏見のひとことで、犬は俺からはなれた。

「いてて……凶暴な犬だな」

松平まつだいらが変なことするから、ナルが怒ったのよ」

「そんなの犬には分からないだろ」

 と俺は反論した。すると、となりで体育座りをしていたつじーんが、

「犬は、主人と敵対している人物を、自分の敵と認識するらしいですよ」

 とコメントした。

「俺は裏見と敵対してないぞ。むしろ親密な関係を、いってぇ!」

 フリスビーは飛び道具じゃないだろ。俺は犬が襲ってくるまえに、その場から逃げた。

「まったく、ひとが飼い犬と遊んでるときに、茶々入れないでよね」

「模試のついでだし、ほんとうは6人で遊ぶ予定だったろ?」

 俺はそう言うと、犬がまた吠えた。ちゃんとしつけてくれぇ。

「しょうがないでしょ。ナルの調子が悪かったんだから」

「で、病気だったのか? それなら公園で遊んでるとマズいと思うんだが?」

 俺のツッコミに、裏見はちょっと間をあけて、

「食べ過ぎ……だって言われた」

 と答えた。俺は芝生に寝っ転がる。

「食い意地の張った犬だなぁ……って、コラ! 俺にまとわりつくなッ!」

 顔面に乗っかかられた俺は、なんとかして犬を引き剥がそうとした。

 が、しぶというえに意外と筋力があって、俺は顔中ヨダレまみれになった。

「裏見さん、助けてッ!」

「ナル、こっちへ来なさい」

 裏見が呼ぶと、犬はするするともどって行った。俺はあぐらに切り替える。

「くそぉ、俺になにか恨みでもあるのか」

 俺が愚痴ると、くららんは笑いながら、

「好かれてるんじゃないの?」

 と言った。サーヤも相槌を打つ。

「そうそう、けんちゃんって、なんだか犬っぽいところがあるわよね」

「俺が? くららんのほうがあるだろ?」

「え? 僕? ……涼子りょうこちゃん、僕って犬っぽいかな?」

 サーヤは両頬に手をあてた。

冬馬とうまは、シベリアンハスキーって感じかしら。かっこいいイメージ」

「いや、危ない女主人に目をつけられたポメラニアンだな」

香子きょうこちゃん、そこの竹刀の袋、取ってくれる?」

「はい」

「冗談ですッ! 冗談ですッ!」

 俺は、つじーんのうしろに隠れた。

「剣ちゃん、あちこちにケンカ売り過ぎですよ」

 ケンカを売ってるつもりは、ないんだがなぁ。だいたい、H島で模試があるから、ついでにみんなで遊ぼうと言い出したのはサーヤとくららんだ。ところが、裏見の犬の調子が悪いというので、ついでに連れてくることになった。犬に罪はないとはいえ、体調の悪くなった原因が食べ過ぎというのは、どうなんだ、と。しかも、やたら俺に吠える。

 俺がそんなことを思っていると、不審な集団が目にとまった。

「ん? なんだ、あいつら?」

「どうかしましたか?」

 俺はつじーんに、公園の入り口をみるように指示した。

「巫女さん、ですかね。仮装行列……いえ、あの顔は見覚えがありますよ」

「つじーん、変わった連中と友達なんだな」

「ちがいますよ。あの先頭を歩いてるのは、S根の出雲いずもさんです」

 俺は目を凝らした……ん、ほんとうだ。あれはS根代表の出雲だ。

 すると、取り巻きみたいな男子ふたりは、S根の男子代表だな。

「松平、どうしたの?」

 裏見が話しかけてきた。俺は、公園の入り口を指し示した。

「あそこに出雲がいるぞ」

「え? どこ? ……あ、ほんとだ」

 じろじろ見ていたせいか、出雲たちもこちらに気づいた。近寄ってくる。

「おお、これはこれは裏見うらみうじ、おひさしぶりじゃ」

「こんにちは……うしろのひとたちは?」

「紹介しよう。こちらの男前は、葦原あしはらたつる。学年は、わらわのひとつ上じゃ」

 いかにも高貴そうなオーラを出した長身男は、俺たちに一礼した。

「はじめまして、葦原貴と申します。御霊みたま高校の3年生です」

「で、こちらのちっこいのが……」

「ちっこいって言うなッ!」

「ホッホッホ、そう怒るでない。こちらは、少名すくな光彦みつひこ。わらわの後輩にあたる」

「ふん、おまえたちは何者だ?」

 何者だ、じゃないだろ。出雲が2年だからこいつは1年だぞ。高校生なら、な。

 俺たちは3年生だ。最上級学年。

 裏見は代表して、

「私たちは、駒桜こまざくら市の将棋部のメンバーです」

 と答えた。

 少名というガキは、俺たちの顔をじろじろと見比べた。

「見かけないやつらだな……ん? うわぁ!」

 裏見の犬が、少名に飛びついた。小柄だから、あっというまに押し倒された。

「こらッ! はなせッ! 顔を舐めるなッ!」

「ナル! やめなさいッ!」

 裏見が注意して、ようやくナルははなれた。

 少名は着物のそでで顔を拭きながら、悪態をついた。

「俺はおまえの主人になにもしてないだろッ!」

「ワンワンワン」

「はあ? いかにもスケベそうな顔をしてるだと……無礼にもほどがあるぞッ!」

 おいおい、だいじょうぶか。俺はつじーんに耳打ちした。

「なんだか危ないやつだな。犬と会話してるぞ」

「S根は神々の集う場所で、10月を神在月かみありづきと呼ぶくらいですが……」

「こら、そこのふたり」

 少名は、扇子で俺たちを指し示した。

「全部聞こえてるぞ」

 地獄耳かよ。とはいえ、べつに恐れる必要もないんだよな。俺は強気に出た。

「あのな、俺たちは受験生で忙しいんだ」

「受験生ならなんでも免責されると思っているのか?」

「せめて『ですます』で話せ」

 俺は少名のひたいを小突いた。

「身長差を利用した攻撃をするなッ!」

「攻撃したつもりはないんだが……」

「こうなったら、おまえに呪いをかけてやろう。志望校に落ちる呪いだ」

 あのな……俺は呆れてものが言えなかった。

「こりゃこりゃ、光彦、受験生にぶっそうな呪いをかけてはいかんぞ」

「でもこいつら……うわッ!」

 少名は、ふたたびナルに襲われた。

 ばたばたと暴れたが、犬のマウンティングを解除することはできなかった。

 しびれを切らしたように、少名は大声をあげた。

「えーいッ! これでも喰らえッ!」

 ぱしりと、少名はナルの眉間を扇子で軽く打った。

「キャン!」

 ナルは悲鳴をあげて、少名から飛び退いた。みんな、バラバラの反応を示す。裏見はナルを心配して駆け寄り、出雲と葦原は少名が立ち上がるのを手伝った。

「大丈夫?」

「くぅん」

「ケガは……ないみたいね」

 裏見は念入りに犬の顔を調べた。俺からみても、ケガらしきものは見当たらない。

 タッチしただけにみえたし、犬のリアクションが大げさなだけじゃなかろうか。

 サーヤは、

「サメも眉間が急所みたいだから、さわられてびっくりしたんでしょうね」

 と言った。俺もその推理に納得した。

「よしよし、怖くないからね……出雲さん、うちのナルが悪さをしてごめん……あれ?」

 ふりかえると出雲たちの姿はなかった。忽然と消えてしまった。

 これにはサーヤも怒って、

「まぁったく、なにしに来たんだか」

 と言ったあと、パンと手を合わせて、

「そうだッ! ゲシュマックのスイーツ買いに行かなきゃッ!」

 と叫んだ。俺は、なんのことかとサーヤにたずねた。

「この近くに、おいしいスイーツ屋さんがあるのよ。ね、ヨッシー?」

「うん……部長の金子かねこさんに教えてもらった……」

 女子会みたいになってきたな。とはいえ、俺も甘いものは嫌いじゃない。

「じゃあ、今からみんなで行こうぜ」

 俺がそう言った途端、サーヤは「男子は留守番」と言い出した。

「並んでると思うし、食べ物の店だから犬は連れていかないほうがいいと思うのよね」

「ま、それもそうか……じゃあ、俺とつじーんとくららんで……」

「冬馬には荷物を持ってもらうから、一緒に来てちょうだい」

 おーい、公私混同だろ。デートしたいだけじゃないか。

「剣ちゃんと僕でお留守番ですね」

「つじーん、それでいいのか……?」

「え、なにか問題でも?」

 どうもつじーんのほんわか男子ペースにやられるな。

 俺は髪の毛をかきあげて、留守番を了承した。

「ナルは逃げたりしないから、そのへんで適当に遊んであげてちょうだい」

「了解」

 俺は裏見たちの背中を見送って、そのまま芝生のうえに寝っ転がった。

 雲が綺麗だ。

「つじーん、志望校は受かりそうか?」

「今のところA判定ですね。剣ちゃんは?」

「俺もAだ……し、裏見もAだ」

「ほんとに東京の大学にするんですか? 関西へ行くひとのほうが多いですよ?」

「裏見が東京の都ノみやこのに行きたいっていうんだから、俺もついて行くしかないだろ」

「えぇ……主体性のない」

「いやいや、俺は恋愛という主体性のかたまりだぞ」

「おい」

 いきなり声をかけられて、俺は顔をあげた。

 すると、色黒な茶髪の少年が、こっちをみていた。まずいな、不良か?

「香子はどこに行った?」

 俺とつじーんは、顔を見合わせた。

「キョウコって?」

「裏見香子だ。さっきまでここにいただろう」

 なんだ、ナンパか? ナンパなら俺が許さんぞ。

 俺は芝生から起き上がって、色黒の少年と対峙した。

「裏見香子に、なんの用だ? そもそも、おまえはだれだ?」

「俺か? 俺は香子の幼なじみだ」

「幼なじみぃ? ウソをつくな。おまえなんか一回も見たことないぞ」

「なんで裏見さんの交友関係を、剣ちゃんが全部把握してる前提なんですかね……?」

 つじーんは黙ってろ。

「ウソじゃあない。俺は香子と毎日顔を合わせている。風呂にも一緒に入ってるしな」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「あ、心臓が止まってます。救急車! 救急車!」

「うおぉおおおお! 俺はまだ生きてるぞ!」

 覚醒した俺は、色黒の少年を指差した。

「でたらめばっかり言ってんじゃないぞッ!」

「でたらめじゃないさ」

「どうせ幼稚園のときとかだろッ!」

「ん? 先週も一緒に入ったぞ?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「あ、もしもし、県立総合病院ですか? 今、高校生がひとり倒れて……」

「うおぉおおおお!」

「剣ちゃん、倒れるのか倒れないのか、はっきりしてください」

「そんなウソは信じないぞッ!」

「ウソじゃない」

「裏見が男と風呂に入るわけがないだろッ!」

 少年は、なんだそんなことか、と肩をすくめた。

「香子は俺のご主人さまだからな」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「剣ちゃん、すごいですよ。裏見さんの秘められた性癖が、今ここに……」

「つじーん、こんなやつの言うことは信じるなッ!」

 俺は芝生のうえを転がって悶えた。

「裏見が女王様プレイなんかしてるわけないだろッ! してないしてないしてないッ!」

「いや、女王様じゃなくてご主人様だ。人間なのに日本語があやしいんだな」

「け、剣ちゃん、大変ですッ!」

「さっきから大変だろッ!」

「裏見さんの犬が見当たりませんッ!」

 俺は、芝生から起き上がった。前後左右を確認する。

「い、いない……ッ!」

「マズいですよ。変な会話をしてるあいだに逃げられました」

「う、裏見は『逃げない』って言ってたぞ」

「でも現にいませんよ?」

 俺は、念入りに記憶を掘り返した。

「……待てよ、裏見たちが立ち去った時点で、いなくなってなかったか?」

「あれ、そう言えば……」

 裏見の背中がみえているあいだは、裏見を追いかけるだろう。

 あれだけ人懐っこい犬だし……あ、まさかッ!

「あのガキだッ!」

「ガキとは?」

「ナルを小突いたやつだよッ!」

「S根の少名くんですか? しかし、連れ去った形跡は……」

「松平の言うとおりだ。あいつらの仕業だ」

 俺とつじーんは、少年のほうへ顔をむけた。

「目撃してたのに、なんで言わないんだよッ!」

「いや、教えようとしたら絡まれたんだが……とにかく、追うぞ」

 くそぉ、こいつに命令されるのは腹が立つ。

「分かった。一時休戦だ。犬をとりもどすぞ」

 俺たちは、公園をダッシュであとにした。

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