251手目 リリーのヒミツ
「ふえ? 告白ですかぁ?」
「んなわけないだろッ!」
「僕が不破さんに告白する理由がない」
それはそれでムカつく言い方だな、こいつ。
あたしは両腕を組んで、椅子に深く座りなおした。
「GM、こいつは強制イベントか?」
「いえ、キャラクターからのお誘いなので、断っても問題ありません」
「じゃあ、ことわ……」
「ほんとうに大事なことなんだよ」
あたしは顔をあげて、六連の目をみた。
真剣なまなざしだった。
ゲームに本気になれる、って感じの目だった。
「……分かった。けど、周りに人がいるから、ひそひそ話はムリだぞ」
「そこは大丈夫です。メモ帳で筆談してください」
丸亀がメモ帳を差し出した瞬間、六連はそれを押し返した。
「メモ帳もやめて欲しい。ほかのメンバーは全員、別室へ移動させてくれないかな?」
六連の提案に、あたしたちは困惑した。
師匠は怪訝そうに、
「いいけど、それってルール違反じゃないの?」
と確認した。これに対して、丸亀は、
「TRPGで内緒話の別室行きは、よくあることです」
と答えた。
「そっか……じゃあ、六連くんの話って、そうとう危ない話なんだね」
「捨神先輩、そういうカマかけはダメですよ……じゃ、移動してください」
六連とあたし以外は、席を立ちかけた。
すると、飛瀬が思い出したような顔で、
「移動しなくても、目隠しと耳栓ならあるよ……」
と言い、ポケットから真っ黒なアイマスクをとりだした。耳バンド付きだった。
「こんなぺらっぺらなアイマスクで、大丈夫か?」
あたしは一枚つまみあげて、ひらひらと揺すってみた。
透けてはいないな。ずいぶんと軽い。
「格安宇宙旅行でも快眠できる、定番の商品です……」
あのなぁ……とはいえ、こいつが出す道具は、役に立つことが多い。
あたしたちは、ひとまず装着してみた。
「ん……ほんとに見えないな」
耳バンドもつけてみる。全然音が聞こえない。外す。
「便利だな」
「でしょ……」
というわけで、あたしと六連以外、アイマスクと耳バンドを装着した。
なんか危ない団体になってきた。カードゲームの連中が、じろじろ見てるぞ。
「さっさと済ませるぜ。用件を言え」
「順を追って説明するよ。まず、リリーさんの略歴から」
「!」
「花屋のリリー、16歳。森で失踪した両親のあとを継ぎ、花屋を営む健気な少女……というのが表の設定だけど、じつは違うね?」
あたしは鷹揚にかまえた。
後頭部に両手をあてて、そのまま椅子をうしろに倒す。
「それでおどしたつもりか? あたしたちのキャラは、表設定と裏設定がある。ゲームの冒頭でGMが説明したことの繰り返しじゃねぇか」
「そう、表設定と裏設定がある。そしてそれを暴くのが……」
六連は手持ちのカードを、裏向きのまま扇形にならべた。
「このイベントカードだ」
「ルール整理のために、あたしを呼んだのか?」
六連は、イベントカードの一枚を表にして、テーブルのうえにおいた。
【Lー1ー2】
リリーの日記には、抜けている日付があった。その翌日、薬局へ出掛けたようだ。
……………………
……………………
…………………
………………
マジかよ。2番目のカードから掘り当てたのか。速度計算ミスだ。
あたしは気取られないように、
「で?」
とだけ返した。
「というわけで、僕は薬局に出掛けたわけだ。問題は、リリーが薬局へ何を買いに行ったのかってこと。花屋の娘だから、ハーブの種を購入したか、あるいは、育てたハーブを売りに行ったかだと思うよね。現に、薬局ではハーブを売っていた」
「で?」
「ところがね、これはフェイクだったんだ。そう考えた理由は、単純。ハーブの種を売ったり買ったりするなら、前日の日記にそう書いていても、おかしくない。ところが、前日は白紙だった。なぜだろう? ……そこでヒントになったのが、初日の風聞」
【風聞L−1】
花屋のリリーは寒がりで、年中長袖を着ている。
「これだよ。なぜ長袖なのか? 腕にキズがあるからじゃないの?」
「……」
あたしは、うまい反論が思いつかなかった。
しゃべるとボロが出そうだし、リリーの腕にキズがあるかどうかなんて、当人のあたしでも推測するしかないからだ。尤もらしい推測ではあるが。
「隠すということは、かなり目立つキズなんだろう。ペンを握れなくなるくらいの大ケガだったのかもしれない。となると、薬局で買ったのは、キズ薬か包帯、このあたりってことになる。薬剤師の買収が成功したのは、こういう推理の結果なのさ」
「……どういうイベントカードだったんだ?」
六連は、黙ってカードを表にした。
【Lー1ー3】
リリーは薬局へ包帯を買いにきた。花いじりの最中、右腕を切ってしまったらしい。
……ん? あんまり情報になってなくないか?
カードの入手前に推理していた内容そのまんまだ。
「ここから、どうやって市場に辿りついた? 勘か?」
六連は、すこしばかりあたしへの圧を減らした。
「僕も、このカードからどう繋げたものか迷った」
「市場にヒントがあるっていうのは、全然読み取れないぜ? どうやった?」
あたしは、自分が追いつめられていることも忘れて、好奇心を示した。
「ようするにマグレ当たりなんだけど、全体を推理しなおしたんだ。リリーの腕には、おそらくキズがある。今も、だ。そして、それが事件と関係している。事件と関係している以上は、どこかで情報を入手できるはずだ。となると……」
あたしはハッとなって、指をはじいた。
「そうかッ! 目撃者だッ!」
「正解。長袖を着ているにもかかわらず、キズを目撃した人物がいる……と予想した」
「だから人の多い場所に行った、ってわけか」
「そう。だけど、ここでもうひとつ推理が必要になった。市場へ行っただけじゃ、イベントは起きなかったんだ。つまり、具体的なだれかを捜さないといけなくなった」
「どうしてガキに目をつけたんだ。普通なら……」
「同性の女の人に声をかける、かい?」
あたしは、うなずき返した。
「逆だよ、不破さん、将棋と一緒さ」
「逆? 将棋?」
「不破さんは、自分の将棋盤を盗まれたくなかったら、だれを警戒する?」
「だれって……まあ……将棋を指せるやつ、かな」
「そう、それが答えだよ。女性が肌を晒したくないと思ったら、女性と男性のどちらをより警戒する? もちろん、見られたくないのは男性のほうだよね。でも、見られる可能性が高いのは、どっち?」
あたしは椅子をガタンと戻した。
「ま、まさか……」
「リリーは同性の子に対して、かなり警戒していたと思うんだよ。一緒に着替えることがあるかもしれないし、女性は女性の服装をよく見ているからね。だから、リリーが無防備になるとしたら、もっとべつの相手なんだ」
「ちょ、ちょっと待て……ってことは、あのガキのしでかした悪さって……」
六連は、丸亀に渡したメモを拾い上げ、あたしのまえに掲げた。
5日目午前に、市場で渡したメモだった。
リリーさんの水浴びをのぞいていたことをバラすぞ
ぐッ……こんな勘の冴え方、ありかよ。
「そして、これが僕の入手したカードだ」
【Lー1ー5】
少年は、リリーが花壇を掘り返しているところを目撃した。
……………………
……………………
…………………
………………
「まいったな」
あたしは大きくタメ息をついた。
「GM、あたしの家の花壇を掘られたら、そこでゲームセットなんだろ?」
「もうしわけありませんが、その手の質問にはお答えできません」
「いや、いい、だいたい分かる……6枚目で終わらないとなると、7日14ターンが成立しないからな。2分の1の確率だとして、5、6枚のはずだ……しかし、4番目のカードもスキップしてるんだな。薬局からの正攻法は、なんだったんだ?」
六連は、ツバ付き帽子をかぶりなおした。
「さあ、未だに分からないね。薬局の次に行く場所でナンバー4を引き、それがヒントになって市場へ行くルートだったんだろうけど、今回はたまたまうまくいった」
「たまたま、ね……」
あたしはテーブルに身を乗り出し、頬杖をついた。
「で、その続きは?」
「続きがあると思うの?」
「ああ。六連の勝利条件が、あたしたちと一緒なら、こうやってあたしにわざわざ教える必要がない。午後のターンにあたしの花壇を掘って、50未満の目が出たら勝ちだ。ゲーム終了。それをしないってことは、六連……猟師ロッジェの勝利条件は、特殊なモノってことになる」
六連は、スッとほほえんだ。こいつ、笑えるんだな。初めて知ったぞ。
いつもクールを気取ってる感じがして、正直あんまり好きなタイプじゃなかった。
「それじゃ、僕の勝利条件を教えるよ」
「え?」
あたしのまえで、六連はキャラクターカードを裏返した。
【脅迫屋のロッジェ】
あなたは、他人の秘密を見つけ出し、高額な口止め料をせしめる悪人です。王都で貴族の男性を脅迫し、見事大金を手にしたあなたは、マスカット村という寒村に居を構えました。しかし、のんびりしてはいられません。こんな村にもきっと、あなたに富をもたらす秘密が転がっているでしょうから。
【勝利条件】
ひとりのキャラクターから、口止め料をもらうこと。
※口止め料は、あるキャラクターの秘密を暴き、かつ、そのキャラクターの☆カードが最後まで場に公開されなかったときに受領できる。
あたしは、ふんと鼻を鳴らした。
「なるほどな……それで、単独行動に出てたわけか」
「かなりキツい条件だったよ。丸亀が故意に掴ませたのかな、と思ったくらいだ」
「僕は公正にカードを配ってますよ」
六連は、丸亀のほうをチラリと盗み見た。
「冗談さ……というわけで、僕と不破さんの勝利条件は達成された」
「あとは、花壇を掘って終わり、か」
六連は、首を左右にふった。
「それは危ない」
「危ない? なにがだ?」
「掘るときに、みんなのまえでサイコロを振らないといけない。僕が失敗したあと、べつのプレイヤーが押し掛けてサイコロを成功させたら、僕たちはふたりとも負けになる」
そこまで考えてるのか。感心だな。
丸亀が六連にむずかしいカードを渡した疑惑も、あながち冗談じゃなさそうだ。
「ってことは、リリーの☆カードは放置?」
「それが一番安全だと思う。今後の行動も、べつべつにしよう」
あたしは舐め終えた飴を交換しながら、
「了解。なんだか六連に勝たせてもらったみたいで、悪いな」
と笑った。
「自分の勝利条件を満たしただけさ……丸亀、以上で相談は終わり」
「では、みなさんに合図を」
あたしと六連は手分けして、ほかのメンバーの肩に触れた。
「なんか、すごく長かったねぇ」
西野辺は、耳バンドをはずしながら、そうつぶやいた。
「10分以上しゃべってた気がする……」
「だね」
飛瀬と師匠も、あたしたちの会話をあやしんでいるようだ。
「楓さん、会話の内容は教えてもらえないの?」
ずけずけとそうたずねたのは、早乙女だった。
「そいつは、あたしと六連のヒミツだ」
どのみち疑われるだろう。開きなおるぜ。
「それでは、5日目午後のターンに入ります。順番を決めてください」




