250手目 ふりだしにもどる
「六連くん、どうぞ」
六連はひと呼吸おいてから、口をひらいた。
「薬局には、だれがいる?」
「薬剤師のおじさんと、ハーブを見繕っている中年女性がみえます」
「薬剤師のおじさんに話しかけるよ」
丸亀は、わざわざ声音を変えて演技を始めた。さっきからうまいな、こいつ。
「やあ、ロッジェさん、こんにちは。なにかご入用ですか?」
「傷薬と血止めの道具が欲しいんだけど」
「おや、猟でケガでもなさいましたか?」
ロッジェは、その通りだと答えた。
なんだ? なにが始まってるんだ? ケガのシーンなんてなかったぞ?
「消毒用のアルコールなら、あります。それに包帯も少々」
「GM、僕に支払能力はある?」
「そうですね……安い品ですから、ポケットマネーで買えます」
「オッケー、ふたつを購入しつつ、世間話を続ける」
アルコールと包帯に、どういう関係があるのか、さっぱり分からなかった。
ほかの面子も、ぽかんとしている。
「店長、最近の景気は、どう?」
「ぼちぼちですね。ヨーロッパのあちこちで戦争があって、物価が不安定です」
「でも、例えば……ほら、この消毒用アルコールや包帯みたいに、日常で使うものなら、定期的に売れるんじゃないかな? 最近も、だれか買いに来ただろう?」
「んー、そういう情報は、お客さんの体に関わる話ですからねぇ」
ロッジェはすこし考えて、
「買収できないかな?」
と尋ねた。薬剤師を買収? なにをする気だ?
「サイコロを振ってください」
カラカラカラ
「18、成功」
「猟師のロッジェは言葉巧みに金を握らせて、情報を聞き出しました」
丸亀は、イベントカードを六連に渡した。
六連はそれをちらりと見て、
「予想通り」
とつぶやいた。周りにプレッシャーをかけてやがる。
「六連くんのターンが終了、同時に、4日目午後の捜査フェーズも終了です」
夜の情報共有フェーズに入った。私は第一声、
「早乙女ぇ、なにか言うことがあるだろッ!」
と食って掛かった。
早乙女は涼しげな表情で、髪をなでた。
「べつに、なにもないわよ」
「ウソをついた理由を言えッ!」
「拒否するわ」
あたしは早乙女を指差して、丸亀のほうへ顔をむけた。
「GM! こんなプレイが許されていいのかッ!?」
「まったく問題はありません」
「ルール的にOKならOK、ってかッ!? 将棋を見習えッ! 将棋をッ!」
礼に始まり礼に終わるんだぞ。口三味線は厳禁だ。
「不破さんが言っても、まったく説得力がないのですが……」
「あぁ?」
「もちろん、TRPGにもマナーはあります。しかし、今回のケースはマナー違反ですらありませんので、GMとしては対処しようがないです」
「ウソをつくのはマナー違反だろ。そんな詭弁……ん?」
待てよ――あたしは、最初のルール説明をよーく思い出してみた。
……………………
……………………
…………………
………………
全員の勝利条件が一緒とは、一回も言ってなくないか?
「GM、ひとつ質問していいか?」
「どうぞ」
「捜査妨害をし続けると自分の勝利条件に近づくキャラ……っているか?」
丸亀はとぼけたような顔で、
「はい、いるかもしれませんね」
と答えた。
チクショー、そういうことかッ!
ほかのメンバーも、ざわついた。
「なんか変だと思ったら、早乙女さんと六連くんは、僕たちと勝利条件が違うんだね」
師匠が簡潔にまとめてくれた。
「ふえ? ってことは、素子ちゃんは裏切り者なんですかぁ?」
「桐野先輩、騙されないでください。私は桐野先輩の味方です」
あ、取り込みにかかったな。あたしも桐野に話しかける。
「早乙女の言うことは信じちゃダメです。あたしを信用してください」
「うにゅ、楓ちゃんは毛虫さんを押しつけてきたことがあるから、信用しないですぅ」
いつの話だよッ! 小学生の頃だろッ!
「地球人はすぐケンカする……ところで、GM、他のキャラは捕縛できないの……?」
「捕縛するルールもありますが、今回は練習ですし、ナシにしたいですね」
「そっか……早乙女さんと六連くんの行動は止められない、と……」
んー、これは困ったな。
六連が一番カードを多く集めている。しかも、そのうち1枚はあたしだ。
1枚目のカードは桐野のやつだと思うが、3枚目はなんだったんだ? 薬局と関係のありそうなキャラは、いない――いや、そういう問題か? 六連が薬局に向かったのは、リリーの日記を盗み見たあとだ。そうすると……ん? この状況、マズくないか?
「ほかに共有する情報はありますか?」
全員なにか言いたそうな気配だったが、だれも言葉を発さなかった。
捜査はふりだしにもどる。
「それでは、5日目の午前になりました。行動順を決定してください」
飛瀬→早乙女→西野辺→桐野→六連→師匠→あたし
宇宙人は、じっとりと村のマップをながめた。
「……」
「どうしました? 質問ならいつでも受け付けますよ?」
「ごめん……長考しちゃった……六連くんが協力してくれる可能性はあるのかな……」
「すみません、他のキャラとの相談は禁止です」
「了解……とりあえず、郵便局へ行くね」
へぇ、そこか。
じつはあたし、さっきの台詞でヒヤヒヤしたんだよね。
六連が薬局で入手したカードは、花屋のリリー関連じゃないかって。つーか、この予想でおそらく正解だと思う。消毒用アルコールと包帯がポイントだ。リリーは(ようするにあたしのキャラだが)、両親を殺したとき、ケガをしたんじゃないか?
最初のあの風聞カード――
【風聞L−1】
花屋のリリーは寒がりで、年中長袖を着ている。
これと情報が完全に一致している。
花屋のリリーは、両親を殺したとき、腕にケガをした。
最初は虐待の痕なんじゃないかと思っていたが、どうもちがう。
そのケガを治療するため、薬局へ寄った。
こんな感じじゃないか? と考えているうちに、あたしの番になった。
「不破さん、移動先を決定してください」
あたしは、ほかのメンバーの移動先を確認した。
飛瀬 郵便局
西野辺 イゾルデばあさんの家
早乙女 村の広場
桐野 役場
六連 村の広場
師匠 ロッジェの小屋
分かれたなぁ。それぞれ思惑があって動いていそうだ。
便乗するか、それともだれも行っていないところへ行くか。
「……イゾルデばあさんの家に向かう」
あたしは自分のコマを動かした。
こうなったら、カードを引かれてるやつを攻める。
飛瀬、西野辺、師匠も、そういう考えのはずだ。桐野はよく分からん。
「それでは、飛瀬さんから、どうぞ」
「郵便局って、どういう場所……? 大日本郵便と一緒……?」
「公会堂に併設された、木造の小さな建物です。郵便配達のほかに、地域の新聞や雑誌などの販売もおこなっています。ようするに、村の外から情報を仕入れる場所ですね」
「原始的な情報ポータル……だれがいるの……?」
「先日、役場のまえにいたおじいさんがいます。ハッシュは出掛けていていません」
飛瀬は、おじいさんに話しかけると言った。これはなにかありそうだ。
丸亀は、さっそく演技を始めた。
「こんにちは、イゾルデばあさん」
「こんにちは……」
「このまえは、荷物運びを手伝ってくれて、ありがとな」
「どういたしまして……ところで、ハッシュさんは……?」
「ハッシュなら、どこかへ行っちまったよ」
飛瀬はここで、小考した。
「ハッシュさん宛の郵便物を拾ったから、届けに来たんだけど……」
「ハッシュ宛の郵便物? そりゃまた珍しい」
「どうして……?」
「わしはこの仕事を10年以上続けとるが、ハッシュ宛の郵便物は見たことがないよ」
ん? 捜査のラインに乗ったんじゃないか?
TRPGに慣れてきて、あやしい会話とそうでないのが、だんだん分かってきた。
飛瀬も特有の勘を働かせたらしく、根掘り葉掘りたずねた。
「変だね……ハッシュさんは、友だちがいないの……?」
「ハハハ、あいかわらずイゾルデばあさんは口が悪い。友人かどうかは知らんが、たまにどこかへ出掛けて、人に会っておるようだ」
「どういうひと……?」
「さあな。この村では見かけん連中だ。大方、郵便仲間だろう」
飛瀬は、ハッシュがよく行く場所をたずねた。
「んー、そいつは人に教えることじゃないなぁ」
「だったら、買収します……サイコロ振らせて……」
「了解です。サイコロを許可します」
カラカラカラ
「81……将棋盤のマス目……」
「イゾルデばあさんは買収を試みました。が、あっさり拒否されました」
うーん、どうもうまくいかないな。
7日14ターンあれば楽勝かと思っていたが、そういうわけでもなさそうだ。
「早乙女さんのターンに移ります。どうしますか?」
「六連くんに共闘を申し込むわ」
「六連くん、早乙女さんから共闘の申し出がありました。受けますか?」
「拒否します」
「あら……ツレないのね。GM、ほかのキャラを尾行することは可能?」
「捜査フェイズにおなじ場所にいるときは、可能です」
「だったら、猟師のロッジェを尾行するわ」
丸亀は、ふたりともサイコロを振るように指示した。
尾行も出目の勝負なんだな。
「68」
「50」
「私の負けね……確率は、神の気まぐれ、天使のいたずら」
おまえはコメントがいちいち大げさなんだよ。
「少年トマスは猟師のロッジェを尾行しましたが、見失ってしまいました……それでは、六連くんのターンに移ります。どうしますか?」
名前を呼ばれた六連は、帽子をかぶりなおして、
「とりあえず、周囲の状況を教えてもらおうか」
と頼んだ。
「今日は、市場が立っているようです。大勢のひとが集まっています」
「年齢層は?」
「マチマチですね。老人から子供までいます」
「了解。だれに話しかけたものか……」
六連はアゴに指をそえ、じっと虚空を見つめた。こういう長考中のポーズは、なかなかサマになっている。とはいえ、ミスって欲しいところだ。お祈りタイム。
「……子供に話しかける。家族連れじゃなくて、ひとりでウロウロしてる子に」
「ロッジェは、該当する子供を発見しました。屋台からすこし離れた路地で、石蹴りをして遊んでいます。どうやって話しかけますか?」
「屋台の売り物は?」
「果物屋のようです。リンゴがみえます」
「リンゴをひとつ買って、それから話しかける」
丸亀は咳払いをして、こどものマネを始めた。
「ロッジェおじさん、なにか用?」
「リンゴを買い過ぎたから、ひとつ食べないか?」
「ありがと……でも、なんで僕に?」
「教えて欲しいことがあってね」
ストレート過ぎないか? 子供でも警戒しそうな切り出し方だった。
丸亀もそのあたりは甘くないようで、
「僕に教えて欲しいこと? ……なにもないけど」
と、会話の糸口を細くした。
「教えてくれないと、きみの悪さをみんなにバラしちゃうよ」
「……どういう意味?」
六連は、耳打ちしてもいいか、と尋ねた。
「そうですね……ここは、他のプレイヤーに聞かせないのが妥当でしょう。ただ、音漏れする恐れがありますので、メモ帳に書いてこちらに渡してください」
六連は、胸元でペンを走らせてから、1枚千切って丸亀に渡した。
丸亀はそれをのぞいて、ヒューと口笛を吹いた。
「サイコロを振ってください」
イベントタイムか? なにが書いてあった?
困惑するあたしの目の前で、サイコロは音を立てて転がった。
「今日は運がいい……49だ」
「このカードに辿り着くひとは、出ないと思ったのですが……やりますね」
丸亀は、わざわざそう言ってイベントカードを渡した。
六連は文面を読んで、かるくうなずくと、これまで集めたカードをトランプのように器用に切って、トンとテーブルのうえに束ねた。
「僕のターンは終了」
「次に移ります。西野辺さん、不破さん、共闘するかどうか相談してください」
「うーん……楓ちゃんが一番不利な気がするんだけど……」
西野辺はそう言って、こちらをチラ見した。目逸らし。
「まあ、ここは共闘しよっか。それでいいよね?」
「あたしは構いませんよ。で、どこを捜します?」
「もち、ティーセットが入ってる棚」
西野辺とあたしは、棚を調べると丸亀に伝えた。
「具体的にお願いします」
あ、これはなにかイベントがあるな。西野辺も察知して、慎重に答えた。
「棚のなかにイベントがあるなら、わざわざ聞き返さないと思うんだよね。テューセットを調べるって言うのは、棚のなかを調べるってことだし……外側を調べてもいい?」
「ついでに、裏側も念入りに調べましょう」
あたしがそう言った途端、丸亀はパチリと指を鳴らした。
「サイコロを振ってください」
どっちが振るかじゃんけんして、あたしが振ることになった。
カラカラカラ
「23! 成功だッ!」
「花屋のリリーと郵便屋のハッシュは、棚のうしろにあるものを見つけました」
丸亀はそう言って、イベントカードをあたしたちに渡してくれた。
【I−4−2】
イゾルデばあさんの家の棚には、ゾック家具店の名前が彫られていた。
家具屋の名前か……数字は2だし、まだまだ解答にはほど遠い。
「桐野さんのターンです。どうしますか?」
「うにゅにゅ……なにをすればいいのか、分かんなくなったのですぅ……」
「パスもできますよ。あまりしないほうがいいですけど」
桐野は、ポンと手を叩いた。
「マスカット村のみんなで、将棋大会をするのですぅ」
「しょ、将棋ですか……西洋将棋ならありそうですが……」
「西洋将棋って、なんですかぁ?」
「チェスのことです。ただ、こんな辺鄙な村まで普及してたんですかね?」
GMも困ってるぞ。桐野、話題を変えろ。
「チェスはよく分かんないのでぇ……わんちゃんコンテストを開催しまぁす」
桐野は両手をあげて、キャッキャとはしゃいだ。
あのなぁ……全員あきれ気味。
「い、いつ開催しますか?」
「ゲームの最終日に、パーッとやるのですぅ」
「分かりました。メモしておきます。最終日に犬コンテスト、と……捨神くん、どうぞ」
師匠は、ゲームの序盤で訪れた場所、六連の小屋に来ていた。
どう攻めるか、お手並み拝見。
「うーん……六連くんの勝利条件が、イマイチ分からないんだよね。早乙女さんとは違って、イベントカードを集めてるみたいだし……単独勝利条件なのかな?」
「もうしわけありませんが、その手の質問にはお答えできません」
「アハッ、だよね、GM。小屋の鍵はかかってる?」
「かかっています」
「リリーさんのときとおなじで、ピッキングできないかな?」
丸亀は、すこしばかり考えた。
「ドアの鍵は、簡単には開かないのですよね……30以下でOKなら考慮します」
「あ、難易度調整だね。僕はそれでもいいよ」
「では、どうぞ」
カラカラカラ
「うーん、76」
「木こりのフェリスは、鍵を開けている最中、猟犬に吠え立てられて逃げました。これで午前のフェーズは終了です。情報共有フェーズに入ってください」
あたしは六連のほうに向きなおった。
「おい、昴、いつもどおり耳栓を……」
「ちょっと待って。リリーさんに話がある」
……………………
……………………
…………………
………………あたしに?
六連は、急にするどい目付きになって、あたしを見つめた。
「僕とふたりっきりになってもらおうか……とっても大事な話なんだ」




