249手目 暴かれたウソ
「67……また失敗だ」
緑と赤のサイコロを見つめて、六連はそうつぶやいた。
「猟師のロッジェは、置き場所を変えられた日記を見つけることができませんでした……これにて、3日目午後のフェーズは終了です。情報共有フェーズに入ります」
六連は帽子のつばに手をかけて、タメ息をついた。
「柵の飛び越え、日記帳の発見、解錠を連続で成功させるのはむずかしいな」
そりゃそうだ。単純計算で2分の1が3回だから、8回に1回しか成功しない。
つまりは4日(午前のターン+午後のターン)に1回ってことだ。
とはいえ、六連を笑うわけにもいかなかった。
ほかのメンバーも、イベントカードの収集に苦労し始めていたからだ。
「んー、全然見つからないね」
西野辺は、渋い顔でもういちどマップを俯瞰した。
「2日目と3日目が収穫なしって、けっこうヤバいんじゃないの?」
「えへへぇ、お花の妨害が功を奏しているのですぅ」
「お花お姉ぇも、このままスケープゴートが見つからなかったら負けなんだけど?」
「ふえ? そうなんですかぁ?」
ルールを把握してないじゃないか。
西野辺は、あきれて二の句が継げないようだ。
あたしはヤレヤレと思いつつ、となりの早乙女に声をかけた。
「なにかいいアイデアはないのか?」
「そうね……」
早乙女は髪をなでて、ほかのプレイヤーを見回した。
「ロッジェが日記の鍵をはずすのが、一番てっとり早いと思うわ」
「あのなぁ……あたしが不利になるようなことを言うなよ」
「あら、どうして? 質問に答えただけよ?」
KYだな。
「それに、村長のほうがイベントは進んでるんだ。役場を攻めようぜ、役場を」
あたしのポジティブ(?)な提案に、みんなもだいたい賛成してくれた。
「ほかに共有する情報はありますか? ……ありませんね。では、サイコロを」
4日目午前のターンに入る。まずは行動順と捜査場所の決定。
六連(リリーの家)→桐野(役場)→飛瀬(役場)
→早乙女(役場)→西野辺(役場)→あたし(役場)→師匠(役場)
こうなった。
「それでは、六連くんから、どうぞ」
「柵の飛び越えから鍵の破壊まで、3回連続で振るよ」
六連は、サイコロを振った。
28→35
ん? 連続で成功した?
「ロッジェは柵を飛び越え、日記を発見することに成功しました」
「じゃあ、最後の一回」
待てぇ! やめろぉ!
「30」
「ロッジェは、日記の鍵をはずすことに成功しました」
丸亀は、イベントカードを六連に渡した。
あたしは舌打ちをする。
くそぉ、家にいりゃよかったか。後悔先に立たず、だ。
「ロッジェのターンが終了し、役場組に回ります。桐野さんから、どうぞ」
「お花はお部屋のまえで待機しまぁす」
「了解です。攻撃がわのメンバーは、どうしますか?」
あたしは気をとりなおして、ほかの連中と相談を始めた。
絶対に時計の秘密を暴く。さっきから作戦を練ってあったんだぞ。
「3つのグループに分かれましょう。待合室、執務室、役場の外です」
あたしは、そう提案した。
ここで、師匠が口を挟んだ。
「2日目と3日目は、役場の外にだれもいなかったよ? 今日はいるの?」
師匠の質問に対して、丸亀は「いません」と答えた。
「ほら、役場の外は意味がな……」
「師匠、待ってください。ひとに話しかけるとは言ってません」
「馬に話しかけるの? それとも犬?」
あたしは身を乗り出して、
「窓から入るんですよ。窓から」
と答えた。我ながら悪知恵だなぁ。
「ふえ? そんなの認めませぇん」
「認める認めないはGMの権限だろ。な、GM?」
「認めます」
お、ずいぶんとあっさりだな。予想してたみたいな反応だ。
「じゃ、あたしは裏口から回ります」
「だったら、僕も手伝うよ。ふたりいないと登れないかもしれないし」
ナイス判断。さすがはあたしの師匠。
「西野辺先輩は執務室のまえで、村長を釘付けにしておいてください」
「了解」
「早乙女と宇宙人は、待合室で聞き込みだ」
「分かったわ」
「了解……だけど、もう入手できる情報なさそうなんだよね……」
飛瀬の発言には、一理あった。
2日目と3日目の聞き込みからは、なにも得られずにタイムアップしてしまった。
「では、飛瀬さんと早乙女さんのグループが1番手です。どうぞ」
「トマスくん……どうする……?」
「窓口のおじさんは、あれ以上なにも知らなさそうですね」
「順番待ちのおじいさんとおばさんもつれないし……子供に話しかけようか……」
「では、イゾルデおばあさん、どうぞ」
ん? なんで飛瀬にゆずるんだ?
飛瀬も疑問に思ったらしく、首をひねった。
「おばあさんが話しかけるより、トマスくんが話しかけたほうがよくない……?」
早乙女は、さもうっかりしたかのような顔で、
「失礼しました。おっしゃる通りです。私がGMに話しかけます」
と訂正した。
「どう話しかけますか?」
早乙女はすこしだけ考えて、「一緒に遊ぶ提案をします」と答えた。
丸亀は咳払いをして、さっそく演技を始めた。
「こんにちは、トマス。こんなところでなにしてんの?」
「みんなと一緒に遊びたいな、と思って」
「えぇ? トマスが俺たちと? どういう風の吹き回しだい?」
「たまにはいいでしょうに。遊ぶの? 遊ばないの?」
ぶっきらぼうだなぁ。そんなんじゃグループからハブられるぞ。
「べつにいいけどさ……トマスは、仕事で忙しいんじゃないの?」
「最近はヒマなのよ。で、なにして遊ぶ?」
「鬼ごっこだな。トマスが鬼だぞ。そーれ! ……と、子供たちは散開しました」
「追いかけないとダメかしら?」
「どちらでも。ただ、追いかけると、トマスくんは一時ロストになります」
「一時ロストとは?」
「アクシデントで一時的にゲームから除外される現象です。川に落ちたり、なにかに誘惑されたときに起こるイベントですね。今回は、遊びに夢中になってロストになります」
早乙女は、それで構わないと答えた。
「少年トマスは捜査のことも忘れて、みんなと遊び回りました……飛瀬さん、どうぞ」
「どうぞって言われても……早乙女さん、もうちょっとマジメにやろうよ……」
「すみません。子供の相手は苦手なもので」
そういう問題じゃないだろ。ロールプレイだぞ、ロールプレイ。
早乙女にしては、妙な凡ミスだな。
「イゾルデばあさんのターンも終了させますか?」
「ほかのひとに話しかけるよ……待合室のおじいさん……」
「イゾルデばあさんは待合室のおじいさんと、世間話を楽しみました。ターン終了です」
「えぇ……どうしてそうなるの……?」
「イベントフラグのない行動だったからです」
ぐだぐだだなぁ。
「西野辺さんのターンに移ります。どうしますか?」
「突破を試みるよ。さすがに5回連続で失敗はないでしょ」
西野辺は盛大にフラグを立ててから、サイコロを振った。92。デカイ。
「えへへぇ、お花は77ですぅ」
「これマジ?」
「郵便屋のハッシュは、またまた執務室への突入に失敗しました」
「お花お姉ぇ、サイコロ強過ぎだよぉ」
西野辺が愚痴って終了。いよいよ、あたしと師匠のペアだ。
「それじゃ、行きましょう」
「裏手に回ればいいんだよね? この地図だと、執務室は公道の反対側だし」
「ですね。GM、役場の裏手に回るぞ」
「花屋のリリーと木こりのフェリスは、役場の裏手に回りました。どうしますか?」
「窓にあがれそうな場所を探す」
あたしがそう言った途端、丸亀は感心したような顔をした。
「サイコロを振らずに見つけるとは、驚きましたね……イベントカードを配ります」
……………………
……………………
…………………
………………は?
「今、なんて言った?」
「とりあえずカードをどうぞ」
あたしは、渡されたカードをこっそりとめくった。
【C−5−3】
村長の執務室には窓がない。
「なんだ、こりゃ? ま……」
「シーッ、まだ情報共有フェーズじゃありませんよ」
「おっと悪い……でも、あたしたちのターンで終わりだろ?」
「まあ、そう言われるとそうなのですが……では、情報共有フェーズに入ります」
あたしは、カードについてみんなと相談することにした。
六連にはイヤホンをさせて、ショップの壁に顔を向けさせた。
「じゃ、カードをオープンしますね」
【C−5−3】
村長の執務室には窓がない。
これには、みんな素早く反応した。
さすがに奇妙だと思ったようだ。最初に口をひらいたのは、西野辺だった。
「窓がないって、ありえなくない?」
師匠もこれに続く。
「普通、事務室には必ず窓があるよね。村長さんなら、なおさらだと思うけど」
あたしはそれぞれのコメントに耳を傾けつつ、親指の爪を噛んで考え込んだ。
……………………
……………………
…………………
………………
どうも分からないな。窓がないのは変だ。それは分かる。だけど、ないからどうだって言うんだ? 村長が変わり者なだけかもしれないし、もしかすると、この役場は別の建物を改修して、そのときに窓をつける余裕がなかったのかもしれない。例えば、教会なら窓がない部屋がありそうだ。それとも偏見か? 修道院は? 刑務所だったとか?
「あれ……ちょっと待って……このカード、変じゃない……?」
宇宙人、ワンテンポ遅いな。あたしは呆れつつ、
「ええ、だからみんな変だって言ってるじゃないですか。普通は窓がありますからね」
と返した。
「そこじゃなくて……カード番号……」
カード番号? あたしは上端に書かれたコードを凝視した。
「……ん? C−5−3?」
C−5−3って、六連が持ってるんじゃなかったか。
あたしはGMに確認を入れた。
「番号が同じカードは、複数あるのか?」
「いえ、ありません」
「ってことは……早乙女ぇ!」
あたしは早乙女を睨んだ。早乙女は涼しい顔をして、
「なにかしら?」
と尋ね返した。
「おまえ、ウソついたな?」
「ちょっと勘違いしただけよ。六連くんに見せてもらったときは、カード番号が重要だと思っていなかったから、ウロ覚えだったの。正直にそう答えれば良かったわね」
「じゃあ、正確な数字は覚えていないっていうのか?」
「不破さんは、カードの上端に書かれている数字を、いちいち記憶しているの?」
「いや……してないな」
あたしはそう答えた――けど、どうも違和感がのこる。
数学バカの早乙女が、ナンバーに関心を示さないってことがあるんだろうか。
「ほんとに覚えてないのか?」
「ウソを吐くメリットがないでしょうに」
たしかに、嘘を吐くメリットは思い浮かばない。
桐野がピンチなんだから、早乙女も桐野を攻略したいはずだ。
スケープゴートに必要な人数は、ひとり。それ以上でも、それ以下でもない。
「ほかに、共有したい情報はありますか?」
あたしたちは丸亀に、相談タイムをくれと頼んだ。
「OKです。5分さしあげますので、そのあいだに話し合ってください」
ケチだなぁ。これだけ人数がいると、5分はアッという間だ。
混乱しないように、あたしが指揮をとるぜ。
「師匠、どうします? このまま役場を攻めますか?」
「窓がないから、もう潜入ルートがなくない?」
師匠の消極的なコメントに対して、西野辺が口を挟む。
「正規ルートをサイコロでふさがれてるだけでしょ。確率の問題」
正面突破が不可能になってるわけじゃないんだよな。
ただ、それでも難点はあった。あたしはふたたび師匠に、
「待合室にはもう情報が落ちてなさそうなんで、メンバーを分散させましょう」
と提案した。
「どこに分散させるの? 目星がついてないよ?」
「これだけ広いマップですから、適当に動いても大丈夫じゃないですか?」
「それだと、全然ちがうルートを発掘しちゃうことにならない?」
どうやら師匠は、仲間割れを心配しているようだった。
村長以外のイベントカードが手に入る可能性は、かなり高いと思う。
「分かりました。全員で役場に行って、待機しましょう」
「それがいいと思うよ。まだ3日半あるし、どこかで突破……」
「はい、5分経ちました。行動順を決めますので、サイコロを振ってください」
あたしたちはサイコロを振った。
西野辺→早乙女→六連→師匠→桐野→あたし→飛瀬
「それでは、移動先を決めてください」
六連以外は、全員役場を指定した。マップにコマがごちゃごちゃと置かれる。
「六連くんは?」
「僕は薬局に向かう」
ん? 薬局? リリーの調査はあきらめたのか?
あたしは内心ガッツポーズしたが、六連と目が合って、なにかイヤなものを感じた。
「役場のメンバーは、行動内容を相談してください」
これもあっさり決まった。
西野辺が桐野と勝負して、ドアがひらいたら全員で突入するという作戦だ。
さらに、1437のヒントに合わせて、14時35分頃に時間を合わせた。
「それじゃ、今度こそいくよぉ……えいッ!」
念入りに転がされたサイコロ、それが示した数字は――04!
「ふ、ふえぇ……ひとケタですぅ……」
「03、02、01、00なら桐野さんの勝ちです」
こら、GM、桐野の肩を持つな。
「ここは県代表の腕の見せどころですぅ。よぉく振ってぇ……ぽい」
サイコロはカラカラと音を立てて、テーブルのうえを回った。
先に緑のほうが止まって――0! マジかよ!
「赤が0、1、2、3なら勝ちですぅ!」
「5以上ッ! 5以上ッ!」
全員が見守るなか、出た目は――
「よっしゃぁああああ! 9! 9!」
「不破さん、カードショップではお静かに……クリストファー村長は、侵入者を待ち構えていましたが、尿意をもよおしたので、トイレに行ってしまいました」
「お花は尿意をもよおしてませぇん」
「ゲームの話だッ! 全軍突撃ぃ!」
5人で一気になだれ込む。丸亀は、執務室のマップをふたたび提示した。
「村長がもどってくるまで、5分しかありません。そのあいだに調べてください」
くそ、そんなタイムリミットがあるのか。
「とりあえず、14時37分になるのを待とう。なるべく時計のまえで」
全員、師匠の案に賛成した。
「丸亀、14時37分まで飛ばしてくれ」
「なんで上級生を呼び捨てなんですかね……みなさんは、14時37分まで待ちました」
よしよし……ん?
「おい、続きを言えよ」
「続きはありません」
「ない? どういう意味だ?」
「なにも起こらなかったということです」
全員が悲鳴をあげた。
「なんにもないの? ほんとに? 壁に隠し通路があらわれたとかは?」
と師匠。丸亀は、部屋にいっさい変化がないと伝えた。
「い、1437の解釈が間違ってたのかな? 不破さん、時刻以外になにかある?」
いきなり訊かれてもな……早乙女のほうが暗号は得意そうなんだが、黙ってやがる。
「本棚の本の位置とかは、どうですか?」
「ありそうだね。1437番目……うーん、さすがに1000冊は入らないかも」
「上から14段目、とかでもなさそうですね。そんなデカイ本棚じゃないですし」
「もしかして、1437年ってことはないかな?」
「あ、年号ですか。それはかなり有望……」
「ちょ、ちょっと待ってッ!」
西野辺が大声を出した。
全員がふりかえるなか、西野辺は早口でまくしたてた。
「GM、時計を調べられない?」
「いいですが……なにを調べますか?」
「『1437って数字が実際に掘られてるかどうか』だよ」
……………………
……………………
…………………
………………あ、そうかッ!
「郵便屋のハッシュは柱時計を調べましたが、それらしい数字は見当たりませんでした」
「や、やっぱり、素子ちゃんが言ってたのは全部ウソだったんだね」
西野辺の機転で、あたしたちは全員騙されていたことに気付いた。
あたしはテーブルをこぶしで叩く。
「早乙女、てめぇウソつきやがったなッ!」
「私の予想より、バレるのが31秒ほど早かったわね」
「なに気取ってんだッ! 六連のカードに書かれてた本物の……」
「不破さん、そこまでです。5分経ちました。郵便屋のハッシュ、少年トマス、木こりのフェリス、花屋のリリー、イゾルデばあさんのターンは終了です。クリストファー村長のターンも、さきほどの敗北で終了しました……では、六連くん、どうぞ」




