247手目 成功と失敗
「イベントタイムです。サイコロを振ってください」
桐野は、「ほえぇ」と変な声を出した。
「お花は、なにもしてないのですぅ」
「イベントの発生には、『キャラクターの提案によるもの』と『一定の行動をとったときに自動で発動するもの』の2種類があります。今回は後者です」
丸亀はそう言って、サイコロを桐野にまわした。
「なにが出るか、お楽しみなのですぅ。えい」
緑と赤のサイコロは、テーブルのうえをカラカラと転がった。
「緑が0、赤が5なのですぅ」
「イベント成功です。カードを配ります」
丸亀はイベントカードを1枚引いて、裏返しのまま桐野に渡した。
桐野は、だれにも見られないように、こっそりと覗き込んだ。
「ほえ? なんですか、これはぁ?」
「まだ捜査フェーズです。ほかのひとには教えないでください」
「はぁい」
今のやりとりをみて、飛瀬は、
「自分の家で知らないことをされると、気になるね……」
とつぶやいた。
「えへへぇ、気にしないでくださぁい。お茶を飲むのですぅ」
「桐野先輩がイベントを成功させたから、私のターンも終了……?」
飛瀬の質問に対して、丸亀は、
「村長とイゾルデおばあさんは、仲間として動いていません。いわば敵同士ですね。別々に行動することができます。終了させても構いませんが、どうしますか?」
と尋ね返した。
「うーん……ちょっと考えるね……」
飛瀬は10秒ほど思案した。
「クリストファー村長さん……最近、村の様子はどう……?」
「わんちゃんがワンワン鳴いて、猫ちゃんがニャーニャー鳴いてますぅ」
「発情期かな……ほかには……?」
「紅茶には砂糖を入れますかぁ? お花はミルクだけ入れまぁす」
全然TRPGになってねぇな、これ。会話が成立してない。
「私もミルク派だけど……ねぇ、GM、また質問していいかな……?」
「ルールと仕様に関してなら、何度でも」
「イベントの発生条件は、こっちがなにかアクションを起こすだけでいいの……? 相手が失言しないとダメとか、そういうのは……?」
丸亀はちょっと困ったような顔で、
「どうしましょうか……みなさんは慣れていないので、ロールプレイがうまく進まない気もしますね……適切な質問をしたらイベント発生というのは、どうですか?」
と提案した。だれも反対しなかった。
「じゃあ、そうするね……村長さん、ひとつ質問があるんだけど……」
「なんですかぁ? セクハラは禁止ですぅ」
「村長さんの仕事場に、大きな柱時計があるよね……?」
「ありまぁす」
「あの柱時計って、なんのためにあるの……?」
桐野が答えるまえに、丸亀が挙手した。
「イベントタイムです。サイコロを振ってください」
お、宇宙人、やりやがった。
みんなが注目するなか、飛瀬はサイコロを振った。
「95……すっごくおっきい……」
「イゾルデおばあさんは村長と会話してみましたが、なにも分かりませんでした……これでイゾルデおばあさんの捜査フェーズも終了です。ふたりは楽しくお茶を飲み、そのまま解散しました」
「えへへぇ、助かったのですぅ」
だぁ、肝心なところでサイコロ失敗か。
でも、あの柱時計になにかあるってのは分かったぞ。
こうなると、桐野はかなりピンチなんじゃないか? だって――
「次は私たちの番ね」
「そうだね。よろしく、早乙女さん……じゃない、トマスくん」
「よろしく、猟師のロッジェさん」
六連と早乙女は、さっそく会話を始めた。
「役場に来てみたけど、どうしましょうか? 別行動にする?」
「そのほうが、サイコロを2回振れていいと思う」
「じゃあ、ロッジェさんは柱時計をお願い。私は他の場所を探ってみるわ」
「了解」
おいおい、なんだこの手慣れた捜査は。桐野が困惑してるだろ。
「ふえぇ……お花を狙い撃ちしちゃダメですぅ……」
「GM、別行動になったら、もう相談できないっていう設定でOKかな?」
六連の質問に、丸亀はうなずいた。
「そうですね。電話もメールもないので、別行動に入った時点で相談禁止になります」
「了解。トマスくんと僕、どっちを先に行動させる?」
「そこは最初のサイコロ順になるので、ロッジェ→トマスです」
六連たちは、行動を始めた。
まずはロッジェ役の六連からだ。
「村長の執務室の様子は、どうなってる?」
「こうなっています」
丸亀は執務室の見取り図をみせた。
「赤で×印のついているところに、柱時計があります」
「了解。イベントのサイコロは1回しか振れないんだね?」
「基本ルールではそうなります。今回は特殊ルールなしです」
「一直線に柱時計を調べるよ。ほかのイベントに引っかからないように」
「ロッジェは柱時計を念入りに調べました。サイコロを振ってください」
カラカラと、サイコロの音が鳴る。
「緑が4、赤が9、クリアだ」
「際どいところを引きましたね……柱時計を調べたところ、ロッジェはあることに気付きました。カードを配ります」
丸亀は、カードを裏返しのまま配った。
「これで僕のターンは終了。トマスくんにバトンタッチするね」
「では、トマスくんの捜査フェーズです。なにをしますか?」
「役場には、どんなひとがいるの?」
「トマスくんは、役場の待合所にいる人間を観察しました。窓口のおじさんがひとり、椅子に座って待っているおじいさんとおばさんがひとりずつ、入り口の近くでは、子どもたちがグループになって遊んでいます」
早乙女は髪をなでて、しばらく考えた。
「柱時計の秘密を知っていそうなのは……窓口のおじさんかしら。話しかけられる?」
「どうやって話しかけますか? トマスくんは子どもですよ?」
「そうね……世間話を装うわ」
丸亀は、コホンと咳払いをした。
「モブキャラは、GMの僕が演じさせてもらいます。トマスくんから、どうぞ」
「こんにちは、窓口のおじさん」
「こんにちは、トマスくん。何か用かい?」
「特に用はないけど、おじさんがヒマそうにしてたから、話しかけたのよ」
「ハハハ、こうみえても忙しいんだけどね。用がないなら帰った帰った」
おっと、厄介払いされそうだ。早乙女、ふんばれ。
「つれないわね。そういうときは素数をかぞえるのよ……今、何時かしら?」
「さあ……11時くらいじゃないか」
「正確に知りたいわ。時計はどこにあるの?」
「待合室にはないよ」
早乙女の視線が、ちらりと六連のほうに移った。
「アイコンタクトも禁止ですよ」
丸亀の注意に、早乙女は謝りつつ、
「ごめんなさい……どうしてこの待合室には、時計がないの? 不便じゃない?」
と尋ねた。丸亀はピンと指を立てて、
「イベントタイムです。サイコロを振ってください」
と指示した。早乙女は、軽くサイコロを振った。
「61……カオスの制御に失敗してしまったわ」
「さきほどのおばさんが窓口にやって来て、あなたは厄介払いされてしまいました」
「ターン終了ってわけね」
「では、不破さん、次はリリーさんの……」
「ちょっと待って」
早乙女は、丸亀の司会に待ったをかけた。
「どうかしましたか?」
「サイコロは失敗したけど、ロッジェと会う時間くらいは残ってるんじゃないの?」
「しかし、情報共有フェーズは、捜査フェーズ終了後ですので……」
「それはおかしいわ。イベントが成功あるいは失敗した時点でターン終了なら、フェリスがハッシュにカードを見せたときだって、時間はなかったはずよ」
丸亀は、なるほどとつぶやいた。
「合理的な説得です。採用しましょう」
「おいおい、ルールはGMが決めるんじゃないのか?」
あたしのヤジに、丸亀はふりむいて、
「TRPGでは、GMに対する説得も重要です。裁量の余地があります」
と答えた。んー、なんか納得いかねぇな。将棋みたいにきっちりしろよ。
「カードを読むのに時間はかからないから、楓さん、続きをどうぞ」
早乙女は六連のカードを見ながら、あたしにターンを回した。
「これって、今から役場に行っても間に合わないのか?」
「ダメです。捜査場所の変更は認められません」
「チッ、やっぱダメか……だったら、することねぇな。パス」
あたしのパス宣言で、1日目午前の捜査フェーズは終了した。
「これからは、情報共有フェーズです。あなたたちは、村の中央にある大きな食堂で顔を合わせました。自由に話し合ってください」
丸亀は、全員に発言を許可した。
最初に発言したのは、西野辺だった。
「とりあえず、入手したカードをお互いに見せっこない?」
「アハッ、それがいいね。練習だし、ほかのイベントカードも気になるよ」
「お花は構わないのですぅ」
「僕も異論ありません。カードを伏せるメリットがないので」
「それじゃ、僕とハッシュさんが手に入れたイベントカードを公開するね」
師匠はそう言って、カードを表向きにおいた。
【R−1−1 ロッジェの覗き穴】
覗き穴の奥には、未開封の木箱と、大きな鏡がみえた。
みんな無言になる。また師匠が口をひらいた。
「箱のなかに、なにか証拠が入ってるんじゃないかと思うんだ」
なるほど、いかにもって感じだな。
「それじゃ、桐野さんもカードを見せてね」
「はぁい」
【I−4−1 イゾルデばあさんのティーセット】
イゾルデばあさんのティーセットは、ホコリをかぶっていた。
また無言になる。
「お花の推理はぁ……よく分かんなかったのですぅ」
全員ずっこけた。とはいえ、あたしたちの誰も、アイデアを出せなかった。
「次は、六連くんの番だね」
師匠は、六連にイベントカードの提示を求めた。
すると六連は、なにやら真剣な表情で、身動きをとめた。
「六連くん?」
「……拒否します」
「え? なにを?」
「カードのオープンを、です」
あたりがざわつく。
「ちょっと、さっきは見せるって言ったじゃん」
と西野辺。そうだ、そうだ。
「気が変わりました。猟師のロッジェは、執務室で入手した情報を教えません」
あたしはドンとテーブルを叩いた。
「おい、てめぇ、ぶん殴られたいのか?」
「不破さん、TRPGで暴力は厳禁です。たとえ他のプレイヤーが協力的でなくても、それは本人の自由ですから……猟師のロッジェは、情報を残さずに食堂を去りました。ほかに話し合うことはありますか?」
みんな憤慨した様子だったが、そのあたりは将棋指し。
負けたときほど腹が立っているわけでもない。
すぐに険悪な雰囲気は晴れた。
「おい、早乙女」
「なにかしら?」
「おまえ、さっき六連からカードを見せてもらってたよな?」
あたしの問いかけに、早乙女は「ええ」とだけ答えた。
「よし、だったら代わりに教えろ。六連の口から聞く必要はない」
全員の視線が、早乙女に集まった。早乙女は、すぐには答えなかった。
「早乙女、まさかおまえまで教えないって言うんじゃないだろうな?」
「待ってちょうだい。損得を計算してるの。ロッジェの機嫌をとるか、それとも他のメンバーの機嫌をとるか……OK、計算できたわ」
こいつが【計算】って言葉を使うと、ほんと不気味だからやめて欲しい。
「で、内容は?」
「『柱時計には1437という数字が掘られていた』よ」
1437? ……暗号か?
ほかのメンバーも、おなじように感じたらしい。まずは西野辺が、
「14時37分じゃない?」
と言い出した。これには師匠が、
「時計で1437だと、そう読めるけど……そんなに簡単な暗号かな?」
と疑問を呈した。あたしはテーブルに身を乗り出して、
「午後のフェーズには14時37分が含まれますし、全員で役場に押しかけませんか?」
と提案した。
よくよく考えると、ひとりをぼっこぼこに捜査するほうが、効率がいい。
桐野には悪いけど、スケープゴートになってもらうぜ。
「ふえぇ……これはイジメなのですぅ……」
「それでは、午後の行動順を決定します。サイコロを振ってください」




