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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第23局 駒桜市立=清心合同練習会(2015年6月8日月曜)
252/682

240手目 練習試合その6 来島〔市立〕vs古谷〔清心〕(2)

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 僕は飛成を優先した。

「金を逃げるかと思ったけど……」

 来島くるしま先輩は、むずかしそうな顔をする。

 先手に金銀を渡し過ぎた感はあるよね。

 でも、このあとの手がきびしい。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「5五飛」

「7六と」


挿絵(By みてみん)


 同金と取れないかたち。

 来島先輩は29秒まで考えて、7七桂と跳ねた。

 7七歩との比較に迷っていたみたいだ。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「8七と」

 とりあえず金はもらっておく。

 同玉、5四金打、7五飛、6四金、7六飛。

 飛車の閉じ込めに成功……したけど、7七桂が意外とイイ手だった。

 飛車を殺す6五金を防いでいる。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 なけなしの歩を垂らしておく。

「んー……取ると……?」

 取っても、即死はしないんじゃないかな。

 6六飛、5七歩成から飛車をイジメたいだけだ。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 来島先輩は、6八に歩をそっとおいた。手がたい。

 こうなると、僕の攻め駒が足りないね。

「9四歩」

 まずは端に味つけ。

「9六玉」

「それでも逃げて来ますか……5七歩成です」

 8五桂、9五歩、同銀、8四角、9二歩。


挿絵(By みてみん)


 ん? 叩いてきた?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 これは先輩の勘ちがいじゃないかな。

 僕は29秒まで確認して、同香と取った。

「9四歩」

「同香」

 先輩はハッとなった。

「そっか……意味ない……」

 放置なら9五香で勝ち。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「同銀ッ!」

「9五歩です」


挿絵(By みてみん)


 自陣にもどってもらう。

「うーん……8六玉」

 さて、入玉は阻止できた。

 ここからの方針だけど――飛車を抜こうかな。寄せるときに邪魔だ。

 7三歩、9三銀不成、同角、同桂成、7五銀。

「あちゃあ……同飛」

 同金、同玉。

 ここで7四飛……いや、4四龍?

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「4四龍」


挿絵(By みてみん)


 まちがったか? 7四飛のほうが良かったかもしれない。

「8六玉」

 ん? 単に逃げ?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「8九飛」

 駒が足りないから、回収する。

 8七金、6八と、7六銀。

 ちょっと油断した。強い。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「2九飛成ッ!」


挿絵(By みてみん)


 桂馬を入手。

 入玉の阻止は4四の龍にまかせる。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「7四歩ッ!」

 ムリヤリ入玉してきた。

 2七龍、7三歩成。

「入玉はさせませんッ! 8四龍ッ!」


挿絵(By みてみん)


 来島先輩は、僕の龍をにらんだ。

「え……それは……?」

 先輩は、持ち駒の歩に指をのばした。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「8五歩ッ!」

 僕は8七龍と切って、同玉に桂馬を空打ちする。

「7五桂」


挿絵(By みてみん)


 来島先輩はこの手をみて、背筋を伸ばす。

 キャラクターフードが頭からずれた。

 同銀なら8五龍、8六歩、7六金。

 9八玉なら8七金、同銀、同桂成、同玉、8五龍。

 全部寄り。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「負けました」

「ありがとうございました」

 おたがいに一礼して終了。

 来島先輩は胸元に手をそえて、しばらく考え込んだ。

「最後、急転直下だったかな……8七龍に同銀でもおなじだよね?」

「はい。8七龍、同銀、7五金、9七玉、8五金で寄りだと思います」

 

【検討図】

挿絵(By みてみん)


「……だね。次に9六歩、同銀、8六金と伸ばされて負け」

「僕のほうも、若干ヒヤっとした局面がありました。4四龍に代えて7四飛でしたか?」

「4四龍……8六玉って逃げたところ?」

「はい。4四龍に6五銀と打たなかった理由は?」

「8七飛で即死すると思うよ?」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 あ、そっか。

「すみません、気付きませんでした」

「んー……実際に6五銀って打ったら、気付くと思う」

 来島先輩、前評判よりだいぶ強いな。

 虎向こなたと当たったら、一発入るんじゃないだろうか。

 まあ、これは僕のうっかりという感じ。気が抜けてた。

「おーい、来島、古谷ふるや

 箕辺みのべ会長が感想戦に参加してきた。

「どうだった?」

「僕が勝ちました」

「ああ……そうか……」

 なんか妙な返事だな。

 普段はもっとハキハキしている印象なんだけど。

 そんな疑問をよそに、会長は盤面をのぞきこんだ。

「ん? これが本譜なのか? 詰めろ飛車取りだぞ?」

 来島先輩は、検討図だと答えた。

「そっか、悪い、早とちりした……すこし休憩にしないか?」

 気付けば、ほかのメンバーはお菓子をつまんでいた。

 150手以上指したし、僕たちの席が最後だったみたいだ。

「来島先輩、ほかに検討したかった箇所はありますか?」

「何ヶ所かあるけど、それは次の練習のときでいいかな」

 というわけで、一礼して終了。

 僕たちは席を立って、ほかのメンバーと合流した。

 勉強机を長方形にならべて、お菓子のふくろをあけていた。

「……あれ、虎向? 捨神すてがみ先輩と指してるの?」

兎丸うさまるッ! 助けてくれッ!」

「アハハ、王手飛車だよ」

 うーん……さわらぬ神に祟りなしってね。

 僕は佐伯さえき先輩のとなりに座った。

「お疲れさまです」

「お疲れさま」

 佐伯先輩は、僕に紙コップを渡してくれた。コーラを一杯。

「先輩、調子はどうですか?」

「まあまあかな。一応連勝してる」

 佐伯先輩は、飛瀬とびせ福留ふくどめで勝っていると教えてくれた。

 福留さんに勝つのは順当。飛瀬先輩との実力関係は、イマイチ分からない。

「古谷くんも、ちゃんと勝ってる?」

「はい……ちゃんと、っていうのが気になりますね」

「県大会は、古谷くんをメインにしようと思ってる」

 飲み終えた紙コップを、僕はテーブルのうえにもどした。

「主将メインで行ってください」

「僕より古谷くんのほうが強いんじゃないかな。捨神くんもそう言ってたし」

「捨神先輩が?」

「うん。『僕と古谷くんのどっちが強い?』って尋ねたら、そう答えてくれたよ」

 僕はあきれてしまった。

 答えるほうも答えるほうだけど、尋ねるほうも尋ねるほうだ。

「他校の意見を参考にするのは、どうなんでしょうか」

「部活の勝敗でもそうだし、やっぱり古谷くんメインでいくよ」

 県大会は3人制で席が固定だから、メインもなにもないと思うんだけど。

「それに、古谷くんのほうが、他のブロックの代表に詳しいだろうから」

「まあ、それは否定しませんが……」

 その瞬間、虎向の悲鳴があがった。

「負・げ・ま・じ・だ」

「アハッ、ありがとうございました」

 虎向は感想戦もしないで、僕に泣きついてきた。

「うわああんッ! 飛車角全部取られたッ!」

「よしよし……なんで捨神先輩を怒らせたの?」

 飛瀬先輩の質問に答えていたら、いきなり勝負を挑まれた――と虎向は答えた。

「まさか、捨神先輩と虎向のどっちが強いか訊かれて、自分って答えたの?」

「プリティかセクシーかって訊かれて、迷ったら怒られたッ!」

「???」

 捨神先輩がこちらに歩いてきた。

 虎向は、サッと僕の背後に隠れた。

「古谷くん、ちょっといいかな?」

 おっと、虎向じゃなくて僕に用があるのか。くわばら、くわばら。

「なんでしょうか?」

 捨神先輩は、空いている椅子を引いて、僕のそばに座った。

 虎向はそれに合わせて、佐伯先輩のうしろに隠れなおした。

 さっきからバレバレだけどね。

「古谷くん、次の土曜日、空いてるかな?」

「13日ですか? ……なにかイベントでも?」

 捨神先輩は、いつもみたいにかるく笑った。

「アハッ、内容を聞かないと、空いてるかどうか教えてくれないんだね」

「空いてる時間帯にもよりますから……」

「先週の土曜日、四国の日日にちにち杯代表選手が、H島へ下見に来たんだよ」

 ん、その話なら知ってる。

 吉良きら先輩が駒桜こまざくらに現れたっていう噂、もしかしてほんとなのか。

「なにかあったんですか?」

 捨神先輩は、両手をふって否定した。

「なにもないよ……それでね、次の土曜日は、中国地方の代表がH島市へ集まるんだ」

「ああ、その付き添いですか……でも、なんで僕に声をかけるんですか?」

 県代表経験のない僕に対するイヤガラセかな、というのは冗談。

 なんとなく察しがつくよ。

「僕は体が弱いから、サポートして欲しいんだよね」

「喜んで……ただ、僕でいいんですか? 不破ふわさんは?」

「不破さんも、もちろん呼ぶよ」

「じゃあ、先輩と僕と不破さんの3人ですか?」

 まあまあの面子だな、と思いきや、捨神先輩は先を続けた。

「箕辺くんと葛城かつらぎくんと飛瀬さんとポーンさんと佐伯くんと大場おおばさんにも声をかけるよ」

「え……? それ、多過ぎません?」

 僕の指摘に、捨神先輩はポカンとした。

「多い? なにが?」

「人数です……会場の下見ですよね? 同行者の制限はないんですか?」

 捨神先輩は、スマホをフリックした。

「……あ、ほんとだ。『選手ひとりにつき2名まで』って書いてある」

「2名でも太っ腹ですね。交通費を出してくれるんでしょう?」

「うん……ど、どうしよう? 交通費を僕が払ったら、全員参加できないかな?」

 捨神先輩、お金持ちだなあ。マンションでひとり暮らししているだけのことはある。

「ダメだと思います。っていうか、大人数で会場に行ったら迷惑ですよ」

「それもそうだね……」

 さぁて、捨神先輩、だれを切るかな。

 こういうところで、人間関係が分かる。

 僕の予想は、箕辺先輩と葛城先輩をのこす。幼馴染だから。

「うーん……うーん……」

「そんなに悩むことですか? ふたりですよ?」

 変だな。さっきのふたりで、いいと思うんだけど。

 箕辺先輩は駒桜の会長。葛城先輩は副会長。選ぶ口実も完璧だ。

「うーん……じゃ、じゃあ、数を減らしていくね」

 えぇ……人間関係があからさまになるから、ちょっと怖い。

 僕の心配をよそに、捨神先輩は候補者を切りはじめた。

「まず、大場さんに辞退してもらって……」

 大場先輩、御愁傷さま。

「それから……ポーンさんも、また今度にしてもらおうかな」

 女子を2連続で切るのか。次は飛瀬先輩?

 箕辺先輩と捨神先輩の関係は、やっぱり意味深なんだろうか、なんてね。

「次は……どうしよう……」

「僕はハズしてもらって結構ですよ」

「え? いいの?」

「年下ですし、役職持ちでもないですし、どのみち日日杯は観に行きます」

「あ、ありがとね。のこりは、箕辺くんと葛城くんと佐伯くんと飛瀬さんと不破さん」

 いや、そこまで絞れたなら、箕辺会長と葛城副会長でいいのに。

 わざわざ【役職持ち】というキーワードを出したんだ。反応して欲しかった。

「さ、佐伯くんに辞退してもらっても、大丈夫かな?」

 ふぅん、佐伯先輩のラインって、そこなんだ。

 さすがに不破さんのほうが付き合いは長いか。

 このとき、そばにいた佐伯先輩も反応した。

「今、名前を呼んだ?」

「う、うん、じつは……」

 捨神先輩の説明に、佐伯先輩は快諾してくれた。

 っていうか、あんまり興味なさそう。

「ということは、箕辺くんと葛城くんと飛瀬さんと不破さんからふたり……」

 最後のひと押し――かと思いきや、沈黙がおとずれた。

「……」

「どうしたんです? そこからふたりですよ?」

「……」

「捨神先輩?」

 先輩は思いついたように、フッと顔をあげた。

「箕辺くんと葛城くんと僕は、幼馴染だよね」

 うんうん、ようやく解答に達した。

「はい」

「つまり、箕辺くんだけ、葛城くんだけ連れていくことはできないよね?」

「はい」

「アハッ、だったら簡単だね。飛瀬さんと不破さんを連れていくよ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「はい?」

「古谷くん、相談にのってくれて、ありがとね」

 捨神先輩はそう言って、箕辺先輩たちのところへ移動してしまった。

 いや……問題が解決したならそれでいいんだけど、どういう推論だったんだろ。

「ねぇ、虎向、さっきの飛瀬先輩の件だけど……あれ?」

 虎向がいない。僕は、佐伯先輩にたずねた。

「さっきまで先輩のうしろにいましたよね? トイレですか?」

 佐伯先輩は、やりとげた表情でグッとこぶしをにぎった。

「手品で消してみたよ」

「えぇ……」

場所:駒桜市立=清心合同練習会

先手:来島 遊子

後手:古谷 兎丸

戦型:矢倉


▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲6六歩 △6二銀

▲5六歩 △5四歩 ▲4八銀 △4二銀 ▲5八金右 △3二金

▲7八金 △5二金 ▲6九玉 △4四歩 ▲7七銀 △3三銀

▲7九角 △3一角 ▲3六歩 △4三金右 ▲3七銀 △6四角

▲5七角 △4一玉 ▲7九玉 △3一玉 ▲8八玉 △7四歩

▲4六銀 △4五歩 ▲3七銀 △5三銀 ▲6七金右 △4四銀右

▲6五歩 △7三角 ▲7五歩 △同 歩 ▲同 角 △2二玉

▲7四歩 △6二角 ▲4八飛 △7二飛 ▲4六歩 △7四飛

▲5七角 △4六歩 ▲同 銀 △4五歩 ▲同 銀 △同 銀

▲同 飛 △5五歩 ▲同 歩 △7三桂 ▲5六銀 △3五歩

▲4八飛 △8五桂 ▲7六銀 △4六歩 ▲8六歩 △4七銀

▲同 銀 △同歩成 ▲同 飛 △5八銀 ▲4六飛 △7三角

▲6六角 △7五歩 ▲8七銀 △6七銀成 ▲同 金 △2四飛

▲4七飛 △6四歩 ▲7五角 △9七桂成 ▲同 玉 △4六歩

▲5七飛 △7四金 ▲6六角 △6五金 ▲8八角 △8五歩

▲2六桂 △5六歩 ▲5九飛 △8六歩 ▲同 銀 △4七歩成

▲7九飛 △7二歩 ▲7四飛 △5七と ▲7七金 △4四飛

▲6六歩 △5五金 ▲8四歩 △8二歩 ▲8七金 △6七と

▲7五飛 △6五歩 ▲同 歩 △6六と ▲6四歩 △4七飛成

▲5五飛 △7六と ▲7七桂 △8七と ▲同 玉 △5四金打

▲7五飛 △6四金 ▲7六飛 △6六歩 ▲6八歩 △9四歩

▲9六玉 △5七歩成 ▲8五桂 △9五歩 ▲同 銀 △8四角

▲9二歩 △同 香 ▲9四歩 △同 香 ▲同 銀 △9五歩

▲8六玉 △7三歩 ▲9三銀不成△同 角 ▲同桂成 △7五銀

▲同 飛 △同 金 ▲同 玉 △4四龍 ▲8六玉 △8九飛

▲8七金 △6八と ▲7六銀 △2九飛成 ▲7四歩 △2七龍

▲7三歩成 △8四龍 ▲8五歩 △8七龍 ▲同 玉 △7五桂


まで162手で古谷の勝ち

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