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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第23局 駒桜市立=清心合同練習会(2015年6月8日月曜)
251/682

239手目 練習試合その6 来島〔市立〕vs古谷〔清心〕(1)

※ここからは、古谷くん視点です。


 さてと……どうしたものかな。

 捨神すてがみ先輩が来たけど、話しかけそびれてしまった。

 なぜか怒ってたっぽい。

 でも、今はいつものへらへら笑いだ。佐伯さえき先輩たちと談笑している。

 なにがあったのか、あとで訊いてみようかな。やぶ蛇にならない程度に。

「失礼します」

 向かいの席に、ゲームキャラのフードをかぶった少女が座った。

 来島くるしま先輩だった。

「こんにちは」

 僕が挨拶すると、来島先輩も返してくれた。

 礼儀正しいひとだよね、見かけとちがって。

 学校の制服を勝手に改造してたから、第一印象はあんまり良くなかった。

 人間、印象の見なおしが大切。

古谷ふるやくん、調子はどう?」

「まあまあです」

 じつのところ、調子はかなりいい。気分も爽快。

「ふぅん……」

 来島先輩は、じっと僕の顔を見つめた。怖い。

 ときどき目付きが鋭くなるよね、このひと。目が悪いのかな。

 コンタクトでもすればいいのに。

「……ほんとかな。絶好調みたいな雰囲気だけど」

「アハハ、そんなことありませんよ」

 笑ってくれない。怖い。

 来島先輩は、「ま、いっか」とだけ言って、駒をならべ始めた。

 僕もならべる。

「来島先輩こそ、田中たなか先輩に勝って好調じゃないですか」

「田中先輩は、受験勉強で忙しいからだと思うよ?」

 ごまかされたね。県大会で直接当たるわけじゃないから、ここは穏便に。

「3年生のひとたちには、ぜひ志望校に受かって欲しいですね……振り駒は?」

「古谷くんでいいよ」

「いえ、ここは先輩にゆずります」

 来島先輩の振り駒で、歩が5枚。僕の後手。

 チェスクロを確認する。15分30秒になってるね。

「では、第2局を始めます……準備はいいですか……?」

 だれも声を発さなかった。

「それでは、始めてください……」

「よろしくお願いします」

 僕は一礼して、チェスクロを押した。

 来島先輩が初手を指す。

「7六歩」

 無難だね。8四歩、と。

「どっちにしよう……」

 来島先輩は10秒ほど考えて、6八銀を選択した。

「矢倉ですね。3四歩」

 6六歩、6二銀、5六歩、5四歩、4八銀、4二銀。

 僕のほうは、ついていく感じでいいかな。

 練習試合で研究を見せてもしょうがない。

 5八金右、3二金、7八金、5二金。


挿絵(By みてみん)


「古谷くんに積極性を感じない……6九玉」

 4四歩、7七銀、3三銀、7九角。

 田中先輩の話によると、前局は来島先輩から仕掛けてきたみたいだ。

 攻めたいお年頃?

 3一角、3六歩、4三金右、3七銀、6四角。

「……」

 ん、長考してきた。僕は水筒をとりだして、お茶を飲む。

 お茶と言えば、裏見うらみ先輩だよね。あんなに飲んで、トイレが近くならないのかな。

 

 パシリ

 

 おっと、指した。


挿絵(By みてみん)


 へぇ……予想通り、先手から変化してきた。

 狙いは、だいたい分かる。6五歩〜7五歩。

 すぐにってわけじゃないだろうけど。

「囲いますね。4一玉です」

 7九玉、3一玉、8八玉。

 僕は入城するかどうか考えて、7四歩を選択した。角を楽にする。

「4六銀」

「4五歩」


挿絵(By みてみん)


 さすがに反発させてもらう。

 3七銀、5三銀。

「5八金のままは、むずかしいっぽい……6七金右」

 僕は黙って4四銀右と盛り上がった。

 さあ、来島先輩、6五歩〜7五歩しかないんじゃないかな。

 先輩も覚悟を決めたらしく、ぐいっとあごを引いた。

「6五歩」

 7三角、7五歩、同歩、同角。


挿絵(By みてみん)


「王手になっちゃいましたね。2二玉です」

 来島先輩は、7四歩と置いた。

 そう押さえたくなるし、そう押さえるのが正しいと思う。

 ただ、これで先手も忙しくなった。

 7四歩は、7二飛〜7四飛で取りきれる。僕の方針は明確。

「6二角」

 来島先輩は、ノータイムで4八飛と寄った。


挿絵(By みてみん)


 なるほど……これが先手の回答か。

 7二飛〜7四飛は、先輩にも見えているのだろう。

 断言はしないけど、リスペクトはしておくよ。しておいて損はない。

 歩を取る2手のあいだに動けそうなところと言えば、4筋。

 つまり、ここからの指し手は、7二飛、4六歩、7四飛、5七角。


挿絵(By みてみん)


 (※図は古谷くんの脳内イメージです。)

 

 ここまでは確定。

 後手は7三桂と跳ねたいけど、それは7五歩で飛車が死ぬ。

 4六歩と取り返して、一回4筋をおさめるのが本線かな。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 だいたい構想はまとまった。

 僕は気息をととのえて、7二飛と寄る。

「古谷くんから余裕を感じる……」

「これでも緊張してますよ」

 むしろ僕は、来島先輩から殺気を感じるんだけど、なんでだろ。

 キャラクターフードをかぶってるところ以外は、普通の女子高生だよね。多分。

「もう攻めるしかないね。4六歩」

 7四飛、5七角、4六歩。

 僕は4筋の歩を払って、チェスクロを押した。

 それと重なるように、来島先輩は同銀と取る。

「あんまり指したい手じゃありませんけど……4五歩です」


挿絵(By みてみん)


 同銀でタダ。後手としては、しょうがない流れ。

「同銀」

 同銀、同飛。銀交換が成立。

 分かれとしては、五分かな。来島先輩とは初手合いで、思っていたよりも強い。

 僕は5四の歩を持ち上げて、パシリと前に進めた。


挿絵(By みてみん)


「5二銀が厳しそうにみえて、そうでもないパターンだね。同歩」

 取りますか……おさめておけば歩得だから、先手としては当然の選択かも。

「7三桂」

 ここを跳ねないと、お話が始まらない。

 来島先輩は、すこし考え込んだ。

「ぶつけられると、こっちがマズいのかな……?」

 7五歩、4四飛を考えてるっぽい。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 そっちか……飛車交換はマズいと読んだようだ。

 だけど、これには奥の手がある。

「3五歩です」

 いきなりの突き捨てにも、来島先輩は表情をくずさなかった。

 このあたりの内心を隠すのは、うまいなぁ。さすがはゲームの達人。

 意表を突いた手だと思うんだけどね、これ。

 3五同歩と取った瞬間、2四飛で痺れる。


挿絵(By みてみん)


 (※図は古谷くんの脳内イメージです。)

 

 2七の地点は、意外と盲点なんだよ。相振りでも、うっかりが起こりやすい場所だ。

 来島先輩も、ここですこし考えた。本命で読んでいたわけではないようだ。

「……4八飛」

 さすがに3五同歩のうっかりはないか。

 僕は8五桂と跳ねた。

「7六銀」


挿絵(By みてみん)


「……来島先輩、やりますね」

 僕は姿勢を正した。ひたいに手を当てて、クールダウンする。

 先輩はなにも答えず、箕辺みのべ先輩がさしいれたジュースを飲んだ。

「BBレモン、好きなんですか?」

「え? どうして?」

「箕辺会長、ほかの部員には選ばせてたのに、それだけ手渡しましたよね?」

 来島先輩は、キャップを締めながら、

「気のせいだと思うよ」

 と返してきた。

 えぇ、気のせいかなぁ。僕は目がいいんだよ。眼鏡でもコンタクトでもないし。

 来島先輩と箕辺会長の関係性に注目しちゃうなあ……っと、将棋に集中しよう。

 7六銀は、5七の角を利用した手だ。8六歩で、桂馬の取り切りを狙っている。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「4六歩」

 まずは垂らす。

「それは……?」


 ピッ


 来島先輩は、30秒将棋になった。

 うまいところで使い切ってくれた感じ。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「8六歩」

「4七銀です」

 僕は4七の地点に銀を滑り込ませた。

 同銀、同歩成、同飛。

「5八銀」


挿絵(By みてみん)


 そんなに自信があるわけじゃない。

 ただ、30秒将棋ならごまかしの利くかたちだ。

「両取り……」

 来島先輩は飛車に指をそえた。

 そっちを逃がすしかないよね。

 問題は逃がす位置。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 来島先輩は、スッと4六に上げた。


挿絵(By みてみん)


 いやぁ、いろいろ連携してる。

 4六飛は7六の銀に紐をつけている。

 でも、かなり危ない位置だ。

 僕は30秒将棋になるまで考えて、7三角とのぞいた。次に5五角をみる。

「ん、それって……」

 来島先輩は、金を6六に上がろうとした。

 それは7五歩、同銀、同飛、5五角で王手飛車ですよ?

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「6六角ッ!」

「それでも7五歩ですッ!」

 8七銀と下がらせて、6七銀成、同金に2四飛と回った。


挿絵(By みてみん)


 手応えを感じる。ごちゃごちゃした空中戦は制した。

「ちょっと困ったかも」

 来島先輩はジュースを飲みなおして、4七飛と引いた。

「冷静ですね」

「……」

「ムリヤリ成り込むのは、採算が合わないので……6四歩です」

 来島先輩は椅子を引きなおした。

 真剣な読み合い。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 先輩は、ギリギリで7五角と上がった。

 僕も29秒まで読む。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


「桂捨て?」

 来島先輩は、一瞬だけ「チャンス」みたいなオーラを出した。

 なるほど、8五歩、同歩で桂馬を取るよりも、先手は上部が安全にみえる。

 だけど、それは誤解だ。

「同玉」

「4六歩」

「5七飛」

 飛車を退かせにいったようにみせかけて……こっちが本命。

「7四金」


挿絵(By みてみん)


 上から圧殺する。

「その手があったか……これはうっかりしたね」

「先輩、本音を言っちゃっていいんですか?」

「能面がプレッシャーを与えるとは限らないから。6六角」

 たしかに。将棋の形勢自体は、ポーカーフェイスでも変わらない。

 6五金、8八角、8五歩。

 どんどん攻める。

「まだまだ、2六桂」


挿絵(By みてみん)


 ん、そうやって止めてくるのか。

 先に5六歩だったかな。後悔先に立たずだし、反省会は後回し。

「5六歩」

 このタイミングでも入るからね。

「5九飛」

 僕は8六歩と取り込んで、同銀に4七歩成と成った。

 このまま5七歩成を狙う。

「ジリ貧は拒否。7九飛」

「7二歩」

 来島先輩は、スーッと7四まで飛車を浮かせた。

 攻めじゃなくて入玉準備だったかな、これ。さっきのは三味線だ。

「5七……失礼しました」

 僕は5六の歩をもどす。このかたちなら、と金2枚よりも優先したい手があった。

「5七と」


挿絵(By みてみん)


 一見、損にみえるけど、こっちだ。

「……あ、4四飛か」

 来島先輩、正解。

 飛車の突入口を作ったんだよ。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「ダメだ、回避できない。7七金」

「4四飛」

 6六歩、5五金、8四歩、8二歩、8七金、6七と。

 殴り合いになってきた。

 7五飛、6五歩、同歩、6六と、6四歩。


挿絵(By みてみん)


 意外としぶといな……形勢判断ミスだったか?

 どうする? 飛車を成る? 金を逃げる?

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