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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第23局 駒桜市立=清心合同練習会(2015年6月8日月曜)
249/683

237手目 練習試合その4 佐伯〔清心〕vs福留〔市立〕

※ここからは、佐伯くん視点です。

「アハッ、なんだ、将棋の話だったんだね」

 捨神すてがみくんはそう言って笑った。

 さっきまで怒ってたのに、お天気屋さんだなあ。

 なにに怒ってたのか、イマイチ分からなかったけど。

 一緒に入ってきた箕辺みのべくんも同感らしく、ちょっと焦ったような口調で、

「まったく、驚かせるなよ……廊下で会ったとき、事件かと思ったぞ」

 と額の汗をぬぐった。

 どうやら箕辺くんは、差し入れをしに寄ったみたいだ。

 こういうときに気が利くのは、さすが会長。僕も見習わなきゃ。

市立いちりつの男子将棋部……じゃない、同好会のメンバーは、練習に参加しないの?」

 僕の質問に、箕辺くんは声を落とした。

飛瀬とびせから、参加しないでくれって頼まれた」

「どうして? ケンカでもしてるとか?」

「いや……おそらくこれ、女子のレギュラー選抜戦なんだと思う」

 ああ、そういうことか。ようやく分かったよ。

裏見うらみ先輩と飛瀬さんは確定だから、1枠争い?」

「裏見先輩は、出ないらしい。俺はそう聞いてる」

 おっと、機密事項。ほかの高校へは漏らさないようにしよう。

「3年生で、大事な時期だものね……松平まつだいら先輩も来てないの?」

 最近忙しそうで顔を見せていないと、箕辺くんは答えた。

 そして、ちょっと呆れ気味に、こう付け加えた。

「なんでも、裏見先輩とおなじ大学を狙ってるんだとさ」

 ふぅん……もうしわけないけど、日本の大学には詳しくないんだよね、僕。

 故郷のポーランドでは、グダニスクの大学が一番近かったかな。

「どこ?」

都ノみやこのって言ってたな」

「あれ? もしかして、三宅みやけ先輩が行ったところ?」

「ああ、そう言えばそうだ」

「公立? 私立?」

「都立だ。結構有名なところだぞ」

 箕辺くんは、東京へ行った先輩の名前を、いくつか挙げた。

 千駄せんだ先輩、冴島さえじま先輩、傍目はため先輩……そこそこいるね。

 でも、裏見先輩が狙っているからという理由で狙うのは、どうなのかな。

 もっと主体的に選ばないと。

「どうして一緒の大学がいいのかな?」

 僕の質問に、箕辺くんはきょとんとした。

「そりゃ……松平先輩は裏見先輩に片想いしてるからだろ?」

「え? そうなの?」

 箕辺くんは肩をすくめてみせた。

「おまえ、相当鈍感だな」

「そうかなあ……ところで、市立では部内恋愛オッケーってこと?」

「さ、さあな……というか、片想いって部内恋愛なのか?」

「定義次第だけど……うちは、僕の代で禁止したよ」

 兎丸うさまるくんと虎向こなたくんの間柄があやしいからね……あれ?

「箕辺くん、目が泳いでない?」

「そ、そんなことはないぞッ!」

「大声で否定しなくても……ねぇ、捨神くん?」

「アハッ、ほかの高校の将棋部員ならOKだよね」

 いや、そういう話じゃなかったよ。

「っていうか、なんで将棋部限定なの? 将棋部の女子って、気が強そうじゃない?」

 これには、捨神くんが挙動不審になった。

「え? さ、佐伯くんは、だれのことを念頭に置いてるの?」

「飛瀬さんとか来島くるしまさんとかポーンさんとか葉山はやまさんとか裏見先輩とか……」

「佐伯ッ! おまえはどこを見てるんだッ! すくなくともひとりは違うだろッ!」

 今度は、箕辺くんが怒り始めた。意味が分からない。

 捨神くんも、うんうんとうなずいた。

「そうだよ。飛瀬さんは違うよ。ほかは同意するけど」

「捨神ッ! おまえもなにを言ってるんだッ!」

 これには、捨神くんもすかさず反論。

「箕辺くんこそ、『すくなくともひとり』のひとりってだれのこと?」

「うッ……それはだな……」

「ちょっとッ! そこの男子3人組ッ!」

 ふりかえると、葉山さんが腰に手を当てて立っていた。

「まだ休憩時間じゃないでしょ。次の対局、始まるよ」

 おっと、遅刻厳禁。

 僕は対局席に向かった。

 ショートの明るそうな子が先に座っていた。

「あ、佐伯先輩ッ! よろしくお願いしますッ! 福留ふくどめあずさですッ!」

 元気があっていいね。僕もやる気が出てくる。

「よろしく。駒を並べようか」

 パチパチ並べて、対局時計もセット。

 ちょうど終わったところで、飛瀬さんのアナウンスが入った。

「対局準備の整っていないところは、ありますか……?」

「ごめん、振り駒だけ待って」

 僕はそう言って、サッと振り駒をした。

 歩が3枚で、僕の先手だ。

「飛瀬さん、オッケーだよ」

「では、練習試合第2局を始めます……よろしくお願いします……」

 僕と福留さんは一礼して、よろしくお願いしますと言った。

「7六歩」

 とりあえず、ここだね。

 福留さんは、振り飛車党だったかな。古谷くんがそう言っていたような気がする。

「3四歩です」

「1六歩」


挿絵(By みてみん)


 さあ、なにをしようかな。普通の相振りじゃなくて、もっとカッコいいやつを。

「福留さんの番だよ?」

「あ、はい」

 15分30秒だから、序盤はスムーズに指さないと。

 時間がなくなるよ。

「いきなり予定と違う……1四歩」

「7五歩」

 先手三間模様にしてみる。

 福留さんはまた少し考えて、5四歩と突いた。

「おもしろくなってきたね。6六歩」

「えーいッ! 4四角ッ!」


挿絵(By みてみん)


 むむ、これはお株を取られたかっこう。

 僕から変化しようと思ったのに――でも、おもしろいから受けて立つよ。

「7八飛」

「ほんとに三間なんですか……じゃあ、2二飛で」

 6八銀、2四歩、6七銀、2五歩、2八銀、4二銀、4八玉。

「7二金」

 福留さん、そこからどうまとめるの?

 なにか研究手順があるのかな?

「僕はすなおに組むよ。5八金左」


挿絵(By みてみん)


「えぇ……佐伯先輩が普通の駒組みしてる……」

 僕は変態じゃないよ。

「まさか先輩、舐めプですか?」

「そういうわけじゃないけど……普通の駒組みのほうが舐めプって、おかしくない?」

「ぐぬぬ……それもそうか……6二銀です」

 そっちに囲うんだね。だったら端を突いておこう。

 9六歩、6一玉、3八玉。

 端を詰めたほうが良かったかな? ちょっと迷ったよ。

 ここで福留さんは、じっくり考え始めた。攻めて来そう。

「……2六歩」

 福留さんは手を伸ばして、静かに飛車先を突いた。

 同歩、同飛、2七歩、2五飛。


挿絵(By みてみん)


 浮いてきたね。これはスライド狙いかな。

「4八金直」

 金無双を完成させる。

 純粋振り飛車党のメンバーは、あんまり好きな囲いじゃないみたいだ。

「手を作るのがむずかしいですね……3三桂」

 こちらも7六飛と浮く。

 5一金、7七桂、5三銀左。


挿絵(By みてみん)


「あ、福留さん、それッ!」

 僕の指摘に、福留さんは身をひいた。

「うわ、びっくりした……なにか問題でもありましたか?」

 福留さんは、チェスクロの押し忘れや駒の利きを確認し始めた。

 そこじゃないよ、福留さん。

「その囲い、カッコいいね」

「はい?」

「僕もカッコよく組み替えるよ。4六歩」

 この手は、角頭を狙いつつ、4五桂跳ねも防いでいる。

「カッコいい囲い……ギャグかな……6四銀です」

 うーん、いきなり崩すのか。もったいない。

 でも、先手にプレッシャーをかけるイイ手だね。

「9七角」

「5三角」


挿絵(By みてみん)


 角のにらみ合いになった。

 後手から7五銀とすぐに出られるわけじゃないけど、こっちは7四歩と突けない。9七角成、同香、7五銀と出る手があるからね。

 代わりの攻めを考えよう。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 これ、6五歩、5五銀、4七金左なら、銀が立ち往生しそうだ。

 問題は、6五歩、同銀、同桂、同飛の決戦。


挿絵(By みてみん)


 (※図は佐伯くんの脳内イメージです。)


 先手の駒得(銀桂交換)か……8八角と引いて、手が繋がらないかな。

 4四角なら同角、同歩、4三角の王手。4四歩なら――うん、大丈夫そう。

「6五歩」

「うわぁ……そこ突かれちゃうんだ……」

 福留さんは腕組みをして、ああでもないこうでもないと考え込んだ。

 残り時間は、僕が6分、福留さんが2分。差がある。

「同銀……同銀です」

「同桂」

 同飛、8八角、4四歩。

 僕は持ち駒の銀を手に、10秒だけ再確認した。

「4三銀」


挿絵(By みてみん)


 露骨だけど受けにくいよ、これは。

 3四と5四の地点を同時に受けるには、4二桂と打つしかない。

 でもそれは、取った桂馬を守りに使って大損。

 こっちは3二銀成〜3三成銀もあるから、継続手には困らない。

「あッ……痺れたかも……」

「さあ、福留さんの回答を聞かせてもらおうか」

「……」

 見捨てるなら、桂馬のほうだと思う……あ、指した。

「6四飛」


挿絵(By みてみん)


 これまた頑張ったね。

 僕は3四銀成として、桂馬を取りにいく。

 2五桂、2六歩、7一玉、2五歩、6五飛。

 なるほど、桂馬を捨てて、僕の囲いを崩したわけか。

 こっちもすぐに決め手があるわけじゃない。

「一回受けるよ。2七銀」

「うーん……それも読んでなかった……」

 福留さんは時間がないと思ったのか、2六歩と叩いて、同銀に4五歩と突いた。

 これは同歩、7五飛、同飛、同角のあと、4六桂打を残したのかな。

「取り込まれると困るから、取るね。4五同歩」

「7五飛」

「3六飛」


挿絵(By みてみん)


「こ、交換しない手があるんですか?」

「なんでも交換するのはよくないよ」

 貪欲は七つの大罪のひとつだからね。気をつけないと。

「うぅん、読みがまたズレた……時間がなくなる……」


 ピッ

 

 福留さんは30秒将棋に。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「4六歩ッ!」


挿絵(By みてみん)


 ん、これは……同飛、6四角、3六飛、4六桂か。

 取らないほうがいい――けど、放置だと5五桂〜4七歩成があるね。

「5六歩」

 桂打ちを阻止。

「先輩、冷静過ぎッ!」

 手品もチェスも冷静に。もちろん将棋も。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「3三歩ッ!」


挿絵(By みてみん)


 そこに歩打ち?

 同角成だと……7九飛成ってことかな?

 成銀と馬が重なって窮屈だから、この歩打ちはありそうだ。同成銀だと、4五飛かもしれない。30秒でこの手を打ってきたのは、なかなか侮れないな。4四成銀は、同角、同歩、4七銀と突っ込んで来るし、ひねる必要がありそうだ。ああして、こうして。

「3五成銀」

「ん、あ、そっちですか……えっと……」

 なかなか読みが合わないね。相性悪し。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 うーん……それはどうかな。

 僕は30秒ほど読んで、4四成銀と入った。

 同角、同歩(これが桂当たりで痛いんだよね)、4七銀、同金直、同歩成。

「同玉」

 脱出を図る。

 後手は桂馬が死にそうだから忙しい。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「3五桂ッ!」


挿絵(By みてみん)


 さて……ここはちょっと注意しないといけない。

 うっかり同銀は、4五金、2六飛、3五金で、銀をすっぱ抜かれる。

 以下、2八飛、4五飛、5七玉は、一気にあやしくなるよ。


 ピッ

 

 僕も30秒将棋に。あわてない、あわてない。

「同飛」

 同飛、同銀。

「これは接近したんじゃないですかッ!? 2八飛ですッ!」

「4三歩成」


挿絵(By みてみん)


「……広い」

 福留さんは、絶望に包まれたかのように固まった。

 先手の入玉は、もう阻止できないはず。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「に、2九飛成」

「僕も飛車を下ろすよ。2一飛」

 次に5二とで困るから、福留さんは8二玉と逃げた。

 3三角成、1九龍。

「あれ? 受けないの?」

 福留さんは、チェスクロを押しながら顔を上げた。

「え、あ、はい。駒が足りないと思いました」

 正直だね。

「じゃあ、5一馬」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「負けました」

「ありがとうございました」

 以下は、同銀、同飛成、7一金打、5三とくらいの進行だね。受けなし。

 福留さんは、むずかしそうな顔をして一言。

「棋力差がありましたね。ひどい投了図」

「そうでもないよ。どこか気になったところはあった?」

 福留さんはしばらく宙を見上げてから、

「4三桂のところは、3四桂でしたか?」

 と尋ねた。局面をもどす。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「1七銀、3五角、同飛、4七銀が狙い?」

「はい。4七銀以下、同金直、同歩成、同玉、4六金、4八金、4五金とか」

 なるほどね。それはこっちの飛車が死んでいる。

「4七歩成のところは、同玉じゃなくて同金でよくないかな?」

「同金……あ、そっか、歩がないから続かないかもしれないですね」

「うん。4六金なら同金、同桂、4七玉、3四金、3六飛、4五金、2六飛だよ」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 ちょっとだけ怖いけど、切れていそうだ。

「あるいは、3四成銀、同歩と喰い千切って6六桂かな」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「ただ、これは危ない気もする」

「そうですか? 私のほうがかなりイヤな気分ですけど……」

 福留さん、意外と悲観的なのかな。

「つまり、3四桂でも後手劣勢は変わらないってことですね」

「そこまで差があった? 僕としては……」

 ここで、飛瀬さんから選手交代の合図があった。

 感想戦は中断。

「それじゃ、ありがとうございました」

「ありがとうございました……そう言えば、チェスでも挨拶するんですか?」

「もちろん。お辞儀じゃなくて、握手だけどね」

「だったら握手しましょうッ!」

 チェスに目覚めてくれたのかな。握手。

 福留さんは嬉しそうに、握手した両手を合わせた。

「じゃけん、今日は手を洗わないでおきましょうね〜」

 え……福留さん、不衛生なのかな。

 あとで手を洗っておこう。

場所:駒桜市立=清心合同練習会

先手:佐伯 宗三

後手:福留 梓

戦型:相振り飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲1六歩 △1四歩 ▲7五歩 △5四歩

▲6六歩 △4四角 ▲7八飛 △2二飛 ▲6八銀 △2四歩

▲6七銀 △2五歩 ▲2八銀 △4二銀 ▲4八玉 △7二金

▲5八金左 △6二銀 ▲9六歩 △6一玉 ▲3八玉 △2六歩

▲同 歩 △同 飛 ▲2七歩 △2五飛 ▲4八金上 △3三桂

▲7六飛 △5一金 ▲7七桂 △5三銀左 ▲4六歩 △6四銀

▲9七角 △5三角 ▲6五歩 △同 銀 ▲同 桂 △同 飛

▲8八角 △4四歩 ▲4三銀 △6四飛 ▲3四銀成 △2五桂

▲2六歩 △7一玉 ▲2五歩 △6五飛 ▲2七銀 △2六歩

▲同 銀 △4五歩 ▲同 歩 △7五飛 ▲3六飛 △4六歩

▲5六歩 △3三歩 ▲3五成銀 △4三桂 ▲4四成銀 △同 角

▲同 歩 △4七銀 ▲同金直 △同歩成 ▲同 玉 △3五桂

▲同 飛 △同 飛 ▲同 銀 △2八飛 ▲4三歩成 △2九飛成

▲2一飛 △8二玉 ▲3三角成 △1九龍 ▲5一馬


まで83手で佐伯の勝ち

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