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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第23局 駒桜市立=清心合同練習会(2015年6月8日月曜)
248/681

236手目 練習試合その3 来島〔市立〕vs田中〔清心〕

※ここからは、来島さん視点です。

「僕は来島くるしまさんとか。よろしく」

 眼鏡をかけた、いかにも普通っぽい上級生。

 このひとは、清心せいしんの前部長、田中たなか先輩。

 私はキャラクターフードをなおして、挨拶する。

「よろしくお願いします……受験のほうは、よろしいんですか?」

「いやあ、春には優勝させてもらったけど、うちは主力が3人しかいないからね。合同練習会で人数が足りないのは、迷惑かな、と思って」

 ふぅん……うわさ通り、マジメな先輩みたい。

 たしかに、清心の準レギュラーは、市立の準レギュラーよりも弱いと思う。

 私たちは駒を並べて、カンナちゃんの合図を待った。

「ところで、市立は、だれが県大会に出るの? もう決まった?」

「……いえ、まだです」

 私の返事に、田中先輩はもうしわけなさそうな顔をした。

「あ、ごめんごめん。べつに偵察してるわけじゃないんだよ。そもそも、うちが市立と当たるわけないし……ただ、清心は佐伯さえき古谷ふるや新巻あらまきの3人で決まりだけど、市立は人数が多いから、どうするのかな、と思って」

「そのあたりは、飛瀬さんと相談して決めることになると思います」

 まあ、こっちもスパイを疑ったわけじゃないんだよね。県大会は、男子と女子が別々になるから、女子の部の市立と男子の部の清心はぶつからない。そりゃ、清心がどこかの女子高とつるんでいて――例えば、ソールズベリーとか――情報を売らないって保証はないわけだけど……残念ながら、ほんとに決まってないんだよね、出場選手。

「準備のできていないところは、ありますか……?」

 カンナちゃんの確認。私は思考を中断した。

「練習試合ということで、1局15分30秒です……よろしくお願いします……」

「よろしくお願いします」

「よろしく」

 私と田中先輩は、お互いに一礼。

 振り駒で後手番になった私は、チェスクロを押した。

「7六歩」

 田中先輩の無難な初手。私は8四歩と突いた。

 先輩は受験疲れなのか、首をコキリと鳴らした。

「どうしようかな……しばらく指してないし……慣れたやつでいこう。6八銀」

 矢倉だね。

 3四歩、6六歩、6二銀、5六歩、5四歩、4八銀、4二銀、5八金右。

 さすがに速い。このあたりは覚えゲー。

 3二金、7八金、4一玉、6九玉、7四歩、6七金右、5二金、3六歩、4四歩。


挿絵(By みてみん)


 私がチェスクロを押すと、田中先輩は、うーんと唸った。

「さて、どうしたもんか……5二金型だから、急戦はないとして……」

 あんまり考えるところでもないと思うけど、ほんとに将棋離れしてたのかな。

 それだと私の練習にならないよ。ぷんぷん。

「……普通に指すか。7七銀」

 3三銀、7九角、3一角、6八角、4三金右、7九玉。

「9四歩」

「森内流? 3七銀」

「7三銀」


挿絵(By みてみん)


 田中先輩は腕組みをして、首をかしげた。

「そんなかたち、あったかな?」

 自分でも、めずらしいと思う。独自研究。

 どんなゲームでも、オリジナルチャートは考案しておかないとね。

 成否はともかく、少しでも時間を使ってくれれば吉。

「棒銀っぽいか……4六銀」

「6四銀」

 ここで田中先輩、また小考。

「受験勉強のあいだに、矢倉も変わったのかな? だったら分かんないや。2六歩」

 あ、ひらきなおられた。これが一番困る。

 5三角、3七桂、2四銀、9六歩、1四歩、1六歩、3一玉、8八玉。

「7三桂」


挿絵(By みてみん)


 これには、田中先輩も目を白黒させた。

「角換わりじゃないのに同形?」

 同形じゃないよ。後手番は王様が入城していない。

「8六銀」

「8五桂」

「なるほど……それが狙いか。だったら2五桂」


挿絵(By みてみん)


 田中先輩、将棋を忘れてるとか言って、なかなかついてくるね。

 やっぱり気が抜けないかな、この練習試合――県大会レギュラー選抜戦は。

 カンナちゃんはただの練習試合だって言ったけど、絶対にウソ。

 おそらくこれは、レギュラーを決めるための大切な試合。

 市立は、裏見先輩が飛び抜けてる。でも、先輩は県大会には出ない。

 すると、枠は3つ。カンナちゃんは確定で、残りをよもぎちゃん、あずさちゃん、私の3人で争う格好。接戦なのは、私とあずさちゃん。春の成績なら、私で確定かな。でも、あれがフロック勝ちじゃなかったかどうか、カンナちゃんは確認したいんだと思う。この練習試合で。

 だから、負けられない。私もお兄ちゃんと一緒で、見栄っ張りだからね。

「7五歩です」


挿絵(By みてみん)

 

 開戦。私から仕掛ける。

「さすがに同歩はないな。3五歩」

「同歩」

「うッ……そこは取るのか……」

 田中先輩は10秒ほど考えて、7五歩と手をもどした。

 今度は、こっちが悩ましくなる。

 研究だと、3五同銀をメインに考えていた。

「……4五歩」


挿絵(By みてみん)


 少しひねる。

 3五銀、同銀、同角なら、次に7五銀、同銀、同角で後手良し。

 というのも、後手の6四角に対して、先手は4六角とぶつけられない。

「これは……取れない。5七銀」

 ポイントゲット。

「3六歩」

 3八飛、9五歩、同歩、3七歩成、同飛。

「2六角ッ!」


挿絵(By みてみん)


 あまり深く調べた順じゃないけど、とりあえず研究の範囲内。

 持ち時間も、田中先輩が4分、こっちが8分で、倍残している。

「参ったな……4五歩が邪魔で攻撃できない……」

 先手は5七銀がネックになってしまった。私のペースかな。

「2七飛」

「2五銀」

 田中先輩は覚悟を決めたように、深くうなずいた。

「2六飛」


挿絵(By みてみん)


 切ってきた……あッ! 飛車銀両取りッ!

 マズい。でも、顔には出さない。ゲーマーはうろたえない。

 しれっと、さも読んでましたかのように同銀。

「両取りで自信ありなの? 7一角」

「7二飛」

「こっちが悪いとは思えないんだけどな……2六角成」

 だね。先手が悪いとも言えなくなっちゃった。がっかり。

 気を取り直して、9七歩と垂らす。


挿絵(By みてみん)


 同香でも放置でも、次は7七歩。

「同香」

 田中先輩は、取る方を選択した。

「7七歩」

「同桂」

 これは同桂成――ん、待った。

「失礼しました」

 私は駒をもどす。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 こっちのほうがイイかな。

「9七桂成」


挿絵(By みてみん)


 反対側を交換。桂頭が弱いのを見越して、7五銀〜7六歩を狙いたい。

「あ、うーん……そっち……」

 

 ピッ

 

 先手は30秒将棋に。

 田中先輩は後頭部をガリガリと掻いた。

「15分30秒はキツいな。同銀」

「7五銀」

 私はグッと銀を繰り出した。

「さて、受けないといけないわけで……」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 ん? ……あ、同飛は6二馬だね。

 以下、7四飛は6三馬の追撃だし、9三飛は9四歩、同飛、9五歩、同飛、9六歩と収められちゃいそう。どっちも選びたくない。

 私はここが正念場と見て、時間を使った。残り1分まで考える。

「9二飛」

 深く逃げておく。

「反撃のチャンスが回って来たんじゃないか。3三歩だ」

 同金直、2五桂。

 マズいなあ。ほんとに反撃されてる。

 

 ピッ

 

 おっとっと、私も30秒将棋に。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「2九飛」


挿絵(By みてみん)


 こうなったら斬り合い。おどりゃあ、掛かってこいや、ってね。

 どうせ金を逃げても3三歩、同桂、同桂成、同金、2五桂で泥沼になる。

「3三桂成、と」

 田中先輩は、意気揚々と金を取った。

「同桂」

 先手優勢だと思っているのか、田中先輩はうんうんとリズムを取り始めた。

 だけど、20秒あたりで態度が変わった。

「あれ……意外と手がない……」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「分からんッ! 5九角ッ!」



挿絵(By みてみん)


 ……え? これは頑張り過ぎじゃない?

 狙いは分かる。6八の角が死に体だから、活用しようってこと。

 でも、連携が見るからに悪い。

 私は疑問手に疑問手で返さないよう、冷静に考えた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「3四桂」


挿絵(By みてみん)


 徹底的にイビる。3七馬なら3六歩。

「トチった……5九の角が完全にお荷物じゃないか……」

 時既に遅し。チェスクロは、無情に時間を刻む。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「4八馬ッ!」

 こっちのターン。

「7六歩」

 激痛のはず。田中先輩は苦悶の表情。

「まだ桂馬を逃がす余裕が……」

 ないんじゃないかな。

 6五桂は7七香、同金直、同歩成、同金、7六歩or8五桂で筋に入って――

「6五桂」


挿絵(By みてみん)


 あれ? ほんとに逃げた。

「……7七香」

「6八金寄」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 寄ったかな。最後の確認。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「5九飛成」

 私の飛車切りに、田中先輩は驚いた表情。

「そこの角と飛車を交換?」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「同馬」

 7九角、9八玉、9五飛、9六歩、同飛、同銀、同香。


挿絵(By みてみん)


「そ、そうか……寄ってるね……負けました」

「ありがとうございました」

 ふぅ、最後は気持ちのいい詰み。快勝。

 市内の中堅同士なら、こんな感じの終盤かな。

「最後、7七香に同金直だった?」

「それは同歩成、同金、7六歩で、やっぱり寄り筋だと思います」

「だったら、6五桂とは逃げられないのか……3九歩?」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 あ、うーん……どうだろ。

「7七歩成、同金直、7六歩、7八金、7七香以下、さっきと同じになりませんか?」

「7七香、同金直、同歩成に同玉だと?」

 王様で顔面受け――私は、8五桂を提案した。

 田中先輩は王様に指をかけながら、

「こっちに逃げて助からないかな?」

 と言い、6八玉と逃げた。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 あんまり助かってるようには見えない。

 と言っても、すぐに寄せる順もないかも。

「9七桂成で、駒を補充します」

「あ、うん……それでこっちはもう手がないか……」

 田中先輩、諦めるの早いよ。

「3八香は、どうですか?」

「それは反撃になってなくない?」

「桂馬を入手して3五桂と絡めば、私のほうも……」

 感想戦を続けていると、急に教室のドアが開いた。

「佐伯くんッ! なにやってるのッ!?」

場所:駒桜市立=清心合同練習会

先手:田中 広典

後手:来島 遊子

戦型:矢倉


▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲6六歩 △6二銀

▲5六歩 △5四歩 ▲4八銀 △4二銀 ▲5八金右 △3二金

▲7八金 △4一玉 ▲6九玉 △7四歩 ▲6七金右 △5二金

▲3六歩 △4四歩 ▲7七銀 △3三銀 ▲7九角 △3一角

▲6八角 △4三金右 ▲7九玉 △9四歩 ▲3七銀 △7三銀

▲4六銀 △6四銀 ▲2六歩 △5三角 ▲3七桂 △2四銀

▲9六歩 △1四歩 ▲1六歩 △3一玉 ▲8八玉 △7三桂

▲8六銀 △8五桂 ▲2五桂 △7五歩 ▲3五歩 △同 歩

▲7五歩 △4五歩 ▲5七銀 △3六歩 ▲3八飛 △9五歩

▲同 歩 △3七歩成 ▲同 飛 △2六角 ▲2七飛 △2五銀

▲2六飛 △同 銀 ▲7一角 △7二飛 ▲2六角成 △9七歩

▲同 香 △7七歩 ▲同 桂 △9七桂成 ▲同 銀 △7五銀

▲7三歩 △9二飛 ▲3三歩 △同金上 ▲2五桂 △2九飛

▲3三桂成 △同 桂 ▲5九角 △3四桂 ▲4八馬 △7六歩

▲6五桂 △7七香 ▲6八金寄 △5九飛成 ▲同 馬 △7九角

▲9八玉 △9五飛 ▲9六歩 △同 飛 ▲同 銀 △同 香


まで96手で来島の勝ち

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