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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第23局 駒桜市立=清心合同練習会(2015年6月8日月曜)
246/683

234手目 練習試合その2 古谷〔清心〕vs馬下〔市立〕(1)

※ここからは、馬下こまさげさん視点です。

 市立いちりつ清心せいしんの合同練習会、初戦のお相手は、古谷ふるやくんですか。

 いきなり強敵と当たってしまいましたが、かえって練習になります。

 胸を借りるつもりでいきましょう。

馬下こまさげさん、よろしく」

「よろしくお願いします」

 淡々と駒をならべまして……チェスクロを、15分30秒に。

「馬下さんは、来年度の話、箕辺みのべ会長から聞いてる?」

「箕辺先輩からですか? いえ……なにも……」

 来年度と言われても、まだ6月です。早過ぎるような。

 そんな疑問をよそに、古谷くんは先を続けました。すこし小さな声で。

「じつはね、来年度の役員の相談を受けたんだ」

 なるほど、と思いました。

 現1年生のあいだでも、なんとなく察しがついている事柄です。

「古谷くんが次期会長……ということですか?」

 古谷くんは、最後に飛車をならべて、こくりとうなずきました。

 私は、どう答えたものか、数秒だけ考えて、

「1年生のなかで、反対するひとはいないと思います」

 と返しました。性格や同級生からの評価を考えても、適任です。現1年生では市内最強ですし、棋力的にも申し分なし。県大会の決勝まで行ったひとですから。

 笑魅えみさんあたりはなにか言いそうですが、彼女は本気で言っていません。

 おちょくって終わりでしょう。

 無難な返しだと思ったのに、古谷くんは表情をやや深刻にしました。

「その点で、馬下さんに相談が……」

「準備のできていないところは、ありますか……?」

 飛瀬主将の問いかけ。

 古谷くんは、口をつぐみました。気になります。

 杏さんと新巻くんのところがすこし遅れたものの、無事、準備完了。

「練習試合ということで、1局15分30秒です……よろしくお願いします……」

「よろしくお願いします」

 ここのテーブルは、古谷くんの先手になりました。

「7六歩」

 無難な初手です。私は10秒ほど考えて、8四歩。

「横歩は拒否、か。了解。6八銀」

 3四歩、6六歩、6二銀、5六歩、5四歩。

 

挿絵(By みてみん)


 矢倉の出だし。心して掛からねば……と、そのまえに。

「さきほど、お話があったのでは?」

「ああ、それはまたあとでいいよ」

 たしかに、いったん始まってしまった将棋は、ノンストップです。

 集中しましょう。

 4八銀、4二銀、5八金右、3二金、7八金、4一玉。

 おたがいにオーソドックスなかたちを選択。

「馬下さんは、奇襲をしてこないから助かるよ。6九玉」

 む? 助かる、と? なめられていますか?

 私は7四歩と突きながら、

「どういう意味ですか?」

 とたずねました。古谷くんは、顔色ひとつ変えずに金を持ち上げて、

「奇襲は、あんまり好きじゃないんだよね。やるのもやられるのも……6七金右」

 と指しました。真意を把握できません。

 ふつうに考えると、助かる=楽だと思うのですが……古谷くん、紳士な顔をして、ときどき毒舌が漏れているような気がします。まさか、そちらが本性なのでは。

 と、ゲスな勘ぐりはやめておきまして、5二金。


挿絵(By みてみん)


 矢倉中飛車もしません。

 古谷くんとおなじで、私もあまり奇襲は好きではないので。

 以下、7七銀、3三銀、7九角、3一角、3六歩、4四歩。

 持ち時間の短い将棋です。矢倉の序盤はハイペース。

 3七銀、6四角、6八角、4三金右、7九玉、3一玉、8八玉、2二玉。

「4六銀」

 むッ、2六歩と突かないまま4六銀ですか。

 さすがに反発したくなります……いざ。

「4五歩」


挿絵(By みてみん)


 一番突っ張ったかたちを選択。

 先手は2六歩を突いていないので、こちらも8五歩や9四歩が入っていません。

 これが吉と出るか、凶と出るか。

「3七銀」

「5三銀」

 古谷くんは、ふーんと言った顔つき。

「馬下さん、そこそこがんばった指し方だね……じゃあ、僕も」

 古谷くんは、飛車を4筋に回しました。


挿絵(By みてみん)


 これは……後手が出遅れていますか?

 しかし、2六歩を省略すれば先手有利、というのはありえないでしょう。

 そんなことなら、プロは全員2六歩を突かなくなってしまいます。

 後手からも、速攻を仕掛ける順があるはず。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 9四歩〜9三桂ですか。


挿絵(By みてみん)


 (※図は馬下さんの脳内イメージです。)

 

 森内流の応用で、桂馬を跳ねながら端を狙う作戦。

 古谷くんが、これに気付いていないとは思えませんが……疑心暗鬼は禁物。

 相手を尊重することと、おびえることはちがいます。

「9四歩」

 古谷くんは、納得のほほえみ。

「そうこなくっちゃね。4六歩」

 先に仕掛けられました。取らざるをえません。

「同歩」

 古谷くんは、黙って9六歩……む? 9六歩?

 こちらが端攻めしようとしているのに、先手から突くのですか?

 顔をあげて、古谷くんの表情を確認しようとした途端、目が合いました。

 すぐに視線を逸らします。恥ずかしい。

「……9三桂」

 跳ねるしかありません。

「6五歩」


挿絵(By みてみん)


 この手に、私の将棋センサーが反応しました。

 もしや……7筋が薄くなるのを狙っていた?

 ここから銀を繰り出されると、7三に桂馬が利いていないので、突破される虞も……いやしかし、そこまで矢倉は簡単ではないでしょう。

 私は自分を落ち着かせて、7三角と引きました。

「6六銀」

 うッ……本気で7筋を狙いに来ています。

 この局面は想定していませんでした。てっきり、4六銀と8五桂〜9五歩の攻め合いになるとばかり……古谷くんに、してやられたようです。とはいえ、後手が悪いようにもみえません。想定外の局面になることと、不利になることとは異なります。先手は7七の銀を繰り出していくわけですから、防御力では後手にふれる流れ。

 私は気をとりなおして、対応を考えました。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「6四歩」

 こちらから仕掛けましょう。4六銀と出られるまえに。

「同歩」

「6二飛」


挿絵(By みてみん)


 先手と同じ対応をします。攻めの筋に飛車。

 8五桂跳ねは、しばらく保留です。

「それが馬下さんの回答なんだね……位を確保するよ。6五銀」

 問題の局面になりました。

 6二飛の次は、6四銀とぶつけるのが自然です。

 しかし、本譜では、交換しないで7四銀〜8三銀成とする手があります。

 これが難物で、6四銀と出なければ防げるというものでもありません。

 例えば、6四銀、7四銀、8二角、8三銀成、7一角、8四成銀。


挿絵(By みてみん)


 (※図は馬下さんの脳内イメージです。)

 

 これは、8五桂を完全に封じられた格好。

 しかし、6五銀と進出して、7三成銀には6四飛、4六角、4四角(王手)とすれば、6六歩と止めても、同銀、6四角、6七銀成がまた王手で、先手が敗勢。6六歩と止めるところで5五歩と止めるのは、こちらの飛車も助かるので6六銀と出て有利。

 銀を7筋にすりこまれるのは、そこまで痛くはありません。

「6四銀」

 力強く前進。

 古谷くんはすこしだけ考えて、7四銀と出ました。

「8二角」

「6五歩」


挿絵(By みてみん)


 先受け? ……あッ。

「4四角と出られない……」

 私のひとりごとに、古谷くんはにっこり。

 その笑顔もやめてください。恥ずかしくなります。

「さあ、馬下さんなら、どうするかな?」

「……」

 これは、困ったかもしれません。

 5三銀、8三銀成までは必然ですが、7一角と逃げたあと、後手は手がない……その状態で4六の歩を回収されたら、ゲームセット。試合終了。ということは、4六の歩が生きているうちに、ひと暴れする必要があります。

 私はチェスクロを確認。残り時間は、私が7分、古谷くんが8分。

 15分30秒は、やはりきついです。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「5三銀」

 とりあえず銀を逃げます。

「8三銀成」

 この手に合わせて、9五歩。


挿絵(By みてみん)


 仕掛けましょう。当初の予定どおり、ここから端攻めです。

「首尾一貫……馬下さんらしいね。角をもらっておくよ」

 8二成銀、同飛。

「4六角が飛車当たりだけど、どうするのかな?」

「それは9二飛です」


挿絵(By みてみん)


 逃げる手が、端攻めにつながるという読み。

「思っていたよりは、後手も続きそうかな……9五歩」

「8五桂」

「その桂馬には、死んでもらうね。8六歩」

 ん? 桂馬を殺しにきた?

 どういうことでしょうか。7筋は切れているので、桂馬は死なないはずです。

 7七歩、同桂、同桂成のとき、8五桂と打ち直させないための歩突きでしょうか。

 だとすると、「桂馬を殺す」という表現は、やや不適切なように思います。

「……7七歩」

 古谷くんは、そのしなやかな指を、7八の金にかけました。

 金で取るのですか? 同桂は端が弱い、と?

「7九金」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 まさかの、取らないという選択。

 先手玉が、とても危なくなったようにみえます。

 これで勝算があるのか、それとも棋力差があるとみて、ムリをしているのか。

 例えば、ここから両サイド挟撃で9七歩だと?


挿絵(By みてみん)


 (※図は馬下さんの脳内イメージです。)

 

 8五歩と取り切りですか?

 そこで9五飛と出れば、次に9八歩成が決まります……が、9六歩、同飛、9七香で受け止められますか。同飛成、同桂、9六歩、9八歩以下は、7七玉と逃げる手も生じていて続かない、と……ふむ。7九金は、うまい手でした。

 などと、感心している場合でもなく……普通に困りました。

 9五飛と走る予定は変更できないので、9六歩と打たれたときに8五飛とスライドするしかないです。古谷くんが飛車を捕捉する手を用意しているかどうか……8五飛には8六歩だと思いますが、それで飛車が死んでいるようにはみえません。

「……9七歩です」

 8五歩、9五飛、9六歩、8五飛、8六歩。

 完全には捕捉されていない……ならば、飛車を展開するのみ。

「6五飛」

 当然の6六歩に対して、私はもういちど飛車を動かします。

「4五飛」


挿絵(By みてみん)


 古谷くんは、スッとくちびるに指を添えました。

 そういうセクシーポーズもやめてください。恥ずかしくなります。

「9一角成、4八飛成、同銀の決戦は、玉形の差で僕が悪い、と……9七香」

 手堅い一手。先手の端は安全になってしまいました。

 7七歩を取られるまえに、ひと仕事しないといけません。

 攻め潰すなら、上からです。

「8五歩」

 チェスクロを押すのと入れ違いに、古谷くんの腕が伸びました。


 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 あッ!

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