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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第23局 駒桜市立=清心合同練習会(2015年6月8日月曜)
245/683

233手目 練習試合その1 飛瀬〔市立〕vs佐伯〔清心〕

「よろしくね、飛瀬とびせさん」

 佐伯さえきくんは駒をならべながら、そう挨拶した。

「よろしく……」

 いきなり佐伯くんと当たっちゃった。

 ここは、私たち2年生の教室。職員室に頼み込んで、貸し切り。

 最後の歩をならべて、私は全体に確認をとる。

「準備のできていないところは、ありますか……?」

「あ、ちょっと待ってください」

 福留ふくどめさんと新巻あらまきくんのところが遅い。おしゃべりしてるからだよ。

 15秒ほどで、ふたりはチェスクロをセットし終えた。

「練習試合ということで、1局15分30秒です……よろしくお願いします……」

「よろしくお願いします」

 後手の佐伯くんがチェスクロを押して、ゲーム開始。

「7六歩」

 3四歩、2六歩、4四歩、2五歩、3三角、4八銀、3二銀、5六歩、9四歩。


挿絵(By みてみん)


 いきなり不穏な出だし。

「右玉かな……5八金右」

「それは、見てのお楽しみだよ。4三銀」

 私の6八玉に、佐伯くんは3二飛と振った。

「え……振り飛車……?」

 佐伯くんはなにも言わずに、チェスクロを押した。

 うーん……なんかあやしい……。

捨神すてがみくんに触発されて、振り飛車党に転向したの……?」

「それは、どうかな」

 あいまいな返事をされた。こういうとき、地球人の答えはNoなんだよね。

 だんだん分かってきたよ。地球人はあまのじゃく。

 そう言えば、あまのじゃくってなんだろ。裏見うらみ先輩が使ってた。

「こっちは普通に指すね……7八玉……」

 7二銀、5七銀、9五歩。


挿絵(By みてみん)


 藤井システムかな。

 7七角、7四歩、6六歩、6四歩、6七金。

 すぐ穴熊に囲うのは危険だから、用心しておく。

 佐伯くんがどこまで勉強してるのかもナゾ。

「7三桂」

「8八玉……」

「6二飛」


挿絵(By みてみん)


 え、なにこれは。予想のななめうえが飛んできた。

「佐伯くん……ヘンタイだね……」

「僕はヘンタイじゃないよ」

 紳士の変態戦法……困った。データブックに載ってない。

 私はすこし悩んで、9八香と穴熊にした。

 藤井システムじゃないから、穴熊でも問題ないと判断したからだ。

 5二金右、9九玉、3二金、8八銀。

 ハッチを閉める。

 佐伯くんは、王様に指を添えた。手品師の指だね。器用そう。

「4一玉」


挿絵(By みてみん)


 もうめちゃくちゃ――でもない。手損しただけの、右四間雁木。

 15分30秒だから、翻弄しに来てるのかも。

 時間を使わさせられないように、私はどんどん駒組みを進める。

 7八金、1四歩、3六歩、6五歩。

 仕掛けてきた。これを同歩は同桂で両当たりだから、取れない。

「5五歩」

 私は中央の位を取っておいた。天王山。天王山というのは、羽柴秀吉と明智光秀という地球人同士の戦いらしい。異星人の歴史を覚えるのはたいへんなんだよ。

「3一玉」

「深く入るパターン……6六歩とはしないんだね……」

「そこは飛瀬さんから取って欲しいな」

「拒否します……1六歩」

 手待ち。

「さすがに取ってくれないか……援軍を送りたくなってきた」

 佐伯くんは30秒ほど考えて、6三銀と上がった。


挿絵(By みてみん)


 ふぅん、これが援軍なんだね。

「5六銀」

「6四銀」

 このままだと7五歩っぽい。

 私はそれを防ぐため、8六角と上がった。王様にも直通してるよ、これ。

「6六歩」

「ついにそっちから取ったね……同金……」

 佐伯くんは6筋を決めてから、2二玉と入城した。

 後手の攻めは、一時休憩。

 今度は私の番。

「6八飛」


挿絵(By みてみん)


 飛車は相手の飛車筋に……あ、これは振り飛車の格言だったかな?

「今日の飛瀬さんは、積極的だね。僕も積極的にいくよ。6五歩」

 6七金引、8五桂。

 ムリヤリ跳ねてきた。これは7五歩から猛攻が始まりそう。

 でも、7五歩、同歩のあと、7三の地点を目標にできる。

 先手は、攻めに困る必要がなくなった。

「4六歩」

 じっくり、ゆっくり。

 佐伯くんは、案の定、7五歩と仕掛けた。

 同歩、4五歩(そっちから突くんだ)、7四歩、5五銀。

「飛車のこびんがお留守……7三歩成……」

「9二飛」


挿絵(By みてみん)


 また変なかたちになった。佐伯くんはやっぱりヘンタイで確定。

 ただこれ、端攻めに飛車が参加していて気持ち悪い。

「飛車の位置を変えてもらうね……8三と……」

 5六銀、同金、9四飛。

 縦に逃げられちゃった。なんだかマズい雰囲気。

 チェスクロを確認すると、この時点で私の残り時間は7分になっていた。

 15分30秒にしたのは、失敗だったかな……でも、放課後は何時間もあるわけじゃないし、30分60秒は1局終えるのに2時間かかる。最低でも3局は指さないと、練習にならないよね。

「とりあえず角筋を止める……5五歩……」

 佐伯くんは、ここで貴重な1分を使い、9六歩と突いた。


挿絵(By みてみん)


 端攻めが始まっちゃった。

 同歩、9七歩、同香、同桂成、同銀。

「これで繋がってると思う。8五銀」

 角の頭に、露骨な銀打ち。

 これはもう相手にしていられない。

「遅ればせながら……3七桂……」

 8六銀、同歩、5九角。


挿絵(By みてみん)


 あうあう……いきなり目標にされてる……。

「6五飛」

 佐伯くんは3七角成と取るかと思いきや、8六角成と逆に成った。

「……あ」

「痛いよね?」

「女の子にこんな痛いことして……ただで済むと思ってるの……?」

「盤上に男女の区別はないよ」

 正論。捨神くんも、将棋では私に容赦がない。

 うーん、めちゃくちゃ困った……8六同銀は9六飛。そこで9七銀打と受けても、8六飛のスライドを取れないから、先手が一直線で負けになる。


挿絵(By みてみん)


 (※図は飛瀬とびせさんの脳内イメージです。)

 

 9七銀打の代わりに9七銀は、5六飛とスライドされて金ボロ。

 これも絶対に勝てない。

 私はしばらく考えて、8五銀と補強することに決めた。

「8五銀……」

「イヤな受け方だ」

 佐伯くんは、残りの持ち時間を全部投入してきた。

 

 ピッ

 

 時間では私のほうが有利になった。まだ2分ある。

「こうかな」

 佐伯くんは、パシリと飛車を進めた。


挿絵(By みてみん)


 えぇ……これが結論……?

 私は時間を削られないように、必然のところまで進めた。

 同銀引、同香、同銀、同馬。

「8七銀……」

 佐伯くんは29秒ぎりぎりまで考えて、サッと8六香。


挿絵(By みてみん)


「攻めが切れてない……?」

「切れてないよ」

 切れてると思うんだけど……だって、9六銀……うん? 9七銀がある?


挿絵(By みてみん)


 (※図は飛瀬さんの脳内イメージです。)

 

 同桂は9八歩、同玉、8九銀、9九玉。

 このとき、後手には歩しかないから、打ち歩詰め。

 でも、7八銀成で、ほとんど必至みたいなかたちになる。

「そっか……この銀は取れない……」


 ピッ

 

 私も30秒将棋になっちゃった。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「はわわ……9六銀……」

 9七銀に9八飛。受け駒がこれしかない。

 7七歩、8七金(7七同金は8八銀打で詰み)、同香成、同銀。


挿絵(By みてみん)


 ん? 今度こそ止まった?

 佐伯くんは29秒まで考えて、静かに8六歩と打った。

 これも取れないから……9七飛。

 8七歩成、同飛。

「7六銀」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「負けました……」

「ありがとうございました」

 ぼこぼこにされちゃった。どこよりも早く終わって、じろじろ見られる。

「これはひどい……」

「端攻めが決まった感じかな」

 感想戦開始。

 私たちは、3七桂の局面まで戻した。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「ここで3七桂がヌルかったね……4五桂と跳ねるヒマがなかった……」

 佐伯くんは、すぐには同意しなかった。

「3七桂と跳ねないなら、4六歩自体がムダにならないかな?」

「あ、うーん……そっか……じゃあ、左側でなんとかしないといけない……」

 後手の攻めに反発していく方針のほうが、よかったかも。

「ただ、4六歩に代わる手が難しそう……8五桂は、どうやっても取れない……」

「だったら、8六角と6八飛の組み合わせが悪いことになるね。6八飛じゃなくて、どこかで5九角〜3七角だったんじゃない? あるいは、ここから2八飛とか。どちらにしても、飛瀬さんは端が弱い。9六歩の目標は変わらないと思う」

 駒組みが、うまくいってなかった可能性。

 感想戦を進めていると、急にスマホが振動した。

 画面には、捨神くんの名前が映っていた。

「ごめん、大事な電話……」

「どうぞ」

 私はスマホを耳に当てて、通話を開始する。

「もしもし……うん、私……まだ市立いちりつの校舎……今……? 佐伯くんとふたり……うん、なんだか痛いことされちゃった……え? うん……ぼこぼこ……私の弱いところを集中的に……どうしたの……? なんで興奮してるの……? ケガ……?」

 私は、投了図を思い出す。

「大惨事かな……え? 今から行く……? どうして……?」

 切れちゃった。変なの。

 迎えに来てくれるのかな。それとも、練習に混ざりたかったのかな。

 私はスマホをしまって、感想戦の続き――の前にトイレ。

「ごめん、ちょっとお手洗い……」

「どうぞ」

 捨神くんが来るなら、髪型くらいはなおしておこう。

 おめかし、おめかし。

場所:駒桜市立=清心合同練習会

先手:飛瀬 カンナ

後手:佐伯 宗三

戦型:後手右四間


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲2五歩 △3三角

▲4八銀 △3二銀 ▲5六歩 △9四歩 ▲5八金右 △4三銀

▲6八玉 △3二飛 ▲7八玉 △7二銀 ▲5七銀 △9五歩

▲7七角 △7四歩 ▲6六歩 △6四歩 ▲6七金 △7三桂

▲8八玉 △6二飛 ▲9八香 △5二金右 ▲9九玉 △3二金

▲8八銀 △4一玉 ▲7八金 △1四歩 ▲3六歩 △6五歩

▲5五歩 △3一玉 ▲1六歩 △6三銀 ▲5六銀 △6四銀

▲8六角 △6六歩 ▲同 金 △2二玉 ▲6八飛 △6五歩

▲6七金引 △8五桂 ▲4六歩 △7五歩 ▲同 歩 △4五歩

▲7四歩 △5五銀 ▲7三歩成 △9二飛 ▲8三と △5六銀

▲同 金 △9四飛 ▲5五歩 △9六歩 ▲同 歩 △9七歩

▲同 香 △同桂成 ▲同 銀 △8五銀 ▲3七桂 △8六銀

▲同 歩 △5九角 ▲6五飛 △8六角成 ▲8五銀 △9六飛

▲同銀引 △同 香 ▲同 銀 △同 馬 ▲8七銀 △8六香

▲9六銀 △9七銀 ▲9八飛 △7七歩 ▲8七金 △同香成

▲同 銀 △8六歩 ▲9七飛 △8七歩成 ▲同 飛 △7六銀


まで96手で佐伯の勝ち

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