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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第22・9局 日日杯への道/越知
241/681

229手目 存在感のない女

※ここからは、越知さん視点です。

 あれ……あれれ……?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 なんでだれもいないんですかね?

「へ、へんですね……香宗我部こうそかべ先輩は、ここへ集合って言ったのに」

 私は、近くにいた警備員さんに話しかけました。

「すみませーん」

「……」

「もしもーし?」

「……」

 反応してください。私は警備員さんの肩をたたきました。

 警備員さんは、びっくりして、

「きみ、いつからそこにいるんだね?」

 と、疑わしげな視線をこちらに向けてきました。

 さっきからいます。

「このあたりに、高校生の集団がいませんでしたか?」

「高校生の集団……ああ、それなら、もう出発したよ」

 えぇ……なんで私を置いて行くんですかね。

 私は携帯で、みんなに連絡を入れようとしました――あ、家に忘れたんでした。

 しまった。知らない土地で携帯がないのは致命傷。どうしましょう。

「このあたりに、マップみたいなものってありますか?」

「地図なら、ホテルのフロントでもらえるよ……そう言えば、ここにもあったかな」

 警備員さんは、詰め所から1枚持って来てくれました。私はお礼を言って、早速地図をひらきました。どれどれ……H島の観光地図。これなら便利ですね。

 私はホテルの敷地を出て、次の行き先を考えました。

 どこに行けば、みんなと合流できるでしょうか……H島駅……んー、観光で駅前をうろうろすることはないですね。原爆ドームとかH島城とか、観光名所のほうがいいかも。だとすると、このホテルから一番近いのはH島城……私は、そこを目指すことに決めました。H島城は、目と鼻の先で、ホテルの窓から見えるくらい近かったからです。

 とりあえず、大通り沿いに進みます。

「えっと、こっちの道でいいんですかね……なんかぐるぐるしてるような……」

 あ、制服姿の女子高生を発見。声をかけてみましょう。

「すみませーん」

「……」

「もしもーし?」

「……」

 な、なんで気付かないんですかね。

 警備員さんのときと同じように、私は肩をたたきました。

「なにするんですかッ!?」

 うわッ、びっくりした。大きなリボンをつけた女の子は、大声で、

「私になんの用ですかッ!? こっちは今、急いでるんですよッ!」

 とまくしたてました。H島県民は怖いなあ。

「す、すみません、H島城って、どう行けばいいんですか?」

「修学旅行ですかッ!?」

 私は、将棋の大会で視察に来たら、はぐれてしまったと答えました。

「もしかして、日日にちにち杯ですかッ!?」

「あ、はい」

「おどりゃひとのシマでなにデカイ顔しとんじゃッ! ですッ!」

「え、ちょ、もごぉ」


  ○

   。

    .


 30分後――私は、見知らぬ学校にいました。女の子しかいないから、女子校かな。

 男子の目を気にしてなさそうな雰囲気があるし……って、なんでこんなところに?

 少女はどんどん私を引っ張って、ある部屋に連れ込みました。

西野辺にしのべ主将ッ! いますかッ!?」

 ドアの開け方が乱暴過ぎて、ガチャンと音がしました。

 なかには、ねじりんぱっていう髪型をした少女がいました。

 リボンの子とおなじ制服でした。

「うっさいわねぇ……ゴキブリでも出たの?」

「スパイを捕まえましたよッ!」

 リボンの少女は、イカリングヘアの少女に私を引渡しました。

 じろじろと顔を見られます。

「あれ……? あなた、K知の越知おちさんじゃない?」

 やっと知ってるひとに会えたぁ。

 じつは、私も相手の顔に見覚えがあったんですよ。

「H島県代表の、西野辺にしのべ茉白ましろ先輩ですよね?」

 西野辺先輩は、名前を覚えられているのがうれしかったのか、胸を張りました。

「そうそう、私が西野辺茉白。いやあ、うちのバカ青來せいらがごめんね」

 西野辺先輩は、リボンの少女の頭をぽかりとやりました。

「なんで殴るんですかッ!? パワハラですよッ! パワハラ!」

「うっさいわね。他県のひとに失礼なことして、恥ずかしくないの?」

「県代表だとか県代表じゃないとか、そんなのは関係ありませんッ! こいつはスパイですよッ! スパイ! スパイは銃殺刑と相場が決まっていますッ!」

 西野辺先輩は両手をあげ、わざとらしくやれやれと首を振りました。

「県代表って言うのはね、殿上人てんじょうびとなのよ」

「ああッ! 身分差別ですかッ! っていうかあんた1回しかなったことないでしょ! しかも中1のときッ! 4年前ッ!」

「じゃかぁしぃ! しばくぞッ!」

「しばけるもんならしばいてみぃやッ! ですッ!」

 バーンと、将棋盤が取り出された。

「殺す」

「おうおう、やろうってんですかッ!」

 ふたりは盤を挟んで座り、駒がならべられました。

 え? なにこれ? なに?

「絶対後悔させてやるからね。うりゃ……よし」

 どうやら、西野辺先輩が先手になったようです。

 チェスクロの位置を変えました。

「じゃ、30秒将棋で、よろしく」

「よろしくお願いしますッ!」

 ケンカでもちゃんと挨拶する将棋指しの鑑。

「100手以内に投了させるからね。7六歩」

「それはこっちの台詞ですッ! 3四歩ッ!」

 2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7八金、3二金、2四歩。


挿絵(By みてみん)


 横歩。

「私の得意戦法ですよッ! おりゃおりゃおりゃーッ!」

 同歩、同飛、8六歩、同歩、同飛、3四飛、3三角、3六飛。

 無難に引きました。

「2二銀ッ!」

「8七歩」

 ここで、リボンの少女は小考。

「……こっちですッ!」


挿絵(By みてみん)


 最近は減っている8五飛型になりました。

 2六飛、4一玉、7七角、6二銀、6八銀、5一金。

 後手はすっごくオーソドックス。流行りの美濃にすらしないのか。

 先手の動きがあやしいから、警戒したいのは分かります。

「6九玉」

「舐めてますねッ! 7四歩ッ!」

 5九金、7三桂、4八銀、7五歩、1六歩。


挿絵(By みてみん)


 うーん……先手は意味が分からないです。

「なんなんですか、その囲いはッ!?」

「茉白ちゃんスペシャル」

見栄みえ傲慢ごうまんを兼ね備えてるわけですねッ!」

「は?」

「そんな囲いには、こうですッ!」

 リボンの少女は、7七角成としました。

 同桂、8四飛(こういうとき桂馬に当たるのが8五飛の弱点)、7五歩、7六歩。

「同飛」

 リボンの少女は、5四角と思いっきり打ちおろしました。

 西野辺先輩は、この手にニヤリとしました。

「こう返したら、どうするの?」


挿絵(By みてみん)


 え? 飛車ぶつけ?

 私がおどろいたのと同時に、リボンの少女もおどろきました。

「2八飛があるのに……? なんで……?」

「ほらほら、テンション落ちてるよ」

「考え中ですッ!」

 いやあ、これは30秒将棋だと判断がつかないです。

 アッと言う間に時間がなくなりました。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「同飛ッ!」

「ふふふ、取ったね。同歩」

 西野辺先輩、笑ってる場合じゃないですよ。これは次の手が痛いはず。

「7六歩ですッ!」


挿絵(By みてみん)


 そうそう、これこれ。

 リボンの少女は、有利を意識しているような感じでした。

 ところが、西野辺先輩のほうも余裕しゃくしゃくで、

「歩切れになったねぇ」

 と言ってから、8一飛と下ろしました。

 7七歩成、同銀、8九飛、5八玉、9九飛成。


挿絵(By みてみん)


 ほらほら、後手のほうが攻めてます。どっちか持てと言われたら、後手です。

 それにもかかわらず、西野辺先輩は、静かに7四歩と進めました。

 7四歩……お手伝いじゃないかな? 6五桂で……ん? 待ってください。6五桂、8八銀に9八龍だと、8七角で龍が……5七桂成、同銀、8七角成、同銀……ん? ん?

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「はわわ、6五桂ッ!」

 西野辺先輩は、手順に8八銀と引きました。


挿絵(By みてみん)


「りゅ、龍が……ッ!」

 こうなってみると、後手が明確にいいとは言えなくなってきました。

「どうする? 切る?」

「静かにしてくださいッ!」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「切りますッ! 5九龍ッ!」

 同玉、4五桂。


挿絵(By みてみん)


 ん? これはまた後手が良くなったような?

 横歩で中央に殺到できるのは大きいです。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「6八金」

「5五香ッ! 3つ利いてますよッ! 3つッ!」

 西野辺先輩は、スッと5筋の歩を伸ばしました。

「5六歩」

 リボンの少女の顔色が変わりました。

「そ、それは……」

「青來レベルなら分かるよねぇ、この手の意味が」

「うぅ、分かりたくありませんッ!」

 いや、これは私でも分かります。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「同香ッ!」

 西野辺先輩は、パシリと歩を打ちました。


挿絵(By みてみん)


「完切れ、かな」

 ……ですね。後手には、もう手がありません。

「ま、まだ行けますッ! 7六歩ッ!」

 8四角、7七金、6二角成、6八金、同玉、7七金。

「5九玉、と」


挿絵(By みてみん)


 西野辺先輩は王様を逃げて、チェスクロを押しました。

「持ち駒がないみたいだけど?」

「ぐぅう……負けました……」

「ありがとうございました」

 いやぁ……熱戦でした。いいものを観た気がします。

 リボンの少女はプルプル震えて、

「こ、これが県代表の将棋ッ! 感動しましたッ!」

 と、感涙かんるいにむせび泣きました。

「でしょ? 反省した?」

東雲しののめ青來せいら、一生ついていきますッ!」

「じゃ、肩揉んで」

「もみもみ」

 え、なにこの流れは。

 肩を揉まれてひと息ついた西野辺先輩は、突然思い出したように、

「あ、そうだ。コーヒー飲みたいなあ。喫茶店開いてたっけ?」

 とたずねました。

「土曜は3時半までやってますッ!」

「だったら、飲みに行きましょ。カフェラテ♪ カフェラテ♪」

 ふたりは急に席を立って、部室を出て行きました。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 え……私、また無視された……なんで……?


 ――越知夢子、存在感がなさ過ぎて、Mission complete――

場所:ソールズベリー女学院将棋部の部室

先手:西野辺 茉白

後手:東雲 青來

戦型:横歩取り8五飛戦法


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩

▲7八金 △3二金 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △8六歩

▲同 歩 △同 飛 ▲3四飛 △3三角 ▲3六飛 △2二銀

▲8七歩 △8五飛 ▲2六飛 △4一玉 ▲7七角 △6二銀

▲6八銀 △5一金 ▲6九玉 △7四歩 ▲5九金 △7三桂

▲4八銀 △7五歩 ▲1六歩 △7七角成 ▲同 桂 △8四飛

▲7五歩 △7六歩 ▲同 飛 △5四角 ▲8六飛 △同 飛

▲同 歩 △7六歩 ▲8一飛 △7七歩成 ▲同 銀 △8九飛

▲5八玉 △9九飛成 ▲7四歩 △6五桂 ▲8八銀 △5九龍

▲同 玉 △4五桂 ▲6八金 △5五香 ▲5六歩 △同 香

▲5八歩 △7六歩 ▲8四角 △7七金 ▲6二角成 △6八金

▲同 玉 △7七金 ▲5九玉


まで69手で西野辺の勝ち

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