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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第22・8局 日日杯への道/那賀・鳴門
240/682

228手目 ウルトラ歩夢くん

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!

 

 那賀ながさんが指した一手は……4三銀。逆側に逃げたね。

 じゃあ、僕のほうから攻めようか。

「2五桂」


挿絵(By みてみん)


「え? 駒をくれるのかじょ?」

「うん、渡さないと攻められないから」

 6六に打ち込む駒が、欲しかったんじゃないかな。絶対に取ると思う。

 というか、放置でも3三桂成だから、取るしかない。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「同桂だじょ」

 同飛に6六桂。まあ、そこに打つよね。

 僕は6八玉とけた。

「飛車が浮いたから、これが急所だじょッ! 4九角ッ!」


挿絵(By みてみん)


 いい手、知ってるねぇ……一見、4八金で角が死ぬけど、6七角成と切って、同玉、7八銀、6八玉、8七銀成とすれば、攻めがそのまま続くという発想。その時点で、駒割りは角と金2枚の交換。まったく問題ない。

 だけど……この局面なら、次の一手で回避できる。

「6五桂」


挿絵(By みてみん)


「じょッ!?」

 ムリヤリ6七角成なら、同玉、7八銀に7七玉と寄って、8七銀成、同玉。さっきよりも駒得になる。ここで9五歩が怖いけど、7三桂成、同金が、飛車の横利きを9筋まで通して好手だよ。端は受かる。

「お、お、お、落ち着くんだじょ」

 落ち着こう。後手には、まだ応手がある。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「同桂だじょッ!」

 そっちを選択したね――僕は、4八金で角を殺しに行く。

「角じゃなくて桂馬を成ればいいんだじょッ! 5七桂成ッ!」

 同玉、3三桂、2九飛、6七角成、同玉、7八銀、6六玉、8七銀不成。


挿絵(By みてみん)


 最後の金を取った那賀さんの手つきは、力強かった。

「これは後手が優勢だじょッ! 角と桂馬だけじゃ受からないじょッ!」

「いやいや、2七飛」

 僕は飛車を浮いて、銀に当てた。

「7八銀不成……は駒が足りないじょ……6一飛だじょッ!」

 使えていない飛車を使ってきた。次に5五桂で困るから、受けの意味もあるね。

 僕は8七飛として、銀を回収する。

「7八銀ッ! これで絡めるじょッ!」


挿絵(By みてみん)


 なかなか痛い手だ。さっきと違って、飛車が6一にいるから、攻めが繋がる。

「飛車はあげるよ。6五桂」

「じょッ!?」

 飛車捨ては、さすがに読んでなかったかな。でもね、ここで8七銀不成は詰めろじゃないし、後手は7三角と打てば、一気に寄る。例えば、7三角に9三玉と逃げ込むのは、8二角打、同金、同角成、同玉、7三金、7一玉、8二銀までだし、7三角に7一玉と逃げるのも、6三桂、8一玉(同金は同歩成が詰めろで、同飛と取っても8二銀、7二玉、8一角、6一玉、5一金まで)に8二角打と追加して、この詰めろがほどきにくい。僕のほうは詰まない。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「5四銀だじょッ!」


挿絵(By みてみん)


 おっと、これは面白い手。攻めと受けを同時にみてる。欲張り。

「それでも7三角」

 飛車を取られなかったから、駒を渡す余裕ができた。

 同金、同桂成、同玉、6三金、同銀。

「同歩成じゃないよ。6五桂」

 桂馬の打ち直しに、那賀さんは悶えた。

「な、なんだじょッ!? 桂馬打つ意味あるのかじょッ!?」

 あるよ。一見、後手玉は即寄りしそうなんだけど、簡単じゃないんだ。6三歩成、同玉に5五桂と打っても、5二玉以下、続かない可能性がある。それに、6三同玉じゃなくて同飛がモロに王手だから、やりたくないというのもある。

 6五桂は5三桂成からの開拓をみて、一石二鳥なんだ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「6二玉だじょッ!」

 さすがに、6四玉とはしなかったか。ここからは、ウルトラ歩夢あゆむくんラッシュ。

 6三歩成、同玉、6四歩、5二玉、6三銀、4二玉。

「このときのための6五桂さ。5三桂成」


挿絵(By みてみん)


「こんなの寄らない……じょッ!?」

 寄るよ。例えば、3一玉と逃げるのは5四角で、これが詰めろ。3二角成以下、じゃなくて、4二銀、同金、同成桂、同玉、4三金、4一玉、5二銀成、3一玉、3二金まで。4二銀に2一玉と逃げたら、3二角成、1二玉(同玉は3一金だね)、2三歩成、同歩、2二金まで。というわけで、8七銀不成と取るヒマがなくて、僕の勝ち。

 3一に逃げ込めないんじゃ、かなりキツいと思う。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!


挿絵(By みてみん)


 そっちか……そっちも寄り。

 6五桂、6四玉、5三銀、6三玉、5二角、7二玉、6一角成。

 那賀さんは、力なく同玉と取った。

「6三飛っと」


挿絵(By みてみん)


 詰みだね。7一玉、6二飛成、8一玉、7三桂不成、9一玉、7一龍まで。

 歩しか余ってなくて、キレイでしょ。

「ま、負けましたじょ……」

「ありがとうございました」

 那賀さんは、納得がいかないのか、腕組みをして目を閉じた。

「……おまえ、何者だじょ?」

 ウルトラ歩夢くんだってば。

「ねじり合いに負けてしまったじょ。端攻めしたほうがよかったかじょ?」

 じゃ、感想戦を始めようか。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「同歩、同香、同香、9四歩、同香、同銀の一直線は、切れてない?」

「そうかじょ? 9六歩なら9五歩だじょ?」

「9七歩と控えて打つね」

 那賀さんは、黙って9五銀と進めた。

「9九香で止まってるよね? 下手したら、9八香〜9九飛があるよ」

「相地下鉄飛車とか、成立してるのかじょ?」

 ウルトラ歩夢くんは、すべてを成立させるのさ。

 倒したかったら、スーパー歩美あゆみちゃんでも連れて来なきゃ。

「すみれちゃん、どうだった?」

 音楽談義を終わらせた鳴門なると先輩が、話しかけてきた。

「すみれ、負けちゃったじょ」

「え? ほんと? 頓死かなにか?」

 実力勝ち。

 鳴門先輩は、那賀さんが落ち込んでいるからか、話題をすぐに変えた。

「まあ、みんなでお菓子でも食べながら、音楽を聴こうよ」

 那賀さんはやけ食いみたいに、チップスを食べ始めた。

 鳴門先輩と多喜たきくんは並んで座って、ベースを弾く。

 このメロディーは、僕も知っている。

「僕と多喜くんと耕平こうへいでアレンジした、グリーンスリーブス、ロックバージョンだよ」

 音楽の授業で定番の曲だね。

 拍子ひょうしをとって、鳴門先輩と多喜くんは交互に歌い始めた。

「ワン・ツー・スリー! Alas, my love, you do me wrong♪」

「To cast me off discourteously♪」

「For I have loved you so long♪」

「Delighting in your company♪」

 ここからはハモって合唱。


 Greensleeves was all my joy

 Greensleeves was my delight,

 Greensleeves was my heart of gold,

 And who but my lady greensleeves.


 最後に曲をフェードアウトさせて、終わり。

 那賀さんは拍手しながら、

「さすが鳴門先輩だじょ。かっこいいじょ」

 と褒めた。鳴門先輩は、僕にも感想を求めてきた。

「男性が歌うには、キーが高過ぎると思います」

「あ、鳴門先輩にケチつけるなじょ」

 僕は、おべっかは使わないからね。正直に答える。

 僕と姉さんが似ているところと言えば、これくらいかな。

「ハハハ、すみれちゃん、いいんだよ。じつはこれ、女性ヴォーカル用の曲だから」

「そうなのかじょ? だれが歌うんだじょ?」

「もちろん、W歌山の日高ひだかさんだよ」

 日高っていうひとも、聞いたことあるな。たしか県代表だったと思う。

日日にちにち杯では全員集まって、ミニコンサートをひらく予定なんだ」

「すごいじょ。チケットは、おいくら円なんだじょ?」

「もちろん、タダだよ」

 那賀さんは、その場でぴょんぴょん飛び跳ねた。

「すみれ、絶対聴きに行くじょ」

 聴きに行くもなにも、那賀さんは日日杯参加者だよね。

 なんかこのメンバー、あんまり気迫が感じられない。代表選手によって、意気込みがバラバラみたいだ。それとも、最初から上位入賞を目指してないのかな。賞金額は、結構なものだと耳にしたけど。僕も一年中、ウルトラ歩夢くんならなあ。

「鳴門先輩と那賀さんって、日日杯でどこまで行けそうですか?」

 僕の質問に、鳴門先輩はまた笑った。

「きみ、なかなかすごいことを訊くね」

「すみれは、優勝を目指すじょッ!」

 さっきの感じだと、ちょっとムリじゃないかなぁ。

 少なくとも、桐野きりの先輩や早乙女さおとめさん相手には分が悪そうだ。

「優勝候補って、だれなんですか?」

「んー、優勝候補ねぇ……仲間内のあいだでは、いろいろ言われてるよ」

 ごまかされた感じ。教えてくれないみたい。

駒込こまごめくんだっけ? 駒込くんは、どうして中学の部室にいるの?」

「それは、鳴門先輩たちにも言えると思いますけど」

「ハハハ、きみって毒舌だね。僕と多喜くんは、去年の夏休みにバンドを組んだんだよ」

「四国とH島で、ですか? どうやって会ってるんです?」

「今は技術が進歩して、ヴァーチャルリアリティの世界で会えるのさ」

 ああ、あの変な眼鏡かけてやるやつか。

 将棋は盤駒の絵があればできるから、ああいうのは応用されないんだろうね。

 それとも、わざわざ会いたいっていうひとが出てくるのかな。

「で、きみのほうはまだ答えてくれてないけど?」

「春の団体戦で、僕が通ってる高校の女子将棋部が優勝したんです。だから、県大会の準備をしてるんですよ。具体的には、多喜くんにも手伝ってもらおうかな、と」

 ここで、多喜くんが口を挟んだ。

「駒込先輩は、ほんと人使いが荒いんですよ。お姉さんといい勝負ですね」

 こらこら、人聞きの悪いことを言っちゃいけないよ。

「僕の人使いがローマの奴隷制だとすれば、姉さんの人使いはアメリカの奴隷制だよ」

「意味が分からないじょ?」

 世界史を勉強しよう。

「県大会のためにみんなで練習……青春だね」

 鳴門先輩の、ムリヤリ収めようとしている感が半端ない。

「すみれも、T島大会がんばるじょ。ひよこ先輩が3年生だから、狙い目じょ」

「そろそろ四国も世代交代する時代かな……さあ、もっとお菓子を食べよう」

 さっきからこのひと、日日杯と関係ありそうな話題は全部シャットアウトしてるな。

 ほんとにバンドの話し合いだけに来たんだろうか。怪しくなってきた。

 日日杯には観戦しに行くだけだから、いいんだけどさ。ヒミツはよくない。

「鳴門先輩、もう一曲いきましょうよ、もう一曲」

 チョコレートクッキーを頬張りながら、多喜くんは弦をはじいた。

「いいよ。なにがいい?」

「すみれは、ヘビメタ阿波踊りをリクエストするじょ」

 なにそれ。

「オッケー、それじゃ、ワンツースリー」

 なんだか、とてつもなく激しい曲が始まった。

 これもオリジナルなのかな。

 踊る阿呆あほうに見る阿呆あほう、同じ阿呆あほなら……やっぱり将棋だよね。

 姉さんとネット対局しよ。バイバイ。

場所:駒桜第二中学校将棋部の部室

先手:駒込 歩夢

後手:那賀 すみれ

戦型:後手角交換型四間飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4二飛 ▲6八玉 △6二玉

▲7八玉 △7二玉 ▲4八銀 △8二玉 ▲9六歩 △9四歩

▲2五歩 △7二銀 ▲3六歩 △8八角成 ▲同 銀 △2二銀

▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △3一金 ▲3七桂 △3三銀

▲2九飛 △4四歩 ▲2四歩 △2二歩 ▲4六歩 △3二金

▲4七銀 △4一飛 ▲7七銀 △4二銀 ▲5六歩 △4三銀

▲6八金 △6四歩 ▲3八金 △5四銀 ▲5九飛 △7四歩

▲8六歩 △8四歩 ▲6六銀 △6三銀引 ▲5七銀 △8三銀

▲6六歩 △7二金 ▲5八銀 △7三桂 ▲6七銀 △9二香

▲2九飛 △9一飛 ▲7七金 △6五歩 ▲8七金 △6六歩

▲同銀右 △5四銀 ▲7七桂 △6五歩 ▲5七銀 △3三桂

▲6四歩 △4三銀 ▲2五桂 △同 桂 ▲同 飛 △6六桂

▲6八玉 △4九角 ▲6五桂 △同 桂 ▲4八金 △5七桂成

▲同 玉 △3三桂 ▲2九飛 △6七角成 ▲同 玉 △7八銀

▲6六玉 △8七銀不成▲2七飛 △6一飛 ▲8七飛 △7八銀

▲6五桂 △5四銀 ▲7三角 △同 金 ▲同桂成 △同 玉

▲6三金 △同 銀 ▲6五桂 △6二玉 ▲6三歩成 △同 玉

▲6四歩 △5二玉 ▲6三銀 △4二玉 ▲5三桂成 △同 玉

▲6五桂 △6四玉 ▲5三銀 △6三玉 ▲5二角 △7二玉

▲6一角成 △同 玉 ▲6三飛


まで117手で駒込(弟)の勝ち

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