22手目 女子の部準決勝 裏見〔市立〕vs不破〔天堂〕(2)
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中央で打開するしかないわね。2筋は捨てましょう。
具体的には5六歩だ。以下、2五歩、5五歩、2六歩、5四歩と進め合って、2七歩成に5八飛と逃げる。と金は大きいけど、すぐには2八ととも3七とともできない。一方、先手は4四角、同歩、5三銀がある。だから、5五歩と抑えてくるんじゃないかなぁ。
そこから、4五歩、同銀、5五角、3三桂の展開でどうか、って感じ。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
2筋完封型よりはマシだけど……この続きがむずかしい。
5五の角が飛車先を止めているから、7七角ともどるのは必然。
問題は、7七角に3六歩と伸ばされて、もう一枚と金を作られるパターン。
そのあいだに動けないと困る。
「……」
「……」
私はのこり時間を確認した。私が15分、不破さんが17分余している。
ちゃらちゃら指しているようにみえて、ちゃんと使ってるのね。
「……5六歩」
私は5筋から仕掛けた。
「そっちか」
不破さんは飴玉を口のなかで左から右に移動させた。
「あたしと殴り合いね……いい度胸じゃん」
不破さんは2五歩と取り込み、5五歩に2六歩と伸ばす。
「5四歩」
「2七歩成」
私は5八飛と回って、攻めつつ逃げた。
「それは受けるぜ。5五歩」
「4五歩」
同銀、5五角、3三桂、7七角、3六歩、4四歩。
これが長考の答えだ。
不破さんは、じっと4四の歩を見つめた。
「……なるほど、同歩とできないわけか」
さすがにバレたか。同歩は4三歩、3一角、3二歩、2二角、5三歩成だ。
ただ、不破さんの表情も、さっきの余裕とはほど遠い感じになっていた。
横を向いて、耳たぶを掻く。
「ふーん……なるほどねぇ……やるじゃん」
不破さんは飴玉のスティックを口から取り出した。どうやら食べ切ったらしい。
ポケットからオレンジ味の新しい飴を取り出して、包み紙を剥ぐ。
「ポニテのねーちゃん、一本いるか?」
「けっこうよ」
不破さんは飴玉をくわえてつつ、空いた右手で3七歩成とした。
「とりあえず、決めるだけ決めるぜ」
5六銀、5七歩、同飛、4六銀……あッ。
くうッ、一瞬で立てなおしてきた。けど、これがあるのよッ!
「3五歩ッ!」
私は、力強く歩を打った。
「そんなの取るわけないだろ。2四飛」
「2五歩ッ!」
不破さんは目をほそめて、盤をのぞきこんだ。
「この歩の連打は……」
そして、舌打ちをした。
「チッ、あんた、マジでつえーな」
どうも。と言いたいところだけど、この狙いを見抜いた不破さん、ほんとに強い。
3五歩に同飛は、4三歩成、同金、4四歩、5七銀成、同金、5四金とかわしても、4三歩成が角当たり。5一角とは逃げられないから、3一角、3三角成。これは馬付き穴熊で鉄壁になる。同じ理屈で、2五歩、同飛も変化なし。
2五同飛とできない。かといって引くのも無理。となると、残された選択肢は――
「4四飛だッ!」
不破さんは、怒ったように飛車を寄った。
同角(最高の交換)、同歩、4三歩、同金、4一飛。
先着ぅ。いつの間にか集まっていたギャラリーから、賛嘆の声が漏れた。
不破さんは、考える人みたいなポーズで、盤面を睨む。
「ひさびさに見たぞ、不破の本気モード」
「中学で春日川相手に負けたとき以来じゃないか?」
ギャラリーのひそひそ話。手応えあり。
不破さんはほんとうに長考して、のこり時間は10分を切った。
私はだいたいの方針を決めてあったから、ここでとなりの席を観察する。
【先手:春日川 後手:大場】
……あれ? これって、大場さんが相当良くない?
「5五銀」
春日川さんは苦しそうな表情で、桂馬を払った。
同金、6四桂。
完全にノータイムになっている。
「もう決めにいくっス」
大場さんは自信満々な手つきで、6八銀打とした。
バラして終わりっぽい。同金、同銀成、同玉、6七金。
【先手:春日川 後手:大場】
詰んだ。簡単な順だし、ふがいなくて投げれないパターンだ。
「5九玉」
「5八歩」
「6九玉」
「7八馬まで、っス。詰んだっスよ」
「……負けました」
春日川さんは頭を下げた。
「ありがとうございましたっス」
決勝に一番乗りを果たしたのは、駒桜北高校の大場さんだった。
私は盤面に視線をもどす。
不破さんは、さらに30秒ほど考えた。
「……2三角」
ん? そこに角打ち? 催促?
1一飛成、5七銀成、同金、5六角、同金とか?
あるいは、5七銀成、同金に5九飛と打って、6八銀、2九飛成かしら?
どちらかといえば、後者のほうがイヤね。これを防ぐには……2一飛成が有効そう。2一飛成、5七銀成、同金、5九飛、6八銀、2九飛成なら、2三龍で角を抜ける。
「2一飛成」
「1四角」
端に逃げた。1五歩で死んで……ないか。2五角で桂馬の紐がつく。
だったら、この隙に5九飛と逃げ……れない。
4八と、6九飛、5八と、3九飛、2五角で、次に飛車が死ぬ。
しまった。1四角が好手なのに、見えてなかった。
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「3四歩」
中央の凝りかたちをほぐしにかかる。
4五桂、同銀、5七銀成、同金、4五歩。
「5五桂ッ!」
「マジでうぜえことになってきたな……5四金」
これは5四歩の楔が活きた。5三金とスライドできなかったのは痛いはず。
私は6三桂成、3一歩、7二銀と追撃した。
食らいつけそうだけど、2枚の攻めなのが気になる。もう一枚足さないと。
「4一角だッ!」
不破さんはこの手を指して、ニヤリと口の端をゆがめた。
「こいつが2三角からの狙いだ。寄せれるもんなら寄せてみな」
ぐッ……この2三角〜1四角〜4一角は強い……1四角で攻めを急かしつつ、4一角で6三の成桂を攻める……受験勉強で棋力の落ちた私じゃ打てない……。
なんて自己分析してる場合じゃないわ。対応する。しないと完切れになる。
「7一銀不成」
同銀、7二金、6三角(痛い!)、7一金、8二銀。
切れた……っぽい……。
「な、7二銀」
「7一銀」
私は嘆息してお茶を飲み、6三銀成とした。
「よっしゃ、止まったな。3九飛」
不破さんは反撃の飛車打ち。
3五角、8二銀打、2二龍、3二金、1一龍。
形勢判断が難しい。こっちの攻めは切れたけど、後手も金を手放した。
一目瞭然な次の手に対処すれば、まだなんとか。
「4七と」
早速寄せてきた。角金両取り。でも、角は切れる。
「7一角成」
「さすがにこの見落としはないか……同銀」
7二銀、8二銀。
ここで私は小考。
残り時間は、私が2分、不破さんが5分。少し差があった。
不破さんのほうは、金がないから受けにくくなっている。
「……2一龍」
私は30秒ほど考えて、龍を寄った。
切る準備だ。このままじゃ龍は使えない。
「5七とより、3二龍のほうが速いか……」
不破さんは眉毛を撫でながら、そうつぶやいた。
5七と、3二龍、6七と、4二龍が詰めろだから、3二龍は無視できない。
不破さんは、貴重な時間を投入して寄せを練る。
残り2分を切ったところで、持ち駒の桂馬に手を伸ばした。
「やっぱこれだろうな……7七桂」
桂馬のタダ捨て。私は片目をつむって苦吟した。同桂、5七と、3二龍、6八と、4二龍は、8九金、同玉と捨ててから、7八角、9九玉、7九龍、同銀、8九金で詰んでしまう。穴熊だとよくある筋だ。
ピッ
私は1分将棋になった。
30秒……40秒……50秒……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同桂ッ!」
5七と、6九香、5六角、8九桂。穴熊は再構築された。すぐには寄らない。
「粘るねぇ……7八金」
同金、同角成、7九金、8八馬、同金。ここで不破さんも1分将棋。
「7九銀」
んー、6九飛成なら勝ちだったんだけど(3二龍、7九銀のとき、8一銀成で詰む)、7九銀は受けないといけない。私は7八角、不破さんは7一金で、それぞれ受けた。
「せ、攻め駒が足りない……」
私は、盤面に視線を走らせる。
駒は3二にしか落ちていない。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「7一銀不成ッ!」
私は時間に追われて、金駒の交換をした。
同銀、7二金。
仮に8二銀打、7一金、同銀、7二銀、8二銀、3二龍なら逆転だ。
お願い、受けて。
「ここは攻める場面だな」
不破さんは、自陣に手を付けず、6八とと入った。
詰めろ……放置も同香も8八銀成から詰む……勝負あり、か。
私はしばらく目を閉じて、30秒の合図が鳴ったところで顔をあげた。
「負けました」
「ありがとうございました」
不破さんも丁寧に頭をさげる。
こういうところは礼儀正しい。
「最後、8五桂と跳ねたほうがよかった?」
私のコメントで、感想戦開始。
【検討図】
「あんま変わらないと思いますけどね……」
ん、丁寧語?
私の実力を認めたっていう証拠かしら。
普段からそうしゃべればいいのに。
「具体的には?」
「3八飛成です」
不破さんは、飛車を引いてひっくり返した。
私は次の手を模索する。
「……指す手がないわね。7一銀不成は、同銀、7二金、6八との詰めろ。9六歩と突いても7八とが必至だし、ダメっぽい」
「7九銀と打った時点で、あたしの勝ちじゃないですか」
確かに、変化はないような気がする。
「そうなると、7七桂以降は一直線だから、2一龍が悪手……でも、2一龍以外に攻め駒を補充するチャンスがないから……攻め自体が切れてるわけね……」
私は天をあおいだ。お茶を飲んで、一息つく。
「2四歩のとき、すぐ2八飛と回ろうかとも思ったのよね」
「それはあったんじゃないですか。3六歩の予定でした」
「そこで3八銀ってあった?」
【参考図】
「2五歩、同飛、2四歩、2八飛、3三角じゃないですか」
「2七飛と浅く引いて、3三角に4七飛だと?」
「それは3八の銀が役に立ってないんで、2五歩〜2六歩と伸ばします。まあ、一局の将棋になるとは思いますが」
うーん、言われてみると、3八銀はただの応急処置で、駒組みに伸展性がない。
「2四歩で悪いとは、あんまり思いたくないんだけど……」
「それでは、後片付けがあるので、撤収をお願いしまぁす」
副会長の葛城くんが、かわいらしく指示を出した。
おっとっと、もうそんな時間か。
テーブルを片付ける音、椅子をがちゃがちゃいわせる音。
「すみませんが、感想戦はここまででお願いします」
箕辺くんがそう告げて、凖決勝のテーブルは解散になった。
私と不破さんは、もういちど一礼する。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
私が席を立つと、おなじ学校の松平が声をかけてきた。
「裏見、残念だったな」
「ま、しょうがないわね」
なんていうんだろ、不完全燃焼? 2年生の秋と比べたら、十分に出し切っていない感があった。相手のペースに飲まれちゃったみたい。そんなことを思いながら振り返ると、不破さんは天堂のメンバーと談笑していた。
勝者と敗者――不破さん、この借りは高くつくから、覚えておきなさいよ。
場所:2015年度 春季個人戦 女子の部 凖決勝
先手:春日川 琴音
後手:大場 角代
戦型:三間飛車
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲4八銀 △3二飛
▲2五歩 △3三角 ▲5六歩 △4二銀 ▲6八玉 △6二玉
▲7八玉 △5四歩 ▲5八金右 △5二金左 ▲3六歩 △7二玉
▲9六歩 △9四歩 ▲4六歩 △8二玉 ▲3七桂 △2二飛
▲6八銀 △6四歩 ▲5七銀左 △7二銀 ▲5五歩 △同 歩
▲4五歩 △4三銀 ▲4六銀 △5四銀 ▲5五銀 △同 銀
▲同 角 △4三金 ▲4四歩 △同 金 ▲6四角 △3五歩
▲2六飛 △5二飛 ▲2四歩 △5八飛成 ▲同 金 △5四金
▲3一角成 △9九角成 ▲8八銀 △6九銀 ▲同 玉 △8八馬
▲2一馬 △5一香 ▲4二飛 △6六歩 ▲同 歩 △8九馬
▲5九玉 △6七銀 ▲5七歩 △5五桂 ▲5六銀 △3八金
▲5五銀 △同 金 ▲6四桂 △6八銀打 ▲同 金 △同銀成
▲同 玉 △6七金 ▲5九玉 △5八歩 ▲6九玉 △7八馬
まで78手で大場の勝ち
場所:2015年度 春季個人戦 女子の部 凖決勝
先手:裏見 香子
後手:不破 楓
戦型:相穴熊
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △5四歩 ▲2五歩 △5二飛
▲4八銀 △5五歩 ▲6八玉 △3三角 ▲7八玉 △6二玉
▲5八金右 △7二玉 ▲7七角 △4二銀 ▲8八玉 △8二玉
▲9八香 △9二香 ▲9九玉 △9一玉 ▲6六歩 △8二銀
▲8八銀 △3五歩 ▲6七金 △5四飛 ▲4六歩 △3四飛
▲4七銀 △7一金 ▲7九金 △5三銀 ▲1六歩 △5二金
▲3八飛 △4二角 ▲3六歩 △4四銀 ▲6五歩 △3六歩
▲同 銀 △3五歩 ▲4七銀 △2四歩 ▲5六歩 △2五歩
▲5五歩 △2六歩 ▲5四歩 △2七歩成 ▲5八飛 △5五歩
▲4五歩 △同 銀 ▲5五角 △3三桂 ▲7七角 △3六歩
▲4四歩 △3七歩成 ▲5六銀 △5七歩 ▲同 飛 △4六銀
▲3五歩 △2四飛 ▲2五歩 △4四飛 ▲同 角 △同 歩
▲4三歩 △同 金 ▲4一飛 △2三角 ▲2一飛成 △1四角
▲3四歩 △4五桂 ▲同 銀 △5七銀成 ▲同 金 △4五歩
▲5五桂 △5四金 ▲6三桂成 △3一歩 ▲7二銀 △4一角
▲7一銀成 △同 銀 ▲7二金 △6三角 ▲7一金 △8二銀
▲7二銀 △7一銀 ▲6三銀成 △3九飛 ▲3五角 △8二銀打
▲2二龍 △3二金 ▲1一龍 △4七と ▲7一角成 △同 銀
▲7二銀 △8二銀 ▲2一龍 △7七桂 ▲同 桂 △5七と
▲6九香 △5六角 ▲8九桂 △7八金 ▲同 金 △同角成
▲7九金 △8八馬 ▲同 金 △7九銀 ▲7八角 △7一金
▲同銀不成 △同 銀 ▲7二金 △6八と
まで130手で不破の勝ち




