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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第2局 激突!春の個人戦(1日目・2015年4月12日日曜)
24/681

22手目 女子の部準決勝 裏見〔市立〕vs不破〔天堂〕(2)

挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 中央で打開するしかないわね。2筋は捨てましょう。

 具体的には5六歩だ。以下、2五歩、5五歩、2六歩、5四歩と進め合って、2七歩成に5八飛と逃げる。と金は大きいけど、すぐには2八ととも3七とともできない。一方、先手は4四角、同歩、5三銀がある。だから、5五歩と抑えてくるんじゃないかなぁ。

 そこから、4五歩、同銀、5五角、3三桂の展開でどうか、って感じ。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)

 

 2筋完封型よりはマシだけど……この続きがむずかしい。

 5五の角が飛車先を止めているから、7七角ともどるのは必然。

 問題は、7七角に3六歩と伸ばされて、もう一枚と金を作られるパターン。

 そのあいだに動けないと困る。

「……」

「……」

 私はのこり時間を確認した。私が15分、不破さんが17分余している。

 ちゃらちゃら指しているようにみえて、ちゃんと使ってるのね。

「……5六歩」


挿絵(By みてみん)


 私は5筋から仕掛けた。

「そっちか」

 不破さんは飴玉を口のなかで左から右に移動させた。

「あたしと殴り合いね……いい度胸じゃん」

 不破さんは2五歩と取り込み、5五歩に2六歩と伸ばす。

「5四歩」

「2七歩成」

 私は5八飛と回って、攻めつつ逃げた。

「それは受けるぜ。5五歩」

「4五歩」

 同銀、5五角、3三桂、7七角、3六歩、4四歩。


挿絵(By みてみん)


 これが長考の答えだ。

 不破さんは、じっと4四の歩を見つめた。

「……なるほど、同歩とできないわけか」

 さすがにバレたか。同歩は4三歩、3一角、3二歩、2二角、5三歩成だ。

 ただ、不破さんの表情も、さっきの余裕とはほど遠い感じになっていた。

 横を向いて、耳たぶを掻く。

「ふーん……なるほどねぇ……やるじゃん」

 不破さんは飴玉のスティックを口から取り出した。どうやら食べ切ったらしい。

 ポケットからオレンジ味の新しい飴を取り出して、包み紙を剥ぐ。

「ポニテのねーちゃん、一本いるか?」

「けっこうよ」

 不破さんは飴玉をくわえてつつ、空いた右手で3七歩成とした。

「とりあえず、決めるだけ決めるぜ」

 5六銀、5七歩、同飛、4六銀……あッ。


挿絵(By みてみん)


 くうッ、一瞬で立てなおしてきた。けど、これがあるのよッ!

「3五歩ッ!」

 私は、力強く歩を打った。

「そんなの取るわけないだろ。2四飛」

「2五歩ッ!」


挿絵(By みてみん)


 不破さんは目をほそめて、盤をのぞきこんだ。

「この歩の連打は……」

 そして、舌打ちをした。

「チッ、あんた、マジでつえーな」

 どうも。と言いたいところだけど、この狙いを見抜いた不破さん、ほんとに強い。

 3五歩に同飛は、4三歩成、同金、4四歩、5七銀成、同金、5四金とかわしても、4三歩成が角当たり。5一角とは逃げられないから、3一角、3三角成。これは馬付き穴熊で鉄壁になる。同じ理屈で、2五歩、同飛も変化なし。

 2五同飛とできない。かといって引くのも無理。となると、残された選択肢は――

「4四飛だッ!」

 不破さんは、怒ったように飛車を寄った。

 同角(最高の交換)、同歩、4三歩、同金、4一飛。


挿絵(By みてみん)


 先着ぅ。いつの間にか集まっていたギャラリーから、賛嘆の声が漏れた。

 不破さんは、考える人みたいなポーズで、盤面を睨む。

「ひさびさに見たぞ、不破の本気モード」

「中学で春日川かすがかわ相手に負けたとき以来じゃないか?」

 ギャラリーのひそひそ話。手応えあり。

 不破さんはほんとうに長考して、のこり時間は10分を切った。

 私はだいたいの方針を決めてあったから、ここでとなりの席を観察する。


【先手:春日川 後手:大場】

挿絵(By みてみん)


 ……あれ? これって、大場おおばさんが相当良くない?

「5五銀」

 春日川さんは苦しそうな表情で、桂馬を払った。

 同金、6四桂。

 完全にノータイムになっている。

「もう決めにいくっス」

 大場さんは自信満々な手つきで、6八銀打とした。

 バラして終わりっぽい。同金、同銀成、同玉、6七金。


【先手:春日川 後手:大場】

挿絵(By みてみん)


 詰んだ。簡単な順だし、ふがいなくて投げれないパターンだ。

「5九玉」

「5八歩」

「6九玉」

「7八馬まで、っス。詰んだっスよ」

「……負けました」

 春日川さんは頭を下げた。

「ありがとうございましたっス」

 決勝に一番乗りを果たしたのは、駒桜北こまざくらきた高校の大場さんだった。

 私は盤面に視線をもどす。

 不破さんは、さらに30秒ほど考えた。

「……2三角」

 ん? そこに角打ち? 催促?

 1一飛成、5七銀成、同金、5六角、同金とか?

 あるいは、5七銀成、同金に5九飛と打って、6八銀、2九飛成かしら?

 どちらかといえば、後者のほうがイヤね。これを防ぐには……2一飛成が有効そう。2一飛成、5七銀成、同金、5九飛、6八銀、2九飛成なら、2三龍で角を抜ける。

「2一飛成」

「1四角」


挿絵(By みてみん)


 端に逃げた。1五歩で死んで……ないか。2五角で桂馬の紐がつく。

 だったら、この隙に5九飛と逃げ……れない。

 4八と、6九飛、5八と、3九飛、2五角で、次に飛車が死ぬ。

 しまった。1四角が好手なのに、見えてなかった。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「3四歩」

 中央の凝りかたちをほぐしにかかる。

 4五桂、同銀、5七銀成、同金、4五歩。

「5五桂ッ!」

「マジでうぜえことになってきたな……5四金」

 これは5四歩の楔が活きた。5三金とスライドできなかったのは痛いはず。

 私は6三桂成、3一歩、7二銀と追撃した。

 食らいつけそうだけど、2枚の攻めなのが気になる。もう一枚足さないと。

「4一角だッ!」


挿絵(By みてみん)


 不破さんはこの手を指して、ニヤリと口の端をゆがめた。

「こいつが2三角からの狙いだ。寄せれるもんなら寄せてみな」

 ぐッ……この2三角〜1四角〜4一角は強い……1四角で攻めを急かしつつ、4一角で6三の成桂を攻める……受験勉強で棋力の落ちた私じゃ打てない……。

 なんて自己分析してる場合じゃないわ。対応する。しないと完切れになる。

「7一銀不成」

 同銀、7二金、6三角(痛い!)、7一金、8二銀。


挿絵(By みてみん)


 切れた……っぽい……。

「な、7二銀」

「7一銀」

 私は嘆息してお茶を飲み、6三銀成とした。

「よっしゃ、止まったな。3九飛」

 不破さんは反撃の飛車打ち。

 3五角、8二銀打、2二龍、3二金、1一龍。


挿絵(By みてみん)


 形勢判断が難しい。こっちの攻めは切れたけど、後手も金を手放した。

 一目瞭然な次の手に対処すれば、まだなんとか。

「4七と」

 早速寄せてきた。角金両取り。でも、角は切れる。

「7一角成」

「さすがにこの見落としはないか……同銀」

 7二銀、8二銀。

 ここで私は小考。

 残り時間は、私が2分、不破さんが5分。少し差があった。

 不破さんのほうは、金がないから受けにくくなっている。

「……2一龍」

 私は30秒ほど考えて、龍を寄った。

 切る準備だ。このままじゃ龍は使えない。

「5七とより、3二龍のほうが速いか……」

 不破さんは眉毛を撫でながら、そうつぶやいた。

 5七と、3二龍、6七と、4二龍が詰めろだから、3二龍は無視できない。

 不破さんは、貴重な時間を投入して寄せを練る。

 残り2分を切ったところで、持ち駒の桂馬に手を伸ばした。

「やっぱこれだろうな……7七桂」


挿絵(By みてみん)


 桂馬のタダ捨て。私は片目をつむって苦吟した。同桂、5七と、3二龍、6八と、4二龍は、8九金、同玉と捨ててから、7八角、9九玉、7九龍、同銀、8九金で詰んでしまう。穴熊だとよくある筋だ。

 

 ピッ

 

 私は1分将棋になった。


 30秒……40秒……50秒……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「同桂ッ!」

 5七と、6九香、5六角、8九桂。穴熊は再構築された。すぐには寄らない。

「粘るねぇ……7八金」

 同金、同角成、7九金、8八馬、同金。ここで不破さんも1分将棋。

「7九銀」


挿絵(By みてみん)


 んー、6九飛成なら勝ちだったんだけど(3二龍、7九銀のとき、8一銀成で詰む)、7九銀は受けないといけない。私は7八角、不破さんは7一金で、それぞれ受けた。

「せ、攻め駒が足りない……」

 私は、盤面に視線を走らせる。

 駒は3二にしか落ちていない。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「7一銀不成ッ!」

 私は時間に追われて、金駒の交換をした。

 同銀、7二金。

 仮に8二銀打、7一金、同銀、7二銀、8二銀、3二龍なら逆転だ。

 お願い、受けて。

「ここは攻める場面だな」

 不破さんは、自陣に手を付けず、6八とと入った。


挿絵(By みてみん)


 詰めろ……放置も同香も8八銀成から詰む……勝負あり、か。

 私はしばらく目を閉じて、30秒の合図が鳴ったところで顔をあげた。

「負けました」

「ありがとうございました」

 不破さんも丁寧に頭をさげる。

 こういうところは礼儀正しい。

「最後、8五桂と跳ねたほうがよかった?」

 私のコメントで、感想戦開始。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「あんま変わらないと思いますけどね……」

 ん、丁寧語?

 私の実力を認めたっていう証拠かしら。

 普段からそうしゃべればいいのに。

「具体的には?」

「3八飛成です」

 不破さんは、飛車を引いてひっくり返した。

 私は次の手を模索する。

「……指す手がないわね。7一銀不成は、同銀、7二金、6八との詰めろ。9六歩と突いても7八とが必至だし、ダメっぽい」

「7九銀と打った時点で、あたしの勝ちじゃないですか」

 確かに、変化はないような気がする。

「そうなると、7七桂以降は一直線だから、2一龍が悪手……でも、2一龍以外に攻め駒を補充するチャンスがないから……攻め自体が切れてるわけね……」

 私は天をあおいだ。お茶を飲んで、一息つく。

「2四歩のとき、すぐ2八飛と回ろうかとも思ったのよね」

「それはあったんじゃないですか。3六歩の予定でした」

「そこで3八銀ってあった?」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「2五歩、同飛、2四歩、2八飛、3三角じゃないですか」

「2七飛と浅く引いて、3三角に4七飛だと?」

「それは3八の銀が役に立ってないんで、2五歩〜2六歩と伸ばします。まあ、一局の将棋になるとは思いますが」

 うーん、言われてみると、3八銀はただの応急処置で、駒組みに伸展性がない。

「2四歩で悪いとは、あんまり思いたくないんだけど……」

「それでは、後片付けがあるので、撤収をお願いしまぁす」

 副会長の葛城かつらぎくんが、かわいらしく指示を出した。

 おっとっと、もうそんな時間か。

 テーブルを片付ける音、椅子をがちゃがちゃいわせる音。

「すみませんが、感想戦はここまででお願いします」

 箕辺くんがそう告げて、凖決勝のテーブルは解散になった。

 私と不破さんは、もういちど一礼する。

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 私が席を立つと、おなじ学校の松平まつだいらが声をかけてきた。

「裏見、残念だったな」

「ま、しょうがないわね」

 なんていうんだろ、不完全燃焼? 2年生の秋と比べたら、十分に出し切っていない感があった。相手のペースに飲まれちゃったみたい。そんなことを思いながら振り返ると、不破さんは天堂のメンバーと談笑していた。

 勝者と敗者――不破さん、この借りは高くつくから、覚えておきなさいよ。

場所:2015年度 春季個人戦 女子の部 凖決勝

先手:春日川 琴音

後手:大場 角代

戦型:三間飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲4八銀 △3二飛

▲2五歩 △3三角 ▲5六歩 △4二銀 ▲6八玉 △6二玉

▲7八玉 △5四歩 ▲5八金右 △5二金左 ▲3六歩 △7二玉

▲9六歩 △9四歩 ▲4六歩 △8二玉 ▲3七桂 △2二飛

▲6八銀 △6四歩 ▲5七銀左 △7二銀 ▲5五歩 △同 歩

▲4五歩 △4三銀 ▲4六銀 △5四銀 ▲5五銀 △同 銀

▲同 角 △4三金 ▲4四歩 △同 金 ▲6四角 △3五歩

▲2六飛 △5二飛 ▲2四歩 △5八飛成 ▲同 金 △5四金

▲3一角成 △9九角成 ▲8八銀 △6九銀 ▲同 玉 △8八馬

▲2一馬 △5一香 ▲4二飛 △6六歩 ▲同 歩 △8九馬

▲5九玉 △6七銀 ▲5七歩 △5五桂 ▲5六銀 △3八金

▲5五銀 △同 金 ▲6四桂 △6八銀打 ▲同 金 △同銀成

▲同 玉 △6七金 ▲5九玉 △5八歩 ▲6九玉 △7八馬


まで78手で大場の勝ち



場所:2015年度 春季個人戦 女子の部 凖決勝

先手:裏見 香子

後手:不破 楓

戦型:相穴熊


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △5四歩 ▲2五歩 △5二飛

▲4八銀 △5五歩 ▲6八玉 △3三角 ▲7八玉 △6二玉

▲5八金右 △7二玉 ▲7七角 △4二銀 ▲8八玉 △8二玉

▲9八香 △9二香 ▲9九玉 △9一玉 ▲6六歩 △8二銀

▲8八銀 △3五歩 ▲6七金 △5四飛 ▲4六歩 △3四飛

▲4七銀 △7一金 ▲7九金 △5三銀 ▲1六歩 △5二金

▲3八飛 △4二角 ▲3六歩 △4四銀 ▲6五歩 △3六歩

▲同 銀 △3五歩 ▲4七銀 △2四歩 ▲5六歩 △2五歩

▲5五歩 △2六歩 ▲5四歩 △2七歩成 ▲5八飛 △5五歩

▲4五歩 △同 銀 ▲5五角 △3三桂 ▲7七角 △3六歩

▲4四歩 △3七歩成 ▲5六銀 △5七歩 ▲同 飛 △4六銀

▲3五歩 △2四飛 ▲2五歩 △4四飛 ▲同 角 △同 歩

▲4三歩 △同 金 ▲4一飛 △2三角 ▲2一飛成 △1四角

▲3四歩 △4五桂 ▲同 銀 △5七銀成 ▲同 金 △4五歩

▲5五桂 △5四金 ▲6三桂成 △3一歩 ▲7二銀 △4一角

▲7一銀成 △同 銀 ▲7二金 △6三角 ▲7一金 △8二銀

▲7二銀 △7一銀 ▲6三銀成 △3九飛 ▲3五角 △8二銀打

▲2二龍 △3二金 ▲1一龍 △4七と ▲7一角成 △同 銀

▲7二銀 △8二銀 ▲2一龍 △7七桂 ▲同 桂 △5七と

▲6九香 △5六角 ▲8九桂 △7八金 ▲同 金 △同角成

▲7九金 △8八馬 ▲同 金 △7九銀 ▲7八角 △7一金

▲同銀不成 △同 銀 ▲7二金 △6八と


まで130手で不破の勝ち

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