226手目 やきう
《実戦! パワーアッププロやきう!》
二等身のキャラクターが、画面に登場――スタートボタンを連打。
メニューに切り替わって、フリープレイを選択します。
「私は、オリエンタルカァプよ」
「読切ジャイアントで」
それぞれチームを選んで、チーム編成に入りました。
この編成は、毎回迷いますね……大人気野球ゲーム『実戦!パワーアッププロやきう』は、こどもの頃からやり込んでいます。簡単には負けませんよ。将棋で決着をつけようと言い出されなくて、助かりました。いくら私が県代表でも、日日杯優勝候補の早乙女さんが相手では、ちょっと分が悪いです。それに、香宗我部先輩から、H島との対局禁止令が出ていますから。
ちなみに、ゲーム機は早乙女さんの私物を、テレビは寮のものを借りています。ロビーのような場所で、ギャラリーを背にプレイ。緊張します。
「私のスタメンは、これね」
(遊) 田辺
(二) 菊地
(中) 円
(左) ロザリオ
(一) 松永
(右) 雨谷
(三) 紀村
(捕) 石和
(投) 野々村
早乙女さんは、決定ボタンを押しました。
「私も決まりました」
(中) 太田
(二) 肩岡
(左) 銅上
(遊) 阪本
(捕) 安倍
(一) アッパーソン
(右) 亀位
(三) 村瀬
(投) オイコラス
お気に入り選手を多めに――と行きたいのですが、罰ゲームが待っているらしいので、ガチ編成です。罰ゲームがなんなのかは、H島サイドが決めるということで、若干不公平だと思うのですが……でも、勝てばいいんですよ、勝てば。
「先攻後攻は、ランダムでいいかしら?」
「はい」
早乙女さんがボタンを押して……カァプの先攻。
「うふふ……勝負あったわね」
「?」
試合開始前におどしても、意味ないですよ。将棋指しはメンタルが強いですからね。
《プレイボール!》
さあさあ、張り切って投げちゃいますよ。
外角高め一杯ッ!
カキーン
《ホームラン!》
……………………
……………………
…………………
………………
「なん……ですって……」
「宇和島さん、先頭打者ホームランの味は、どうかしら?」
堪えます……が、野球では、よくあること。
「カァプは弱いですからね。1点くらい、プレゼントしておきます」
「あら、ずいぶんと強気なのね……じゃあ、2球目行きましょう」
さっきは、完璧な球のつもりでしたが、コントロールが甘かったかもしれません。
今度は、得意のスライダーです。えいッ!
カキーン
《ホームラン!》
……………………
……………………
…………………
………………
「二打席……連続……ホームラン……?」
「これも、プレゼントなのかしら」
そ、そんな……このゲームを長年プレイして来ましたが、こんなシチュエーションは初めてです……き、緊張して手元が狂ったのでしょうか……それとも……。
私は、早乙女さんのほうを、ちらりと盗み見ました。あやしい機械は……持っていませんね。改造コントローラーでも使っているのでしょうか。
「宇和島さん、もしかして、私のコントローラーを疑ってる?」
「……はい」
正直に答えておきます。
「じゃあ、交換しましょうか」
これも応じます。私たちは、コントローラーを交換しました。
気合いを入れ直して、第3球……連続スライダーです。
「今度こそ打たせませんよッ! でやッ!」
カキーン
《ホームラン!》
……………………
……………………
…………………
………………
「ス○ンド攻撃ッ!? 早乙女さん、ス○ンドで操作してますねッ!?」
「漫画の読み過ぎよ……ス○ンドなんて、あるわけないでしょ」
早乙女さんの手から、薔薇のツタが伸びて……ませんね。
いや、むしろギャラリーがあやしいのかも……私は、うしろをチェックしました。
六連くんを筆頭に、こちらをじっと観戦しています。
「みなさん、このゲームになにか、細工してませんか?」
六連くんたちは、顔を見合わせました。
「してないけど……宇和島さん、ひょっとしてそのゲーム苦手?」
うわーん、得意なゲームなのに。女子高生のプライドが傷つきます。
「こうみえても、校内の『パワーアッププロやきう』大会で優勝したんですよッ!」
「なんだか、エリアが狭いけど……もう、3点入ってるよ」
分かってます。ここから取り返せばいいんですよ。取り返せば。
まぐれはこれ以上続きませんッ! 宇和島伊代のコントローラーさばきッ!
カキーン
《ホームラン!》
……………………
……………………
…………………
………………
私の心が、ぐらっとしました。
「宇和島さん、あなた今、心のなかで『負けた』と思ったわね?」
「お、お、思ってません」
「うふふ……ウソおっしゃい……いいことを教えてあげるわ。あなたはこのゲームで、私には絶対に勝てない……なぜなら、乱数の計算をしているから……」
「乱数? ……乱数って、ゲームのプログラムが演算に使ってる計算式ですよね?」
「そうよ……どのボールをどのタイミングで打てばホームランになるのか、それを計算しているの……普通はパソコンじゃないとできないけど、私の暗算能力をもってすれば、可能なのよ」
えぇ……人間じゃない。私は無意識のうちにコントローラーを落として、立ち上がっていました。すると、うしろから肩に手をかけられました。
「宇和島さん、それは、降参の意思表示だね?」
「む、六連くん、助けて……」
「ダメだよ。ゲームの勝敗は絶対だから……トレーディングカードの世界でもね」
ひぃいいッ! だれか助けてくださいッ!
悶絶する私を囲んで、早乙女さんが罰ゲームの道具を持ってきました。
「宇和島さんには、カァプファンに改宗してもらうわね……はい、これ」
「そ、それは、ジャベットくん人形ッ!」
「ここに置いとくから、踏んでちょうだい」
「ふ、踏み絵なんて野蛮ですよッ! 信仰の自由ッ! 信仰の自由ッ!」
「大丈夫よ。あなたの信仰が本物なら、『踏むがいい』って声が聞こえるわ」
「なんで遠藤周作みたいなオチになるんですかッ!?」
ジャベットくん人形みたいなかわいい存在を、踏めるわけがないでしょう。
徹底抗戦です。
「自分が応援している球団のマスコットキャラクターは踏めませんッ!」
「じゃないと罰ゲームにならないわよね」
「非人道的ですよッ! 人権侵害ッ! 平和教育ッ!」
私は、ギャラリーにも加勢を求めました。
「みなさん、いいんですかッ!? H島のイメージが悪くなりますよッ!?」
すると、御城先輩は腕組みをして、
「うーむ……たしかに、やり過ぎな気がするな。別の罰ゲームでよくないか?」
と、こちらになびいてくれました。もうひと押し。
「渋川先輩も、なにか言ってくださいッ!」
「す、スパイの肩を持つのは癪だけど、私もやり過ぎだと思うわ……ッ」
やった。やりました。早乙女さん、説得されてください。
「御城先輩と渋川先輩がああ言ってますし、別の罰ゲームにしてください」
「くッ……権力をカサに着てるわね……いいわ、別の罰ゲームにしてあげる」
というわけで、ギャラリーも含めて相談中。
「よし、決まったぞ。罰ゲームの内容は……」
○
。
.
「かっとばせーッ! きーくーちーッ!」
満員のスタジアム。
読切ジャイアントとオリエンタルカァプの試合も、ついに佳境へ――
「って、なんで敵チームの応援しないといけないんですかッ!」
私はメガホンを叩き付けて、抗議しました。
カァプの応援ユニフォームまで着せられて、体がむずむずします。
「罰ゲームだからよ」
早乙女さんはそう言って、ふたたび応援を始めました。
くぅ、ワンナウト2塁3塁で、ピンチじゃないですか。逆転されちゃいます。
それに、目の前のでっかいポニーテールが邪魔で、試合がよく見えないんですよ。
「宇和島さん、早く応援しなさいよ」
「敵チームは応援できませんッ!」
「だから罰ゲームだって言ってるでしょ」
「信仰の自由です」
私たちが揉めていると、ポニーテールの女の子が振り返りました。
「ちょっと、あなたたち、さっきからうるさいわよ……ああッ!」
なにが、「ああッ!」ですか。そっちがうるさいでしょう……って、ああッ!
「つ、月代先輩ッ!?」
「あ、あなた、宇和島さんでしょ。それに、素子ちゃんも」
月代さんは、私たちの頭をメガホンでぽかりとやりました。
「日日杯までは指すなって言ってるでしょッ!」
「お言葉ですが、将棋は指していません。宇和島さんとは、野球をしていました」
「野球? ……どういうこと?」
その瞬間、会場が大いに盛り上がりました。
ひ、ヒットですか? ……ちがう、2ストライク3ボールです。
「こうなったら、正直に応援しますッ! 多竹ぇ、菊地を打ち取れーッ!」
「あ、こいつ、ジャイアントの応援し始めたわよッ!」
「月代先輩、取り押さえましょう」
くぅ、離せぇッ!
もう何しにH島へ来たのか分かりませんッ!
宇和島死すとも、巨神軍は死せずぅ!




