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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第22・6局 日日杯への道/石鉄・温田
235/682

223手目 年上彼女と年下の僕

 はじめまして、石鉄いしづちれつです。高校1年生です。

 今日は彼女のみかんちゃんと一緒に、H島観光に来ました。

 去年、宮島へお参りしたときも立ち寄ったので、今回は別のところを回ります。

「ダーリン、さっきからどこ向いてるの〜?」

「あ、ごめん」

 この、ほんわかした女の子が、みかんちゃん。

 ふわふわ系のショートボブで、ファッションもカワイイ系。

 高校2年生だから、年上彼女です。

 みかんちゃんはとても明るくて、四国の将棋界でも人気者。

 僕みたいなのが彼氏で、いいのかなあ。ときどき心配になります。

「ダーリン、どこかで休むの〜」

 観光名所をあちこち回って、だんだん疲れて来ました。

「みかんちゃんは、どこで休みたい?」

「そこの喫茶店は、どう〜?」

 みかんちゃんは、デパートの1回にあるお洒落な喫茶店を指差しました。

「うん、いいよ」

 今日は温かいので、道路に面したところに着席しました。籐椅子とういすに腰掛けて、路面電車の通る町並みを眺めていると、なんだかホッとします。

「お兄さんには、今夜会うの〜?」

「うん、今日は、涼兄さんのところに泊めてもらう予定」

 僕には、お兄さんがひとりいます。名前は石鉄いしづちりょうです。涼兄さんは、H島にある進学校、修身しゅうしん高校に通うため、E媛を出て寮生活をしています。会えるのは、兄さんが実家に帰省しているときか、僕がこうしてH島に遊びに来ているときだけです。

「ダーリンのお兄さん、ダーリンと全然似てないの〜」

 よく言われます。僕は内向的だけど、兄さんはとっても外向的です。

 僕の名前が涼で、兄さんが烈だったほうがよかったんじゃないかな、と思います。

「いらっしゃいませ」

 店員さんが注文を取りに来ました。

 僕はアイスティーを、みかんちゃんは抹茶オレを注文しました。

「今日の会場、すごかったの〜泊まる部屋も全部ダブルベッドだったの〜」

「ひとりで泊まると、緊張しちゃうかも……」

「ダーリン、それ誘ってるの〜?」

「ち、ち、ちがうよ。高校生でそんなことしちゃダメだよ」

 僕とみかんちゃんは、健全なお付き合いです。

「日日杯は、ダーリンとみかんでカップル優勝するの〜」

「みかんちゃんはできるかもしれないけど、男子は吉良きら先輩がいるから……」

「弱気になっちゃダメなの〜ダーリン、吉良くんといい勝負なの〜」

「うーん……やっぱり吉良先輩のほうが強いと思う……」

 吉良先輩とは、公式戦で指したことがありません。

 全国大会で当たっていないからです。

 ネットや交流会で指した戦績は、僕の14勝19敗。負け越してます。

「H島には捨神すてがみ先輩がいるし、O山の囃子原はやしばら先輩も強いよ」

「まとめてボコボコにしたらいいの〜」

「そ、そんな簡単に言わないで……」

「もしもし、そこのおふたりさん」

 いきなり声をかけられて、僕はびっくりしました。

 ふりかえると、たくさんの風船を持った黒髪ロングのお姉さんが立っていました。

 丈の長いスカートに、ひらひらの服を着ていました。

 ちょっと暗そうな雰囲気のひとで、猫背気味でした。

「カップルのかたがたに、風船をプレゼントしています。いかがですか?」

 ハートマークとお店の名前が入った風船を、お姉さんは手渡して来ました。

「おまけに、お菓子も差し上げます」

 お姉さんは、チョコレートをくれました。これもハート型でした。

「あ、ありがとうございます」

「お姉さん、ありがとなの〜」

「おふたりは、将棋を指されるのですか?」

 お姉さんは、みかんちゃんのバッグについている王将ステッカーに目をつけました。

「そうなの〜もしかして、お姉さんも指すの〜?」

「はい……1局、いかがですか?」

 聞き間違いかな、と思ったけれど、お姉さんは将棋に誘って来ました。

「今、デートの最中なの〜また今度にするの〜」

「私に勝てたら、このブランド小物入れをプレゼントしますよ」

 お姉さんは、風船と同じ店名の入った小物入れを見せました。

 女性用でしたが、僕でも知っているくらい有名なブランドでした。

「じゃあ、ダーリンがお相手するの〜」

「え、僕が?」

 みかんちゃんは僕の耳もとで、

「どう見てもアマチュアのキャンペーンガールなの〜ちゃちゃっとやっつけるの〜」

 と囁きました。僕もアマチュアなんだけどなあ、と思いました。

 でも、彼女のためにがんばります。

「分かりました。盤は、これでもいいですか?」

 僕は、マグネット式の将棋盤を取り出しました。将棋指しの必携品です。

 お姉さんは、失礼します、と言って、4人掛けテーブルの一辺に腰掛けました。

「デート中だから、なるべく早く終わらせて欲しいの〜10秒将棋なの〜」

「せ、せめて20秒にしない?」

「それだと30分近くかかるの〜」

「私は、何秒でも結構です」

 う、うーん、お姉さんのほうが強気です。

 このひと、女流プロじゃないですよね? ……見たことない顔です。

 それに、頭に触覚みたいなものが付いています。なにかのファッションでしょうか。

 アルバイトの一環で、早く終わらせたいだけなのかもしれません。

「じゃあ、10秒でお願いします」

「了解です……うふふ……」

 なんだか怖いです。駒を並べて、じゃんけんしました。僕の勝ち。

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 ちゃんと一礼してから、対局開始。

「7六歩です」

 お姉さんは、8四歩と突きました。渋いですね。

 2六歩、8五歩、7七角、3四歩、8八銀、7七角成、同銀、2二銀。


挿絵(By みてみん)


 まさかの角換わりになりました。

「ダーリンの得意戦法なの〜」

 み、みかんちゃん、そういうこと言わないで。

 このお姉さん、手つきからして、タダ者じゃない気がするんですけど。

 4八銀、7二銀、4六歩、3三銀、4七銀、4二玉。

 えっと、なんか後手の動きが怪しいです。

 6六歩、5二金右、3六歩、8三銀、9六歩、9四歩。

「6八飛」


挿絵(By みてみん)


 どうも変なので、こちらも変えて行きます。僕は、飛車を回りました。

「あら、積極的」

「ダーリン、デートは消極的なのに将棋は積極的なの〜」

 そういうこと言われると、恥ずかしいです。

「うふふ、性格と将棋が逆のひとって、いますよね……8四銀」

 お姉さんも、相当積極的ですよね。棒銀一直線。

 おとなしそうな外見とは、全然違っています。

「6五歩」

「9五歩」

 先攻されました。同歩、同銀。

「僕も攻めます。3五歩」


挿絵(By みてみん)


「す、すごいの〜殴り合いなの〜」

 狙いは、3五同歩に3四歩と打って、同銀なら6四歩、同歩、同飛の十字飛車です。

 この手で、お姉さんがどれくらい強いのか、分かるはずです。

「みかんちゃん、秒読みお願い」

「あ、ごめんなの〜5、6、7、8」

「同歩」

 僕の3四歩に、お姉さんは2二銀。

 低級者の可能性は、ほとんどないみたいです。

「9五香」

 攻め駒を補充。

 同香に5八金左として、5筋を一回守っておきます。一番頓死しやすいですから。

「すこし遅いですが、9九香成としましょう」

 ここで6四歩。以下、同歩、同飛、6三歩、9四飛とスライドしました。

 

挿絵(By みてみん)


「おやおや、私は香車を持っていますよ。9三香で、どうするのですか?」

「こうします」


挿絵(By みてみん)


 お姉さんは、ほぉ、とつぶやきました。

「なるほど……2二の銀と9筋を同時に受けられない……」

「5、6、7、8、9」

「9四香」

 お姉さんは、飛車取りを優先。僕は2二角成としました。

「5一玉」

 お姉さんは、早逃げしました。やっぱり強いです。

 何者なのでしょうか。高校生には見えないのですが。

「5、6、7、8、9」

「3三歩成」

 この手を見て、お姉さんはニヤリとしました。

「そのと金は、消せます。4四角」


挿絵(By みてみん)


「!」

 こんな手を見せられたら、背筋が伸びます。

「こ、このお姉さん、絶対有段者なの〜ダーリン頑張るの〜」

「うふふ、ちゃんと秒は読んでくださいね」

「5、6、7、8、9」

「3二銀」

 同金、同馬。

 お姉さんは角に指をそえて、と金を払いました。

「これで取りきりです……どうしますか?」

 僕も本気を出します。彼女のまえですから。

「5、6、7、8、9」

「3四銀」


挿絵(By みてみん)


 今度は、お姉さんの背筋が伸びました。

「なるほど……そう来ましたか……1五角」

 2一馬、8九成香、4三銀成。

 お互いに居玉だと、火がついたら早いです。

「先手に急所があるとすれば……4八歩」


挿絵(By みてみん)


 痛打ですね。同玉は2八飛、同金寄は壁ですし、同金直は7九成香が詰めろ。

「3九金」

 苦しいですが、このかたちで我慢します。

 お姉さんは、2七桂と追撃してきました。

 4八金上と逃げたいですが……先に4四桂と攻め合います。

「詰めろですか……4三金」

 同馬、6二玉まで決めてから、僕は4八金上と取りました。

「7九成香。詰めろですよ」

「6八金です」

 3九飛、4九金、2九飛成、3八銀。


挿絵(By みてみん)


「ダーリンの王様が、堅くなってきたの〜」

「私の龍が死にかけ……いえ、死亡確定ですか……」

 4三に馬がいるので、1九龍と逃げても2九金〜1六金で死にます。

「5、6、7、8、9」

 お姉さんは、2六角と王手しました。

 3七歩、1九龍、2九金。

「1七に逃げるだけムダなので、切ります。同龍」

 同銀、7四歩。

 長時間の将棋なら、かなり考えたい局面です。

「5、6、7、8、9」

「3八銀」

 受けてしまいました。5二飛だったでしょうか。

「ん、それは……」

 お姉さんは目を細めて小考。9秒で3六歩と突きました。

 僕は2五馬と引きます。


挿絵(By みてみん)


 お姉さんは、ようやく合点がいったようで、

「馬引きが本命でしたか……これは困りましたね」

 とつぶやきました。

 この手に4四角は、3六馬で絶対に寄らなくなるので勝ちです。

「5、6、7、8、9」

 お姉さんはタメ息をついて、1七角成としました。

 1八歩、2八馬、2九歩、1九馬、3六馬。

 歩を取り切りました。

「いやはや、参りましたね」

「投了ですか?」

「あ、すみません、紛らわしい言い方でした。7三玉です」


挿絵(By みてみん)


 これは……入玉っぽい。

 持ち駒を確認――全力で来られると、止められないですね。

「2七馬」

 僕も入玉の準備です。

「6四香」

 6六歩、4七歩、5五桂。

 脱出経路は確保。

「さすがに、入玉の阻止はできませんか……8四玉」

 お姉さんも諦めて、王様を逃げました。

 7一飛、7二金、1一飛成、9七香成、5八玉。


挿絵(By みてみん)


 僕も王様を立って脱出。

 9五玉、3一龍、5四銀、5六香、9六玉、4七玉、8七玉。

「さて、私は入玉しましたが……どうします? 持将棋にしますか?」

「僕のほうは、まだ入玉していませんよ?」

「ここから先手の入玉を阻止するのは、無理です」

 僕は、みかんちゃんにも確認を取りました。

「後手は絶対に詰まないから、持将棋のほうがいいの〜」

「……分かりました。引き分けですね」

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 うーん、勝てなかったです。ちょっとショックかもしれません。

「小物入れは差し上げられませんが、このボールペンをどうぞ」

 お姉さんは、ピンク色のブランド入りボールペンをくれました。

「ありがとなの〜お姉さん、ダーリンと引き分けるなんて強いの〜」

「うふふ、あなたの彼氏も強かったですよ……では」

 お姉さんは風船を持って、去って行きました。

 何者だったんでしょうか……あれ? 頭の触覚が、ぴくぴく動いて……。

「あなたたち、もしかして温田おんださんと石鉄くん?」

 ん? ふりかえると、そこには――

場所:H島市内の喫茶店

先手:石鉄 烈

後手:久慈 行子

戦型:角換わり力戦型


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩

▲8八銀 △7七角成 ▲同 銀 △2二銀 ▲4八銀 △7二銀

▲4六歩 △3三銀 ▲4七銀 △4二玉 ▲6六歩 △5二金右

▲3六歩 △8三銀 ▲9六歩 △9四歩 ▲6八飛 △8四銀

▲6五歩 △9五歩 ▲同 歩 △同 銀 ▲3五歩 △同 歩

▲3四歩 △2二銀 ▲9五香 △同 香 ▲5八金左 △9九香成

▲6四歩 △同 歩 ▲同 飛 △6三歩 ▲9四飛 △9三香

▲6六角 △9四香 ▲2二角成 △5一玉 ▲3三歩成 △4四角

▲3二銀 △同 金 ▲同 馬 △3三角 ▲3四銀 △1五角

▲2一馬 △8九成香 ▲4三銀成 △4八歩 ▲3九金 △2七桂

▲4四桂 △4三金 ▲同 馬 △6二玉 ▲4八金上 △7九成香

▲6八金 △3九飛 ▲4九金 △2九飛成 ▲3八銀 △2六角

▲3七歩 △1九龍 ▲2九金 △同 龍 ▲同 銀 △7四歩

▲3八銀 △3六歩 ▲2五馬 △1七角成 ▲1八歩 △2八馬

▲2九歩 △1九馬 ▲3六馬 △7三玉 ▲2七馬 △6四香

▲6六歩 △4七歩 ▲5五桂 △8四玉 ▲7一飛 △7二金

▲1一飛成 △9七香成 ▲5八玉 △9五玉 ▲3一龍 △5四銀

▲5六香 △9六玉 ▲4七玉 △8七玉


まで106手で持将棋

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