223手目 年上彼女と年下の僕
はじめまして、石鉄烈です。高校1年生です。
今日は彼女のみかんちゃんと一緒に、H島観光に来ました。
去年、宮島へお参りしたときも立ち寄ったので、今回は別のところを回ります。
「ダーリン、さっきからどこ向いてるの〜?」
「あ、ごめん」
この、ほんわかした女の子が、みかんちゃん。
ふわふわ系のショートボブで、ファッションもカワイイ系。
高校2年生だから、年上彼女です。
みかんちゃんはとても明るくて、四国の将棋界でも人気者。
僕みたいなのが彼氏で、いいのかなあ。ときどき心配になります。
「ダーリン、どこかで休むの〜」
観光名所をあちこち回って、だんだん疲れて来ました。
「みかんちゃんは、どこで休みたい?」
「そこの喫茶店は、どう〜?」
みかんちゃんは、デパートの1回にあるお洒落な喫茶店を指差しました。
「うん、いいよ」
今日は温かいので、道路に面したところに着席しました。籐椅子に腰掛けて、路面電車の通る町並みを眺めていると、なんだかホッとします。
「お兄さんには、今夜会うの〜?」
「うん、今日は、涼兄さんのところに泊めてもらう予定」
僕には、お兄さんがひとりいます。名前は石鉄涼です。涼兄さんは、H島にある進学校、修身高校に通うため、E媛を出て寮生活をしています。会えるのは、兄さんが実家に帰省しているときか、僕がこうしてH島に遊びに来ているときだけです。
「ダーリンのお兄さん、ダーリンと全然似てないの〜」
よく言われます。僕は内向的だけど、兄さんはとっても外向的です。
僕の名前が涼で、兄さんが烈だったほうがよかったんじゃないかな、と思います。
「いらっしゃいませ」
店員さんが注文を取りに来ました。
僕はアイスティーを、みかんちゃんは抹茶オレを注文しました。
「今日の会場、すごかったの〜泊まる部屋も全部ダブルベッドだったの〜」
「ひとりで泊まると、緊張しちゃうかも……」
「ダーリン、それ誘ってるの〜?」
「ち、ち、ちがうよ。高校生でそんなことしちゃダメだよ」
僕とみかんちゃんは、健全なお付き合いです。
「日日杯は、ダーリンとみかんでカップル優勝するの〜」
「みかんちゃんはできるかもしれないけど、男子は吉良先輩がいるから……」
「弱気になっちゃダメなの〜ダーリン、吉良くんといい勝負なの〜」
「うーん……やっぱり吉良先輩のほうが強いと思う……」
吉良先輩とは、公式戦で指したことがありません。
全国大会で当たっていないからです。
ネットや交流会で指した戦績は、僕の14勝19敗。負け越してます。
「H島には捨神先輩がいるし、O山の囃子原先輩も強いよ」
「まとめてボコボコにしたらいいの〜」
「そ、そんな簡単に言わないで……」
「もしもし、そこのおふたりさん」
いきなり声をかけられて、僕はびっくりしました。
ふりかえると、たくさんの風船を持った黒髪ロングのお姉さんが立っていました。
丈の長いスカートに、ひらひらの服を着ていました。
ちょっと暗そうな雰囲気のひとで、猫背気味でした。
「カップルのかたがたに、風船をプレゼントしています。いかがですか?」
ハートマークとお店の名前が入った風船を、お姉さんは手渡して来ました。
「おまけに、お菓子も差し上げます」
お姉さんは、チョコレートをくれました。これもハート型でした。
「あ、ありがとうございます」
「お姉さん、ありがとなの〜」
「おふたりは、将棋を指されるのですか?」
お姉さんは、みかんちゃんのバッグについている王将ステッカーに目をつけました。
「そうなの〜もしかして、お姉さんも指すの〜?」
「はい……1局、いかがですか?」
聞き間違いかな、と思ったけれど、お姉さんは将棋に誘って来ました。
「今、デートの最中なの〜また今度にするの〜」
「私に勝てたら、このブランド小物入れをプレゼントしますよ」
お姉さんは、風船と同じ店名の入った小物入れを見せました。
女性用でしたが、僕でも知っているくらい有名なブランドでした。
「じゃあ、ダーリンがお相手するの〜」
「え、僕が?」
みかんちゃんは僕の耳もとで、
「どう見てもアマチュアのキャンペーンガールなの〜ちゃちゃっとやっつけるの〜」
と囁きました。僕もアマチュアなんだけどなあ、と思いました。
でも、彼女のためにがんばります。
「分かりました。盤は、これでもいいですか?」
僕は、マグネット式の将棋盤を取り出しました。将棋指しの必携品です。
お姉さんは、失礼します、と言って、4人掛けテーブルの一辺に腰掛けました。
「デート中だから、なるべく早く終わらせて欲しいの〜10秒将棋なの〜」
「せ、せめて20秒にしない?」
「それだと30分近くかかるの〜」
「私は、何秒でも結構です」
う、うーん、お姉さんのほうが強気です。
このひと、女流プロじゃないですよね? ……見たことない顔です。
それに、頭に触覚みたいなものが付いています。なにかのファッションでしょうか。
アルバイトの一環で、早く終わらせたいだけなのかもしれません。
「じゃあ、10秒でお願いします」
「了解です……うふふ……」
なんだか怖いです。駒を並べて、じゃんけんしました。僕の勝ち。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
ちゃんと一礼してから、対局開始。
「7六歩です」
お姉さんは、8四歩と突きました。渋いですね。
2六歩、8五歩、7七角、3四歩、8八銀、7七角成、同銀、2二銀。
まさかの角換わりになりました。
「ダーリンの得意戦法なの〜」
み、みかんちゃん、そういうこと言わないで。
このお姉さん、手つきからして、タダ者じゃない気がするんですけど。
4八銀、7二銀、4六歩、3三銀、4七銀、4二玉。
えっと、なんか後手の動きが怪しいです。
6六歩、5二金右、3六歩、8三銀、9六歩、9四歩。
「6八飛」
どうも変なので、こちらも変えて行きます。僕は、飛車を回りました。
「あら、積極的」
「ダーリン、デートは消極的なのに将棋は積極的なの〜」
そういうこと言われると、恥ずかしいです。
「うふふ、性格と将棋が逆のひとって、いますよね……8四銀」
お姉さんも、相当積極的ですよね。棒銀一直線。
おとなしそうな外見とは、全然違っています。
「6五歩」
「9五歩」
先攻されました。同歩、同銀。
「僕も攻めます。3五歩」
「す、すごいの〜殴り合いなの〜」
狙いは、3五同歩に3四歩と打って、同銀なら6四歩、同歩、同飛の十字飛車です。
この手で、お姉さんがどれくらい強いのか、分かるはずです。
「みかんちゃん、秒読みお願い」
「あ、ごめんなの〜5、6、7、8」
「同歩」
僕の3四歩に、お姉さんは2二銀。
低級者の可能性は、ほとんどないみたいです。
「9五香」
攻め駒を補充。
同香に5八金左として、5筋を一回守っておきます。一番頓死しやすいですから。
「すこし遅いですが、9九香成としましょう」
ここで6四歩。以下、同歩、同飛、6三歩、9四飛とスライドしました。
「おやおや、私は香車を持っていますよ。9三香で、どうするのですか?」
「こうします」
お姉さんは、ほぉ、とつぶやきました。
「なるほど……2二の銀と9筋を同時に受けられない……」
「5、6、7、8、9」
「9四香」
お姉さんは、飛車取りを優先。僕は2二角成としました。
「5一玉」
お姉さんは、早逃げしました。やっぱり強いです。
何者なのでしょうか。高校生には見えないのですが。
「5、6、7、8、9」
「3三歩成」
この手を見て、お姉さんはニヤリとしました。
「そのと金は、消せます。4四角」
「!」
こんな手を見せられたら、背筋が伸びます。
「こ、このお姉さん、絶対有段者なの〜ダーリン頑張るの〜」
「うふふ、ちゃんと秒は読んでくださいね」
「5、6、7、8、9」
「3二銀」
同金、同馬。
お姉さんは角に指をそえて、と金を払いました。
「これで取りきりです……どうしますか?」
僕も本気を出します。彼女のまえですから。
「5、6、7、8、9」
「3四銀」
今度は、お姉さんの背筋が伸びました。
「なるほど……そう来ましたか……1五角」
2一馬、8九成香、4三銀成。
お互いに居玉だと、火がついたら早いです。
「先手に急所があるとすれば……4八歩」
痛打ですね。同玉は2八飛、同金寄は壁ですし、同金直は7九成香が詰めろ。
「3九金」
苦しいですが、このかたちで我慢します。
お姉さんは、2七桂と追撃してきました。
4八金上と逃げたいですが……先に4四桂と攻め合います。
「詰めろですか……4三金」
同馬、6二玉まで決めてから、僕は4八金上と取りました。
「7九成香。詰めろですよ」
「6八金です」
3九飛、4九金、2九飛成、3八銀。
「ダーリンの王様が、堅くなってきたの〜」
「私の龍が死にかけ……いえ、死亡確定ですか……」
4三に馬がいるので、1九龍と逃げても2九金〜1六金で死にます。
「5、6、7、8、9」
お姉さんは、2六角と王手しました。
3七歩、1九龍、2九金。
「1七に逃げるだけムダなので、切ります。同龍」
同銀、7四歩。
長時間の将棋なら、かなり考えたい局面です。
「5、6、7、8、9」
「3八銀」
受けてしまいました。5二飛だったでしょうか。
「ん、それは……」
お姉さんは目を細めて小考。9秒で3六歩と突きました。
僕は2五馬と引きます。
お姉さんは、ようやく合点がいったようで、
「馬引きが本命でしたか……これは困りましたね」
とつぶやきました。
この手に4四角は、3六馬で絶対に寄らなくなるので勝ちです。
「5、6、7、8、9」
お姉さんはタメ息をついて、1七角成としました。
1八歩、2八馬、2九歩、1九馬、3六馬。
歩を取り切りました。
「いやはや、参りましたね」
「投了ですか?」
「あ、すみません、紛らわしい言い方でした。7三玉です」
これは……入玉っぽい。
持ち駒を確認――全力で来られると、止められないですね。
「2七馬」
僕も入玉の準備です。
「6四香」
6六歩、4七歩、5五桂。
脱出経路は確保。
「さすがに、入玉の阻止はできませんか……8四玉」
お姉さんも諦めて、王様を逃げました。
7一飛、7二金、1一飛成、9七香成、5八玉。
僕も王様を立って脱出。
9五玉、3一龍、5四銀、5六香、9六玉、4七玉、8七玉。
「さて、私は入玉しましたが……どうします? 持将棋にしますか?」
「僕のほうは、まだ入玉していませんよ?」
「ここから先手の入玉を阻止するのは、無理です」
僕は、みかんちゃんにも確認を取りました。
「後手は絶対に詰まないから、持将棋のほうがいいの〜」
「……分かりました。引き分けですね」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
うーん、勝てなかったです。ちょっとショックかもしれません。
「小物入れは差し上げられませんが、このボールペンをどうぞ」
お姉さんは、ピンク色のブランド入りボールペンをくれました。
「ありがとなの〜お姉さん、ダーリンと引き分けるなんて強いの〜」
「うふふ、あなたの彼氏も強かったですよ……では」
お姉さんは風船を持って、去って行きました。
何者だったんでしょうか……あれ? 頭の触覚が、ぴくぴく動いて……。
「あなたたち、もしかして温田さんと石鉄くん?」
ん? ふりかえると、そこには――
場所:H島市内の喫茶店
先手:石鉄 烈
後手:久慈 行子
戦型:角換わり力戦型
▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩
▲8八銀 △7七角成 ▲同 銀 △2二銀 ▲4八銀 △7二銀
▲4六歩 △3三銀 ▲4七銀 △4二玉 ▲6六歩 △5二金右
▲3六歩 △8三銀 ▲9六歩 △9四歩 ▲6八飛 △8四銀
▲6五歩 △9五歩 ▲同 歩 △同 銀 ▲3五歩 △同 歩
▲3四歩 △2二銀 ▲9五香 △同 香 ▲5八金左 △9九香成
▲6四歩 △同 歩 ▲同 飛 △6三歩 ▲9四飛 △9三香
▲6六角 △9四香 ▲2二角成 △5一玉 ▲3三歩成 △4四角
▲3二銀 △同 金 ▲同 馬 △3三角 ▲3四銀 △1五角
▲2一馬 △8九成香 ▲4三銀成 △4八歩 ▲3九金 △2七桂
▲4四桂 △4三金 ▲同 馬 △6二玉 ▲4八金上 △7九成香
▲6八金 △3九飛 ▲4九金 △2九飛成 ▲3八銀 △2六角
▲3七歩 △1九龍 ▲2九金 △同 龍 ▲同 銀 △7四歩
▲3八銀 △3六歩 ▲2五馬 △1七角成 ▲1八歩 △2八馬
▲2九歩 △1九馬 ▲3六馬 △7三玉 ▲2七馬 △6四香
▲6六歩 △4七歩 ▲5五桂 △8四玉 ▲7一飛 △7二金
▲1一飛成 △9七香成 ▲5八玉 △9五玉 ▲3一龍 △5四銀
▲5六香 △9六玉 ▲4七玉 △8七玉
まで106手で持将棋




