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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第22・4局 日日杯への道/大谷雛
233/682

221手目 天真爛漫裏見流

 やはりと言いますか、案の定と言いますか――やって参りました。

 升風ますかぜ高校の剣道場です。入り口のところで、既に喚声が聞こえていますね。

「いざ、道場破りに参らん……じゃなかった、道場破りに行くわよ」

 しぃちゃんはそう言って、剣道場の敷居を跨ぎました。よくある木貼りの床に、がらんとした空間が広がっています。一般的な体育館ではなく、ほんとうに剣道専用のスペースみたいですね。奥には、並んで竹刀を振っているひとたちが大勢。男女合同ですか。相方は藤花ふじはな女学園のメンバーでしょう。

「たのもぉ!」

 しぃちゃんは入り口で、大声を張り上げました。

 裏見さんっぽくないような……あ、奥にいるメンバーが気づきました。

 ショートヘアの女子で、なかなか迫力があります。しぃちゃんほどではありませんが。

 練習を監督していたようなので、上級生っぽいですね。

香子きょうこちゃん、どうしたの?」

「道場破りに来たわ」

「は?」

 少女は眉間に皺を寄せて、聞き返しました。当然の反応と言えます。

 ところで、しぃちゃんに教えてもらうまでは勘違いしていましたが、H島弁で「は?」というのは、「もういちど言ってください」という意味らしいです。怒っているわけではないので、気にしないのが吉です。Y口県東部からH島県西部では方言が似ていて、Y口県のほうでは「はぁ?」、H島のほうでは「あぁ?」も、「もういちど言ってください」の意味らしいです。眉間に皺を寄せるのがコツとか。中国地方は怖いですね。

「は、じゃないわよ。道場破りに来たの」

「それ、ギャグ?」

 しぃちゃんは、ギャグじゃないと答えました。

 相手の女性はあきれ顔で、

「そんなこと言ってるヒマがあったら、英単語でも覚えたほうがいいわよ」

 と言って、奥に引っ込もうとしました。

「あら、逃げるの?」

 しぃちゃんの挑発に、相手の女性はふたたび振り返りました。

「あのねぇ……ま、いいわ。山田さんッ!」

「はーい」

 奥から、ひとりの女性が駆けつけました。

鞘谷さやたに先輩、お呼びですか?」

「この子の相手をしてあげて……ケガさせちゃダメよ」

「何段の方ですか?」

「素人」

「しょ、初心者の方を相手にするのは、ちょっと……」

「道場破りとか言ってるし、適当に一本取って追い返しといて」

「は、はい」

 さてさて、しぃちゃんの思惑通りになってしまいましたね。

 しぃちゃんは奥の更衣室で着替えて、山田さんと向かい合いました。

 提げ刀の状態で一礼。帯刀後に、開始線まで3歩進みます。

 この時点で相手のひとは、ちょっと変に思ったのか、

「ほんとに初心者ですか?」

 とたずねてきました。

「打ち合ってみれば、分かると思うわよ」

「……分かりました。手は抜きませんので、注意してください」

 山田さんは、私に開始の合図を頼みました。

「始めッ!」

 試合開始――と思いきや、しぃちゃんは目にも留まらぬ速さで踏み込んで、

「面ぇえん!」

 と一喝、相手の防具が痺れるほどの打ち込みを入れました。

 しんと、会場が静まり返ります。

「面、入ったでしょ?」

 しぃちゃんは残心の体勢で、私に話しかけました。あ、私が主審なのですか。

「一本ッ!」

 私は右手をあげて、一本を宣言。見よう見まねですが、こんな感じでしょう。

 さきほどのサヤタニさんが戻って来て、腕組みをしました。

「山田さん、手抜いちゃダメでしょ」

「い、いえ、手抜いたわけでは……」

「しょうがないわね。佐藤さんッ!」

「はい」

「ちゃちゃっと片付けて」

「はい」

 さきほどと同じ作法で、ふたたび仕切り直しに。

「始めッ!」

 交差した瞬間、相手の竹刀がヒュッと弾き飛ばされました。

 それが地面に着地するよりも早く、しぃちゃんの面が炸裂。

 佐藤さんは、エア帯刀の格好で、しばらく呆然としてから、

「巻き上げ……られた……?」

 と絶句しました。

 この技は、拙僧も知っています。自分の竹刀と相手の竹刀が交差しているときに、くるりと回転させて、相手の竹刀を落とさせる技ですね。実力差があるときは有効です。

 さすがにおかしいと思ったのか、サヤタニというひとも動きました。

「ちょっと、面を外しなさい」

「どうしたの? もう終わり?」

「いいから外しなさい」

 しぃちゃんは、面を外しました。サヤタニさんは、ほっぺたをつねります。

「なにしてるの?」

「んー……しのぶちゃんの変装かと思ったけど、違うのか……」

 おっと、勘がよろしいようで。今回の変装は、新開発の特殊素材によるものだと、さきほど教えていただきました。つねったくらいでは外れません。

「あなた、剣道経験者だったの?」

「実はね、私、天真てんしん爛漫らんまん裏見流の伝承者なのよ」

 こういうときに笑わないスキル、重要です。

「て、天真爛漫裏見流? そんなの聞いたことないわよ」

「一子相伝だから」

 サヤタニさんが目を白黒させていると、ひとりの少年が駆けつけました。

「どうしたの、涼子りょうこちゃん?」

冬馬とうま、実は……」

 かくかくしかじか。

「天真爛漫裏見流? ……ごめん、僕も聞いたことないや」

「そうよね。やっぱり嘘だわ」

「ふたりとも、嘘だと思うなら、手合わせしてみる?」

 しぃちゃん、押せ押せになってきました。

 サヤタニさんはムッとした表情で、

「私が県大会の入賞経験者だって、知ってて言ってるの?」

 と、睨み返しました。

「んー、県大会レベルだと、ちょっと厳しいかしら」

「でしょ」

「サーヤのほうが、ね」

「……」

 サヤタニさんは奥に引っ込むと、自分の面と竹刀を持って来ました。

 トウマくんは、慌てて引き止めます。

「う、裏見さん相手に本気はマズいよ」

「冬馬は黙ってて」

 なかなか手厳しいですね。トウマくんのほうが気弱なのか、引っ込みました。

 ところで、ようやく思い出したのですが、しぃちゃんのライバルに、鞘谷涼子という人がいるらしいです。多分、この準備してる女性のことですね。

 普段はいい勝負をしているみたいですが……今回は、どうなるでしょうか。

 防具の装着を終えたふたりは、正式な剣道の作法にのっとって入場。

 一礼後、開始戦まで移動、蹲踞そんきょから起立。

 部員たちも練習をやめて、観戦に回りました。

「始めッ!」

 しぃちゃんと鞘谷さんは喚声をあげて、間合いを取りました。

 さすがのしぃちゃんも、すぐには打ち込めませんか。

 竹刀を小刻みに振って、様子の見合い。さきほどとはスピードが違います。

「いやーッ!」

 鞘谷さんが先攻。しぃちゃんはがっちりと受け止めてから、鍔迫つばぜりり合いに。

 打ち合いのあと、ふたたび間合いの確認。

 そろそろ、様子がおかしいことに気づいてきたのではないでしょうか。鞘谷さんは、さきほどよりも大きく間合いを取りました。さらに、脇を固めます。

「でやーッ!」

 今度は、しぃちゃんの攻撃。強烈な打ち込みが入って、鞘谷さんの竹刀がブレました。ここぞとばかりに追撃しかけたところで、鞘谷さんの見事な足さばき。三たび間合いの取り直しです。試合続行。鞘谷さんもやりますね。

「やーッ!」

 鞘谷さんは攻勢に転じましたが、これもしぃちゃんは軽くかわしました。

 なるほど……だんだん見えてきましたよ。鞘谷さんのほうは息があがってきているのに対して、しぃちゃんの動きには衰えが見えません。これは、忍者的呼吸法でしょう。公式戦ではルール違反なので使わないと言っていましたが、決めにきています。

「裏見さん、すごいな。天真爛漫流って、ほんとにあるんだね」

 トウマくん、騙されてます。

 と、そろそろ試合も大詰め。たしか、1試合5分だったはず。

 試合時間には、拙僧もうるさいですよ。ソフトボール部に所属していますから。

 現在、3分40秒が経過しました。

「ハァ……ハァ……」

「涼子ちゃん、息があがってるわね。そろそろ限界かしら」

「将棋どころか剣道でも私より上とか……絶対に認めなーいッ! でやーッ!」

 頭に血が昇ったら、そこで試合終了です。

 突進してきた鞘谷さんをひらりとかわして、しぃちゃんは華麗に胴を決めました。

 見事な残心。拙僧、あなたを友人に持てたことを、誇りに思います。

「一本ッ!」

 私が高らかに宣言したところで、鞘谷さんは竹刀を落とし、

「そ、そんな……裏見香子に一本取られるなんて……」

 と言ったまま、ばたりと倒れてしまいました。

 トウマくんたちが、慌てて急行。

 たしか、3本勝負だったと思うのですが……続行不能ですね、これは。

「涼子ちゃん、大丈夫?」

「うーん、冬馬、人工呼吸して……」

「良かった。意識はあるんだね」

「ないから人工呼吸して……」

 おやおや、なんだか怪しげな流れになってきました。

 拙僧たちも、そろそろ解散と致しましょう。南無三。

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