220手目 女子高生的な、あまりに女子高生的な
※ここからは大谷雛さん視点です。
拙僧、文明の利器に揺られて、鎌鼬市の山麓にやってまいりました。
いわゆる忍びの里――のどかな田園風景が、日本人の心を思い出させてくれます。
稲の香りに包まれながら、私は目印のお地蔵さんまで移動。
しぃちゃんは……あ、いました。
「おひさしぶりです」
「ひぃちゃん、待っていたぞ」
今日のしぃちゃんは職業服。忍者のかっこうをしています。
「もしや、修行の最中でしたか?」
「いや、くの一仲間と、遊んでいるところだ」
「どのような遊びを?」
「きわめて女子高生らしい遊びだ。ひぃちゃんにも、ぜひ加わって欲しい」
私たちはあぜ道を通って、大きな日本家屋へ入りました。松の木が植えられた庭に、男女の忍者さんたちがいっぱい。皆さん、若いですね。国立の忍者養成機関だそうです。
しぃちゃんは、松の木のそばにいる、くの一さんたちに話しかけました。
「戻ったぞ。こちらが拙者の友人、ひぃちゃんだ」
「大谷雛と申します」
ぺこり。拙僧が頭をさげると、みなさんも挨拶してくれました。
そのなかでも、眼鏡をかけた短髪の子が、
「はじめまして、赤井もみじです」
と自己紹介してくれました。
「もみじさんですか。また、可愛らしいお名前で」
「大谷さんこそ、可愛らしい名前ですね」
よく言われます。
さて、お次は……ん、こちらのひとは、忍者服ではありませんね。
いわゆるスケ番でしょうか。セーラー服にマスクです。
「ちぃす、雨宮潤って言います。よろしく」
「はじめまして……あなたも、忍者ですか?」
「あたしは、内閣府超常現象課の調査員やってます」
「ほぉ、どのようなお仕事で?」
「宇宙人とか超能力者とか、そういうのを調査する仕事です」
世の中には、いろいろ変わったお仕事があるのですね。知りませんでした。
「しかし、なぜこちらに?」
雨宮さんは、黒いグローブを嵌めた手で、後頭部を掻きながら、
「最近、このへんに未確認飛行物体が現れるんで、それをメインに調べてます」
と教えてくれました。こういうのを、情報開示と言うのです。
行政の義務ですね。
他にも、何人かの忍者さんたちが、自己紹介してくれました。
「というわけで、今をときめく女子高生諸君に集まってもらったわけだ」
「なるほど……して、しぃちゃん、その女子高生らしい遊びとは?」
「これだ」
むッ、それは……手裏剣。
「女子高生と言えば、やはり手裏剣遊びであろう」
「一理あります。しかし、いろいろと遊び方があるのでは?」
しぃちゃんは、10メートルほど離れたところにある藁人形を指差しました。
「もちろん、投擲だ……まずは、拙者からだな」
しぃちゃんは優雅に構えて、サッとひと投げ。藁人形の心臓部に命中しました。
「しぃちゃん、さすがです」
「なに、これしきの距離ならば、外しようがない……もみじも、どうだ」
「は、はい」
この眼鏡の忍者さんは、あんまり乗り気ではないみたいですね。お手並み拝見。
「えいッ」
手裏剣は、かろうじて藁人形の膝に当たりました。
しぃちゃんは腕組みをして、ため息模様。
「もみじ、そんなへっぴり腰でどうする」
「す、すみません。手裏剣投げは苦手科目なもので……」
忍者さんにも、苦手なものがあるようです。
「潤も、どうだ」
「やらしていただきやす」
雨宮さんが挑戦。持ち方が、見よう見まねですね。
「とりゃッ!」
手裏剣は的を外れて、地面に突き刺さりました。
「あちゃー……これ、思ったより難しいっすね」
「手裏剣の癖を覚えねばならん……ひぃちゃんも、ひとつ」
では、拙僧もお借りして……てやッ!
手裏剣は、藁人形のお腹に当たりました。
「あれ、うまいっすね」
「拙僧、しぃちゃんとよく遊んでおりましたので」
実は経験者です。
こうして私たちは、どんどん手裏剣を回して行きました。
忍者学校のひとたちは、さすがにお上手です。
でも、しぃちゃんが一番上手です。
「なかなか女子高生らしい汗をかいたな。休憩しよう」
「しぃちゃん、次は、なにをしますか?」
「最近、忍術学校で流行っている、とても女子高生らしい遊びがある」
「ほほぉ、その心は?」
しぃちゃんは、忍者服に手をかけ、一気に脱ぎ捨てました。
「裏見香子、見参」
おぉ……そっくりです。
「ただ、微妙に裏見さんと異なるような……」
「ひぃちゃんと言えども、聞き捨てならん。どのあたりだ」
「威圧感が強過ぎるような……これほどでは、なかったように記憶しています」
「ふぅむ……内面は、なかなか変えられぬからな」
「それにしても、なぜ裏見さんなのですか?」
「髪型が似ているからだ。真似しやすい」
しぃちゃんの答えに、赤井さんが割り込んできました。
「変装の基本は、ショートカットです。ロングはカツラでごまかせますから」
「こらこら、髪は乙女の命。やすやすと切れるものではないぞ」
乙女心と忍びの心は、調和が難しいようです。拙僧も、坊主にはしておりません。
「そう言うもみじこそ、変装してみてはどうだ」
「任せてくださいッ! なんにでも変装してみせますッ!」
赤井さんは、私のほうへ向き直りました。
「今回は、大谷さんに指定してもらいましょう」
「拙僧に、ですか?」
「はい、将棋関係者なら、だいたい変装できます」
「男でも?」
「もちろんです」
ほんとうでしょうか。試してみましょう。
「では、四国最強の少年、吉良義伸くんに変装してもらいましょう」
「了解です」
赤井さんは、忍者服を脱ぎ捨てて、くるりと一回転。
なんと、オールバックの少年に変身してしまいました。
「どうだ、似てるだろ?」
「瓜二つです……声も同じとは、どのような仕組みで?」
「俺は声帯模写ができるんだ」
「左様。変装術でもみじの右に出る者は、学園におらぬ」
手裏剣はヘタでも、変装は得意なのですね。
人間、得手不得手があるものです。置かれた場所で咲きましょう。
「して、変装するのが遊びなのですか? それとも、変装後が本番ですか?」
「無論、変装後が本番だ。これでいろいろと悪戯をする」
悪戯は感心しませんが……悪人正機とも言います。
「悪戯心は、女子高生に付きもの。拙僧もお共致しましょう」
「どこへ参ろうか。裏見殿に変装した以上は、駒桜がよいのだが」
「そう言えば、吉良くんも、駒桜に行きました」
「む、それは好便。拙者たちも……否、私たちも、行くとしましょう」
「あ、うちはここに残って、UFOの聞き込みしますんで」
では、雨宮さんを残して、いざ出陣。
○
。
.
というわけで、駒桜市に到着です。
「バスには、久しぶりに乗ったわね」
しぃちゃんが横文字を使うと、違和感があります。
「普段は、走っているのですか?」
「そうね。時速60キロで走れるから、走ったほうが速いのよ」
さすがです。それだけ速ければ、八十八ヶ所巡りも、数日で終わるやも。
ただ、速ければいいというものでもありません。真心――これです。
「だれとお会いしましょう。拙僧、このあたりに面識はまるでないのですが」
「うーん、ひぃちゃん……じゃない、大谷さんと吉良くんと私ってことは、四国であの化け猫と対決した面子よね」
「ん? 化け猫ってなんだ? 俺にも教えてくれよ」
「あんたね……リアルでも変装後でも年下って設定なんだから、敬語使いなさいよ」
「こっちのほうが迫力あるだろ。で、化け猫って、なんだ?」
ここぞとばかりに、先輩後輩関係を崩しに来てますね。
「怪盗キャット・アイっていう、化け猫と戦ったのよ」
しぃちゃんは、当時の様子を詳しく説明しました。
赤井さんは、吉良くんの顔のまま眉をひそめて、
「ほんとかぁ? そんなの人間じゃないだろ……いや、それとも忍者か?」
とつぶやきました。
「私も一瞬そう考えたけど、あの動きは、忍術と違うのよね」
「かんざ……裏見先輩がそう言うなら、そうなんだろうな」
あの事件は、拙僧にも未だに理解できません。
「やはり化け猫なのでは?」
拙僧のコメントに、他のふたりは半信半疑の模様。
「妖怪ねぇ……大谷さんを疑うわけじゃないけど、そんなのいるの?」
「物の怪は実在します。私たちとて、タンパク質に気が宿ったものに過ぎません」
「そんなものかしら……ま、とりあえず移動しましょ」
そうです。ターゲットを探しましょう。
私たちは、駅前のバス停から、商店街方面にのぼり始めました。
なかなか活気のある町ですね。
「あ、獲物を発見」
しぃちゃんは、ふたりの少年に声をかけました。
「つじーん、松平、こんにちは」
ひとりはうっすらとした茶髪で、もうひとりはオタクっぽい感じですね。
「あ、裏見さん、こんにちは……そちらの方は?」
オタクっぽい少年は、私たちを気にしたようです。
「こっちは、四国から来た大谷さんと吉良くんよ」
「え? 吉良くんって、もしかしてK知の吉良義伸くんですか?」
「あら、知ってるの、つじーん?」
「そりゃ知ってますよ。四国で一番強い将棋指しでしょう」
つじーんくんのコメントに、赤井さんは胸を張って、
「俺の名前を知ってるなんて、感心だな」
と答えました。調子に乗り過ぎです。
「いえいえ、有名人ですからね。日日杯には、来るんでしょう?」
「もちろん」
「僕と剣ちゃんも、観に行く予定なんですよ……あれ、剣ちゃん?」
つじーんくんは、相方の少年に声をかけました。
少年は、あごに手を当てて、しぃちゃんをじろじろ観察していました。
「剣ちゃん、どうしたの? 裏見さんの顔に、なにかついてる?」
「……おまえ、ほんとに裏見か?」
「私は裏見香子よ。将棋盤の角に、頭でもぶつけた?」
「いや……なんか、胸のかたちが違うような……」
少年のひとことに、しぃちゃんは、ほほぉ、と地声にもどって、
「胸のかたちで判断するとは……おぬし、相当な助平だな」
と返しました。
「あ、おまえ、神崎だろッ!?」
「左様」
「俺の裏見に変装するなッ!」
「ふん、おぬしのものではなかろう。それにしても、張り合いがないな」
「ほかのふたりも偽物か?」
私と赤井さんは、本物だと答えました。ひとり嘘を吐いてますね。
しかし、この少年の目をもってしても、赤井さんの変装は見抜けないようです。
「正体がばれては、仕方がない。おぬしたちも協力しろ。手頃な獲物はいないのか」
「そういうドッキリみたいなことしてもな……あ、そうだ」
茶髪の少年は手を叩いて、
「そういや、くららんとサーヤが、剣道の練習するって言ってたな」
と教えてくれました。
「ほぉ、涼子殿も、受験の合間に修行しているのだな」
しぃちゃんはそう言って、ニヤリと笑いました。
この笑みは……なんだか、分かった気がしますよ。




