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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第22・3局 日日杯への道/阿南・長尾
230/682

218手目 今日は何の日?

※ここからは、黒木くろき美都夫みつおくん視点です。

「ん〜♪」

 キッチンから、鼻歌が聞こえてくる。母さんは、いつもの魔女服にエプロンをして、蛇の薫製を輪切りにしていた。今日はごちそうかな。カレンダーを見る。6月6日――そういうことか。僕はマンドラゴラ茶をひとくち啜って、ケルベロスに骨をやった。ケルベロスは嬉しそうにしっぽを振って、3つの頭でケンカをしながら、骨をしゃぶった。

 母さんは材料を鍋に放り込んで、包丁を魔法のステッキに持ち替えた。ずいぶんと年季の入ったものだ。それが父さんからの結婚プレゼントだと、僕は知っていた。人間界だと指輪を贈ることが多いけど、魔界では違う。母さんは、空中に魔文字を書きながら、

「Sub nomine meo, provoco meum virem!!」

 と呪文を唱えた。パッと魔法陣が輝いて、ポンと煙があがった。

 そして――毛布にくるまった、若い悪魔が現れた。父さんだった。父さんはいびきをかいて、ぐぅぐぅと寝ていた。時差があるからね。しょうがない。

「ダーリン♪」

「Zzz」

「ダーリン、起・き・て♪」

 母さんが猫撫で声で話しかけると、父さんは目をパチリとさせた。こういう夫婦の睦言を聞かされる息子の身にもなって欲しい。ケンカしてるよりは100倍マシだけど。

 父さんは目をこすりながら、大きく背伸びをした。あいかわらず上半身は裸だった。お客さんがいたら、どうするつもりなんだろう。この前も、前空まえぞらさんがいたような。

「ふわぁ、どうした? なんか用か?」

「ダーリンにクイズです。今日は、なんの日でしょうか?」

 父さんは、ぽりぽりと後頭部を掻いて、2本の角をさすった。

「んー、日本の6月に、祝日はあったか?」

「またまた、ダーリンったら、とぼけちゃって」

 父さんは床にあぐらをかいて、腕組みをした。目を閉じて、真剣に考える。

「ゴールデンウィーク……は5月だよな。海の日は7月だし……富士山開きは、明治維新のあとで無くなったんだっけか? だとすると……ん?」

 父さんは目を開けて、母さんの顔をみた。

「おまえ、なんの呪文を唱えて……おいッ! それはマズいってッ! ちょッ!?」


 ズドドドド――ン……

 

  ○

   。

    .


 30分後、青空の見えるキッチンで、僕は父さんの背中に湿布を貼っていた。

「いててて……もっと優しく……」

「ダメだよ、父さん、結婚記念日を忘れたら」

 床に寝そべった父さんは、苦痛にうめきながら、

「忘れてたんじゃないぞ。1日間違えたんだ。今日は5日だと思ってた」

 と答えた。僕は湿布に薬剤を塗りながら、あきれた。

「だったら、『もしかして結婚記念日か?』って確認すればよかったのに」

「おいおい、そんな質問した時点で、大変なことになるぞ」

 それも、そっか。僕は最後の湿布を貼って、テレビをつけた。

 地上のニュースをやっていた。

《本日、午前8時頃、艶田つやだ市の山間部に、巨大な火球が落下したとの通報がありました。地元の消防隊が、調査を行っています。付近の天文台によれば、そのような現象は観測されていないとのことで、山火事も確認されていません。次のニュースです》

 あーあ、ニュースになっちゃってる。

美沙みさのやつ、背中にメテオストライク打ち込むことはないよなあ」

「母さん、本気で怒ってたね。屋根が壊れちゃったよ」

「こんなのは、俺の魔法で簡単に治せるさ。それより、夫婦仲を直すぜ」

 夫婦喧嘩は犬も喰わない、ってね。地上の名言だよ。

 そもそも、母さんと父さんは、珍しいカップルだった。珍しいというのは、人間と悪魔のカップルだから、ではない。人間と悪魔のカップルなんて、それこそ五万といる。魔女は悪魔と契約しないといけないから。僕みたいな半人半魔の子供たちも、たくさん。

 珍しいのは、母さんと父さんが、一夫一妻だってこと。悪魔は普通、複数の魔女と契約する。というのも、それが悪魔の仕事だから。つまり、ハーレムだね。でも、父さんは母さんと契約して以来、他の女性とは契約を結んでいないみたいだ。魔女は魔女で、最初に契約した悪魔が気に入らなかったら、鞍替えすることだってできる。下級悪魔は、上級悪魔に奥さんをよく寝取られてるから、結構悲しい存在。でも、母さんは、別の悪魔に鞍替えしたことはないらしい。母さんは、父さんのことを「うだつが上がらない」って言うけれど、他の女性と契約を結ばないんだから、うだつが上がらないのは当たり前。

 ようするに、父さんは母さんにベタ惚れで、母さんは父さんにぞっこんってわけ。おしどり夫婦というか、バカップルというか、そんな感じ。

「美沙のやつ、どこ行ったんだろうなあ。買い物か」

「買い物だろうね。ケンカのあとは、だいたいそうしてるから」

「さすが俺の息子、よく観察してるな」

 観察できるほどケンカしないで欲しいんだけど。

 父さんは、ぴょんと飛び上がって、背中の羽をバサバサさせた。

「よし、悪は急げ、だ。ミユキ!」

 父さんが叫ぶと、空中からスーッと女のメイドさんが現れた。

 ショートの、こざっぱりした女性だった。幽霊メイドの美雪みゆきさんだ。

 美雪さんは、スカートのまえで手をそろえて、ペコリと頭を下げた。

「お呼びでございましょうか、旦那様」

「今から、美沙を捜しに行く。手伝ってくれ」

「承りました。買い物ついでに、捜して参ります」

 父さんは大きく羽ばたくと、

美都夫みつお、おまえも手伝え」

 と言った。

「その格好で行くの? マズくない?」

「それも、そうだな」

 上半身裸の人間が飛んでたら、さすがに警察沙汰だよ。頭に角が生えてるし。

 父さんは床に着地して、ポンと煙を出した。蝙蝠に変身する。

「街中に蝙蝠は、変だよ」

 父さんはもういちど煙を出して、黒猫に変身した。

「それなら、大丈夫かな……でも、空を飛べないよね?」

「おまえのホウキに乗せてくれ」

 僕は、タクシードライバーじゃないんだけどなあ。魔法でホウキを取り出して、父さんを肩に乗せた。ホウキの操縦は、結構得意なんだよ。

「ちょっと待て。美都夫も変身しないと、ヤバくないか?」

「あ、そっか」

 僕は、つけっぱなしのテレビに目をやった。ひとりの少年が映っていた。僕はそれを魔法でトレースした。ポンと視界が煙って、容姿が変わる。キャップ帽を被った、なかなかの好青年だ。それじゃ、出発。

 僕が床を蹴ると、ホウキは浮かび上がり、中国山地の大空へと舞い上がった。

 

  ○

   。

    .


「この町は、あいかわらず人間が多いなあ」

 黒猫がしゃべる。僕は変なひとに思われないように、小声で返した。

「で、見つかりそう?」

「そう焦るな。このあたりにホウキで着陸したことは、魔力の痕跡で分かる……お」

 父さんは、しっぽを揺らして、あたりをキョロキョロした。

「……美沙の匂いがする」

「どのあたり?」

「この大通りを真っすぐだ」

 僕たちは人混みをかきわけて、大通りを進んだ。すると、巨大な百貨店の手前で、右に曲がるように指示された。右に曲がると、シックなスイーツ店が見えた。

「あの中だ」

 なんだ、おやつを買いに出たんだね。僕はホッとして、中を覗き込んだ。ガラス張りの自動ドアの向こうに、母さんの姿があった。ところが――

「おい、なんだあの男どもは?」

 母さんは、ふたりの少年と、なにやら話をしていた。話をしていた、というのは正確ではなくて、どうも言い争っているような雰囲気だ。と思ったけど、相手の少年たちは、ごますり態度で、なだめすかすような笑い方をしていた。

「さては、ナンパだな。喰い殺してやる」

 父さんが、飛び出しかけた。僕は魔法でゲージを作って、父さんを閉じ込めた。

「おい、こら、出せ」

「僕が様子を見てくるよ」

 僕はゲージを完全防音にしたあと、自動ドアをくぐった。

 いらっしゃいませ、と、店員さんに挨拶された。僕は、スイーツケースを覗き込むフリをして、3人の会話に耳を澄ませた。ガラスの反射で、行動も理解できた。

「これは私が買ったもので、家族用なんですよ」

 母さんの、怒ったような声。

 タレ目の少年は、控えめな調子でつづける。

「H島のひとですよね? 僕らは、四国から来たんです」

「だから、どうしたんですか?」

「僕たちは、ここのチーズケーキを食べに来たと言っても、過言じゃないんです。でも、きみが買ったところで、売れきれちゃったんです」

「そんなに食べたかったら、どうして午前中に来なかったんですか?」

「午前中は、用事があったんですよ。どうしても抜けられなくて……ね、阿南あなんくん?」

 となりの、いかにも髪型を気にした少年は、ハハハと笑って、

「そうそう、用事があったんだ。1個くらい譲ってくれないかな」

 と催促した。この少年、ちょっと図々しい。

「ダメなものは、ダメです」

「そんな……僕はいったい、何しにH島へ……ん」

 タレ目の少年は、母さんのバッグに目をつけた。

「そのキーホルダー、将棋の駒ですか?」

「まあ……そうですが……」

「僕たちも将棋指しなんです。将棋で決着をつけませんか?」

 母さんは眉間に皺を寄せた。

「将棋で決着……? 冗談でしょう」

 タレ目の少年は笑って、

「話し合ってもラチが開きませんし、将棋で決着をつけましょう」

 と強気になった。さっきの図々しい少年も便乗する。

「そうそう、僕たち、弱いから」

「そんなわけないです。自信があるから将棋としか考えられません」

「そう言わずにさ」

 生意気そうな少年が、一歩前に出た。

 僕はふりかえって、割り込む。

「きみたち、女子高生になにしてるの? ナンパ?」

 僕が声をかけると、3人は別々の反応を示した。

 最初に反応したのはタレ目の少年だった。

「ち、ちがうよ、僕はこのスイーツについて交渉して……ああッ!」

 タレ目の少年は、急に大声を出した。

「む、六連むつむらくん、どうしてここに?」

 ムツムラ? ムツムラって誰だろ? 僕はキョロキョロした。

 すると、生意気そうな少年のほうも、あごに手を当てて、

「なぁんだ、きみも来てたのか。3人でナンパする?」

 と尋ねた。実の母親はナンパしないよ。っていうか、ムツムラってだれ?

 どうも、僕が変身した少年の名前みたいだ。テレビに映ってたのは、カードゲームの大会だったと思う。そんなに有名人なのかな。失敗した。

 一方、母さんには、さすがに変身がバレたらしい。じっとりとした目で見られた。

 とりあえずこの場をおさめようか。僕は強気に出る。

「とにかく、女性を囲って脅しちゃダメだよ」

 タレ目の少年はすこしあせったようすで、

「誤解だよ、六連くん。僕たちは、スイーツの相談をしてるんだ」

 と弁明した。生意気そうな少年も加勢にくる。

あきらは、ここのチーズケーキの味見をしたいんだってさ」

「そう、H島で一番美味しいチーズケーキなんだ」

 タレ目の少年は手を組んで、瞳をキラキラさせた。スイーツ系男子?

「というわけで、そこのお嬢さん、僕と将棋で決着をつけましょう」

「あのですね……私は、これから家族のところへ……」

 うーん、母さんが迷惑してる。ここはアイデアを……あ、そうだ。

「ねぇ、きみたち、僕と将棋を指さない?」

 僕の提案に、タレ目の少年はびっくりした。

「む、む、六連くんと?」

 一方、生意気そうな少年は、その顔をますます不敵にした。

「いいねぇ、僕も参加するよ。どうせなら、ここで決着をつけたいから」

「阿南くん、ダメだよ。香宗我部こうそかべ先輩が、県代表と指しちゃダメだって……」

「彰はマジメだなぁ。指してもバレないよ。30秒将棋?」

 勝負の内容は、もう考えてある。僕は猫のゲージをテーブルに置いた。

「崩し将棋だよ」

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